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魔王さんちの再婚事情。  作者: タナカつかさ
魔王さんちの再婚事情。
7/41

「魔王と生徒と、そして母親と」

 町娘K、L、M、N、O、P、Q、R、S、T、U、V、W、X、Y、Zまで現れそして逃げられた。

 その内三人は口説けて楽しくお茶まで出来たが恋には発展しなかった。

 そのうち一人とはまた運が良ければお茶をすることになった。

 魔王は本気を出して夜の魔王になった。

 優しい微笑みの中に怪しさを隠している。

 危険な匂いがギラギラするぜ。

 魔王は町娘A(既に5巡した別人)に声を掛け早速手頃なお店に連れ込んだ。

 一緒にお酒を飲んでほろ酔い気分になった。

「また会ったら、今度は一緒にお茶にしようか」

「いいよー、また会ったらね?」

 夜の魔王は無理のない約束を取り付けた。拒否する必要のない約束が功を奏した。

 町娘Aと縁が出来た。今度からは気安く声を掛けて誘えて遊びに行ける仲になった。

 続いて魔王は花売りの女の子をナンパした。

 まず一輪花を買い――事情を聴きそこにある花全てを買うことにした。未成年には優しかった。嘘かもしれないが、造花を作り続けて厚くなった指先が何よりも真実を物語っていた。

 そこまでしたら夜も更けていた。しかし道を往く観光客Cに声を掛けた。

 観光客Cは宿を探し道に迷っている様だった。

 魔王は快く道を教えるだけでなく自らそこまで案内しようとした。

「あの、そこまでして貰うわけには……」

「いいんだよ、美人さんの道案内なんてまるでデートみたいに楽しいからね」

「そんなの逆に信用できませんって」

「じゃあ純粋にそこまでデートしようか」

「ええ?」

 観光客Cの満更でもない様子に強気でガンガン行った。

「途中にいい雰囲気のお店があるんだよ?」

 夜になりお酒の飲める店に連れ込んだ。

 いい雰囲気になった。

 魔王はその後誠実に宿まで送り届けるが、揺れで更に酒が回り、観光客Cは眠気に襲われていた。

 彼女は千鳥足になっていた。部屋までまともに歩けるかどうか怪しい。

 魔王は部屋まで送る事にした。そこでスキル【お姫様抱っこ】を発動した。

 魔王に抱きかかえられて観光客Cは足が浮いてしまう! 

 ――もう逃げられない。

「あ、あの――」

「安心して、本当にベッドまで連れていくだけだから」 

 観光客Cは部屋の中まで魔王に踏み込まれてしまった! 

 観光客Cは焦った! しかしお姫様抱っこが続いているため魔王から逃げられない!  魔王に拘束されている。動けない。優しくベッドに降ろされた。

 危機が迫る! 逃げようとする! 酔いが回ってクラクラしていた。逃げられない! 

 魔王は優しく――怪しげに微笑んでいる! 

 観光客Cは恐怖に駆られ更に混乱した! 

「そんなつもりじゃ!」

 魔王は更に怪しく微笑んでいる! でも満足に体が動かない! ベッドの上でイヤイヤをするが逃げられない! 

 逃げられない! 逃げられないっ! 逃げられない!

 観光客Cはせめて乱暴にされないようにと大人しくした! 

 状況に屈服し流されようとしている!

 その様子を見て魔王は面白そうに笑い、

「……シャワーを浴びてる間に逃げるといい……にげられなかったら、分かるね?」

「……っ!」

 観光客しいは体を必死に起こそうとする、しかし、運悪く酔いが回り切り観光客Cは眠りに落ちてしまった!

(散らされちゃう……!)

 観光客Cは朝起きたら事後になっていることを覚悟した!

 

 ――だが魔王は、シャワーも浴びず静かに彼女の枕と毛布を整え、そのまま寝かせ部屋を出た。

 魔王は観光客Cを見逃すことにした。

 明確に合意を得られなかった為ではない、それは絶対にダメだと決めていた。

 

 だって、本当にないのは合意ではなく、愛が無いのだから……。



 何かが違う。


 魔王は一晩かけもはや当初の目的を忘れナンパを楽しんだ。

 そのつもりで、夜遊びしている女の子に声を掛け全て自宅まで送った。

 もはや狼の皮を被った生活指導員でしかない。一夜の寝床や居場所、そして援助交際を求めてさまよう子供を保護して回るその姿は、確かに居肉食系でも正義の送り狼だ。

 そこで魔王は唐突に思った。

「何かが違う――」

「なにがですか?」

「これは恋愛ではない――そもそもそれが間違いだったのではなかろうか」

「どういうことですか?」

「――ナンパは女遊び、もしくは男遊びだろう? 色々と合意の上で一緒に遊んでいるだけだ。前提として肉体関係等の下心などはあるかもしれないが、恋愛は含まれていない――ただの広義に男女交際というだけではないだろうか?」

「? 男女交際=恋愛では?」

「その価値観が古いのだ。ナンパとはあくまで広い交友関係――面倒くさい恋愛の手順を省いた遊びのみの関係か、肉体関係に居たりそれのみを楽しもうというそれの二極化ではないだろうか? ごく稀に例外的にその中で恋愛が発生しているだけで――一人の男として、女として……お互いの自由を尊重し合いつつ一緒に遊びましょう? ということではないのか?」

「はっ――」

 仮面魔導士は気付いた。ナンパが上手い人――正確には、それによって交友関係を持つ人は基本、恋愛など意識していない。下心はあるだろうがそこは一先ず置いておいて、本当にただ目に付いたいい女、もしくはいい男とちょっと楽しい時間を過ごすことに終始する。

「そう、ナンパにおける理想の交友とは、云わば『同性ではない遊び友達』という幻想ではないのか? 

 男にとって男は不動の競争相手、女にとって女はエグイ腹の探り合いや建前の化かし合いをする自他ともにの欺瞞対象――同性とは割と割と煩わしい。

 だがそこで、もし性的欲求無しに異性と友情染みた交遊が結べたら――

 間違いなく、同性以上に居心地がいい関係ではないだろうか? 

 異性である以上は異性として、自然に気を使ってくれたらどうだろうか?

 エロイ事をしようとしたら切ればいい。金目当てなら捨てればいい。

 異性間の友情は恋人以上に得難い人間関係である。

 そんな人間と巡り合えたら。

 それを刹那的にとはいえ得られるのがナンパかもしれない。

 それがナンパの付き合いたい=OKではないのか?」

 つまり、

「では――我々は……」

「のっけから間違えていた」

「……そんな、バカな……」

「――真面目に恋愛しようとしてナンパするのは間違っていた!」

「そ、そうだったのか―――っ!」

 

 というわけで割とすんなり諦めた。


 ナンパではなく単純に生徒に人気の教師になるため、まず見た目の第一印象から。ファッションコーディネートする為それ系の雑誌を読み漁りつつ店舗を幾つか廻った。

「ブランド物で全身コーディネートするべきか?」

「やめてください。そんなんで食いつく女は処女も非処女もババアも絶対ろくなものじゃありませんから」

 ついでに男女問わず集めた雑誌のコラム(恋愛特集)を読みつつ、

「あ、これ見ろ、ブランドものは一つでいいって書いてある……高級腕時計か?」

「いや高級腕時計というその発想が既にオッサンですよ」

「社会人のステータスだと思うが」

「だからそれが――ほら、さりげなく服にお金を掛けるならまずズボンとシャツ、それから靴、後はちょっとしたジャケットやベスト、タイピンとかネクタイとかの小物」

「それは教師の初期装備的にもうやってる――問題は普段着のクオリティだ」

「あー、苦手です、そういうの」

「ああ。苦手だ」

 沈黙が二人を包み込む。普段着=仕事着が定着しがちな仕事をしているとフォーマルとカジュアルを切り替えるのが面倒になり品が良ければすべてよしと言わんばかりにそこそこ見た目がいい無難さを多用しファッションセンスが死んでいく。

 コスパや着回しを鑑みないマネキン買いや、とりあえず値段の高いのを選んでおけば安心、となりがちだ。

 そして見事にそこに嵌っていた。二人とも半ば公人として似たり寄ったりのワーカーホリックな生活をしている為、ついでに城では侍女や妃がある程度選んでくれていた為そう言う部分に手間や工夫を凝らすことが無く、正直ちょっと面倒臭くて放棄していた。そこそこ審美眼はあるのだが。基本完成状態で見せられることが多いので、選択肢が多いと判別が出来なくなる。

 地味に悪戦苦闘していたそのとき、

「あ? 先生?」

 公園のベンチでそんなことやっていた所為か生徒に見つかった。

流石に生徒にプライベートでファッション雑誌を読み漁り生徒にモテようとしているところなど見られたくない。

 即座に雑誌類は空間収納に仕舞った。

「何してるの先生?」

「こんにちは。ケーラにモーラ、それにシロップ。ちょっと込み入った仕事が入ってね、異種族同士で交流を深めるときのマナーを本にまとめなければならなくなったんだよ。で、この人と調査してるんだ」

「そうなんだー、先生、生活指導とかしてるもんね」

 疑うことなく信じる子供の純真さに癒された。それからの隣、先生の知り合いに生徒たちはちゃんとお辞儀をする。

 そんな三人に仮面魔導士のほうが遅れて、どこか恭しく挨拶をした。

「こんにちわ。僕は仮面魔導士のメ・ダパーニといいます。ダパーと呼んでくださいね?先生とは仕事の関係で、色んな人に声を掛けてたんだよ」

「なんで?」

「うーん、色々な人の意見が欲しいからかな。あと、人と魔族がもっと仲良くなれるかの調査だからね?」

「あ、じゃあナンパだ!?」

 年相応のマセた冗談を言うが、残念ながら核心を突いていて背中がヒヤッとした。

 しかし魔王は微笑みながら、

「――残念ながら違います」

「間があった! 間があったよ!」

「――あまりにおバカなことを言ってくるから呆れたんですよ。今もね?」

 子供をたしなめる。

 残念ながら真っ赤な嘘だ、本当はナンパしまくりだった。その厚顔さの裏で今更ながら、魔王は聖職者として罪悪感を覚える。

 その時点で世間一般的な魔王としてどうかしているのだが。

「ええー、あたしらのことナンパしてくれないの?」

「しませんよ。そういう対象として見て欲しいなら、そうだな、今よりもっと素敵な女性にならなければだめだ。少なくともちゃんとした大人になってからなら考えますが」

 バカみたいに頭ごなしに否定するのではなく彼女達がそうなれるように誘導する。

 絶対に手は出さないけどな、と、涼やかな笑みを送る。

 まあ本当にそうなったらそうなったで――別に構わないくらいには思っている。そもそも本気で教師に恋しているわけではなく彼女たちもこれは冗談なのだと理解している。

 割と大人の方が冗談を分からないのだ。それはごく一部の変態共の所為でもあるが。

「……先生ホントにナンパはしてないの?」

 真面目な顔で心配して、ブラウンの髪をした女子生徒が聞いてくる。

 愛嬌ある美人――に、なるであろう顔の作りが整った子だ。どこか懐かしい顔を思い出す。

 普段から、魔王の前ではいつも緊張したようにしている子だ。そこに裏腹の期待か、不安を感じている様な気がする。

「……してないよ? 遊びはいいかな? するなら真剣な付き合いだね」

「……本当ですか?」

「ああ、そうだよ?」

 そう――真剣に女勇者を口説こうとしているとも。

「……じゃあ先生は、女の人のことが好きじゃないの?」

 何その二元論。と、子供にはやや難しい突っ込みを入れそうになる。が、純粋な目で聞いてくる生徒に思わず教師の顔を出し、

「そうだなあー……まあ男の人よりは好きだね? なにせこんなに綺麗で可愛いし」

 その頭に手を置き撫で、頬をムニムニ優しく指で抓み、ぺちんと離す。

 すると、ほんのり頬を緩ませながら、どこか勝ち誇った顔で、

「――本当に?」

「本当だよ」

「エッチな眼で見てないの?」

「それは奥さんになってくれた人だけだね」

「本当に?」

「本当に。今でも奥さん一筋。離婚しちゃったけどね」

「うそ!」

「ホントだよ」

 問答をしながら頭を撫でる。

 また何故だかひどく嬉し気に、笑窪を作った顔をする。まるで自分の事のようだ。

「あー! 先生がナンパしてるー!」

「シロップちゃんずるい~、私も先生にナンパされる~!」

「んふふー!」

「こらこらしてませんよ」

「――先生、今度お母さん紹介してあげようか」

「こらこら何言ってるんですか」

「先生ならお母さんも気に入ると思うし」

「そうなんですか?」

「うん、なくなったお父さんに似てるっぽいから」

「……そっか」

 彼女の親は片親だ。魔王は面通ししたわけではないが書類上では確認している。

 半年ほど前にこの街に来て都市郊外で農家をしている。

「……じゃあお母さんが連れて来なさいって言ったらいいよ?」

「ホントに?」

「ほんとほんと」

「分った」

 頭をくしゃくしゃ優しく撫でると、シロップは嬉し気に目を細めた。

 もしかしたら『お父さん代理』を求めているのかもしれない。そういう子は多くいる。

 それからすぐに彼女たちは友達の家に向かった。

 

「相変わらず子供には普通にモテますね」

「まだその辺の事情を知らない内だ」

思春期には一度必ず疑惑の眼差しで見られ半ば汚物扱いされる、特に女子に。逆に男子には羨望の眼差しを送られるが全然ありがたくない。身内を捧げて繋がりを作ろうとかバカなことを考えるのもいるし。 

「あ、ところであの気絶した女性はどうなった? 頭とか打ってない?」

「はい、体調におかしなところはありませんでしたね、ただ――」

「ただ?」

「付き合うことになりました」

「……は?」

 魔王はまず耳を疑った。付き合うって男女交際の事だろうかと。

 そして真顔で、

「なぜ?」

「あ、いえ『ご親切にしていただいてどうも。優しい方にこんな花束まで用意して貰って』『いえいえ、こちらこそこんなきれいな女性と縁が出来たのはとんだ幸運でした』『え?』『え?』ポッって感じです」

 何だろう、幸せそうな顔して馴れ初めを聞かされるとからかいたくなる。

「……へえー」

「な、なんですか?」

「……いや、女性不信から成長したなあ、と」

「……な、なんのことですか?」

「本気か?」

「ほ、本気ですよ。……今度こそ身を固めてみますよ」

「ほほう、……では、お前は私のパーティーメンバーから抜けろ」

「ええ!? そんななんで!?」

「世界の裏側に関わる限り日常になど戻れん」

 シリアスな会話に見えるが、神の性癖を矯正しよう!作戦から離れろと言っているだけ。

「魔王様……」

「……気を付けろよ(ナンパしまくっていたことがバレない様に)」

「ど、どこに行くんですか!? この私を置いてどこに!?」

「いや、女勇者用の下宿を探しとかないと。どう考えてもトラブルメーカーだから街中の普通のアパートや学園で用意している寄宿舎じゃ危険で――」

「素で返しましたね?! この裏切り者!」

「はっはっは――」

 魔王は席を立つ。

 仲間が一人離脱した。なんとなくトンビに油揚げを掻っ攫われた気がしたが、まあいい気がした。

 

 海上の浮遊都市部から隣接した海辺町――

 その更に向こうには新緑の海原が広がっている。

 農地だ。少し行けばすぐ先の山裾から草原が広がっており、魔王はそこにある農村地区に足を伸ばしていた。

 土地価格が比較的安いだけでなく、都市部と違って自給自足がある程度できるからだ。

 真面目な話、後々勇者以外にも学生をそこに入れることになるので、学生は貧乏な子が多いので家賃は出来るだけ少ない方がいいのである。

 そんなわけで、不動産屋さんと相談した結果丁度良さそうな大きめの物件が一つ見つかったから、その内見に来ていた。  

「――ご要望の物件ですが、この先の山林に隣接する田舎屋になります」

「しかし、随分と安いな」

「ええ。実はあの街が来る前、本来は貴族の別荘として建てられた物件で――公に囲えない愛人を入れていたのですが、奥様にばれ流血沙汰になったらしくて、幸い死にはしなかったのですが」

「ああー……」

 ありがちだ。それも、手元に置かず遠くにおいて面倒を見る辺り、ただ都合の良い体を求めての関係ではないことも分かる。慎重に、丁寧に扱って――ようするに本気の愛人だったのだろう、正妻よりも。

「その旦那様も離婚されたあげく、入り婿だったため帰る家もなし、愛人の方は奥様に徹底的に恨まれ――。造りはいいんですがねえ、そんな家に住むとなると、普通の家族連れにはちょっと。同じ貴族の方々でも、そういう風分が付き纏うと誤解されかねないので敬遠されてまして……。しかも近隣の農地付きで……多分自分の手元を離れても暮らしていける様にとのことだったんじゃないでしょうかねえ」

 それか、最初から独立――愛人を自立させるための物件だったのか。婿の立場を嫌い自身も離婚されることを前提に――どちらにしてもその入れ込み具合が分かる。

「結局は全部まとめて売って、纏まった金にしてしまったのでしょうけど、愛人にも逃げられたんでしょうなあ……」

「よく売れましたね」

「土地と建物の権利書の名義を、家名ではなく自分のものにしていたんでしょう、おそらく偽名で」

 でなければ婿入り先の財産として取り上げられていたはずだ。しかしそうなると、

「買い手が付き辛いですね」

 下手をするとその貴族の方からいちゃもんが付けられるかもしれない。

「だから役場の方でお買い上げになるのなら助かるんですけどねえ」

「で、どんな具合ですか?」

「別荘というには見た目は華美ではなく素朴且つ質素、所々大きな間取りですがしかし品よく仕立てられていますよ。寮や下宿にするには台所が少々物足りないかも知れません」

 そこは自力で改築すればどうとでもなる。それに最初の内は女勇者一人かその取り巻き程度なので問題ない。

 さて、どんな一つ屋根の下ラブイベントを仕込んでおこうかと想像を膨らませつつ、かっぽかっぽと馬車の車輪がガタガタ回る音が響き、止まる。

「――ここです、こちらになります」

 剥き出しに椅子を乗せただけのような馬車から降り、門の外から遠目に眺めた。

 山の麓、森の手前に建てられている。

 深緑の中にきめ細やかな白――風化した珊瑚のよう整然とした白を重厚な古木で骨組みしている。屋根材も樹皮を溶かし込んだよう燻した焦げ茶色だ。

 確かに田舎屋だが、しっかりとしたお屋敷でもある。馬房に倉庫、井戸もあり庭には農地とは別の家庭菜園も、と――。

 住みやすそうな家だ、問題は見当たらない。それに手入れが行き届いている、不動産が物件を腐らせないために定期的に掃除しているのだろうが。

 あとは、

「……中の状態次第だが、代金さえ払えばすぐでも?」

「それでも宜しいのでしたらすぐにも――おや?」

 が、不動産屋の主人は眉間に皺を寄せ、庭の一部を見渡した。

「どうかしたのか?」

「……おかしいですね、半年前に買い取って以来、ここには来ていないのですが」

「うん?」

「……雑草がありません」

 庭に、そして、

「……あれ、洗濯物だな」

 庭木の間にロープが張られ、そこに何枚もの布きれが干されている。

 それは服だ――服が洗濯して干されている。人が生活している痕跡だ。

 それは売り物件の空き家には絶対ないはずのものである。

「……今、人が住んでるんですか?」

「いえ、そんなはずは……」

「鍵は?」

「……変えたはずですが」

「まさか愛人か婿がアンデット化して住んでいるとか」

「いえいえ。ちゃんと買った時その手の確認もしましたよ?」

 しかし、服は確かにピラピラと揺れている。

 スカートやブラウスを中心とした女物だ。大と小、大人と子供、下着は見当たらないがおそらく部屋干しだろう。

 でもなんか、小さな服の方、どこかで見たことがある様な……?

「……どういうことでしょうね」

「まあなんにせよ、トラブルだな」

「とりあえず警察を呼んできますか」

「ああいや――他の可能性もあるから、とりあえず大事にせず刺激しない方向で……女所帯のようだし、空き家と思って住んでいる放浪者かも知れない」

「盗賊が油断を誘っているということもありえますよ?」

「あんなフリフリなエプロンや子供服の?」

「――」

 女盗賊という線もあるが、薄汚れた男たちが洗濯板で丁寧に泡を立てている光景が目に浮かんだ。

 でも魔王たちはとりあえず玄関ドアまで来た。そしてその軒先からぶら下がっている呼び鈴のひもを二回引くと甲高い金属音が間延びして鳴った。

 そして、

「――はーい!」

 魔王は不動産やと顔を見合わせる。女性の声だ。やはり誰かが住んでいる。

 しかし、魔王はその声にふと違和感を覚えた。

 前にどこかで一度聞いたような……。

 もしくは、とても身近にいたような。

 モヤモヤっとする。とても懐かしい気分だ。

「――どちらさまですかー?」

 首を傾げるように、彼女は姿を現した。 

 三角巾で髪を纏めた女性だ。

 見覚えのある顔の気がした。

 そして無意識に眼に力を込め見ていた所為で、眼鏡の機能が発動した。


 名前、グレナディーン。種族、人。

 年齢、29歳。身長168cm B102、W60、H89。

 職業、主婦・農家。

 称号、元勇者の仲間。

 装備、三角巾、野良着、母の前掛け、ベージュの下着、ブーツ。

 勇者の資格、なし。


 そして魔王は笑顔のまま硬直した。


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