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短編、静かめ

ただの惚気話

作者: すもも

大学帰りの電車内で惰眠を貪っていた俺はざあざあと窓に打ち付ける雨音で目を覚ました。傘持ってくるの忘れたのでコンビニで買って帰ろうかそれとも濡れて帰るか、どうしようかとぼんやりと思考が固まらないままいつもの駅を降りる。改札口を出ると見知った顔が「お帰り」と缶コーヒーを持った左手を上げた。右手には2本の傘。なんでこの平日に親父がいるんだ、しかもわざわざ出迎え。珍しいどころの話じゃないこんなこと初めてで感謝よりも先に驚いた。

「ただいま、どうしたの?会社は?クビにでもなった?」

近づきながらも矢継ぎ早に聞くと、縁起でもないことを言うなと顔を顰めた。

「有給をとったんだ」

さらに驚く、休みたい理由がないからと今まで使ったことがない親父が有給。明日槍でも降るんじゃないか?

「傘を持っていかなかったと母さんから聞いたから持ってきた」

柄もなにも描かれていない安いビニール傘を差し出してくる。

「あ、あぁ。さんきゅ」

礼を言いながら受け取ると親父は目を細め、帰るか、と飲み干した缶コーヒーをゴミ箱の中に捨ててから歩き出した。俺はその隣に並ぶ、ざあざあと傘が弾く雨音のなか親子揃って歩く。小さな頃は親父の背中を追って一緒に出かけたものだが今ではこんなふうに歩くことはない。お互い無言。親父は肩に傘を掛けポケットから煙草を取り出し口に咥えた。

「親父」

ついジト目で隣を見る。

「いいじゃないか、どうせ銘柄なんて誰も見てない」

そう言うと火をつけて煙を吸い込んで吐き出す。妙に甘ったるい匂いが空中に広がり顔を顰める。俺は親父が煙草を吸う姿を見るのが嫌いだ。無骨な指に似合わない細い煙草。妙に甘ったるい匂い。砂糖を入れるコーヒーなんてコーヒーではないと言うくらいなのに、甘いものは女子供が食べるものだ。なんて言って甘味を食べないくせに。煙草だけは何故か甘い。友人や知り合いにお前の親父随分女々しい煙草吸ってるのな。なんて思われるのが恥ずかしい。吸うのはいいから銘柄を変えて欲しいと口にしたことが何度もあったが受け入れられたことは1度としてない。

「なんでそんなの吸ってんだよ」

「少し寄り道していいか?」

何度目か分からない質問をしたけれど親父はそれに答えることなく足は違う方向へと向かっていく。決定事項ならわざわざ聞くなよ。親父をおいて帰ってしまおうかとも思ったけどわざわざ傘を持ってきてくれた手前それはないかと思い直して大人しく親父の後を追う。雨は途絶えることなく地面を打ちつけて、傘を持っていない人がコンビニに駆け込んでいく。そんなコンビニには目もくれず親父が一直線に向かったのは花屋。なんの冗談?笑えばいいの?呆けたまま店の前で立ち止まっていると1輪のバラを持った親父が出てきた。何年も着ているくたびれた服、雨が降っているにも関わらず履きなれたうっすいぺらぺらのサンダル、口に半分くらいになった煙草。中年親父。あまりにも似合わない。1輪の花を持っていることが恥ずかしいのかおざなりな持ち方をしている。

「なにそれ」

俺の質問に何も答えず、バシャバシャと靴下が濡れるのもかまわずに歩き出す。これ以上聞いても何も答えまいと俺は無言で隣に並んだ。視線をずらすと傘を持たぬ人が自分よりも鞄が濡れてはいけないと両手に抱えて走っていた、子供が楽しげに傘をくるくる回していて母親に迷惑になるから止めなさいと怒られている。

「母さんが嫌いだったんだよ」

「は?」

なんの脈絡もなく唐突に吐き出された言葉についていけない。視線を隣に向けると薔薇を小脇に抱えて携帯灰皿で煙草を揉み消していた。

「煙草」

まだ理解が追いつかない。

「父さんが昔吸っていた煙草は苦かったんだ。母さんがそれを嫌って、煙草は止められないからこれになった」

思わず立ち止まった、なんてことのないように話されたそれは惚気話。何度か理由を聞いていたけれどそんな理由だとは思わなかった。聞かなきゃよかった。ガリガリと頭を掻いて、立ち止まった息子を降り向きもしない親父の後ろ姿を追いかけた。


「ただいま」

親子揃って玄関を潜る。

「母さん、タオル!」

親父はぐっしょりと濡れた靴下を見てから大きな声でお袋を呼ぶ、同じように靴が水分を吸い込みぐしゃぐしゃになっている俺にもタオルが必要だったのに、なんでまだここにいるんだ?と問うように俺を見た。

「はいはい、そんな大きな声で叫ばなくても聞こえていますよ」

2枚のタオルを持ってきてきてくれたお袋にお礼を言って1枚を受け取るとお袋の視線がバラへと移る。

「どうしたのこれ?」

「…………貰った。いらないからやる」

バサッと乱暴にお袋に薔薇を渡し、簡単に足を拭って家の中へと入ってく親父をあんぐりと口を開けて見送る。貰った、ってなんでそんな意味のない嘘を?つか、お袋にあげるために買ったの?あの親父が?薔薇を?くつくつと笑い声が聞こえて視線を上げればお袋が楽しげにしていた。

「なんなのあれ」

正直気味が悪いし、気持ちが悪い。

「明日は結婚記念日なのよ」

だったら明日に渡せばよくない?つかあの親父が結婚記念日とか似合わない。今まで1度としてそんな現場を目撃したことなかったのに。

「お父さんらしいわ」

そう言ってまだ楽しそうに笑うお袋。親の惚気を二度も目撃した俺は顔を顰めて今から槍でも降るんじゃないかとロール窓から外を見たけれどただ雨が降っているだけだった。

この物語はフィクションです。歩きたばこを推奨するものではありません。


独り言(飛ばしてください)

この話を書いておいてなんですが、わたしは物語のたばこは認めるけど現実のたばこ好きじゃないです。

閉塞された喫煙室のみで吸ってほしい、好きなのは結構ですが煙は漂いますから。(個人の感想です)


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