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嘘の鎧


 ページを捲れば捲るほど、その文字は小さくなっていった。

 一日の枠は変わらないながら、どうしたって思いは強くなっていくからか、文章量が多くなってしまうからだ。

 明らかなアンバランスであるのに、あなたが一日の枠を頑なに変えなかった理由はわからないでもない。


 あなたは窮屈だったんだ。

 どんどん自分の手が罪に染まっていき、その色の黒さに気が付いていながら、更なる漆黒に染めなければならないことが苦しかったんだ。

 人々の痛みを耳に入れるたび、締め付けられては嘆いていたんだ。

 そして時間という平坦なものの無情さを感じていた。


 そういうわけで、あなたにとってこの大きさというのは大切なことだったのだろう。

 一日がいかに長くて短いものであるか、私に隠したまま噛み締めていたのだろう。

 そして短い一日の狭さを味わう責任があるのだと、勝手に思い込んでいたのだろう。


 今年のものに至っては、読み解くのさえ難しいほど、小さな文字が並べられていた。

 一文字ずつ、その一文字さえ零さないように私は拾っていく。



『 一月一日 また新たな一年が始まる。新年の祝いはだれにも行われていなかった。今年ほど寂しがっている新年は他にないことだろう。随分と長引いてしまったこの命だけれど、今年中には、やっと終わるのではないだろうかとどこかで確信している。「おめでとうなんて言えないね」と言われたので、「今年はきっとおめでたい年だ。だから、あけましておめでとう」とそう言ったなら、驚いたような顔をされてしまった。死ぬのが怖いだとかは思わないけれど、彼女と一緒にいる時間がもう少ないのだと思うとやはり寂しい。僕には何も残せない。僕は彼女のために何を残してあげることもできず、ただせめて何も残さないでいることしか、僕にはできないのであった。終わる、終わる、きっと終わる、全て終わる。今日は一年の始まりの日であるから、地獄の日々の終わりを告げるものでもあるのだと信じてこう綴る。今年が素敵な年になりますように』



 今年の始まり、あなたがこんなことを思っていただなんて、全く私は気が付かなかった。

 ここまで、もう来るところまで来てしまっているともここからは感じられる、あぁここまであなたは追い詰められていたというのに、私は少しも気が付かなったのだ。

 この文字から記憶が蘇って来て、間違えなく交わしたこの会話が、いかに私の罪を物語っているかと思い知らされるのだ。


 けれど私の罪はあなたが清算してしまった。

 あなたがいなければ成り立たない、あなたに対する罪であったものだから、あなたが消えると同時に私の罪も消えてしまったのだ。

 それはなんて罪深いことなのだろう。


 せめて何も残さないでいる。それがどういうことであるのか、今の私ならもうわかるよ。

 愛を残さない代わりに、罪を残さないという道を選んだ。

 自らが地獄の中を生きていながら、決して私の目にそれが映ることすらないよう突き飛ばしたんだ。

 冷たいふりをして、自らを犠牲に、私にさえ嘘を吐いて、私を守ってくれたのだ。



 それなのに私はあえて探してしまった。

 どこかにあるはずだと、あなたの気持ちを考えもしないで、その手掛かりを探してしまった。

 結局、見つかったのはこの日記だけだったわけだけれど。


 もしかしたら、私が探してしまったときのために、この日記だけ残してくれたのかもしれない。

 優しいあなたの考えも気持ちもわからないで、寂しさに私が負けてしまったとき、正しい道を教えてくれるために日記だけは置いておいてくれた。

 あなたのことだから、そうだとも思えて悔しかった。


 去ってしまったあなたが、私に残してくれたものが、唯一残してくれたものが、なんだったのかやっとわかったよ。

 やっと知れた。

 私にもわかったの。やっと、やっと私も気付いたの。

 あなたが何を想い何を望み私に何を託してくれたのか。


 形に残るものは全て片付けさせた、そんなことをしたあなたの気持ちも、今の私ならわかる、わかるよ。

 きっとあなたの徹底がこの程度じゃないこともわかる。

 全て私の前から消し去ってしまうつもりなのだろう。


 最後の一冊を、途中で終わっているだろう最後のこの一冊を、読み終えてしまうことが怖くてならなかった。



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