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白馬の女騎士

 サラという女騎士に応接間に通されて、地球と比べても遜色ないほどに柔らかいソファに俺たちは腰かけている。


 周りには、いかにも高そうな壺や戦場を白馬で駆け抜けている騎士の姿が描かれた絵画が飾られている。


 部屋の四隅に置かれた菱形のクリスタルが宙でクルリくるりと回って、日が落ちて暗くなってきた部屋を照らしている。


「さて、単刀直入に聞かせてもらうわね。君たちは試練の間から出てきた、どういうことか説明してもらいたいのよ」


「どういうことかとは、どういうことでしょう?」


 試練の間?


 どこかで聞いたような……。そう、どこかで。


 そうだ、あの頭に響いた声。訳わからないこと言うだけ言ったかと思ったら、突然アストレアが現れたものだから、あんまり深く考えてなかったっけ。


 えっと確か……。

 

―――汝は選ばれし者なり。

―――汝、この試練の間まで辿り着きけり。

―――汝に託そう。我らが明日を。

―――夢見し者の終わりなき明日を。


 改めて考えてみたけど、本当に意味が分からないな、これ。我らが明日を託そうと言われたけど、俺は何を託されたって言うんだ?

 

 まぁ、考えてても分からないものは分からない。ただ、さっきの話の流れ的にアストレアがいた場所が試練の間ってことだろうな。


「あの洞窟は過去数百年に渡って、誰も踏破することが出来なかった洞窟なの。張り巡らされた罠の数々、徘徊する魔物、日が変わるたびに内部構造が変化する魔窟。そのくせ、一度引っかかれば即死の罠ばかり。名のある冒険者がそこに挑んでは、帰らぬ者となった。私の親友もその一人よ。だから……ね、どういうことか説明してほしいの」


「は?」


 思わず声に出てしまった。

 どういうこと? 罠なんて全く見かけなかったぞ?


 確かに広い洞窟だなぁとは思ってたよ。

 分かれ道もかなり多かったし、落とし穴みたいなトラップもあったし。けど、最終的に辿り着いたってことは落とし穴自体もおそらくは正規ルートの一部だったのかもしれないな。


 そう考えると、あの洞窟だいぶ意地汚いよな。

 初見お断りな構造しといて、だいぶ深くまで行かないとゴールに着けない。さらには探索に1日以上かければ、内部構造が変化して全てが無に帰す。 


 さらに言えば、俺は見かけなかったけれど、即死のトラップや魔物すらいるらしい。


 というか、そんな条件で、落とし穴っていうトラップの定番まで正規ルートに使ってるのかよ。そんな洞窟踏破するの、無理ゲーだろ。



 命がいくつあっても足りない。


 そりゃ、数百年誰も踏破できないわけだ。


 たぶん……というか確実に、俺の神運が効果を示した結果なんだろうな。そうでもなければ、俺も死亡者リストに名を連ねることとなったのだろう。


 玄人冒険者でもなければ、屈指の魔法使いでもない俺にはそれ以外に生きている理由はない。


「いや、私の方が聞きたいのよ。何をどうしたらあの魔窟を潜り抜けられるのか。さぞや、御力のあるのだろうとお見受けするわ」


 言えない、適当に進んでいただけなんて。

 言えない、勘に従って分かれ道は全て進んだし、魔物に全く出会わなかったなんて。


 だらだらと冷や汗が垂れるかのような錯覚を感じる。親友が死んだとかいう人に運だけで踏破してしまったなんて誰が言えようか。


 どんなに度胸があっても言えないと思う。少なくとも、俺にはそんな度胸はない。だって、そんなことで踏破されてしまっては彼女の親友が報われないではないか。


 嘘をつくのが悪いとは分かっていても、そう軽々しく口を開いていい場面でもないことぐらいは俺にだって分かる。


「まぁ方法は正直どうでもいいんだけどね。そんな貴方を見込んで、頼みがあるの」


 何も言えずにいると、それをどう捉えたのか、話がとんとん拍子に進んで行く。


「彷徨える森、そこに私と行って、弟の捜索に協力してほしいの」


 ん?

 ちょっと待て。なんだか話の雲行きが怪しくなってきたぞ。


「弟が行方不明になったのが二週間前。そして、一週間前に彷徨える森に弟が入ったのを見たという目撃情報を手に入れたの。そこで、捜索隊を編成。勿論私も行くと言ったのけど、「私共にお任せください。ここにいるのは姉御に鍛え上げられた精鋭ばかり。主はどんと構えて待っていてくださいな」と言われてね。どうしてもと言う彼らの言葉に甘えたわけなんだけど、一週間経った今でも何も連絡がないの」


「一週間……」


 距離・規模が分からないので、何とも言えないが、サラがこう言うのであれば、場所はここからそう遠くない場所で、かつ規模はそこまで大きくないものと推測される。 


 ただ、彷徨える森という名称が非常に気になるよね、やっぱり。


 何か曰くつきっぽいけど。


「弟が失踪してから考えると、既に二週間となるわ。部下たちの身も心配だから、いざ出向こうと向かっていた矢先なの、君たちの姿を見つけたのは。こう言っては身贔屓に聞こえるかもしれないけどね、私の部下たちもそれなりに実力はあるわ。そんな彼らですら、苦戦しているこの事態に対し、出来るのであれば増援は必要だった。しかも、それなりの実力者の。けど、そんな実力者なんてこの街にもそういないわ。そんな折にちょうど試練の間から出てきた君たちの姿があったわけ」


「なるほど」


 さてさてさて、元々言えないとは思っていたけれど、完全に今さら嘘とは言えない状況になってきたぞ、おい。

 

 ここまで来て、適当に進んできただけなんです、ごめんなさい、てへぺろなんて言えるような頭イカれた野郎ではない。


 さっきの何にも事情を知らないときの方が数段マシだったと思えるまである。


「不躾なお願いだとは分かってるわ。分かってるのだけど、改めて頼ませてほしい。私と同行して、弟を探してほしいの」


 頭を深々と下げるその姿は彼女が本気だと俺に否応なく突き付ける。


 世界観はまだよく分かっていないが、俺がよく知っている小説や漫画の世界のそれは侯爵と言えば相当な地位の人間。


 こういう侯爵とかいう地位があるということは、彼女は本来は頭を下げるなど、言語道断なはずだ。


 普通に考えて、俺自身が遜って接するべきだ。


 はっ。

 今の今気づいたけど、俺大分失礼なんじゃない? 


 何も言われていないからいいけど、普通こんな態度とり続けたら処刑だとか拘束しろとかそんなふうになってもおかしくない。


 まだ元いた世界の感覚が抜けきっていないな。

 本当に気を付けないと。


「勿論、ただでというわけではないわ。前金代わりに我らが国の管理下にある協会各所にて融通が利くようにする招待状を各所に流すわ。後金として、我サラ・アリステラの名の元に誓うわ、アリステラ家は君たちのことを最大限支援すると」


 そんな彼女が余裕がないことをひしひしと感じさせる、最初から出した譲歩の条件に、俺は考えるまでもなく、


「分かりました、俺に手伝えることがあるなら」


 そう答えた。


 馬鹿だと思う。


 何が出来るんだお前にと自分ですら思う。この世界では最初に運に極振りしただけで戦闘力とか皆無なこの俺に。


 けど、けどさ、こんな美女に頼み込まれて、困っている姿を見ていたら、俺にも手伝えることがあるなら、手伝いたいなんて思ってしまうだろ。


 ほんと、馬鹿だよな。

 見栄っ張りというか、自分を良く見せたいっていうのか。我ながら偽善者だよなとも思いもする。


 けど、せっかく異世界でやり直すと決めたんだ。

 今までの生き方を変えて、この世界では頑張ってみてもいいんじゃないかって思うんだ。



「ユウキいいの?」


「ああ、いいんだ。アストレアは待っていてくれるか?」


 俺は行くが、アストレアまで俺の事情に巻き込まれる必要はない。こんな女の子をいかにも危険そうな場所に連れて行くわけにはいかない。


「ううん、アストレアも行く。ユウキと一緒に」


「いや、俺は行くんだけ「ユ・ウ・キと一緒に行くの!」」


 俺が断りの言葉を述べようとするのも遮って、ぐっと俺に押しよるアストレア。お互いの吐息を肌に感じるぐらいの距離まで迫るアストレアに俺は度肝を抜かれる。


 近い、近い。

 このまま、もう少し行ったら、キ、キスしちゃうだろ……。


「分かった、分かったから」


 俺はそう言って、アストレアの肩をつかんでひとまず距離を離す。

 全くこういうのは慣れない。というか、初めての経験でいかんせん調子がくるってしまう。


 そんな俺の焦りようがどういうことか分からないのか、アストレアは不思議そうな顔でこちらのことを窺い見ている。


 無邪気すぎて、俺のこの思考が更に恥ずかしくなる。


 はぁ……、勘弁してくれ。


「ありがとう。無理を言って申し訳ないとは思ってる。私はサラ・アリステラ。改めて、よろしく頼むわ」


 差しのべられた手を握って握手する。

 久しく触ったことのなかった女の人の手は、滑らかで柔らかく、それでいてどこか温かさを感じる物だった。


「俺は霧島優輝。こちらこそよろしくお願いします、サラさん」


「私はアストレア。よろしくね、サラ」


 こうして、俺たちは彷徨える森へと旅立つこととなるのだった



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