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選手!!宣誓

「今年もー、晴天にー、恵まれー」


良く耳にするようなお決まりの挨拶が聞こえてくる。


「今年もー、って。去年は猛吹雪だったじゃねえか」


きれいにとは言えないが、縦に整列する5人。その一番後ろに並ぶ梅男が、前の人間に話しかける。


身長185cmある上に、立派なアフロが繁茂している為前の人間にちょっと話しかけただけで非常に目立つ。


「真っ白で何も見えなかったよね」


梅男に後ろから話しかけられ、若干体を反らせながら返事を返す富田。


ゆとりのあるスノーボードウェアを見に纏っている為、本人も気になっている小太りの体型は隠されている。


「富田、鼻水がつららになってたよな」


「それは梅男でしょ」


「は?俺じゃねえよ。お前だろ」


「俺じゃないって」


押し問答を始めた梅男と富田。


壇上の上ではさっきとはまた違うお偉いさんが退屈な挨拶を始めるところだった。



神経質そうにスノーボードウェアのズボンの裾をしきりに気にしているのは、富田の前に並ぶ紺。なかなか思うように決まらないらしい。


「晴、どっちがいいかな」


紺は前に並ぶ晴を呼び、ズボンの裾の左右を交互に見せる。


「右の方がいいかな」


「やっぱり?俺もそう思う」


正直どっちも同じに見えたが、大人な晴はちゃんと答えてあげる。


季節は冬。ここは信州のとあるスキー場。辺りは雪に覆われ、白一色の雪景色。


山の中腹から見下ろす景色は、一見すると焦点が合わない程の距離にあり、ピントをあわせれば雄大な景色を眺めることができる。


そんな美しい景色とは多少不釣合いな、けたたましい破裂音が鳴り響く。


ずん ずん ずん


上空には体の中心まで届くような轟音で、音だけ花火が打ちあがる。そう、運動会の時のあれである。


列の先頭の奈津は、打ちあがるその音だけ花火をぼんやりと見上げていた。



「そろそろ始まる時間だね」


満里は時計を見ながら言う。時刻は午前11時。


「あぁ」


満里の問いに短く答える明。満里の父親であり、スキー場の麓にあるペンションのオーナーだ。


慌しい午前の仕事を終えた二人は、ペンションの喫茶室でカウンターを挟んで向き合い、ひと時の休息をとっていた。


「今年は勝つかなぁ」


頬杖をつき、満里は焦点の定まらない目をしながら宙を見る。


「さぁねぇ」


明は慣れた手つきでコーヒーサイフォンの手入れをしている。


「奴らは元々勝負にこだわってないから」


「だね」


満里は明の後ろに飾ってある写真に目を移す。


写真には、5人の男たちが笑顔で肩を組んで写っている。写真は額にいれられ、黒のマジックでコメントが書かれている。汚い字。


「2008俺達の冬」


奈津を中心として右側に梅男と富田、左側に晴と紺。雪が降っていたのか、頭や肩に雪がうっすらと積もっている。


「ほんと、子供みたい」


5人の頬は寒さで赤く染まり、その中の2人、梅男と富田の鼻からは鼻水がつららのように垂れていた。



整列している選手達が、鼻水だとかズボンの裾だとか、どんなにくだらないしゃべくりをしていても開会式は進行していく。


奈津達の隣に整列しているもう一つの参加チーム「DragonBoys」の5人は、梅男達の雑音を甚だ迷惑そうにしているが。


「選手、宣誓」


選手宣誓のアナウンスを受け、DragonBoysの列の中から、1人が壇上に向かう。スノーボードのブーツを履いているからロボットみたいな歩き方になる。


彼の名前はアキ。上下カーキ色に揃えたウェアで、開会式用にセットされた壇上へあがる。整列している選手達と向き合う格好となる。


壇上の中央にはマイクが立てられており、その右側にアキが立つ。


「奈津!・・・奈津!!」


晴が前に並ぶ奈津を呼ぶ。


「ん?」


我に返った奈津は、晴を見る。


「宣誓!」


壇上を指差して晴が一言。


奈津は晴の指差す方向を見る。壇上では、アキが1人立っている。


一瞬間をおいた後、奈津は慌てて走り出した。



「また出た。奈津の天然ボケが」


紺は壇上へ慌てて走っていく奈津の後姿を目で追う。


晴は渋い顔をしながら首を左右に動かすだけだった。


「V6」


「TOKIO」


「忍者」


「言うと思った」


晴と紺の後ろでは、梅男と富田が古今東西ジャニーズグループyeah!! を始めていた。


冬になると、広大な大地を包み込む柔らかな雪。だが、そのふわふわの雪は踏み固められると一転して氷のようにツルッツルになり滑りやすくなる。


この開会式場も、会場設営などでスタッフが往来することにより踏み固められ、例外なくカチカチのツルツルとなっていた。特に壇上周辺。


スタッフが「気をつけてね」と声をかけようとしたその瞬間。鈍い金属音が会場に響き渡った。


ごぅんっ。



「SMAP」


「マッチ」


「ピンはダメでしょ」


「なんで?」


「グループじゃないじゃん」


「CD出してればいいんだよ」


「だめだって」


「モノマネするから許して」


「だめだって」


「きったまち〜か〜どの〜♪」


「似てないよ」


最高潮を迎える梅男と富田の古今東西。


すっ転んで壇上の階段に頭を打った奈津は、額から大量に出血。その手当てのため、開会式は一時中断された。


「ほんとに大丈夫なのか?君」


「あ、はい。大丈夫です」


大会スタッフに入念に確認をされたが、奈津はそう答えた。小心者の運命。奈津は、仮に骨折をして脂汗を流しながらでも同じ答えを返すだろう。


包帯とネットを巻かれ、見舞い用のメロンみたいになった頭で壇上にあがった。開会式、再開。


壇上の上で見舞い用メロンが手を上げる。隣に立つアキもそれにあわせて手を上げる。


そして、選手宣誓は始まった。他ではなかなか見られない最高の選手宣誓。せーの。


「われわれは!」

「宣誓!」


交互に言うところ、同時に言っちゃった。

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