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一人は女騎士、一人は天族

「とりあえず、旅をしてみようと思うんだ」


「……、ほう? とりあえず、話を聞こうか」


「せっかく貰った命。せっかく受け取った運。この異世界のことをよく見て、自分なりに知っていきたいんだ。その上でどうするのか決めていきたい」


 そう決めた。

 前世では得られなかった運が今の俺にはある。運も実力のうちとは言うが、運は努力では手に入らない。


 知識は勉学に力を入れて根を詰めていけばいずれは身に着けられる。

 体力は運動をして、筋トレをしてしんどい思いをしていけば、いずれは身に着けられる。


 だが、運は違う。

 この世界に来て最初前世の俺には運がなかったと突き付けられて怒ったのは努力してもどうにもならないそれを目にしたからだ。


 だけど、こうして転生して、実際に運が強い力を発揮しているのを目にすると、どんなに鈍感でも感じられる。


 今の俺は運がついていると。

 

 傍から聞くと何言ってんだこいつと思われるかもしれないことだが、これは重要だ。

 

「いいねぇ、そういう愚直なところ。やっぱり、私は君が好きだよ」


 異性としてという意味が含まれていないのぐらいは分かってはいても、彼女が放つ妖艶な眼差しに俺はどきりとする。


 ―――不埒者めが。まぁ、我もそういうところは好きぞよ。馬鹿正直に生きようとする男というのはどこか応援したくなるものよ。


 何これ、突然のモテ期?

 絶対、俺この後何か不幸に出会うわ。 


「そうだね、なら私も付いて行こう」


 そんな自分の中で何かに折り合いをつけた頃になって、唐突に発せられた言葉に俺はぎょっとする。


「何を驚いているの? 言ったでしょう、後金として、サラ・アリステラの名において立てた誓い、それは君たちへの最大限の支援よ。ならば、私が付いて行くのが一番手っ取り早いわ」


 ん?

 この人何を言ってるの?


 いや、分かるよ。確かに、彼女が自ら付いて行くのが最大の支援でもあるって言うのはさ。


 けど、けども、どう考えてもそれは無理だろ。


 仮にも、サラはアリステラ家のトップ。侯爵と言う爵位まで持っているともなれば、その地位は相当に高い。


「だが、どうして? 仮にもサラはこのアリステラ家の主なんだろう?」


 俺は素直に聞くことにした。


 こういうことで駆け引きをして、相手から情報を引き出すのは何だか筋違いだと思うのだ。


「そうね。まず、一番でない理由を教えるわ。あの商人、どうもきな臭い。アルフレッドは過去にアサシンギルドの長を務めていたこともあり、この国でもそこそこ優秀な追跡スキルを誇っているのだけどね、取り逃がした。これが何を意味するか、分かるでしょう?」


 完全に後手に回っている。

 そういうことだ。


 相手に一歩先を行かれている。というか、あのおっさん、アサシンってことは暗殺者だったのか。


 今までいいとこなしだっただけに何とも言えないが、昔は強かったとかそういう類なのだろう。


 うん、そうに違いない。というか、そうであってくれ。

 おっさん、そうしないと報われない。


「一番の理由はなんだ?」


「そうね、一番の理由は君を気に入ったから」


「気に入った?」


「端的に言うなら、一目惚れ。そして、マンドラゴラを一人で倒してしまったその強さに二度惚れた。今までずっと守る側だっただけにな」


「なっ!?」


 俺は言葉を失う。

 何を言っているんだ、この人は。


 いや、何が一目惚れだよ。俺、そんな惚れられる要素ないぞ。いやいやいや、ちょっと待って。

 顔が熱くなる。


 こんな面と向かって、こんなふうになんて……。


「赤くなっちゃって、フフッ、嬉しいよ。赤くなってくれてるってことは少しは私のこと意識してくれたってことでしょう?」


「だーくそ、ああそうだよ、意識した。悪いか」


「そうかそうか、私は嬉しいよ」


 大人の女性が持つ独特な妖艶な笑みをこちらに向けて笑うサラをちらりと見て、俺はふと気づく。


「後金としてサラが来るなら、前金なんて大して意味を成さないじゃないか。元から俺のところに来るつもりだったのか?」

「ええ、そうよ。言ったでしょう? 私はキリシマ・ユウキ、君に一目惚れだってね」


 さも当然だとする彼女の言い方に俺はため息をつきたくなる。

 こうもまっすぐ好意を向けられて、何も思わないほど、俺は腐っていない。


「おおっと、別に今すぐに私の好意に答えろとかはないわ。勿論君の一番にはなりたいし、なる努力は怠らないつもりだけどね。今はまだ傍にいさせてくれるだけでいいの。それに、私が抜け駆けしたら、そこの御嬢さんが黙っていないだろうからね」


「そこの御嬢さん?」


 俺は何かとてつもなく嫌な予感がしながら、振り返った。

 すると、そこにはアストレアの姿。何か沸々と思っていることがあるのだろう、あまりに濃いその思いは彼女の後ろに阿修羅がいるのではないかと錯覚させるほどで、若干怖い。


「ユウキ。浮気ダメゼッタイ」


「いや、これは浮気とかなんでもなくて……」


 つい条件反射で答えてしまう。


 それこそ、浮気現場を恋人に押さえられ証拠を突きつけられた男さながらの言葉を返してしまいながら、思い返す。


「てか、その前に俺とお前は付き合ってはいないぞ」


「彼は、おそらくこれからも増やしていくと思うの。もうちょっと懐を広く持たんと居場所がなくなるわよ。それに、温かく見守って支えてやるのこと、真の良妻だと私は思うけどね」


 何のことを言っているのか、分からない。

 これからも増やしていくとか、本当に何を言っているのか。ハッハッハッ、そんな馬鹿なことを。


「うん、じゃあそうする。私良妻になる為に努力する。浮気いいよ?」


「だー、やめてくれ。浮気はしないから、というか、まだ始まってすらいないから」


 なんか、俺が話に加わらないままにどんどん話がヒートアップしていく。


「私、あの試練の間に封印された。封印解除した人、私の夫。あの時の瞬間の胸の高揚忘れられない」


 わぉ……。

 というか、封印されたの解除したら私の夫なんて初めて聞いたよ、おい。


「もしかしてもしかして、アストレアが試練の間に閉じ込められたのって、この試練の間を越えられるような者じゃなきゃ、我が娘はやらんみたいな展開?」


 俺なりに想像してみた。


 試練の間に封印される。


 しかも、その試練の間は数百年人々が挑み続けて、いまだ踏破者なしの超高難度。どう考えても、普通の人には無理だ。


 相当知識や経験があり、強い人か俺みたいな特異な運を持つ人しか踏破は出来ないはずだ。


 つまり、それだけのことをしてでも、やりたかったことがある。


「そう……だよ? 言わなかったっけ?」


 人差し指を顎に当てて首をかしげるアストレア。

 さっきから続く言葉の応酬で、なんだか今のアストレアの少女然とした凛とした中に残る可愛らしさが感じられた。


 というか、天族ってこと以外覚えていないとか言ってなかったっけ?


 もしかして、これ天族の間では常識だから言わなかったとかか?

 なんかそういうことちょこちょこと最近のアストレアからは見かけるし、そういうことなのか? 


 


「聞いてない、聞いてないぞー」


 俺は取り返しのつかない何かを踏み出してしまった気がした。


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