義務と責任と罪と罰
あなたはいないのに、あなたが残したあなたの部屋を、こうして荒らしてしまっていて、それが悪いことだとは私も思うのよ。
だって豊かな暮らしを続けてきた、貴族の私だから。
餓死者が多数出る中、私は食事に困るどころか、書物を読み解いたりおしゃれを楽しんだり、そんな娯楽の余裕まであった。
そのくせに、だれも救おうとはしなかった。
えぇ、ほとんどの貴族がそうだ。
だから戦争を始めるだなんて惨いことができたんだ。自分たちは何もなくなった世界で、全てを手にするだけの役だから、傷付くこともないからって。
正義のヒーローみたいな顔をして、世界を征服するんだ。
もういないあなたに、失礼なことを私はしてしまっている。
そんなことは、わかっているに決まっている。わかっている上で、私はこんなことをしているのだ。
自分の寂しさを紛らわすために、最後まで何も失わなくて済むと思っていた私の、不意に開いてしまった心の穴を埋めるためには、必要なことだって言いたいよ。
寂しくてしょうがないんだ。
覚悟なんてしていなかった。心の準備なんてしていなかった。
だって私は、平和の中で権力に酔って、腐っていった貴族だから。
「あぁあああ。ああ、あぁあぁ、ぁあ」
漏れる嗚咽は、だれにも聞かれてはいけない。
私は哀しくない。辛くない。人が来たら、笑って見せなければならないのだ。
生きなければならないから、生きるために、笑わなければいけないのだ。
生きるために、私には馬鹿である必要があるのだ。
私みたいな馬鹿なら、放っておいても大丈夫だろうと、そう思ってもらわなければ、殺されはしないにしても今のままで過ごすことになる。
私だけ、戦時中を貫くことになってしまう。
そんなのはごめんだ。あんまりだ。許せない。
だから私は、だから私は、恨み言だって言ってはいけない。
復讐が新たな争いを生み権力を揺るがす、だから……っ!
それじゃあ、いない人の部屋を勝手に荒らしている私はなんなの?
笑えるわ。笑うしかないじゃない。
この行動が何の意味を持たないことくらい、苦しいほど、私だってわかっているんだから。
本当はわかっているんだから!
何も始まってしまう前、わかっていながら見えないふりをして、私は目を逸らしていた。
その罪が、今になって罰を下したのかもしれない。
そうでもなくちゃ納得できなかった。
全部わからないふりをしていたから、わからなくされてしまったんだ。わからないようにいるように、そうされてしまったんだ。
私に返って来てしまったんだ、そう思うしかなかった。
ねえ、どうしてあなたのところへ行ってはいけないの?
生きたくても生きられなかった人たちの想いを抱えて、生き残れた人たちは責任を持って生きなければならないのだとはわかる。
だけど私は死んだ。私は死んだはずだった。
あなたの隣が私の場所だから、もしあなたが罪人であれば、私だってそうであるはずだった。
それなのに、どうして私だけが一人で生きなければならないの?
今は「あなたが残してくれた何かを探すため」そして「あなたが残してくれた何かを守るため」そう自分に言い聞かせて耐えるの。
いつかあなたが迎えに来てくれるときまで、私は笑っていよう。
それしかないのよね。




