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『 十二月四日 遂に、遂に戦争は終わったのだという。始まりはあれだけ誤魔化されていたのだから、終わりだって少しくらいは誤魔化されているのかもしれない。けれど発表された情報でも、僕が知っている限りの情報でも、今日が終わりの日だった。相手が降伏をしただとか、何か話し合いがなされただとか、そういうようなことではなくて、大量虐殺が終わった、つまりは殺し尽くしたという意味での終わりの日であるから喜べない。もう殺しを止めるのだと言ってくれたことが終わりの理由だとしたら、どれほど僕は喜べたことだろうか。それだったとしても、きっと喜ぶのは難しいことであろうが、今の理由よりはずっといい。標的となっていた存在は、目に入る限り全て殺された。仕上げに僕が殺されて、本当にそれが終わるのだろう。終わりとなるのだろう。きっと最後となってくれるのだろう。いつの日か、その日はいつの日か、どうせ決まっているのなら、早く教えてくれとも思う。けれどいっそ教えてくれるなとも思えた。ここまで近くに来てしまっては、意識しないではいられないことであり、今更に恐怖が押し寄せてくるようだった』



『 十二月五日 手紙が届いた。彼女にも知られないようそっと隠したけれど、僕と同じように、きっと彼女もこの存在を届くずっとずっと前から知っていただろう。今度こそ、きっともう繰り返されない。殺すことさえ悪ではないという悪を悪にするために、僕は死ぬのだ。誇りを持って死ぬのだ。……罪人として、誇らしい気持ちで処刑されるのだ。彼女は僕に何を望んでくれているだろうか。彼女が望んでくれるものを、きっと僕は残せはしないのが、どれだけ考えたって何度思ったって唯一の心残りであり悔しいことである』



 十二月五日、それはあなたが連行された日だった。

 この日で日記は終わってしまっている。あなたが殺されたのはこの四日後だけれど、部屋に残っているのだから日記を書けようはずもないというわけだ。

 長くなっていっていたというのに、よりによって、最終日がこうも短いのだから憎いことをする。


 不思議とどこかすっきりしたような気分ながらも、やはり思い出にしきれないくらいあなたという人は私の近くにいてくれた。私の近くにいてくれている。

 まだそう時間も過ぎていないというのに、過去の人だなんて割り切れない。

 せめてこれをあなたが残してくれていて本当によかったと、自分を失っていた愚かな私を心の中で嗤い、あなたがくれた幸せを噛み締めた。


 ページを捲っていて、一番後ろの、生きていれば十二月三十一日の日記が書かれたであろう場所に、なんだか文字が書いてあることに気が付いた。

 そこには私に向けたメッセージを書いてくれていた。



『ありがとう。ごめんね。……僕が殺してしまったみんなと一緒に、あの世行きの大行列に暫く並んでいるから、ゆっくり来てくれていいんだよ。呼ばれるまで先に僕が並んで待っているから、割り込みだなんて遠慮せずに僕の隣に入っておいで。代わりに、お呼ばれするまでは決して来るんじゃないよ。あの世からの贈り物は不吉に違いないだろうから、僕の印も賢いその頭に入れて、ものはなくしてしまってくれね。なんなら、燃やしてしまっていてね? 察しのいい人だから、きっとこれからも僕を生きさせてくれることだろうと期待しています。それじゃあ、さようなら』



 心に種を植え付けられてしまったみたいだ。

 いつの間にか私の心に蒔いてくれたこの種で、優しい花を咲かせてみせるから。

「さようなら」

 今、初めてこの言葉が言えた。初めてこの言葉が癒えた。


 たった一つあなたが残してくれた目に見えるものであるこの日記を、全て私は燃やした。

 全て燃やして、目に見えないけれど確かに存在している、この花を育てていくことに決めた。


 あなたとのことは、永遠に思い出なんかにはならない。

 いつだって私の心にはあなたがいた穴があるけれど、その一部はあなたが事前に蒔いてくれていた優しさの種のおかげで、少しは埋まりそうな気がするよ。

 これから未来に繋げていくのが私の使命なのだろう。

 私を一緒に連れて行ってくれなかったのには、そういう理由があるはずなんだ。


 未来を生きられるのが、それを許される過去の人間が私だけだというのなら、意地でも私は未来を生きましょう。

 閉じ込められたこの場所から外を眺めて。

 もう未来が見えるから、解き放たれる瞬間をただ待つだけだ。


 あなたがくれた花の開花を待つ、幼気な籠の小鳥としてだって――




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