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風呂に浸かりて

「今日はひとまずこの屋敷で休んでね。万全の態勢で明日の朝から出立、昼ごろには彷徨える森には着くだろうから、そこから探索開始となるわ」


 俺の見立て通り、彷徨える森はそこまで遠くはないらしい。


「とりあえず、部屋についてだけど、どうするの?」


「どうする、と言いいますと?」


「アストレアと君とで部屋を一緒にした方がいいのか、それとも別々にした方がいいのか。君たちの関係性が私にはイマイチ分からないからね」


「いや、そりゃ別々が「私はユウキと一緒がいい」えっ?」


 なんかアストレアが強引だ。

 彼女との付き合いが長いわけではないが、最初の印象からはそういう印象を受けなかっただけに意外だ。


「いやいや、それは問題だろ」


 男女が同じ部屋で一晩共に過ごす。


 良くない。いや、憧れないわけでもないが、それでも、そこまでのステップに至ってないと言うか、いやそもそもお互いのことをよく知ってすらいないわけで……。


「ユウキは私と一緒じゃ嫌……?」


 少し瞳をうるうるとさせながら、俺にそんなことを上目遣いで問うアストレア。


 アストレアさんや、それ卑怯じゃないですかね。

 こんな表情で見られたら、流石に断れはしないだろうよ。


「分かった、分かったよ。すみませんけど、俺とアストレア二人同じ部屋で頼みます」


「分かった、じゃあそれだったら、あそこの部屋でいいかな。案内させてもらうわね」


 そんな俺たちの様子がおかしかったのか、くすくすと笑って案内をしてくれるサラ。痴話喧嘩か何かだと思われているのだろうなと気恥ずかしさを感じるが何も言わない。


 言ったら、墓穴を掘りそうだ。



 広い屋敷だ。

 こうして案内でもされなければ迷ってしまいそう。


 広いにも拘らず埃一つなく、白を基調として彩られた高級感漂う内装も汚れ一つない。そんな節々に意匠を凝らした金の細工が施されており、それを各所に置かれたクリスタルがあたりを照らしている。


「この部屋よ。浴室はこの部屋からまっすぐ行った突き当り。自由に使ってもらって構わないわ。それと、服についても部屋にあるものを自由に使ってちょうだい」


「ありがとうございます。それに、服まで……いいんですか?」


「いいのよ。無理をお願いをさせてもらうのだもの、これぐらいはさせて。それに、アストレアさんの服もきちんとしたものにしないといけないでしょう?」


 ローブの裾を地面すれすれにして歩きづらそうにしているアストレアをちらりと見て、彼女はね?と同意を求めるように笑った。


「では、ゆっくり休んでね。また明日」


「また明日」


 そうして、サラと別れた後、俺たちは案内された部屋に入った。


「マジかよ……」

「おお……」


 思わずそう呟かざるを得なかった。全体的には、先ほどまでと同じ白を基調とし、金の細工を施されている。


 そこに幾何学模様が美しいふかふかのカーペットや廊下のそれとは明らかに違うシャンデリアなどといったいかにもVIPルームな部屋の姿を見れば、正直言葉を失うのが普通だろう。


 こんな広い部屋見たことないぞ。


 それこそ、学校の教室40人が入る部屋を二つ繋げたぐらいの広さはある。そこに大きなダブルベッドと全身を見ることが出来そうなほどに大きな鏡を付けた化粧台、洋服タンス等々が置かれており、無駄に広いとは感じさせないあたりもすごい。


 まぁ、そうは客観的に見て思いつつも、庶民的な意見としては広すぎるとは思ってしまうのだが。


「とりあえず、アストレア先にお風呂に浸かって体を流してきたら? 今日は色々とあったしさ」


 クリスタルに封印される。

 それが衛生上どういう状態なのかは分からないけれど、とりあえず体は綺麗にしておいた方がいいだろう。明日の探索では何が待ち受けているか分からない以上、出来るときにしといたほうがいい。


 俺は俺で洞窟を歩き続けたせいで、正直疲れた。


 お風呂にゆっくり浸かって、疲れを取りたい。


「ユウキは?」


「俺は後で入るよ」


「一緒がいい」


「いやいや、それはさすがに無理。これはアストレアが何と言おうと絶対無理」


 なんでアストレアは俺にこんなに懐いてくれているのだろう。

 そう親しいとかではなく、懐いているそんな感じだ。子犬や子猫が飼い主や親に寄り添うように。


 クリスタルから助けた―――正直助けたと言うには何もしていないのだが―――ことによるのだろうけれど、うーん。


「むー、分かった。服はこの中から好きなのを持っていけばいいのー?」

「ああ、そうだ」


 アストレアは箪笥の中にたくさんかけられた服を一つ一つうーんと唸りながら見ていく。

 どうやら、自分が好きなデザインの服を探しているらしい。


 ここらへん、なんだかんだ言って、普通の女の子らしいよな。


「これ、これがいい。どうかな、これ」


 彼女は服を自分の正面に重ねるようにして、こちらに見せつける。


 フリルの付いた純白のワンピース。


「よく似合ってる」


「えへへ、そうかなー。ありがと、じゃあこれにするー」


 らんらんとステップしながら部屋を出ていく彼女に苦笑いしながら、これからについて考える。

 不思議と異世界に来たことに抵抗はない。まぁ、前世が大して楽しくなかったというのが大きな理由だろうけど。


 そんなことを思いながら、ベッドにごろりと寝転がる。


 ふかふかだな。それこそ、日本にいた頃のベッドよりも柔らかくて、肌触りがいいかもしれない。異世界、しかもどこか中世ヨーロッパを感じさせる街並みに、ちょっと不便なところがあるだろうと感じていたけれど、この感触を感じられただけでも少しは安心できる。


 ファンタジーという世界観、日本とは全く異なる環境に正直言うと、不安だったんだよな。

 前世の生活と大きな格差が生まれてしまうかもしれないなって勝手に考えていたから。


 まぁ、ここが豪邸だっていうことが、そこまで悪くなったとか変化を感じさせない大きな要因なんだろうけどさ。


 なんだか眠くなってきたな。


 少しひと眠りするか。



 そして、幾何かの時間が過ぎ、コンコンとノックの音がしたのを感じて、俺は起き上がった。



「ただいま、ユウキ。お風呂入ってきて、大丈夫だよ」


「ああ、分かった。じゃあ、入ってくるとしますかね」


 さて、と確か突き当りだったか。

 浴槽というけど、日本みたいなきちんとしたお湯に浸かれる風呂があるといいんだけどな。外国だとシャワーで済ますところもあると聞くし、少し不安だ。


 そんなことを思いながら、風呂を見た時、俺は言葉を失った。


 美しく磨かれた大理石を敷きつめられた床と浴槽。


 勇ましく今にも動き出そうとしているかのようにすら感じるリアルな獅子の口からお湯が注ぎ込まれているその浴槽は旅館にある露天風呂を想起させるほどに広い。


 一人で入るのがもったいなく感じるそれに浸かると、その視線の先には美しく煌めく星々がはっきりと見えるようにガラス張りとなっていた。


「やっぱり、すごいな。一つ一つのスケールが俺の元いたところとは全然違う」


「それは良かった」


 独り言、それに対する思わぬ返答が帰ってきたのを聞いて、俺は驚きながらも声がした方向へと視線を向ける。


 すると、そこには一糸纏わぬ姿となった、サラの姿があった。


 最初は鎧に包まれていたことでよく分からないが、結構良い体つきをしている。出るものは出ているし、引き締まるところは良く引き締まっている。


 いやいや、何を考えているんだ、俺は。

 じろじろと眺めて、何を考えているんだよ、ほんとに。


「というか、なんでここに」


「なに、私もお風呂に浸かろうと思ってね」


「いや、何が私もお風呂に浸かろうとなんですか。仮にも男と女なんですから、一緒にはまずいでしょ。俺は先に出ますよ」


 俺は慌てて風呂から出ようとする。

 流石に混浴はまずい。いや、一緒に入れることは幸福だとは思うけど、さすがに一緒には……って何を考えてるんだ俺。


「いや、出なくていい。と言うか、せっかく入って疲れを取ってもらっているのに、私のせいで出られたら……、それにほら戦場に出てばかりだから綺麗じゃないし……」

「そんなことないです。今ちらっと見えてしまったから正直に話すけど、すごい綺麗な人だなって思った。鎧に隠れてて勿体ないななんて……。って、何を言っているんだ、俺。いや、その邪な眼で見ていたわけじゃなく……」


 墓穴を踏んだ。

 これでは電車の中でじろじろと女性を見ている変態おやじと一緒だ。女性に興味がないわけではないけど、直接本人にこんなこと言うべきじゃない。


「えっ、そ、そんなこと……ないはずだけど……」


 なにこれ。

 頬を赤く染め、顔を隠すように手で覆うサラ。恥ずかしさに悶えるようにくねくねと体を動かすさまは俺の予想の斜め上を行く反応だった。


 口調さえ変わってしまっている。

 とりあえず、彼女のことは見ないようにしよう。


 出ないでほしいと言われた以上は、出たらかえってサラが気にするだろうし、出ない方向で行かないと仕方ないとしても、サラを直接見るのはさすがに憚られる。


 正直そんなに長いこと直視していたら、どうにかなってしまいそうだ。


 悲しきかな、俺も男なのだなと再自覚してしまった。


「そのすまないな、取り乱してしまって。私の周りにいた男どもは教官として尊敬と恐れを抱いた部下どもと侯爵という地位に気を向けた邪な者どもしかいなかったのよ。なんというか、純粋に褒められたことが嬉しかったの」


「いえ、なんていうか、大変なんですね」


 もっと何かしら言い方があるだろと自分でも思うが、こういう時何を言ってあげたらいいのか分からない。


「もうそういうのには慣れたから気にはならないがね。だから、その分君の言葉が新鮮で、それでいて心地よかったのよ。純粋な言葉だと分かったから」


「……」


 きっとそれだけ好奇の視線にさらされたのだろう。


 きっとそれだけどろどろとした貴族社会の中を、女性と言う身一つで進んできたのだろうと想像に難くない彼女の言葉に俺は何も言えなくなる。


「明日の捜索ではよろしく頼むわよ、ユウキ」


 下の名前で呼ばれたことにどきりとしながら、

「はい、よろしくお願いします。ちょっとのぼせてきたので、先に上がりますね」

 そう言って、そそくさと逃げるように俺は風呂場を後にしたのだった。



 なお、その時サラさんの下着を見つけてしまい、大慌てしてしまったというハプニングがあったことは俺の胸にしまっておこうと思う。



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