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この世界のアドバイス

「おやおや、この剣を握る奴が現れたと思ったから、招いてみたらお前が一緒だとはな、アプサラス、元気か?」

「剣聖の小童が我に何を申すか」


 声が聞こえる。

 意識がはっきりとしない。なんだか靄がかかっているかのように、起きようとしているのにもかかわらずきちんと起きられない。


 真っ白な空間。

 白、白、白、それ以外の色は何もない。


「お前が健在ってことはご自慢の封印も解かれたってところか」


「そういうことじゃの。じゃが、悪いものでもない、解かれたということはそれに見合う者が現れたということじゃからの。小童が死んでからもうかれこれ数百年の時が流れてはおる」


「数百年か。いやはや、もうそんなに時が流れたのか」


「時の流れとは速いものよ」


「そういや、どうせまだユリウスは生きてるんだろ? あいつはどうしてるよ」


「さぁの、我には分からん。イマイチ所在が掴めんから生きてるのか死んでいるのかもよく分からん。彼奴は延命の秘術を使い始めてから気配が掴めんようになってきたからの」


 あれ、そういえば、剣聖とアプサラスは殺り合ったって言ってなかったっけ。

 けど、確かよく付き纏われたから懲らしめるために相手をしたって言ってたか。なら、そこまで喧嘩とか憎しみ合ってたとかそういう間柄ではない……のか?


「主よ、まぁそういうことじゃ。いくら殺りあったと言っても、小童とは憎しみ合っているわけでもない」


「そうだぜ、転生者の兄ちゃん。俺とアプサラスの間柄だ、それこそ、大人のちょめちょめだって……」


 声をかけられたことで、俺の視界が一気にクリアになり、アプサラスの姿とその発動した魔法がはっきりと見える。


 漆塗りのような艶のある黒い長髪。腰までかかるほどの長さの髪は数百年という時を感じさせるような痛みなどなく、さらさらと柔かそうに揺れる。


 凛とした顔立ちをした彼女は向日葵のように明るい黄色の瞳で剣聖を見つめている。


 そんな彼女の目もとの泣きぼくろはどこか妖艶な印象をこちらに与える。


 そして、体つきはいつの日か彼女が言っていたようにまさにボンキュッボンを体現したかのように整っており、光沢のある藍色をしたドレスから垣間見えるほんのり紅潮した肌は艶があり美しい。


 口調やら知識や経験量から正直おばさんだと思っていただけに驚きだ。


「小童よ生前からじゃが、そういうところをやめろと言っておるじゃろ。不死を知る最古の炎よ、我が刃となりて阻む障害を貫け、不知火」


 風を切る音が轟く。

 それこそ大樹の幹くらいの太さはありそうな炎の槍が幾重にも剣聖を追うようにして放たれる。その炎は獰猛で、周囲に放たれた熱で空気が歪んで見える。


 威力が違う!?


「当然じゃ。我の魔法じゃから我の方が使いこなせるに決まっておろう。それとおばさんとは失礼な。女性に年齢のことは失礼じゃと教わらんかったか?」


 フフッと彼女が笑っていると、不知火の炎が剣聖へと到達する。


 それは明らかに過剰な攻撃だ。

 普通にやったら、死んでしまう。いや、死んでいるんだろうけどさ。



 だが―――、剣聖はそれを切り落とした。

 彼はその手に握ったレイズフォンブレードをもって、次々と到来する炎の槍を、徐々に速度と数を増すそれを避けることなどせず全てを切り伏せた。


 速度を増した炎の槍はそれこそ、最後の方には銃弾か何かと勘違いするほどに速かったにも関わらず。


 これが剣聖……。

 屈強な大男のように筋肉が盛り上がっているわけでもなく、歴戦の戦士のように傷塗れというわけでもない。


 体つきは細く、それこそ、元の世界で引きこもっていた俺と同程度の痩せた男性。

 どこからここまでの膂力を引き出しているかと思わせるその体は、日に焼けているあたり外に出ていないと言うわけでもないようだ。


 まぁ、当然だろうけど。


 黒い髪はウルフカットさながらに短く切り揃えられている。

 そんな彼の獣のような眼光は思わず怯んでしまいそうになるほどに鋭い。


 それこそ若かりし日の姿なのだろう。


「もう一回あの時みたいに本気でやってくれるか?」


「嫌じゃ。小童は馬鹿の一つ覚えみたいに愚直に戦ってくるから、我もぼちぼち本気を出さねばならないから面倒じゃからの」


「いいじゃん、すかっとしてさ。封印を解除してから本気を出せてないんだろ?」


「本気など出そうものなら主の魔力が足らず命すら喰らってしまうわ」


 本気を出すのが面倒。

 そして、本気を出したら魔力が俺では全然足りず命を喰らってしまう。


 その言葉に冷や汗をかく。

 どんな世界だよ。七星の賢者、剣聖という中二臭い、けれど、英雄の別名であるそれは伊達ではないと言うことか。


 アプサラスの加護その効果自体とアプサラスの豊富な知識や経験、明らかに相当なものだとは思っていたが、ここまでとは……。


「まぁ、いっか。転生者の兄ちゃん、うーん、これじゃ呼びにくいな、何て呼べばいい?」


「ユウキでお願いします」


 思わず畏まった言い方になる。

 だって、怖いじゃん。目の前でお遊び感覚で、軽々と魔法を断ち切ってしまう姿を見せられたら。


 しかも、その魔法が魔法で、俺が使っていたのと同じ魔法”不知火”のはずなのに、その威力、速度が桁違いと来た。

 

 劣化版とはいえ、魔法を使ったことがある本人としては、剣聖が成し遂げたそれは化け物かと突っ込みを言いたくなるレベルだった。


 うん、ほんとに。


「そんな言い方すんなよ。距離を感じるじゃん。こうして、会ったのはお互いの距離を縮める為なんだから、そういう喋り方はしないでくれよ」


 こっちに近づいてきて、高笑いしながら背中を叩く剣聖。

 なんだか見た目からしてもそうだが、とてもこの人が数百年前に亡くなったという剣聖だとは思えない。


 それこそ近所にいそうな気のいい兄ちゃんみたいな感じだ。


「……、分かった。これでいいんだろ?」


 最初は正直迷ったが、無言の圧力が怖かった。

 きちんと言った通りにしろよって暗に言われている感じで、そうせざるを得ないと諦めた。


「そうそう、そんな感じで。さて、じゃあ本題に入るか」


 空気が変わった。

 今まで優しく元気に振る舞っていたのが嘘のように静まり返る。


「今日は簡単な挨拶をしにきたんだ。俺の魂を込めた剣、レイズフォンブレードの持ち手がどんな奴か知りたくてな。まぁ、こんなところでアプサラスに出会うなんて思わなかったんで、話がだいぶとずれちまったが」


 魂を込めた。

 それは比喩でもなんでもなく、そのまんまの意味なのだろう。そうでなければ、こうして俺がかの剣聖と対談することなど出来なかっただろうし。


 それこそ、アプサラスが数百年自分を封印していたこともあるし、何かしらの方法でそれを可能にしたのだろう。


 ここは人間の不可能を可能にする魔法がありふれた世界、そういう理解の及ばないことも当然あるのだろう。


 どういう理屈か知りたくはあるが、今話の腰を折るのは無粋だろう。


 何でもアリだな。


「まぁ、アプサラスが付いているなら、大丈夫だろうと思うが、俺から言わせてもらおう。この剣は魔を喰らってそれを蓄えて成長する。俺が使ってた時に吸収していた力は数百年と言う時の流れによってだいぶ放出されちまったみたいだから、あとはこうした残滓が残っているだけだ。これから使っていく上で力に飲まれるなよ、俺は世界を旅して力に飲まれて蝕まれて堕ちて行った奴らをこれでもかというほど見てきた。だから、ユウキにはそういう奴らのようにはなってほしくない」


 力に飲まれるな、か。

 確かに、物語ではお約束の展開だ。そういうのを見るたび、うわぁ……と思ってきたけれど、それは自分には関わり合いになることのない遠い話だったからだ。


 けれど、剣聖が言うにはこの剣にはそれだけの力があるのだと言う。


 まぁ、当然か。

 剣聖が使いこなしてきた剣なのだから。


 俺は大丈夫なのだろうか、こんな大層な剣を使って。


「フフッ、そう心配せんでも大丈夫じゃよ。我が付いておる」


 アプサラスはそっと俺の肩に手を乗せる。

 臆病だな俺は。なんだか憧れのファンタジー世界に来ている割には臆病になりすぎて、どうしようもなく俺自身に呆れる。


「ああ、任せてくれ。俺は力に飲まれることなんてしない」


 力にのまれてしまったら、きっとやりたいこともできないだろうし。


「そうか、今はその答えが聞けただけで十分だ。そうそう、お前、赤龍と殺りあうんだろう?」


「ああ、そうだ。何故、あんたは赤龍と戦って、倒さなかったんだ?」


「アプサラスから聞いたのか。んー、まぁ、そうだな、戦えば分かる。だから、一回戦ってみ」


 なんか軽くお使いでも行かせるかのような感覚で言われても。


「いや、戦えば分かるって言われても……」


「ああ、けど、転生者って言うなら戦う上でアドバイス。これはこの世界で生きる上で言えることだけど、自分が決して強者だと思うな、自分は弱者だと言うことを忘れるんじゃない。それを忘れた者からこの世界では死ぬ。正々堂々なんてそんなものは無意味な価値観だ。常に最悪を考えて勝つためにはもがく努力を忘れず死にもの狂いでやってみろ。そうしたらまぁ、大概のことはどうにかなる」


 さらっと言葉にされたこの世界で生きる為に必要なこと。

 剣聖とどこか聖人か何かのようにすごい英雄の姿を思い浮かべていただけに彼の言葉は衝撃的だった。


 正々堂々なんて無意味……か。


 けれど、その言葉にはどこか重みがあり、一瞬だったから見間違いかもしれないが、剣聖が何か遠い物を見ているような目をしていたことが俺に深く突き刺さる。


 何かあった……んだろうな。


「俺は俺のやり方で生きていくよ。俺だって死にたくはないし」


「そうか、ならそれでいい。今日の所はこれぐらいかな。じゃあまた会おう」

 

 剣聖がそう言ってにっこりと笑うと、周囲の空間がぼやけ、そして、俺の意識は再度途絶えたのだった。



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