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閉じ込められた文字


 知らなかった。

 ずっと一緒にいたけれど、私は全く知らなかった。

 見たことも聞いたこともなかった。


 風呂敷に包まれて、何かがしまわれていた。

 いつもあなたが使っていた立方体の椅子の中にそれは入っていて、絶対にだれかに奪われてしまわないよう身を潜めていたようでもありながら、私にだけは発見してもらいたがっているような自惚れを見た。

 なぜだか、風呂敷に触れたその時点からそのように思えた。


 そっと解いて開いてみれば、そこにはノートが十冊眠っていた。

 勝手に見てしまうのは悪いとは思いながらも、吸い寄せられるような心地で、一番上にあったノートを捲ってしまっていた。

 癖のある文字が並ぶ。

 知っているものよりいくらも丁寧なものではあったけれど、設計図やら書類やらでよく見慣れた文字である。

 どんなに丁寧に頑張ったって、消えないほどの強い癖のある文字。

 間違えるわけもないあなたの文字。


 こんなに、なんだってないのに、どうだってないのに。

 当たり前だったはずなのに、文字が読めないくらい、私の視界は滲んでしまっていた。

 思い出しては懐かしくて、涙が止まらなくなっていた。


 ノートが読まれたがっているだなんて、意味のわからないことをいって勝手に開いてしまったけれど、いざ読むとなると罪悪感があった。

 書いているだとも教えてくれなかった、あなたの日記だった。

 他人の日記を読むだなんて、それだけで十分に気の引ける行為だというのに、ここまで隠して厳重に保管していたものなのだから、勝手に読むことは許されないのだとも思えた。


 表紙にはタイトルだとかをかっこつけて書いているとかでなく、端に小さく、それが何年に記されたものなのかが書かれていた。

 どうやら一年で一冊を書いているようなので、これは十年分のあなたの日記だということになる。


 失くしてしまったと思っていたあなたという存在が、私の中に蘇る始めているようだった。やっと思い出せた、そんなふうだった。

 これを読めば、私の中にあなたが生まれ、生きていけるような気すらした。

 また適当なそんな勝手で、私は最も古い日付から、一文字一文字決して落とすことがないように読み始めた。



『 九月十六日 本日より、僕は日記というものを書いてみることにする。文章を書くことはあまり得意ではないけれど、これは「証」のようなもので書いておく必要のあるものであるのだ。僕の危惧しているようなことが起こらないならば、この日記は科学者の下手な日記に終わるだろう。だがきっとそうではなく、起こってしまうだろうから、書く必要のあるものだと僕は一日目であるこの日に記す。始まりをきちっとしないではいられない性質の人間ではないけれど、これに限っては、そういうわけなのかもしれなかった』



 一日目はこういったものであり、実際に日記らしいこと、起こった出来事やら感情やらが書かれているのは、その次の日からであるらしい。

 日記は人に読ませるために書くものでもあるまいに、最初に説明的な文章を入れるのは、日記というものに慣れておらず、本との区分さえよくわかっていないためであろう。


 これを書いているときのあなたは、どんな表情をしていたのだろう。

 きっと長らく頭を悩ませて、私に何も言ってくれないで日記というものを書くのだと決意したのだろう。

 この文章を作るためにも、随分と悩んでいたのに違いない。


 自分でもわざわざそう書いているけれど、本当にあなたはスラスラと文章を適当に書き纏めるのが苦手な人であった。

 一々、おかしなところがないかと私に確認をしに来た。

 いつも三つ四つはあって、私が指摘をすれば、照れたような笑顔をあなたは浮かべるのだった。

 そんなあなたが日記を書いていただなんて。


 よくわからない複雑な思いで、私は本格的に日記らしくなるあなたの秘密の日記を読むのだった。

 思い出せない遠い過去と、それを記したこの物語の時間とを照らし合わせては、懸命なその文字から感情を抱いていた。



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