最後の夜
結果から言うと。
梅男×−○鈴木君
富田×−○佐藤君
紺 ×−○山田君
晴 ○−×高橋君
奈津×−○アキ (奈津負傷棄権)
晴が一矢報いた形だが、1勝4敗。
一番手の梅男から始まり、富田、紺が立て続けに負け、第4戦を待たずに勝敗は決まっていた。
バラエティ番組としては、非常にやってはいけないことだ。
「最後の人が勝ったら3ポイントとかやったら盛り上がるのにね」
などと富田が勝手なことを言っていたが、これは3流とは言え青春小説という文学でありバラエティではない。
やっていることはバラエティのなんら変わらなくても、活字として表現しているので誰が何と言おうと文学だ。
兎にも角にも、こうして「2008年俺達の冬」は、奈津達の9連敗というかたちで幕を閉じた。
出番直前に開会式での傷口が開き、またも流血騒ぎを起こした奈津には救急車のお出迎えというおまけ付きで棄権となった。
抜けるような青空を、風に流され颯爽と流れていく白い雲。彼らは我々に何ら言葉をかけることなく山の向こうへと消えていく。
そんな雲と同じように、季節と言うのは人知れず、そしていつの間にか移り変わっていくものなのである。
■
奈津達が冬の間滞在しているペンションは、桃竜温泉街の一角にある。
大会が行われた桃竜山スキー場からは、歩いて10分ほどの距離。オーナーに教えてもらった裏道を滑って降りてくれば、ものの数分で到着してしまう。
暖かいオレンジ色の照明にライトアップされたその建物は、青く塗装が施され南国ビーチのほとりの方が相応しいように思える。
「ちょっと奈津、元気だしなよ」
満里が奈津の背中に向かって言った。
奈津はペンションにある喫茶室のカウンターでがっくりとうなだれている。
昼間の怪我で顔全体を包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「んん。。。」
一応返事はするものの、間の抜けた声を発しながらカウンターに突っ伏したままの奈津。
「たいした怪我じゃなくてよかったじゃない」
3針縫って全治3週間の診断。充分大した怪我だと思うんだけど。
「うん。。。」
「もう。荷物まとまったの?」
「・・・まだ」
「明日出発でしょ。待たせたらまた置いてかれるよ」
「う。。。」
何年か前、もたもたしている奈津は本気でおいて行かれたことがある。
みんなはわざとじゃないと主張しているが、わざとじゃないとしてもそれはそれでひどいことではないか。だって存在を忘れてたってことでしょ。
今の時刻は夜の10時ちょっと前。他の4人は明日の出発に備え早々に布団の中へと潜ってしまっている。
奈津はカウンターを立ち、カフェの出口に向かった。
「あ、奈津」
「ん?」
呼び止められた見舞い用のメロンは、立ち止まり満里の方を振り返る。
ぽっぽ〜 ぽっぽ〜
鳩時計が丁度夜の10時を指し、時計から鳩が出てきてその刻を告げる。
ぽっぽ〜 ぽっぽ〜
満里はその場に立ち上がっただけで、何も言わずに奈津を見つめている。
ぽっぽ〜 ぽっぽ〜
奈津も満里の言葉を待つ。
ぽっぽ〜 ぽっぽ〜
「奈津さ」
「うん?」
ようやく満里が口を開く。
ぽっぽ〜 ぽっぽ〜
鳩時計の鳩は役目を終えると、またもとの場所に引っ込んでいく。
お互いが見つめあったまま刻は流れる。
「見舞い用のメロンみたいだね」
「寝る」
奈津は喫茶室を出て、4人が寝静まる自分の寝床へ向かった。
■
「奈津、起きてる?」
奈津は布団に入ると、いつの間にかウトウトしていたらしい。
名前を呼ばれて はっ と目を覚ます。
「寝ちゃった、かな」
「ん、、、満里?」
顔をあげるとドアのところに満里が立っている姿が暗闇の中でぼんやりと見えた。
両サイドにはいびきをかいて寝てる梅男と富田。
「さっきはごめん」
若干うつむきながら満里が言う。
満里に謝られた記憶など数えるほどしかない。寝起きでぼんやりとした頭だが、いつもと違う雰囲気にとまどいながらも奈津は何とか答えようとする。
「いや、別に気・・・」
「んがー!」
梅男のいびきに遮られる。しばらく見ていたら、寝返りをうって大人しくなった。
「何?」
「あ、、、うん」
満里にいつもの歯切れの良さは無かった。
「明日でお別れだね」
「まぁ、うん」
お別れと言えばお別れだけど、これまで毎年あっさりさっぱりお別れしてきたではないか。
今の時刻はわからないが、一旦寝入ったところから、夜も結構更けていると思われる。
暗闇の中で目を泳がせながら動きの鈍い頭を働かせる。が、何の考えも言葉も出てこない。
またしばらく沈黙の時間が流れる。
明るいと眠れない、と梅男の意向で部屋は真っ暗。
今部屋を照らしているのは満里が開けたドアから漏れてくる廊下の小さい灯りだけ。部屋の暗さと廊下の照明で逆光となっているため満里の表情は読み取れない。
「あたしね・・」
「ぐがー!!」
ほんとは起きてるんじゃないだろうか。しばらく富田を見ていたら、梅男と同じく寝返りをうって大人しくなった。
富田の様子を伺い、再び満里が口を開こうとする。
「ずっと・・・」
「これこれ!これが食べたかったんだよ!!」
今度は梅男の寝言。どんだけ長く明確な寝言なんだ。
しかも何かを指差して言っている。
今度こそ満里は吹き出してしまった。
それと同時に、張り詰めて別人のようだった満里の周りの空気が変わった。いつもの満里だ。
「起こしたら悪いね」満里が声をひそめて言う。
「いや、、、」
叩き起こしても起きない連中なんだけど。
「起こしてごめんね。また今度話すよ」
「あ。。。」
また謝られた。満里にこれだけ謝られると、雪でも降るんじゃないかと、、、あ 雪は平気で降ってるかも。
「それじゃ、おやすみ」
それだけ言うと、顔だけを布団から起こしている奈津を残し、満里は静かにドアを閉めた。
ぱたん。
■
ぱたん。
奈津はドアの閉まる音で目を覚ました。
喫茶室から戻った奈津は、布団に潜り込むといつの間にか眠りについていたようだ。
ドアの曇りガラスを見る。高さも大きさも人間の顔ほどだ。
先ほどの出来事を思い出す。ドアは閉じられていて、満里もいない。
廊下の照明は切られているのか、曇りガラスの向こうは真っ暗で、人の気配はない。
「がー」
「ぐがー」
夢。。。か
梅男と富田は騒音のようないびきを撒き散らしている。思えば、よく何ヶ月も同じ部屋で寝られたものだ。
二人の幸せそうな寝顔を見ていると、なんだか無性に腹が立って来る。
起きているときには絶対に出来ない。だが、寝ているときには何でも出来る。
奈津は梅男と富田の顔面に、一発ずつ自分の枕を叩きつけた。
ばふっ。ばふっ。