転生先は洞窟でした
目を開けると、見知らぬ天井。
うん、よくあるよくある。
漫画の中でならな。
現実ではよくはない。気を付けてれば、ほぼほぼない。というか、こんなことが普通にあっては困るだろう。
あるとしても、それこそ大人が酒飲んで酔っ払って記憶を失った時ぐらいだろ。
残念なことに、未成年のくせに酒を飲んだ挙句酔いつぶれたわけでも、誰かに寝かしつけられて、ベッドの上にいるということでもないのだが。
背中にあるのは凸凹として硬い岩の地面。
所々に見受けられるクリスタルが薄暗い周囲を不気味な紫色の光で照らしている。
状況把握は出来た。
よし、出来た。
た……だ……。
「なんだよ、これーーーーー!!」
訳が分からねぇ。
いやさ、普通はさ。
何かしら説明があるとかさ。せめて、町が近くにあるところだったり、真昼間の平原だったりさ、何かしら状況把握がしやすい場所からスタートじゃないの?
なんでまた、洞窟っていう出口もどこにあるのか、周りに人がいるのかすら分からない場所からスタートしなきゃいけないわけ?
あの神様、やっぱり意地汚いじゃねぇか。
運に極振りしていたら、普通もうちょっとマシなスタートするんじゃないの?
俺はただただ幸せに暮らしたいだけなのに。
ったく、どうしたものか……、ってやばいな。
叫んでしまった。
無闇矢鱈に叫んでしまえば、その声につられて、魔物やらなんやらが寄ってくるのはファンタジーの常識だと思うし。
どこかに隠れるか?
どこに?
今いるのは見る限り、一本道。ちょっとした岩陰とかあればいいのだが、そういう場所すらない。
身構えておくか?
いやいや、ないない。何か武器を持っているわけでもなし。
とりあえず、逃げられるようにしよう。
何か来るか?
何か来るのか……?
そうして、どれだけ待っただろうか。五分、十分、三十分は過ぎたかもしれない。だというのに、何も来ない。それどころか、静かすぎて困るレベルだ。
大丈夫……なのか?
なら、とりあえず、進むか。
ただ突っ立ってても、状況が良くなるわけでもないし。
どちらが出口かなんて分からないし、勘を信じて進んでみるしかないしなぁ。というか、これ本当に異世界だろうな。実はなんかのドッキリでしたーみたいな展開が待ってるんじゃないの?
本当に異世界に来たと言う実感がない。
まぁ、強いて言えば、この発光するクリスタルがそうとも言えるかもしれないけど、これだけじゃあなぁ……。
そうして、どれだけ歩いたのだろうか。
日の光がないせいで、時間感覚が曖昧だ。体感としては既に丸一日近く歩いているようにすら感じるが。
さすがに、腹が減ってきた。
ちょっとこれ、まずいんじゃね。
外に向かっているのか、奥に向かってしまっているのか、さっぱり分からない。
坂道を登ったり、下ったり。分かれ道になっているところを適当に進んでみたり。突然現れた落とし穴に落ちてしまったり。
ただ一つ分かっているのは、ここが日光が全く届かない洞窟の中ってことだ。
しばらく時間が経って、落ち着いてみると、ふと思った。
洞窟とはいっても、上か下のどちらに行ったら、外に出れるかについては分からない。
洞窟と一重に言っても、洞窟の形状などいくらでもある。
ゲームとかでよくある地下に広がっていく迷宮であったり、高層ビルか何かのように上に上にと広がっていく巨大なダンジョンである可能性も考えられる。
最初は俺のゲーム脳が前者の迷宮だろうと勝手に解釈して、上に上がればここから出ることが出来るだろうと思ってたが、ここまで広く状況も分からないともなれば、どちらが正しいのかすら分からない。
聊か、考えを改める必要があるらしい。
ただ、考えると言っても、別に当てが見つかるわけでもないので、歩くのをやめたりはしない。
さて、どうしたものか。
まだそこまで致命的なことはない。
腹は減っているけど飢餓で死にそうとまではいかないし、何かに噛まれて毒されているとかいうこともない。
だけど、このまま何も見つけられないのはまずい。せめて、水と食料だけでも、どこかで確保したい。
まぁ、そうはいっても、結局は進んで何かを見つけないことには話にならねぇよな。
そう思って、前を見ると、少し明るくなっているのに気付いた。
先に見える穴から広がる光は、トンネルを抜けた先に広がる出口を想起させる。ようやく、ここから出れそうだな。
そんな心を躍らせながら、俺は少しずつ歩みを早くしていく。
だが、俺に待っていたのは開けた空間と、巨大な扉だった。
さて、目の前には巨大な扉。
幾何学的な紋様が刻み込まれたその扉は、裕に俺の身長を越え、その高さは巨人か何かに合わせたのではないかと思わせるほどに高い。
「ザ・ボス部屋って感じだな」
正直そう思わざるを得ない。
長いこと歩いてきたが、ここまで明確な変化はなかった。重厚そうな金属で作られたその扉に刻み込まれた芸術的な幾何学模様。
それを照らすのはシャンデリアか何かかと見紛うような大きなクリスタル。
淡く紫色に照らすその光がその扉の存在感を強くする。
「けどまぁ、行くしかないよなぁ……」
引き返したとしても、出られる当てはない。
食料と水、どちらも確保できていない以上、あまり長居は出来ない。体力を無駄に浪費してしまうのは好ましくないように感じる。
覚悟を決めるか。
俺は扉に手を掛ける。
「よいしょっと」
軽く押しても、びくともしない。
「ふん、どりゃーーー」
全体重を扉に委ね、押し込んで行く。
そうして、ようやく動き出した扉はその自重により地面を引きずられるようにして、開いていく。
俺はその音に耳をふさぎたくなるのを我慢しながら、扉を押し開いた。
中の部屋は今までの洞窟のようにクリスタルに照らされているわけでもなく、真っ暗だ。
こう暗いと中に入っても何があるのか、それも分からないよな。
とりあえず、少し入ってみるか。
そう思い、俺が開いた扉から部屋に足を踏み入れたその瞬間、真っ暗だったその空間に灯火が広がった。青白く、けれど、室内を全て照らし出す強い灯火は、不気味に笑うように揺れる。
そんな部屋にあったのは、一際大きなクリスタルだった。
それこそ、開いた扉と同じくらいの、だいたい三メートルはありそうな、青空のような美しい青色をしたクリスタル。
その中心には一人の人間がいた。
「嘘だろ、おい」
腰のあたりまである金髪をした一人の少女。
大きくたわわに実った二つの双丘。引き締まった腰。見ているだけで見とれてしまいそうなボディーを一糸纏わぬ姿で晒している。
そんな光景に気恥ずかしさを覚え、目をそらす。
「どうして、またこんな少女が。しかも、クリスタルの中になんて」
それにしても、綺麗な人だな。
彼女は目を閉じているから、はっきりとは言えないけれど、雰囲気からでも分かる。超がつくほどの美少女だ。
ああ、前世でこんな美少女と知り合いたかったなぁ。
そう思いながら、俺はクリスタルの元へと歩みより、そして、手を触れた。
―――汝は選ばれし者なり。
「えっ、何?」
突然頭に響くように聞こえた声に俺は困惑する。
おかしい。誰もいないのに、声が聞こえるなんて、絶対おかしい。こんな洞窟で一人でうろうろしてただけで、俺ついにおかしくなっちゃったか?
―――汝、この試練の間まで辿り着きけり。
「いや、何なんだよ」
やっぱり聞こえてる。
幻聴とかそういうのじゃないよ、これ。
けど、耳から入ってきているわけじゃない。何ていうんだろう、頭の中に直接響き渡るというのかな。
とにかく異常だ。
―――汝に託そう。我らが明日を。
「いや、あの託すって言われましても」
何を託されるって言うんだよ。
訳わかんねぇよ。
―――夢見し者の終わりなき明日を。
抗議しようと思った瞬間、ガラスが割れた時のような破砕音が響き渡る。姿見えぬ声に呼応するようにして、目の前のクリスタルが砕け散ったのだ。
いや、まじで?
まるで、時の流れが遅くなってしまったかのように、スローモーションになって見える。
クリスタルが大きく割れ、その一つ一つの砕片がまた小さく割れ、最終的には雪が舞っているかのような細かな欠片に変わる。
そして、その中央にいた少女の体は数秒の間、宙に浮いた後、支えを失ったかのように突然落ち始めた。
いや、そんな冷静に見ている場合じゃねぇ。
「危ない!」
俺は落ちてきた少女を支えるべく腕を広げて身構える。
だが、俺の胸に飛び込むような形で落ちてきた少女の体の重みに俺は耐えられなかった。想像していたよりも強かった衝撃に俺は彼女を抱きかかえながら 後ろに倒れこんだ。
流石に、小説とかの主人公みたく立ったままかっこよく受け止めるなんて芸当は出来ないよな。
けど、良かった。
色白の艶やかな肌に傷はついていない。
そう怪我の確認をしたところで、冷静になったところで、俺はふと気づいた。
柔らかい感触。
たぷたぷと揺れる二つの双丘が支えを求めて、俺の胸に寄り添い、委ねていること。すなわち、全裸の少女が俺の体に密着していること。
「なっ、なっなっ……」
困惑に言葉も出なくなる。
彼女いない歴イコール年齢の童貞にこれは衝撃が強すぎた。
思考が停止し、頭が考えることを再開するのを拒絶する。
いや、何この状況。
全裸の美少女が意識を失った状態で、俺の体に抱き着くような形で落ちてきた?
文字にするのは簡単だけど、全く理解の及ばない域のお話じゃないか。
うん、どうしよう。
というか、目を覚まさないな。
かれこれ、五分近くはあたふたしているのにも関わらず。
体温はしっかりとあるし、脈も……ある。死んではいないだろうが……、うーん。
何かアクションを起こさないといけないのか?
ゲーム的なフラグを立てないといけないのか?
いやいや、この質感、肌触り、温かさはどれをとっても本物だ。ゲームとは違う。どんなに、ゲームに似たようなステータスを決めさせられたとはいえ、この世界そのものもそうだと考えるのは早計だ。
というか、何考えてるんだろ。
自分でもよく分からなくなってきた。
裸の女性を抱きしめているという事実が俺の頭を沸騰させて、まともで冷静に思考することをできなくしている。
「ん……」
俺の胸元に引き寄せた頭から声がした。
その声にはっとして、慌てるようにして、その子の顔を窺い見る。
「だ、大丈夫?」
よく、きちんと声に出すことが出来たものだ、自分でも感心するほどにさっきの乱心状態とは打って変わる。
「ふぇ……?」
どうやら寝ぼけているようで、瞼をごしごしと擦りながら、彼女はこちらに視線を向ける。その表情はおっとりとしていて、なんだか見ているだけで心が穏やかになるものだった。
「貴方、誰?」
そんな彼女から初めて発せられた言葉。
「誰って俺も君に聞きたいけど、まずはまぁ、俺から名乗ろうか、俺は霧島優輝って言うんだ」
「きりしま……ゆうき? ユウキ! 私はアストレア」
さて、自己紹介は出来た。
「あの、この状況どういうことか分かる?」
「ん? よくわかんない」
さて、無知の人間が二人になった。状況把握できると思ったボス部屋っぽい部屋は仲間という名の同じ立場の迷子が増えただけじゃねぇか。
どうすんの、これ。
いやまぁ、こんな美人とご一緒出来るのは嬉しいけど。前世ではなかった素晴らしい経験だけれども。
けど、こりゃあないでしょうよ。
はぁ……、もう疲れた。
これからどうするのか、それについては少し休んでまた考えることにしよう。