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始まりの日の頃


 頼まれたもの、作ったもの、言われたこと、一つ一つ丁寧に記録がなされていた。

 私には教えてくれなかったことが、確かにあなたは知らないと言ったようなことさえも、そこにはしっかりと書き記されていた。

 あのあなたが、何かを私に隠すようなことがあったとは。


 約八年前、本格的に開戦し、一般の人々にもそのことが知らされたその日の日記は中でも印象的であった。

 普段は外の様子など見ないあなただけれど、さすがのあなたでも、隣で見ていてあの混乱は無視してはいられないようであった。

 避難指示が出たあの日だって、あなたは冷静で能天気な姿勢を貫いていたというのに。

 他の日同様、感情的な響きの少ない日記であったのに。



『 十二月八日 今日、戦争が始まったということになっている。それより前から始まっていたのではないかと思ってしまうのだが、日付としてスタートと記録されるのは本日ということになるらしい。この歴史的壱日を、どのような顔をして過ごしたらいいのかと思ってしまう。戦争が始めさせてしまった、そのきっかけに少しでも携わっているのだと思うと、悔しくてならない。始まってしまったのならすぐに終わってしまえばとも思うのだが、そうもいかないことであろうし、皮肉なことにその戦争が我が寿命であろうことを知ってしまっている。きっと勝っても負けても殺される。……戦争など、早く終わっておくれ』



 事実と感想ばかりが端的に軽く書かれるばかりだった日記が、急激に感情的な色を見せたことが私の胸を打ち、そのまま握り潰すのではないかというほどに苦しめた。

 戦争が始まった八年近くも前の時点で、終戦が自らの死であるとあなたは悟っていたというのか。

 そうでありながら、あれほど献身的に国のために尽くしていたのか……?

 知っていながら、私にすら知らないふりをしていたのか。


 役人たちに隠しているだけの私が、どうして苦しんでいられるだろうか?

 あなたは一緒に住んでいた私にまで隠して笑ったというのに、どうして私が苦しいなどと言っていられるだろうか?

 この家は言わば私の縄張り、私は泣く場所を持っている。

 笑うのが苦しいだなんて言っていられようはずもなかった。


 一人で背負って、全て覚悟を決めてしまっていたのか。

 私には何も相談してくれないで、最初から私を残していくつもりで、覚悟を決めてしまっていたのか。

 憎い。憎いよ。愛おしいあなたが、憎くてならない。

 気付けなかった私も罪とはいえ、私に頼ってほしかった。



『 十二月十一日 ひっそりと内緒で新たな兵器を作り始めていた。それは内密の依頼、傷付けるためだけに生み出される惨い兵器であった。理由あって、それの詳しいところはここに書くこともできないが、残された地には二度と命が育まれることもなくなるという、そんなほどの兵器であった。たった一人の胸に刻まれた残酷な兵器、マッドサイエンティストとともに戦争が終わるとともに、それもなくなっていくのだ。愛しい妻までは、決して巻き込むことなく、一人の狂った科学者が起こした事件として終わっていくのだ。戦争の中でも残酷な殺戮は、それで洗い流されていくのだ。黒幕ではなく実行犯が罰せられるのと同じ原理で、罪は洗い流されるのだ』



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