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アプサラスの加護

 帰り道、最初に来た時迷っていたのが嘘のように、普通に帰れた。まぁ、それもそうか、彷徨える森が彷徨える森たり得たのは一重にマンドラゴラがいたからに他ならないのだから。


 魔物との遭遇もなし。

 この森にいたのはあの魔物だけだったのか、それともこの森から出れるようになったと気づいて、さっさと退散したのか。


 まぁ、こんな弱った状態での戦闘はなるべく避けたかったので好都合だ。



 今更ながらだけど、これからは彷徨える森ではなくてただの森になってしまうな。


 彷徨える森と名付けた人物は彷徨える森が彷徨える森たる所以を知っていたのだろうから。そうでなければ、彷徨いの森とか迷いの森とか、もっとそれっぽい名前を付けだろうし。


「改めまして、自己紹介をさせてもらうね、僕はブラック。ブラック・アリステラ。サラ姉さんの弟だよ。街では薬剤師をしている」


 俺たちは馬車へと乗り込み、街道に出たところで一安心と言うことで、お互いに自己紹介をしていた。


「薬剤師ってことは、薬草とかを調合して薬を作る職か」


「そうだね、これでも学院は首席で卒業させてもらってるから、きちんとした物を出せるつもりだよ」


 首席で卒業。


 そう聞くと何だかすごそうに感じる。成績で言えば、ちょうど平均ぐらいだった俺からしたら、遠い存在の人だ。


 よくもまぁ、そこまで熱意を向けられるものだ。

 それだけ好きなのだろう。


「まぁ、今回はそれを煎じて飲めば不死になると言う伝説の薬草タマノミコシのうわさを聞きつけて彷徨える森の近くを散策していたら、気づいたら彷徨える森に入っちゃってたみたいで、あはは……。自分でもうんざりしちゃうよ」


 笑えねぇぞ、おい。

 何だよ、その変な名前の薬草。明らかに怪しい薬だろ、それ。そう突っ込みたくなったが、ぐっと堪える。


 もしかしたら、この世界ではそれが普通なのかもしれない。

 あまり、ずれた感覚ばかりを見せるわけにはいかない。


「それはあんただけよ、ブラック。明らかに胡散臭いって分からないかなぁ……、ほんとにもう」


 良かった、俺がずれてるわけじゃない。


「そんなことはない。タマノミコシはなかったけど、希少な薬草のニガシゲキが手に入ったんだよ」


 ほらーと、さぞ見つけたことが嬉しいのだろう、その例の薬草を掲げてみせるブラック。


 どうやら、彼は根っからの薬学オタクといったところなのだろう。薬のことが好きで好きでたまらない。


 それだからこそ、主席をとれた。好きなものは誰にも負けない、譲らない、そういうタイプの人間だ、そうわかった。


「ニガシゲキってどんな薬草なんだ」


「そのまま服用すると、それこそ一週間ぐらい舌にすごく苦いのが残っている感触が続くけど、大抵の怪我や病を治してしまう薬草だよ。ちなみに、苦いって舐めたらダメだよ、あれは拷問か何かと感じるほどの苦痛だから……。でもまぁ、上手く調合すれば効果だけを残して、苦みを消すことも出来る」


 絶対こいつ直に服用しやがったな。

 苦しさについて訴えるときの目の本気度が異常だった。


「そんなに良い効果なら、それなりに苦みを消すのは大変なんじゃないか?」


「大変なんてもんじゃないよ。完璧な温度管理と時間管理、少しでもずれればすぐに効果は薄れてしまう。何度これに失敗したことか」


 これほどの良薬になる薬草だ。

 それなりにいい値段がするのだろう。ブラックは遠くを眺めるような現実逃避気味の目をしている。


「サラさんも苦労されているのですね」


「ええ、それはもう……」


 なんか同情する。

 こんな大きくなった好奇心の塊が近くにいたら気が気でないだろう。彼女の部下も肩をすくめて同意を示すあたりが何とも言えない。


「さて、僕の話はもういいだろう。君のことを教えてくれ」


 少し居心地を悪く感じたらしい。

 どうやら、多少は今回自分のせいで迷惑を被ったと言うことを理解してくれているらしい。けれど、反省はしているが、後悔はしていないと言うしてやったりな顔をしてやがる。


 一回殴ってやろうか。 

 一番衰弱してた割には今となっては自分で作った薬で一番最初にけろっと復帰してやがるし。


 自己紹介……か。

 どう説明したものか。冒険者って言うのがファンタジー世界としては無難な気もするが、そうだとすると、世界について全く知らないのは不自然だし……。


 かといって、正直に話すのも……、いやもう一緒だろ。

 彼女たちはそんなに悪い人ではない……と思う。なら、それを信じて、素直に話すのが一番だ。


 うん、そうしよう。

 

 考えるのがめんどくさくなったわけではないぞ、うん。


「俺は霧島優輝だ。信じられないかもしれないけど、元々は違う世界にいて、昨日この世界に来たばかりでよく分かってない」


 沈黙。

 ほらな。まぁ、これが普通の反応だよな。


 異世界から来ましたとか言われて、はいそうですかと受け入れるわけがない。受け入れたら受け入れたでおかしい。


 俺なら不審者がいるって通報するまである。


「ふむ、転生者か。なるほど、道理であの試練の間を踏破出来るわけだ」


 えっ?

 意外とすんなり受け入れられてる?


「転生者って結構いたりするのか?」


「いや、ごく稀にこの世界にそういう人たちが現れているから、この世界では受け入れられてるってだけ」


 なるほど。

 ごく稀っていうのがどれぐらいの頻度なのか非常に気になるところだが、とりあえずその話題は置いておこう。


 けど、それでも、受け入れられてるってことは……。


「この世界でだいぶ活躍してるってことか」


「そういうことだ。ある者は軍師として一国を戦争の勝者へと導いた。ある者は豊かな想像力をもって、新たな魔法を開発した。ある者は勇者として魔王を倒し、世界に平和をもたらした。中には田舎で店をだし、絶品の料理を振る舞った者もいたと言う話も聞く。どうやら、転生者には何かしら優れた才能があるらしい」


 そりゃあ、あんな転生の仕方してたら、頭の良いやつはきちんと割り振りをするだろう。

 けど、聞けばなるほどって思うようなステータス振りしているやつが結構いるな。その手があったかと何度口にしかけたことか。


 まぁ、でも、今の俺のステータス振りに後悔はない。運がなきゃ碌なことがない。

 今回もなんだかんだで運よく生き残ることが出来た。


「ユウキは、マンドラゴラを一人で倒してしまうぐらいだし、それこそ魔力とかすごいんじゃないのか? ちょっとステータスを見せてくれよ」


「ステータスを見せるってどうやるんだ」


「あー、すまない。えっと、主よ、天性の我が身に宿りし今宵の力を指示さん、チェック・ザ・ステータスと唱えてくれないか? これで自分のステータスを表示できる。ちなみに、他人のステータス表示を行う場合はそれなりに手順がいるから、他人に盗み見られるなんてことはないよ」


 付け加えるように言われた言葉は俺が疑問に思ったことをそのまま口にしていた。

 他人からそうそう簡単にステータスを見られては溜まらない。何があるか分からないうちは、そこまで大っぴらにしたいとは思わないし。


 ブラックは主席というだけあって、それなりに頭はまわるらしい。

 

 そこまできちんと考えられるなら、何故彷徨える森に入ったのか、タマノミコシなんて胡散臭い薬草の話を信じてしまったのかと色々言いたくなるけど、何も言わないことにしよう。


 言っても仕方のないことな気がする。

 俺が言う前にきっとサラが言ってると思うし。


「主よ、天性の我が身に宿りし今宵の力を指示さん。チェック・ザ・ステータス」


 言われた通り、魔法を詠唱する。


 すると、後ろが透けたクリアブルーの画面をしたパネルが現れ、そのパネル上に俺のステータスが表示される。



・基本設定

名前:ユウキ・キリシマ

種族:ハイエルフ

職業:魔法剣士

年齢:16


・ステータス

レベル:1

体力(HP):68

魔素量(MP):240

筋力(STR):62

耐久力(VIT):60

器用さ(DEX):56

素早さ(AGI):56

魔力(INT):223

魔法防御(MGR):67

運(LUCK):1000

スキル(ステータス)ポイント(SP):0


[スキル]

・アプサラスの魔法

不知火・鉄心・八雲・音羽・神風 他

[称号]

・転生者

初期設定値にボーナスが生じる

・神運の持ち主

神に祝福された運の持ち主。

・アプサラスの契約者

アプサラスの試練の間を超えし者。アプサラスの加護を受ける。各種ステータスにボーナスを得る。さらに、固有スキル“アプサラスの魔法”を習得する。


おや?


 ステータスが大幅に増えている。


 原因は……、アプサラスの契約者っていう称号が増えたからか。運よく試練の間を踏破しただけでここまでの見返りとは何ともまぁ太っ腹なことか。


―――誰が太っているじゃ。我はこれでもナイスバディなお姉さんよ。ボンキュッボンと出るところは出て、締めるところは締めている。世に歩く男どもなら我がナンパすればイチコロよ。


 なんか言ってやがる。

 まぁ、そっとしておこう。


 ステータス的には悪くない。


 いや、悪くないと言うか、むしろ良い。全体的に伸びているが、魔法パラメータが特によく伸びて、肉体的パラメータはぼちぼちだ。


 てかおい、運は伸びてねぇじゃねぇか。

 運がないのはデフォルトみたいなことしてるんじゃない! 全く怪しからん……、本当に勘弁してくれ、悲しくなる。


 いやいや、実は実は、1000で上限値とかそんなんじゃなかろうか。もしくはこれから先は限界突破という一段階を踏まなければなりませんよみたいな。


 むしろ、そうであってくれ。


 考えないようにしよう。


 他は……、なんかスキルが増えてるな。今回の戦いで使用した不知火を含め、どうやら他にも色々使えるようになったらしい。


 あとでどういう効果があるのか試してみとかないとな。


 というか、なんでどれもこれも和名なんだ?


 ―――そうさな、我も昔主と同じ日本人の転生者と旅をしたことがある。その時に我が編み出した魔法は彼奴との思い出として日本の言葉を使うこととしたのじゃよ。


 なんだかんだで、転生者ってそこそこいるのか。


 ―――まぁ、珍しいには珍しいのだがな。偶然我が旅を共にしたというだけじゃよ。主もいずれ出会うかものう、転生者に。


 まぁ、正直どうでもいいんだけどね。あんまり未練なんてないし。


「おお、さすがはAクラスのマンドラゴラを倒しただけある」


 とりあえず、良かった。すごいと言われる程度はあるらしい。これで平均以下とかだったら、いろんなところが黙ってない。


 正直それは勘弁。


「Aクラスと言うのは?」

「ああ、それはな……」


 アルフレッドの話は長かったので、大まかにまとめると、こんな感じだった。

 SSS、SS、S、A、B、C、Dの七ランクがある。それぞれ言い換えると、神話級、大陸級、師団級、大隊級……と続いていくらしい。


 これはその魔物を相手取るのにどれぐらいの人員が必要なのか、その魔物の悪質さ等を測り、それをもとに算出される。ちなみに、神話級は過去に1例のみ。その神話級と言うのも、過去の文献から読み解くにそうであっただろうと推し量るレベルにとどまっているのだと言う。


 ゆえに、正直信じていない者がほとんどだ。


 世界が滅びて再構成されただの言われたところで、信じないのがまぁ、普通だろう。

 そういうことだ。


 近年で一番被害が出たというのもSクラスの黄龍という魔物で、金色に輝く龍のの体が発せられる熱を帯びた光が周囲を焦土に化したと言う。出現地域にほど近くの小国が消滅したところで、周辺諸国から集められた一個師団の軍が編成され、彼らはその人数を半分以下に減らしながらも何とか勝利を手にしたらしい。



 彼らと親睦を深め、ようやく距離が縮まったのを実感し始めた頃、ユーデンブルクの街が見え始めた。


 それからはなんだかんだいって、色々と各々やることがあり、忙しなく動くこととなったものだから、とてもじゃないが談話できるような雰囲気でもなかったので、俺たちは二人部屋に先に戻ることにしたのだった。


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