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突然の来客

灯りのついていない暗い部屋をゆっくりと進む。3歩も歩けば窓に辿り着く。


久しぶりだな、ここも。


何の気なしに傍らの勉強机に手を置く。


散らかっているなぁ。


雑誌や本が散らばる机。


ちょっとは整理しなさいよ。


散らばった冊子をまとめようと本に手をかけたその時、ベッドの上で何かがゆっくりと起き上がった。


その物影を視界の端に捉えたまま息をのむ。そして。


「きゃあぁぁぁぁあぁぁ!!」

「うわぁあぁああぁぁぁ!!」


のどかな町の静寂をぶち抜くように悲鳴が鳴り渡る。その声にびっくりした奈津も叫ぶ。


「何よ!奈津かと思ったじゃない!」


「いや、奈津ですけど」


「何してんのよ、こんなところで」


「ここ僕の部屋ですけど」


「いるならいるって言ってよ!」


寝ながら「僕いますよ〜」って言えばいいのかな。


暗闇の中で数秒見つめあう二人。甘くとろけるやつではなく、早い話がハブとマングース。


薄暗い部屋でお互いの光る目だけを凝視していた。


「なんだなんだ、どうした」叫び声を聞きつけて信がずしずしと二階に上がって来る。ハブとマングースの緊張が解けた。


「なんだ、奈津いたのか。いるならいるって言えよ」顔を覗かせ、奈津を見ると信はそう言った。


だから、寝ながら「僕いるから〜」って言えばいいのかな。


「飯できたぞ〜」


「は〜い」


ずしずし、とんとん、と二人の足音が階段を降りて行く。部屋には呆気にとられた奈津が一人残された。



テーブルには海の幸を中心に、色とりどりの料理が並べられている。今日は来客を迎えるためだろうか、いつもより見栄え良く料理を盛り付けている。


「今日は鯛とヒラメが大漁だったからよ」


「わ〜、おいしそ〜!」


目を輝かせながら料理の皿に思い思いに箸を付けていく。


「やっぱり獲れたては全然違うわね」


温海家の食卓は足の低いテーブルを囲み、床に直接座って召し上がるスタイル。


特に空腹ではなかったが、奈津がヒラメの刺身に手を伸ばす。箸と箸がぶつかった。


「あ、どうぞ」反射的に奈津が手を引く。小心者の習性。いつもそうしてしまう自分を情けなく思う。


「ありがと」


悪びれもせずにがばー!っとヒラメの刺身をさらっていく。奈津はヒラメがまばらになった皿と、おいしそうにヒラメをほおばる幸せそうな顔を交互に見て箸をおいた。


「何、もうご馳走様?」


「いつもはもっと食うだろ。たいした仕事もしてないくせに」


来客があっても相変わらずの信を奈津は呆れ顔で見る。。身に着けているのも股引に白いランニングシャツ。まったく。客が来ているのに。客が。。。客?


奈津は ぱっ と顔をあげ、その突然の来客を見る。


「何よ」


ここに来て、奈津はようやく満里に聞いたのだった。


「なんでいるの?」



「なんでいるの?」


次の日。奈津は外房マリンにやって来ていた。昨日突然この町にやってきた満里を連れて。当然、4人の反応は声を揃えてこれだった。


「何よ。用がないと来ちゃいけないわけ?」


空には相変わらずじりじりと太陽が照り付けている。


「いや、いやいやいや。来るなら来るって言ってくれればよ〜」


「連絡したわよ」


梅男の言葉にあっさりと満里が答える。


「うそ?」


「ほんと」


「家に?」


「そうよ」


「俺の?」


「そうよ」


「いつ?」


「1週間前」


「誰が出た?」


「変な子供が出て話にならなかった」


「あははは〜!だめじゃん梅男ん家」


「富田、あんたん家もね」


「うそ?」


「ほんと」


「電話したの?」


「うん」


「家に?」


「そうよ」


「俺の?」


「そうよ」


「いつ?」


「だから、1週間前」


「誰が出た?」


「猫が鳴いてた」


「お前ん家の方がひでーじゃねーか」


「そんなばかな!」


「晴と紺の家にもね」


「嘘?!」

「嘘?!」


晴と紺が声を揃えて叫ぶ。


「あんた達とは電話で連絡とれないわけ?奈津にも連絡いってないみたいだしさ」


満里の冷たい視線を受け、奈津は小さくなる。


別に自分が悪いわけではないと思うのだが、いつもより3分の2ほど小さくなった奈津は、漁の準備をしてるであろう信を恨んだ。



「あら、かわいいお客さんね」


空では相変わらず太陽がじりじりと照りつける中、那美がトロピカルジュースを手に持ってやってきた。


厚い唇、口元のホクロ。絶妙に垂れた目尻とパッチリした目は、世の男子達を甘い気分にさせる。


「こんにちは」満里は軽く頭を下げて挨拶をする。


「こんにちは」


「こちら、信州から来た満里ちゃん」梅男が満里を紹介する。


「あら、うちの店と同じ名前ね」那美は房総マリンの看板を親指で示す。


梅男は渋い顔で唸った。マリとマリンか。


「丁度よかったわ。飲む?これ」


那美は挨拶もそこそこに、手に持っていたトロピカルジュースを満里の顔の前に出した。今日のは吸い込まれるようにきれいなブルー。


男5人の空気が強張る。丁度よかった の意味を計りかねている。


「あ、はい。喉渇いちゃって。いただきまーす」


「あ、、、」


奈津が止めるまもなく満里はストローに口をつけ、一口二口とトロピカルジュースを飲む。


五人は黙ってその様子を見守るしかなかった。


太陽はいつの間にか頭上高く上り、いつの間にか蝉の声は何重にも重なっている。


それはもはや全方位多重サラウンド。


向こう岸では今日もタカ達が釣り糸を垂らしている。当たりが無いのか、釣り糸を垂らしたままあまり動きが無いのでのどかな田舎町の風景がより一層のんびりとした雰囲気となっている。


満里はストローから口を離し、横からグラスを見る。蝉の声が異様に耳障りだった。奈津達は固唾をのんで見守る。


「おいしー!」満里の顔が ぱぁっ と明るくなる。


「嘘っ!?」5人は声を揃えて言う。


「何よ。失礼ねアンタ達」


「すごくおいしーですよ、これ。よかったら作り方教えてください」


「いいわよ。レシピ書いとくから。後で渡すわね」


「きゃー、嬉しい。あたしもペンションで始めようかな」


「あら、ペンションで働いてるの?」


ガールズトークがはじまった。こうなると男達の出る幕は無い。


二人の傍ら、奈津が恐る恐るそのトロピカルジュースを手に取りストローに口を付けた。


「ぶー!!」


リステリンに法曹を混ぜた味がした。

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