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死した者たち

「ありがとうございます」


 助けを求める声を発した老人は俺たちの元へとすぐさま駆け寄ると、そう頭を下げた。


「何とか間に合ったようで、良かった」


 あのまま誰も通りかからなかったら全滅だっただろう。

 老人の後ろにはかれこれ十人近くの人がいる。小さな少女が一人、若い男と女がそれぞれ三人ずつ、残りは老人だ。


 全員、どこからしら裕福なところの出なのか、きらきらと輝く宝石のネックレスをつけていたり、意匠を凝らしたデザインの服を着ている。


「いやはや、これからユーデンブルクにて大きな商談があったので、キャラバンで移動してきていたのですが、この有様です。旅をする者である以上、こういう場面には何度かなったことがありましたが、それでもこう来るものがありますな……」


 結構な人数の犠牲が出ている。


 一応聞くが、蘇生魔法はないんだよな?


 ―――それはいまだ魔法にして不可能足らしめている事象じゃな。幾人もの有力な魔法使いが逸れに挑んだがさりとて成功した者はいないと聞く。


 この世界はゲームとかと違って、人が生き返るわけではない。そのことを実感してぞわりとしながらも、俺は黙とうをささげる。


 目の前の脅威が去ったことで気丈に振る舞っていた緊張がほどけたらしく、女性のすすり泣く声が聞こえる。


「助けていただいておいてさらにお願いすること申し訳ないのですが、一つお願いしてもよろしいですか」


「何でしょう?」


「彼らの遺体をフューラルオブファイアにて焼いてほしいのです。人数が少なければ、もしくは馬車がそのまま動かせれば彼らの遺体を運んで埋葬することが出来たでしょう。けれど、もうすぐ日が暮れる。街に行ってからとなると、後日になってしまうでしょう。そうなれば彼らの無念が怨念となって宿ってグールになり、今度は彼らが旅人を襲う立場になるやもしれません。せめて、彼らには安らかに眠ってもらいたいのです」


 俺は息をのむ。

 死んだ者を放っておくと、その者の魂が宿ってグールになる?


 ―――そうさな。残念ながら、この世界ではそういうものなのじゃよ。死者はきちんと焼かねばならん。理不尽な死による後悔、恨み、辛みそれらが悪霊となることもあれば、それがそのまま死した肉体に宿ってグールになることも多い。老衰で死した場合はその限りではないのじゃが、こういう魔物との戦闘で死んだ場合はそのような末路に至ることがほとんどじゃ。


 マジかよ……。


 ―――魔力とは文字通り魔に近いモノなのじゃよ。老衰の場合は魔力もほとんどなくなった状態で死ぬ。けれど、殺される場合はそうではない。その者が持っていた魔力と感情が混ざって、その結果魔物と成り果ててしまうのじゃよ。


 そんなのってあんまりだろ。


 ―――じゃが、それが現実じゃ。弔ってやるべきじゃろうな。


「分かった、じゃあ、その前に別れを済ませてくれ」


 俺はそう言って少しの間彼らが故人と別れを済ますまでの時間を待つことにした。


 ただ、それは何も彼らの為だけではない。


 俺自身、心の整理をつける為だ。そういう世界なのだと言うだけなら容易いが、それを実際に飲み込むのをはいそうですかと出来るほど物わかりは良くない。


 だが、飲み込まなければならないと言うのも分かっている。


 さっきのゴブリンを焼いていたのとは訳が違う。


 なんだかな……。


「そんなに思いつめた顔をして。転生者ってこういう世界観の違いに辛さを感じるんだろうね、だったら私がその役目変わろうか?」


 顔には出さないようにしていたつもりだったが、出てしまっていたらしい。

 サラが俺の顔を覗き込むようにして、目の前に立っている。


「すまない、大丈夫だ。俺自身これからこういうことには色々と直面するだろうし、自分で乗り越えなきゃな」


「そう、なら任せるわよ」


 サラはそう言って、離れて行った。


「大丈夫、ユウキには私もついてるから」


 アストレアがいつになく真剣な顔をしてこちらを見つめてくれている。なんというか、俺って支えられてばっかりだな。


 そんなことを思いながら苦笑い。


「ありがとう、頑張るよ」


 なんだか、日本にいた時と全然違うよな、この世界。割り切らなきゃいけないこと、決断しなきゃいけないこと、何だか色々と多いように感じる。


 でも、俺はこの世界でやり直すって決めたんだ。

 しっかり受け止めてやっていかないとな。


「すみません、こんな時間まで頂いて。もう大丈夫です」


 まだ十分ぐらいしか経っていない。

 そんなに短い時間でいいのだろうか。


「なに、いいのです。我々は旅をする身である以上こういうこともあると覚悟を決めた上で生きているのですから。それにもうすぐ日暮れだ、夜は魔物の危険も多い。移動するのであれば速い方がいいでしょう」


 俺のそんな表情を見て、苦笑いする老人。

 どういう関係か、どこまで深い関係なのかそれは実際の人となりを知らないから分からないけれど、深く黙とうをささげていた姿は忘れられない。


 きっと、それなりの付き合いだったのだと思う。

 だというのに、そう言ってくれる彼らの心持を無碍にするのは論外だ。


「では、少し離れていてください」


 老人たちが遺体のそばから離れたことを確認する。


 よし、覚悟は決めた。


「我は狩人。神に許された慈しみの炎をもって、血と肉を焼き滅せよ。フューラルオブファイア」


 ゆらりゆらりと揺らめきながら炎は燃える。

 

 青白く燃ゆるその炎は送り火となって、死者の魂をその身とともにあの世へと送る。



 死んだ後ってどうなるんだろうな。


 死んだ俺が言うことじゃあないけど。

 彼らには安らかに眠ってほしい、見ず知らずの他人ではあるが、そう思った。



 ―――ありがとう、守ってくれて。あの人たちのこと、お願いします。


 優しく微笑む女性の姿が見えた気がする。フリルのついたドレスを身に纏い、肩のあたりに切り揃えられた髪を揺らし頭を下げるその姿が。


 ゆ、幽霊?


 ―――そうじゃな、あれはあそこにいた者たちの一人の魂じゃろうな。魔物に殺されたにしては非常に穏やかな顔をしておったな。それだけ生前の人となりが良かったのじゃろう。


 幽霊とかそういう類のは苦手なのだが、アプサラスの説明を聞いて落ち着いた俺は改めて燃え行く炎へと目を向けた。


 先ほどの女性の幽霊はもう見えない。


 もう一度黙とうをささげる。

 安らかに眠ってくれ、そう願いながら。



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