14.
「サクラ、今日のためにとっておきの物を作ったのよ。着てみて」
試験当日の朝、お母さんは意気揚々と黒い何かを抱えてパンをかじっていた私の所へやってきた。
「なにそれ?」
「これはねぇ…ニンジャの服よ!!
今まではズボンだけだったけど、上下共お父さんの服を再現したの。お父さん、勝負の日はこれに限るって言ってたもの」
「そ…そうなんだ…。ありがとう…」
全身黒になってしまうなぁとも思ったけどせっかく作ってくれたし着るしかない。
「あ、そうそう。今日は国王陛下と王妃様から晩餐に誘っていただいてるからそのつもりでね~」
はい?
晩餐だと?
それ、試験当日の朝にぶっ込む情報ですか?
「えっ?」
「あぁ、一騎打ちの話を王妃様にしたらね、試験の日の夜は一緒に晩餐しましょうって、ひと月前から誘っていただいてたのよねぇ」
ひと月前から決まっていただと?
あの、レオン殿下と対面を果たした次の日位には決まってたって事か?
パンを持ったまましばし思考が停止する。
「王妃様がね、試験前に緊張させちゃうと悪いから当日まで黙っておくようにっておっしゃってて」
「…お母さん…それ、試験が終わった後に伝えてね、って事だと思うわ」
「えぇ!?お母さん間違えちゃった!!
ま、そう言う事だから…今日は頑張ってね」
舌をペロッと出してる場合じゃない、母よ。
今ので余計な心配事が増えてしまった。
晩餐って…
しかも国王陛下と!?
国王陛下にはお父さんの葬儀で少しお会いしたきりだから…ほぼ初対面なのに…。
あーもう!!
今日はとにかく長い1日になりそうだ。
朝食を済ませ、お母さん渾身のニンジャ服に着替える。
その場で屈伸をして動きやすさを確かめる。
確かにお父さんが勝負服と言っていただけあって、軽くて動き易そうだ。
腰紐の所にはカタナが収められるように細工がしてあった。
なんとも機能的だ。
「お母さん、とても動きやすいわ。ありがとう。」
「あら、サクラ!!あぁ…お父さんを思い出すわ…。貴女にはお父さんの血が流れているわ。だから絶対に大丈夫、お母さん応援してるから」
「うん、レオン殿下に勝ってこの先も学友として認めてもらうわ。任せて」
今日の試験は午前中からだ。
午前中の間は演習場を貸しきってくれているらしい。
なので早く行ってウォーミグアップをして王太子殿下を待つことにしよう。
演習場は広いけど、この広さを走り込むのにも慣れた。
一周約400メートルあるらしい。
3周目に差し掛かったとき見覚えのある金髪が見えた。
意外とレオン殿下の到着も早かった。
走りながら相手の様子を窺う。
屈伸や柔軟など準備体操をしているようだ。
走り終えてからレオン殿下の元へ近付く。
「レオン殿下ご機嫌よう。レオン殿下も気合いが入っているようで」
「あぁ、今日で君の顔を見なくて済むと思うと足取りが軽くなってしまってね。時間よりも早く着きすぎてしまった」
「レオン殿下ったらまだそんな事を言っておりますの?今日から本当の意味で私達は始まるんですよ。学友になる記念すべき日ですもの。足取りが軽くなってしまうのも頷けますわ」
「はぁ?言っておくが君の弱点は把握している。君を負かす為の鍛練を重ねて来たんだ。寂しいけれど、今日でお別れだ」
満面の笑顔で…全然寂しそうに見えない。
「レオン殿下に悲しい思いをさせるわけには参りません。私、全力で勝ちに行きます」
「だから君は…どうして嫌みを嫌みと受け取ってくれないんだ…」
「おはよう。
2人とも早いな!朝から仲良く練習か!」
「グロヴァー…たまたま練習が重なっただけだ。決して仲良しではない」
「私と学友になるのが楽しみで早く到着してしまったみたいですよ」
「お前は!そこそこ勉強は出来るのに全く私の言葉は理解しないな!」
「まぁ!グロヴァーさん、聞きました?私の事、勉強が出来るって褒めてくださいましたよ!!」
「あぁ、聞いたぞ。」
グロヴァーさんもニヤニヤしている。
「グロヴァーまで共犯か…」
レオン殿下は溜息をつきながら頭を抱えている。
あろう事かレオン殿下とのこのやり取りのお陰で平常心に戻っていることに気が付いた。
やっぱり居心地の良い場所は自分で守らなきゃ。
試験の時間は刻一刻と近付いてきている。