異世界観光ー商人ガチャ
路地裏を抜けると、大通りへと出た。
人の行き来が激しい。隙間がないほどぎゅうぎゅう詰めになっていると言うほどではないにしても、混み合っているのは確かだ。
ただ、よくよく見てみると、歩いているのは人だけではない。
耳が少し横に細長く伸びていて、植物由来のどこか神秘的な印象を与える透明な衣を上から羽織ったエルフ。
ぴょこぴょこと何かを探しているかのように縦長の気が生えた耳を揺らす兎の人。
蜥蜴のようないかにも堅そうな皮に全身を覆われた爬虫類の人。
天族と同じように何かしら名称はあるのだろうけど、俺は今のところそれを知らない。また、それについてはまた調べよう。
そんな多種族が往来する大通りでは建物に大きな店舗を構える者もいれば、露店で小さくけれど活気よく商いをする者がいた。
これだけ人が混みあっていれば、だいぶ繁盛しそうだな。
「さて、じゃあ色々見て回ってみるか。気になった物があったら言ってくれよ」
「はい、楽しみです!」
はぐれないようにと考えてのことだろうが、アストレアが俺の服の裾を掴んでくる。
ちらちらと周囲へ視線を向けながら、それでもそんなふうに気にしているあたり、なんだか可愛らしいなぁ。
そっとその姿を見ていると、アストレアが目を輝かせたのに気付いた。
「ユウキ、ユウキ。アレ、アレが見たい」
そう言って、アストレアが指さしたのはアクセサリーだとか小物だとかといった女の子らしい露店ではなく、そして、色とりどりの美味しそうな果物の店でもなく、髑髏とか毒々しい色をしたキノコなどを置いている怪しい店だった。
何故、この店を選んだ!?
いや、おかしいだろ。なんでいかにも危ない店と言うか信用ならなさそうな店を選んじゃうの。
やっぱり、アストレアって普通と感覚ずれてるのかなぁ……。
それとも、俺がこの世界に適応しきれていないだけか……?
まぁ……、いいか。とりあえず、見に行ってみよう。
「クケケ、お兄さん、少しこちらへ」
そう言って人の悪そうな笑みでこちらへと声をかけるのはトカゲのような顔をした男。
「私はルイ・フェルナンドと申します、以後お見知りおきを。どうですかな、お客様」
俺は改めて露店の商品をざっと眺める。
先ほど見えた物の他に、黒く塗りつぶされた剣に、雄山羊の剥製、竜のエンブレムが刻まれたペンダント等々、ジャンルに囚われない様々なものが置かれている。
雑貨屋といったところだろうか。
そこで、俺は見慣れた物を見つけた。
ガチャガチャだ。
「クケケ、それが気に入られましたか。悪い取引じゃあありませんよ。何が出るかは分からない、ブラックボックスです。これにお金を入れてもらえればランダムで何かがもらえます。それが武器なのか、何かの卵なのか、はたまた奴隷なのか」
奴隷。
その言葉を聞いて、俺は不愉快なのを隠そうとせず、商人を見る。
「そんなに怖い顔はしないでください。あくまで物の例えってやつですよ。それだけ何でも出る可能性があるっていう」
胡散臭い。
怪しいことこの上ない。
「ねぇ、そのボックス引かせてもらおうよ。面白いもの出るかもしれないし」
どういう感性なんだろう。
天族というのはどうも俺と違う感性があるらしい。なんで、こういうものに惹かれるのだろう。
まぁ、何が出るかは出てからのお楽しみっていうのは確かに惹かれるものがあるけど、これはまた違うような……。
「じゃあ、一回引いてみるとするか」
「クケケ、ではでは、どうしますかい? 回数ですが、もし10回まとめて引かれるのであれば、1回おまけしますよ」
ソシャゲのガチャかよ。
思わず突っ込みたくなる気持ちをがんばって抑えて考える。うーん、どうしたものか。こういうものは大抵1回ではゴミしか出ない。
けど、10連+1回では一個くらいは当たりが出ることがある。
わざわざ金をかけて、ゴミを引くのだったら……。
「よし、10回まとめて引こう」
「クケケ、そういう気前のいいお客様は好きですよ。では、お金は……そうですね、白金貨一枚となります」
なんだか、口車に乗せられている気がしないでもない。
俺はサラから渡された小袋の中身を見てみる。
金貨でも銀貨でもない、白金特有の輝きをしている硬貨がえっと、2,4,6,8,10枚か。なら、引くことも出来そうだな。
「はいよ」
俺は怪しい商人に白金貨1枚を手渡してガチャガチャの目の前に行くと、一気に10回回してみた。すると、それに合わせたかのように1個追加でコロンと玉が出てきた。
玉はそれぞれ違う色で、さらに文字や番号が記されていた。
引いた本人は何が当たったのか、全く分からない。
「商品を読み上げます。精霊龍の卵、海底の宝珠、グロウリング、虹海鱗の首飾り、天仁の羽衣、ユリウスの弓、ハマの封書、ロイヤルハニー、魔法のポーチ、タマノミコシ、そして、そして……」
商人の男の手が震えている。
なんだか読み上げられた単語をそのまま受け入れるとするなら、相当良さそうなものばかりだ。
それこそ、このガチャの中でも当たりの部類。それをここまで的確に当てられたとあっては商売上がったりかもしれない。
というか、タマノミコシってブラックが探してたやつだよな。本当にあったのかよ。
「剣聖の血“レイズフォンブレード”」
商人が膝を落とした。
その顔は真っ青だ。元々緑色だったはずなのに、比喩でもなんでもなく、どんよりとした青色に肌色が変わっている。
「いや、有り得ないだろ。あのブラックボックスには魔法で圧縮して100万個もの玉を入れてるんだぞ。その中で当たりなんて百個あればいい方で他はゴミ。その限りある当たりの中でも最上級の物をこれでもかってぐらい同時に当てられるなんて……」
見ていて可愛そうになる。
だが、それは置いといて、おい。百万個のうち百個以外はゴミだと?
0.01%しかあたりがないのかよ。
でも、それを全て当てて見せられるって、俺が商人だったら死にたくなるな。実際問題、日本でそういう商売がなかったと言われればないわけではないし、そういうものなんだろう。
ジャンボ宝くじ1等の確率はこれのさらに1000分の1なわけだし、それよりかはマシか。
「それはそれ。実際に当たったんだ、物をよこしてくれ」
まだスマホゲーのガチャの方が確率いいぞ。ガチャだと思ってやっただけにそう思ってしまうのは仕方がないだろう。
そんなあくどい商売をやっている奴に与える慈悲などない。
「ぐうぅうぅ……」
商人は感情のやり場がなく、ただ唸るだけ唸って、店の奥に品物を探しに行った。
良かった。
こういうののお約束って、そんなもんやれるか、お前らやっちまえって言って、ボディーガード的なやつらが現れるとかだし、そういうふうにならなくて。
「えへへ、良かったね、ユウキ」
「ああ、そうだな」
もしかして、これが分かってて、この店がいいって言ったのか?
いや、さすがにそれは考えすぎか。
「これが品物だ。お願いだから、もう店には来ないでくれ」
泣かれた。
男のマジ泣きなんか見ても一銭の得にもならねぇ。気持ち悪いぐらいに、わんわんと泣くもんだから流石に気まずくなって出てきた。
うん、本当に気持ち悪かった。
「何はともあれ、アストレアがあの店に行くなんて言わなければ、こんなに色々なものを手に入れることは出来なかった。ありがと、これはプレゼント」
そう言って、俺は虹海鱗のネックレスと呼ばれたものを手渡す。
きらりきらりと光を反射して見る方向によって色が変わるそれは鱗を何枚も集めて彩られた装飾をしており、中央にとびきり大きな真珠を掲げている。
「ねぇねぇ、ユウキ。これ、つけてー」
頭をすっと俺の元へと突出し、彼女は目を瞑る。
俺が首につけるのを待っているようだ。
「ありがとな、ほんとに」
まぁ、これぐらいしてもいいだろう。こんなことするのは初めてだから、なんだか照れくさいけれど。
俺は首飾りを彼女の身に着けてあげる。
その時ちょっと彼女の肌に触れてどきりとしたのは内緒だ。
「大事にするね」
その時の笑顔はどうしようもなく可愛らしく、俺は照れくさくなって笑うと、歩き出したのだった。




