エピローグ、そして動き出す者達・・・。
「なんだと?!」
教皇は声を荒げる。その先に居るのは【一角獣の蹄】を統括するリリー直属の上司だった男だ。
「――はい。確かに勇者は勇者ではなくなったご様子……いえ、それどころか男になったとのこと……」
「……はあぁあ?!」
一体、なにがどうなればそうなるのかと。
ともあれ、神はまたその伴侶を失ったのだ。その御心を慮り彼は即座に十字を切り、恭しく天に祈り、変わらぬ信仰を捧げた。
それから、
「……詳細は?」
「それが……聖者も還俗――勇者と共に組織から離反した為、報告が上がらず……」
「……なんと……」
教皇は困惑した。勇者は資格を得たごく普通の一般人からの入信で、別に教義に高い共感や恭順を示したわけでもなかったが、聖者は完全な殉教者の筈だった。
が、
「彼女にまで一体何があったというのだ……」
「……かの地に忍ばせた他の密偵の話では、女戦士とその家族と接触、ごく普通に学生生活を堪能――旅の途中でも計画に従い順調に外部協力者を次々と確保、その貞操を守るための鉄壁の布陣を獲得しつつあったとのことでしたが……」
口を澱ませる。
「……なんだ」
「……その後、真実の愛……この世に差別なんていらない、同性愛も立派な愛、この世に存在するたった一つの愛なのだと吹聴し、自らがそれであると舞台で喧伝……彼女、いえ、彼と共に啓蒙活動を開始したと」
教皇は厳かに顔を顰め、静寂にも心中で呻った。
どうしてそうなるのだと。
「やはり経緯は不明ですが……その口ぶりから、以前から彼女らはそういった思考の持ち主だったという口ぶりであった、とのことです……」
つまり、教会を欺き、神をも謀っていたということだ。
この世の終わりを迎えたような気分だ。もう何も考えたくなかった。
そこで思考を止めた。否、切り替えた。
鑑みるべきことは、
「……だがそれなら、」
「はい。すでに新たな勇者の捜索に走っております。……元勇者と聖者には、刺客を差し向けますか?」
「いや……彼女達の名声、なによりかの地で地盤を握っているのはおそらくあの王だ……獅子を起こすのは下策……」
大司教は無言で頷き、それに教皇も頷きを返す。
10数年前にひょろっと出て来た時も、当時の聖女たった一人の為に何食わぬ顔をして人界の国々を振り回したのだ。
その事はまだ記憶に生々しく、苦々しい思い出である。
「……それなのですが、還俗の際、連絡員に彼女達の身の安全をかの王に請け負って貰ったと明言したそうで」
「――ではまさか」
「おそらくこの一連の出来事、そういうことでしょう……」
「……おのれ……あれだけ世の女性を拐しておいて……やはり討伐対象に……」
「……ですが浮気、不倫、家庭内暴力、モラルハラスメントとなどで苦しむ女性に限って保護しているわけですし、我々教会では手が届かないそこをカバーして貰っている以上、討伐対象として認定する訳にも――」
「バカ者、お陰で男女比率が極所的に偏って……離婚、未婚、独身率の歯止めが――いやそういう問題ではない、このままではまた新たな女性勇者が奪われてしまうやも知れぬのだ……」
くっコロでない以上、合法である。そうでなくとも。
勇者でなくてもこれまでに魔王の手によって英雄級の加護の持ち主(女性限定)という人的資源の確保が成されているのだ――ただの健全な雇用と人権の保護で――否これもまた合法な侵略と言えよう。
「……しかし、まさか自主的な性転換なんて抜け道があったとは」
「……まさかこれからは男も守備範囲に」
「いえ、それはないかと……」
「……」
「……」
………。
その日、暴力に手を染めない手合いほど質が悪い、ということを彼らは再確認した。
魔界――
それは人が住む七大陸、人界の外れから海を跨いだ先にある、魔族たちが済む土地、そこは人々が想像する様なドロドロや煙々、瘴気や酸の海、毒沼がひしめく恐ろしい世界ではなく割かし普通の大地だ。
常に夜の領域や、空が海に覆い尽くされている砂浜、夢と幻だけの湖など、多少非常識ではあるが。魔物も人界よりかなり少ない――その代わり魔族でも手に負えない神獣や幻獣の住処があちこちにありそこにある法を犯すことは死を意味する。
でも良好なご近所付き合いをしているので割かし呑気だ。
そんな魔王城、後宮区――
そこにある談話室にて、
「なんですって?!」
魔王の眷属妃の一人【紅炎の魔女】は声を荒げる。
そこには一人のサキュバスが頭を垂れ、その周囲には【黄金の太母】【久遠の妖精】【雷光の舞姫】【傭兵女帝】――他の人外妃たちも佇み、その事態を重く見ていた。
「確かなの?」
「は、はい……魔王様は確かに、勇者をダンジョンに連れ込み、女性に性転換させようとしていました……その勇者の只ならぬ視線……まちがいなく、魔王様に懸想をしていたかと……」
「な、なんてこと……」
ついに自分達の主人が、TSジャンルに目覚めたなんて。
「女だけで既にジャンル過多だというのに」
「男まで守備範囲に入れてしまわれたら――」
もうこれ以上はただのドスケベではなく、完全なる変態としてまた変な悪名が付いてしまう。
魔王と共に永遠を歩むと決めた眷属妃以外にも、この後宮に囲われもしくは城に雇われている女達、その職種、人種はすでに完全網羅されていると言っていい、その規模はその気にならずとも悠々と後宮だけで街として機能するくらいなのだ。
「……職業も種族ももうみんな大概被っているのよ? 姫騎士ツーペア、聖騎士フルハウス、ただの女騎士で大隊規模、巫女は一ダースからエルフが一カートン(20×10)……神経衰弱なんて余裕余裕……どうするの?」
「そういうゲームが出来そうね……年末に催しごとにしてみる?」
「揃ったら脱ぐの?」
「と見せかけて最後に、揃えた子全員を魔王様に召し上がって頂くのよ」
「いいわね、今度という今度こそはギブアップさせて見せましょう」
これが王の遊びかとサキュバスは戦慄した。
「――まって、まだ一応女性よ? 元男でも。……それに、妃になったわけではないわ」
「わたし美童なら許すわ~」
「おじ×ショタ? それともショタ×おじ?」
「何を考えているの!? 魔王様は総受けでしょ?!」
「逆よ! 魔王様は攻め! 超攻めよ!」
「でも愛情で攻めてくるのよねえ」
「その所為でいつも獣になるのは私達」
「ふふふ、飼い犬の間違いでしょう? 敵わないもの」
「はふぅ……」
悠然と気品を漂わせながら陶酔している。
サキュバスは頭を下げたまま思った、やっぱりこの人達、あの魔王の妃をやってるだけはあるのだ。
あの方の夜伽を務めたらまず正気でいられない、ベッドで一晩中なんて無理、搾り取るどころかパンクしてしまう、撫でられるだけで限界だ。
人外の巣窟、その最奥――
何れも絶世の美女、傾国の美女、天上の女神――自分も淫魔として中々だと思っていたけれどもう色々な意味で格が違うのだと彼女は思い知った。
たまたまバイトで契約したダンジョンに呼び出されたのだが、まさか相手が勇者でその付き添いが魔王様――その報告を上げたらあれよあれよという間に後宮まで呼び出されてしまって、どえらい人達に囲まれているが。話に聞いた限りでは、眷属妃はあの魔王様に添い遂げる覚悟のある相応の人格者――であると同時に相当な色物だとは聞いていた。
何せ、それ以下にも、これだけ多くの女がいてもそこで女同士の不和が起きない、相互に愛情が深いから、むしろ納得して満足しているのだ。
後宮には後宮に収まるだけの様々な器量と品格が必要なのである。
――色んな方面で。
濃い。自分はただの淫魔でよかった、彼女がそう思う頭上で、
「でも……どうりで。ここ最近後宮に来ないと思ってたら……」
「男の娘なんて……」
妃たちは頷き合う。
用が済んがのなら帰らせてほしいとサキュバスは切に思った、怖い。
「……で、今あの人の小姓をしているのは誰?」
「確か仮面族の……」
「メ・ダパーニ」
「ああ、幼なじみを寝取られた……」
「確か気分転換も兼ねて連れて行ってあげたんだっけ?」
「あの仕事っぷりは確かに死相が出ていたわ……」
「今時真面目で融通が利くいい子だったのに」
「だからですよ、きっと自分が手を加える所が無いように見えて――」
「ああ、そういう……」
「器量の小さい娘ねえ……」
そこに、
「――連れて来たわよ~?」
どこからともなく、虚空からまるで幻が映し出されるように、また一人の妃――【偏在の道化師】と言われる女が茶会に参加した。
彼女は荒縄で簀巻きになった仮面魔導士を談話室の床に地面に転がし、そして妃たちは新たにそれを取り囲んだ。
「では事情を聞こうかしら?」
詰問が始まる。
しかし、ダパーニは簀巻きのまま涙を流し項垂れながら、
「い、いい所だったのに……あと少し、あと少しで、お泊りデートにOKが……」
「……すっかり傷は癒えたのかしら?」
「いえ、むしろこれで抉れたのではない?」
「――いきなり身柄確保された御妃様方の所為ですが!?」
「でも、職務を放棄して彼女とイチャついていたことは言い訳にはなりませんよ?」
「――違いますよ! 魔王様からちゃんとお暇を頂いて職務も配置換えを――」
「ちゃんとあなたが引継ぎしたの?」
「……あ」
「そらみなさい」
「も、申し訳ありません……」
都市で役場仕事に精を出していた所為で、本職が疎かになってしまっていた。
「あの方は傍に誰かがいないと気付けばトンデモない処で何を仕出かすか分らないというのに……」
「〝立派な足手まとい〟があなたの仕事だと言ったでしょう……」
「う、ぅうう」
要はブレーキ役である。その役目を果たせなかったことに簀巻きのまま芋虫の様に体を折り額を床に付けた。
「申し訳ありません……それで、魔王様は一体何をやらかしたのですか? 御妃様方が出張るなんて」
「男色に走ったのよ」
ダパーニは簀巻きにされたまま重力を操り器用に直立した。
「――そんな馬鹿な! せっかく奥方様とご息女が見つかったというのに!」
「……なんですって?」
妃達は、顔を見合わせ、そして扇子やスプーンやティーカップなどを各々でバキバキと砕いた。
「ちょっと詳しく――」
「ひぃ!?」
「聞かせて貰えないかしら?」
「誰の許可を取って、いつの間に、新たに妃を迎えたのか」
「あげく子供まで……」
「あわ、あわわわわわわ」
燃え上がる女の情念に煽られ簀巻きは倒れた、そしてやはり芋虫の様に這いつくばってその場から距離を置こうとしたが。
その行く手を赤いハイヒールが踏み抜き、
「で? 相手は誰? どんな女?」
「はいぃぃ~~っ! かつてこの後宮にいらっしゃいました眷属妃のお一人――半聖霊の聖女ポムグレーナ様ですすすうぅ~~~~~~! ちなみにご息女は既に10歳!」
ダパーニが隠そうともせずゲロったその相手に、妃たちはまた顔を合わせた。
そして、
『――なんですって?!』
声を揃えた。
するとそれまでの女の情念から打って変わり、無表情で、
「――誰から行く?」
「全員で行かないの?」
「いきなりでそれは迷惑でしょう、順番よ順番」
「それもそうね……ここはまず正体を隠して最弱からかしら?」
「定番ね。でも基準は? 魔力? 腕力? 心?」
「はいはい私行きます」
「だめよ、わたし、私が最初」
「あたしも行きたいねえ……」
「それは皆同じでしょう……くじ引きにしません?」
「運か~」
「……あの、お妃様方……いったい何の相談をしていらっしゃるのですか?」
その声にまた一同は顔を見合わせ、
『――戦争?』
これから年末、その他の都合でしばらく間が空きます。
連載再開時期はやや未定、申し訳ありませぬ……。