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本番!!開始

「ただいまより〜、ハーフパイプ団体戦、決勝を始めま〜す」


間延びしたしまりの無いアナウンスが鳴り響く。


最高の選手宣誓を経て開会式を終えた選手達は、それぞれにスノーボードを抱えフィニッシュ地点からスタート位置へぞろぞろと斜面を上がっていた。


今日はシーズンを締め括る恒例のハーフパイプ団体戦。


スタート地点に揃った出場チームの選手達。総勢2チーム。その人数、全10名。


なんのことはない、参加チームが2チームだけだからいきなり決勝戦。


流行らないスキー場の、流行らないイベントの悲しい運命。


参加するメンバーの顔ぶれも毎年変わらない。そのため、もはや私戦となっている。


戦績は過去8年で0勝8敗と奈津達は大きく負け越している。


負け越しと言うか、一度も勝ったことはない。もともと勝敗にこだわってはいないのだが。



ハーフパイプ競技は、左右の壁を振り子のように行ったり来たりを繰り返し、スタートからフィニッシュ地点に辿り着くまでに5回から6回空中に舞い上がり技を繰り出す。


採点ルールは大会により異なるが、ここのルールはシンプル。


高さ、回転、かっこよさ の3つをそれぞれ10点満点で採点、合計点の多い方が勝ち。その勝数を競うルールである。



一番手は梅男。


スノーボードに限らず、このメンバーでいつも先陣を切るのはこの男。


カラオケも、ファミレスの注文も、お食事会(合コン)の自己紹介も。


だが、スタート地点に梅男の姿は無い。


「お姉さん、もうちょっと下がった方がいいかも」


紺がスタート位置に立っているミニスカートのキャンギャルにやさしく声をかける。


「あ、ごめんなさーい」


キャンギャルは愛想を振りまきながら、紺に言われたとおり一歩下がった。


そもそもなんのためにキャンギャルを配置しているのか、なんのために3月の終わりとは言え雪が地面を覆うこの季節にミニスカートなのかわからない。


風の噂で伝え聞いたところによると、大会主催者の意向だとか。


梅男を除く4人はスタート地点で腕を組み、じっと前を見据えている。


まるで、この後に起こる一瞬の出来事を見逃すまいと待ち構えているように。


ふと、どこか遠くから獣か何かの雄叫びが聞こえてきた。耳を澄ますと、どうやら山の上の方から。


春の気配を敏感に感じ取り山へと戻ってきた鳥達が、これまた不穏な空気を敏感に感じ取りそれまで羽を休めていた木の枝から慌しく飛び立つ。


雄叫びは徐々に近づいてくる。



スタート地点から斜面上を見上げると、ウェアをはためかせ直滑降で滑り降りてくるスノーボーダーが見えた。今ようやく米粒大。


「あ"−−!!」


ライダーがぐんぐん近づいてきてその大きさが小豆大になる頃には、その正体が判明する。


その猛スピードのため発生する風圧に、これっぽっちも屈すること無く繁生する丸い植木のような立派なアフロ。梅男だ。


「い"−−!!」


トップスピードに乗ったまま、スタート位置に立つ奈津達4人と、ニコニコしながら立ってるだけのキャンギャルの間を通り抜ける。ギャン!


梅男が猛烈な速度で通り過ぎると、一瞬遅れて吹き付けられる風圧でその短いスカートがめくれあがる。


「キャー!」


キャンギャルは両手でスカートを押さえたが、一瞬遅かった。


奈津達4人は腕を組む姿勢は変えず、顔の向きだけキャンギャルに向けていた。さっきからの凝視の狙いはこれ。



「黒ー!!」意表を突かれて叫ぶ冨田。


「そのギャップにGAPのキャップを!」インチキ早口言葉を始める紺。


「モーレツ」ゆっくりと首を左右に振りながら晴。


「ななな、なんかのCM?」呂律が怪しい奈津。


色めきだった4人は興奮気味に好き勝手言ってる。


毎年恒例、一足早いいたずらな春一番。


「元気108倍ー!!」


梅男が両手を突き上げ咆哮すると、猛スピードでハーフパイプに突っ込んでいく。男は煩悩の数だけ強くなるのだ。



「わーん!」


最初の掛け声で梅男は勢い良くハーフパイプに身を落とす。


「つーー!」


掛け声その2、でハーフパイプの底を低い姿勢で踏ん張り加速していく。ぐん!


「わーーーん!!」


最後の掛け声で、体格に恵まれた梅男の体が空中へ飛び出した。


「スリーじゃないのかよ」


富田が遥か上空に舞い上がった梅男を見上げる。


「今年はどこまで飛ぶかな〜」


額に手をかざし、太陽光線を遮りながら晴。


空には目に痛いくらいの青空が広がっている。


特大ジャンプが放物線の頂上に達すると、梅男は空中で両手両足を大きく広げて叫んだ。


「ぱーーーん!」


こちらも毎年恒例、人間打上花火。


世界は広い。人類は偉大だ。


冬の花火だって、大空を鳥のように飛ぶことだってこうして実現できるのだから。



通常だったら空中に飛び出す瞬間、踏み切りを誤らなければ自然とハーフパイプの壁に戻る。


しかし、梅男の場合スーパーな速度から生み出される高さと未熟な踏み切り技術のため、この大会では一度も壁に戻ったことがない。


今回もその軌道は本来戻るべき場所からは遠くかけ離れ、ハーフパイプの壁から横に大きく外れたちょっとした崖に向かっている。


雄叫びをフェードアウトさせながら、梅男は崖の下へと消えていく。


そして、数秒送れて轟音が響く。


ずどーん。


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