ばいばい!!冬
荷物をまとめた5人と満里は、朝食を済ませて喫茶室のカウンターに横一列に並んで座っていた。
毎年、出発前に明の煎れるコーヒーを飲むことになっている。
座る順番も毎年同じで、奥から梅男 満里 富田 奈津 晴 紺。
「やっぱ苦ぇ」
梅男はコーヒーを一口すすると、顔をしかめながらカップを置いた。
他の4人も一口すすると、次々とカップを置いていく。カウンターの向こうの明が苦笑いをする。
これも毎年恒例となった儀式。
5人が唯一飲めるコーヒーは、甘い甘〜いコーヒー牛乳のみ。
「これがいいんじゃないの」
梅男の隣に座る満里はおいしそうにコーヒーを啜る。
コーヒーそのままの味を楽しんでもらうため、砂糖やミルクは置いてない。オーナーである明の意向。
「ちょっと酸味があるのよ。あんたたちにはわからないだろうけど」
「なにおー!生意気な女め〜」
「このコーヒーインテリ女!」
満里を挟んで梅男と富田が食ってかかる。
「文句があるならちゃんと飲んでから言いなさいよ」
梅男は目の前のコーヒーを睨みつけると、今度はさっきより多めに啜った。
「・・・」
「どう?」富田が興味津々に聞く。
頑固だけど繊細で上品。例えるならばそんな音をたてながら梅男がカップを置く。
「やっぱ苦ぇ。。。」さっきよりもひどい顔で梅男は言った。
「きゃははは!」
奈津は富田越しに満里の様子を伺っている。
――また今度話すよ
満里にそんな気配は微塵もなかった。
「オーナー、来年もよろしくお願いしますね」奈津の隣で晴が言う。
「来年?」コーヒードリップの片づけをしていた明の手が止まる。
変な間が空いた。
奈津はさっきから満里のちょっとした変化ほ一つ一つが気になっていた。先ほどまで元気に笑っていた満里が、今は一瞬身を強張らせるように見えたり。
昨夜の出来事で意識し過ぎているのか。
「あぁ、来年ね。うん。頼むよ」
「オーナー、呆けないでよ」
「いや、来年の話をすると鬼が笑うってね、はっはっは」
それから5人と満里は時間いっぱいまで話をした。
とりとめのない話ばかりだが、会話が絶えることは無かった。
「オーナー、レモン水ないっすか?」
「ちょっと梅男、いきなりなによ」
「俺は今レモン水を一気飲みしたいんだ」
「レモンって、太陽の味がするよね」
「そうそう。レモンって太陽の果物だよな」
「わからないわ。あんたたちが」
来年また会える。
一時とはいえやっぱり別れなのだ。名残惜しいのだ。
毎日どれほどの言葉を交わしても、寂しくない別れなどないのだろう。
ぽっぽ〜ぽっぽ〜♪
喫茶室の鳩時計が鳴った。話を遮られ、みんなが一斉に鳩時計に注目する。
ぽっぽ〜ぽっぽ〜♪
「うるせぇ!」
話を中断され、梅男が鳩時計の小窓から顔を出す鳩に向かって叫ぶ。
ばたん!
わかってるよ、うるせぇな。俺だって好きで鳴いてんじゃねぇんだよ。と言わんばかりに鳩は11回鳴き終えたあと、乱暴に小窓を閉めると時計の中に引っ込んで行った。
明はカウンターに並ぶ6人の顔を見ると、静かに、そしてゆっくりと言った。
「そろそろバスの時間かな」
■
この時期になると、陽が出ればじゃんじゃんと雪は融けていく。
融けた雪は水となり、流れ出る水に浸された道路や駐車場は黒光りをして湯気を立ち昇らせる。
冬の終わり、春到来の光景だ。
ペンションから歩いて5分程のバス発着場。
毎年のように、満里とオーナーが見送りに来てくれる。
「忘れもんないか?」
「荷物よ〜し、おみやげよ〜し」
梅男の掛け声に、富田が指差し確認を始める。
奈津が置いてけぼりにされた年から、ネタというか一つの儀式のようになっている。
「あれ、梅男隊長、奈津がいません」
「富田隊員、それが奈津ではないか」
「あ、おみやげのメロンかと思ったであります」
「だっはっはー!!」
この二人は何かネタを見つけると、ウケなくなるまで徹底的に追求する。
実際ウケているのは当人だけなのだが。つまり、飽きるまでってこと。今回のターゲットは見舞い用のメロンこと、奈津。
「はいはい、奈津よ〜し」
紺が奈津の頭を手のひらでぐりぐりしながら言った。ちょっとだけ傷に触った。いててて。
発着場に東京行きのバスがやってきた。5人は荷物を積み、バスに乗り込んだ。
「あんた達さぁ、今年こそ携帯買いなさいよ」
「何で?」
「何で、って。便利じゃない。みんな持ってるわよ」
「みんな って。俺ら誰も持ってないけど」
「あんた達がおかしいのよ」
バスの窓越しに梅男と満里がやりとりをしている。
奈津はもう一度昨日のリアルな夢を思い出し、明と並んで立っている満里に目をやる。満里と目が合った。
「奈津も、携帯買ったらメアド教えなさいよ」
やっぱり、いつもと様子の変わらない満里だった。
「メアドって、何?」
満里は諦めたような力ない笑顔をすると、小さく手を振った。
奈津はバスのシートに ズリズリ っと深く凭れ掛かる。
時間になり、5人を乗せたバスはゆっくりと動き出す。
もう何回も繰り返されている光景だが、胸にこみ上げてくるこの複雑な感情に慣れることはない。
冬との別れの寂しさと、春到来の希望感が同居する感じ。
「ま〜た来年ね〜!!」
満里は両手を大きく振ってバスを見送る。
隣の明はさすがに両手をぶんぶん振ることは無いが、別れを惜しんでくれてるのはその表情から充分にわかった。
これから自分達が生まれ育った町に戻って、熱くて暑い、本に書いたらぶ厚い夏を過ごすのだ。
これは、そんな冬少年達(27歳だけど)の、夏物語である。
5人は窓から体を乗り出し、元気良く別れを告げた。見送る二人に、山に、そして冬に。
「まっっったね〜!!」