12.
サッシャーさんは初めてレオン殿下とお会いしたというのにいつも通り変わりなく淡々と授業を進めた。
さすがサッシャーさん。
どんな場面でもかっこいい女性だ。
レオン殿下も私も沢山質問してしまったけど、顔色を変える事もなく冷静に応えてくれた。
午後の絵画観賞もサッシャーさんが教鞭を執ってくれた。
今から100年ほど前に描かれたとても価値のある絵画で、レオン殿下と共に学ぶ事がなければこの先ずっと見ることなんて出来なかっただろう。
とても貴重な体験だった。
いくつか美術品を観賞し、歴史背景など分かるとより面白かった。
本来ならここで授業は終わりだが、今日は演習場でグロヴァーさんの個人授業があるため向かうことにする。
その前にレオン殿下に丁寧にご挨拶せねば。
「レオン殿下、本日も有難うございました。それではご機嫌よう」
一礼するが、大分この筋肉痛にも慣れてきた。
グロヴァーさんの訓練もなんとかなりそうだ。
レオン殿下は流し目でこちらを見ると特に何も言うことなくそっぽ向いてしまった。
「失礼いたしました」
ドアを静かに閉めて部屋を出た。
さすがに早歩きで演習場まで行くのはキツい。
まだ時間もあるからゆっくり歩いて行こう。
外に出て暫く歩いていた時にやっと気が付いた。
私と同じペースでずっと後を付けられてる?
少し振り向き後ろを確認する。
何か…金髪が見えた気がする…。
先程まで同じ部屋にいた、見覚えのある透き通った金…。
うん、レオン殿下だ。
護衛をばっちりつけて私の後ろ歩いてますね。
レオン殿下がお住まいの王宮から離れてますけど、一体何処にお出かけなのかしら?
気にせず自分のペースで演習場まで進む事にする。
演習場に着いた時にはまだグロヴァーさんは騎士団の部下達と訓練していて、いつもとは違う表情と声に圧倒されてしまった。
邪魔にならないところで大人しく待つことにしよう。
こちらを見た騎士の方々が私の後方に向かって頭を下げているのが見えた。
頭を下げるなんて…
そう思いながら後ろを見るとやはり、麗しの王太子様がしれっとした顔で少し離れた所にいた。
あ、目的地…一緒だったんですね。
「本日の訓練終了!!!」
グロヴァーさんのとても大きい声が聞こえてきた。
今日は訓練が終わったらしい。
汗を拭いながらグロヴァーさんがこちらへ歩いて来る。
「あれ?なんだ?殿下もご一緒だったのか。本当仲良しになったんだなぁ。サクラ、良かったな!!」
グロヴァーさんの声がレオン殿下の所まで届いたのか後方からそんなんじゃない、とか聞こえてる気がするけど、スルーしよう。
「そうなんです!!レオン殿下はこんな下々の私にまで慈悲深いですから。とても仲良くしてくださって…嬉しい限りです」
後方から凄い勢いで足音が近付いて来た。
「だ、か、ら、仲良くなった覚えはない!!とっととお前を負かしていつもの平穏な日常に戻るために、弱点を探りにきただけだ!!」
「まぁ!!まぁまぁ!!授業が終わっても尚、私と共に特訓に付き合ってくださるなんて…!!私…感動してしまいました」
業と口を押さえて感動している風に装って見せる。
「本当に話の通じない奴だな」
「ガハハハハ!!レオン殿下とサクラは本当に仲良しだなぁ」
「グロヴァーまで何を言ってるんだ!!」
「レオン殿下、私の訓練、よぉく見守っていてくださいね」
「見守るんじゃない。最短で負かすために弱点を探すだけだ」
「よし、サクラ。訓練を始めよう」
「はい」
「今日はサクラに渡す物がある」
「渡す物とは?」
グロヴァーさんが遠くにいた部下に手を挙げ合図を送ると部下の人が長細い何かを持ってきてくれた。
「ご苦労」
グロヴァーさんに長細い何かを手渡すと部下の人は小走りで去って行った。
「これはカタナと言ってタクミが使っていた物を真似てこの国の鍛冶職人に作って貰っていた物だ」
「カタナ?剣とは違うのですか?」
「あぁ、剣は斬る物、このカタナは刺す事に特化した物だ。」
「刺す…」
「タクミが暮らしていたヤマト皇国ではこれよりももう少し長い、斬るためのカタナがあったそうだが、タクミのようなニンジャはみんなこの短い方のカタナを使っていたそうだ」
「刺すにしてもとても短いですが、これは私のために…子ども用に作られたのですか」
「いいや、タクミが使っていた物と同じ長さになるように作って貰った。確かに、サクラでも扱い易そうだな」
「そうですか…。お父さんはこのような武器を使っていたんですね…」
「タクミはサクラが今よりも小さい時に天国に行っちまったからなぁ。タクミもサクラに沢山教えたい事があったんじゃないかって思うんだ…。
ま、とりあえず今日の訓練を始めようじゃないか」
「…はい、よろしくお願いします」
「サクラの強みは昨日発動したガンリキだ。これをコントロール出来るようになればレオン殿下にも容易く勝てるだろう。使えないとなれば互角の…厳しい戦いになると思う」
「ガンリキが…やはり必要ですか…」
昨日はたまたま発動したけど、1度発動しただけだ。
どうやったら使えるのか分からない。
「タクミは集中した時に使えると言っていた。サクラもいつもより集中して取り組んで欲しい」
「はい」
剣とは違う、刺すことに特化したカタナの使い方に悪戦苦闘しながら訓練をしたけど、いつもより身体が言うことをきいてくれない。
筋肉痛とは厄介なものだ。
集中…
集中…。
考えれば考える程、難しい。
「よし、今日はお終いだ。まぁガンリキは難しいんだな。タクミも厳しい修行で自由自在に使えるようになったと言っていたから、今日出来なくても気にするな!!お疲れさん」
「お疲れ様でした。ありがとうございました」
急いで一礼する。
いつもよりも全然動けなかったし、ガンリキも発動しないし…。
悔しい。
何より今日の訓練の様子を見てこんなもんかとレオン殿下に見下されたら悔しい。
汗を拭いながらレオン殿下の方をみた。
片側だけ口角をつり上げて勝ち誇った顔でこちらを見ている。
ほらやっぱり!!
悔しい!!
試験の日は私が勝ってレオン殿下にあの顔を仕返してやろうと心に強く決めた。