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1.

「あなたのお父さんはね、10年も続いたアローニ大戦で敵国の王の首を斬った英雄なのよ」


元々垂れている目尻が更に下がってとてもご機嫌そうにお母さんが微笑んでいた。

癖毛の蜂蜜色をした髪の毛が陽の光を受けてキラキラと輝いている。


私は少し溜息をつきながら応える。

「知っているわ。もう何十回と聞かされているんだから」


また始まったよ、お母さんによるお父さん英雄伝。

いい加減聞き飽きたわ。

少し眉間に皺を寄せて唇の両端を極端に下げてみせる。


「そんな顔をしないで、サクラ。今日はお父さんの命日なのだから少しくらいお父さんの思い出をお話したっていいじゃない」


少し困ったように微笑むお母さんは相変わらずゆったりとした空気に包まれているようだ。

命日でも命日じゃなくても関係なく父語りをするくせに。

自分は本当にこのお母さんのお腹から出てきたのか疑問に思うくらい冷めているな、と改めて思う。


「サクラは遠い異国から来たお父さんの黒髪、黒目を受け継いで生まれてきてくれたからお母さんはあの優しい面影を忘れずにいられるのよ」


お母さんの手がそっと私の頬に触れた。

今度は少し切なそうにエメラルド色の瞳を潤ませていた。

いつもは更に適当に受け流す所だけど、今はなんとなく視線を逸らしながら、今日だけはお父さんの話、ちゃんと聞いてあげる、とだけ呟いた。


お母さんは嬉しそうにうふふ、と笑うと力一杯私の事を抱きしめてきた。



今日はお父さんの三回忌で、午前中の内にお墓参りを済ませて先ほど家に到着した所だった。

ここ、ノースアーロノア王国を救った英雄として語られるお父さんのお墓にはすでに沢山の花が手向けられていた。

国の首都ロノンが一望出来る小高い丘の上にある墓地は陰鬱な墓地独特の暗い雰囲気はなくどこか公園のようだ。


この国の英雄であるお父さんがあっけなく病気で死んでしまった時、私はまだ4歳になったばかりだったから正直そこまでお父さんと過ごした日々は覚えていない。

覚えている事といえば、片言で喋る会話、異国の歌、黒い髪に一重瞼の目。

まだ7年しか生きていないけど、一重瞼の人間はお父さんしか見たことがない。

私の目はお母さん譲りの二重瞼だけども。


この国ではぱっちりとした二重瞼で鼻筋が通ったはっきりとした顔つきをしている人が殆どで髪の色だって金が橙色や栗色の人しかいないのだ。

瞳の色はグリーンやグレー、ブルーで黒の瞳の人もお父さんと私以外には見たことがない。

だから私の持っているこの黒は異質であまり好きにはなれないけどお母さんは好きだと言ってくれるのであまり気にしないように心掛けてはいる。

でも気になるものは気になるけど。



長きに渡ってノースアーロノア王国北部にあるリーマイン王国との国境付近にあるアローニ地方で繰り広げられた戦では敵国、リーマイン王国の国王レオナルド・ロイズ・ジョン・リーマインの首を斬ったお父さんの戦果はノースアーロノア王国の国民であれば誰もが知っている。

両国合わせて何万もの兵士が犠牲になったそれはそれは無惨で過酷な戦争だったと教えられた。

しかしそんな戦況を変えたのが突如として現れた黒の瞳と髪を持つ異人、タクミ・ヤマガミと聞き慣れない名前を名乗る私のお父さんだった。

ヤマト皇国という国でニンジャという、所謂スパイ活動を生業にしていたらしい。

その身のこなしは実に軽く竜巻のような早さで道を駆けるなんて逸話も残されるほどだった。

その身のこなしで時には空気のように、時には敵軍に紛れ込み姿を眩ましながら敵国の王の首を斬って戦争を終結させたというのだから娘ながらに凄いと思う。


その報酬として王から準男爵位と王城裏手の敷地内にある煉瓦造りの家と王城で働く権利を賜った。

今は母娘2人でその2階建ての煉瓦造りの家に暮らしている。

この辺りは王城敷地内ではあるけど、城で働くメイドや騎士達の宿舎や厩などが並ぶ従者たちの居住区に整備されている。

王族がお住まいの城まではかなりの距離があるから城の敷地内らしくはない。

そんなスペースの一画にあるのが我が家だ。

平民のお母さんと英雄とはいえ、異国人のお父さんからすれば破格の待遇だと思う。

この家はありがたい事に庭もあって母娘2人で使うのに丁度良い大きさの木製のテーブルと椅子を2脚置いてたまにお茶を飲んだりする。

残りのスペースには香りの良いハーブなどを植えて育てている。

そしてお父さんがたまたま異国から持ってきたサクラという木も植えられている。

やっと私よりも少し大きくなったけど、まだ1度も咲いている姿は見たことがない。

なんでも小さな淡いピンク色の花が幾つも可憐に咲いてとても綺麗だとか。

私の名前もお父さんの強い希望でサクラと名付けられた事はお父さんが亡くなってから知った。



暖かな春の陽射しと柔らかい風が心地良い午後。

庭の椅子にお母さんと2人向かい合うようにして座った。

テーブルの上にはお母さんの手作りクッキーと香りの良い紅茶が並んでいる。



「今日はサクラが珍しくお父さんの話を聞いてくれるって言うからお母さん嬉しくて」


ニコニコしながら何から話そうかなー、なんて呟きながらはしゃぐお母さんを横目に紅茶を啜る。

うん、やっぱりお母さんの淹れた紅茶は美味しい。

さすが王城の王妃様付きのメイドとして働いているだけある、と感心しながらお母さんの話が纏まるのを待つ。


「決めた!!今日は第一章、お父さんとお母さんの出会いの話にするわ」


一体何章まであるのかは知らないけど聞いたら野暮なので聞かない。

第一章、もちろんこれも何回も聞いたことがあるけど話を聞く約束をした手前、大人しく聞かなくては。


なるべく顔が引きつらないようにコクリと頷く。


「お母さんがまだ山の中の実家に住んでいた頃の話。酷い雨が降っていた日だったわ」


遠い目をして懐かしむように語り出した。

このお母さんの姿も何度も見ているので軽く頷きながら聞き流す。


「鶏小屋のドアを閉めに家の裏へ急いで走って居たとき、近くの木陰に全身黒装束の男の人が血塗れで佇んでいたの。

もう死んでいるかと思ったわ。

とっても酷い怪我だったんだもの。

見たこともない衣装に身を包んだその姿は恐くもあったけど、彼の瞳を見た瞬間に恐怖なんて消え去ったわ。

目だけ見えるその衣装から覗く切れ長の眼に黒い瞳。

それはそれは美しくて暫く見とれてしまったのよ」


うん、何回も聞いたことがあるよ、と言いたいけどグッと飲み込む。

堪えろ、自分。


「弟のロードナーがアローニ大戦で犠牲になってすぐだったから大怪我をして苦しそうな人をみたら放っておけなくて…

どこの誰かも分からなかったけれど、何日も看病していくうちに惹かれていってしまったの、黒の瞳を持つ彼に」


あー、はいはい。

知ってる知ってる。

なんて心の中で受け流している内にお母さんは一人で思い出に浸っているようなのでクッキーをいただくことにする。


お母さんの話も一段落ついたのか突然、サクラに大切な話を伝え忘れていたわ、と何かを思い出してパチンと手を叩いた。


「大切な話?」

クッキーを食べる手を止めてお母さんの方を見る。


「王妃様がね、サクラに会いたがっておられるのよ。

なんでもサクラにしか頼めない大切な話があるのだとか」


クッキーを食べながらあっけらかんと重要な事を喋るお母さんに少し呆れる。


「王妃様が私に…?」


王妃のアンバー様は一介のメイドに過ぎないお母さんを何故か気に入っておられ、その縁で何度かお茶に誘っていただいた事がある。

いつも微笑んでおられる穏やかな方だけどその笑顔が仮面のようで少し恐い。

とにかく凄く緊張してしまうのであの空間があまり好きではない。


「えぇ、王妃様には王女様がお生まれにならなかったからサクラの事を娘のように可愛がって下さっているのよ」


両手を重ね胸に手を当て他お母さんは微笑みながら言った。


「それは有難いけど…王妃様って綺麗すぎていつも緊張してしまうわ」


正直行きたくない。

でも王妃様直々のお誘いならば行くしかない。

覚悟を決めなくては。

そんな事を考えているのが顔に出ていたのかお母さんが心配そうに頭を撫でてきた。


「大丈夫よ。お母さんも一緒にって誘っていただいたし。

それに珍しいお菓子を用意して待っているわって仰ってくださったのよ。

サクラはまだ子供なんだからお菓子を食べに行くくらいの感覚でいいのよ」


あまり心配をかけるのも気が引けたからここは素直に頷いておこう。

その様子を見て安心したのかお母さんはそろそろ家に入りましょうと言ってテーブルの上のティーセットを持ち家の中へ入って行った。

その後をクッキーがあったお皿を急いで手に持ち追いかけた。





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