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魔王さんちの再婚事情。  作者: タナカつかさ
薔薇の勇者と百合の聖者。
39/41

そして勇者は姿を消した。


「リリー」

 娘が再度話しかけるが、不動、静寂がその中に立ち込めている。

 直立不動の棺桶は、黙して語らず――しかしそれが何よりも物語っていた。

 しかしあきらめずに彼女の相方は語り掛ける。

「リリー、僕は本当は男の子だったんだよ? 体に不備があったんじゃくて、魂の方に不備があったんだ……魂に残っていた前世の感覚の所為で、女の子の色んなことにしっくり自分が嵌ってるって思っていたけど……本物の男なんだ」

 体そのものは最初から男なので声帯も手を加えていないのだが、可愛い声のまま低音が効いている。

 男装令嬢たちの歌劇団、それに近い、に反応し、棺桶が、

『……じゃあ、女の子が好きなの?』

「……ううん。あんな気持ち悪い生き物なんて嫌いだよ。リリーみたいにいい子もいるけど、概ね陰湿でねちねちして、サバサバしてるけど怨み骨髄、人の眼のない所では何話しているのか分らない……友情の裏側で相手のことを見下してばかりなのに表では平然と笑ってる。……だから男が好き。女より遥かに熱くて、強くて、優しくて、義理堅くてさ、安心して身を任せられる逞しさ……どっちが本当に綺麗だと思う?」

 棺桶が横に倒れた。

 まさに死体蹴りである。

 魔王と娘はその変わりっぷりに思わず引いた。特に魔王は熱い流し目を送られゾクリと背筋が粟立った。そしてBLもイケる口の聖母が一定の理解を示しうんうん頷いているのに気付き、一瞥を送ると、

「――だって、ある一面としては全部本当よ? それが当てはまらない――友情が厚くて、義理堅くて、陰口を言わない――さっぱりとした本当に綺麗な女の子ってほぼいないですし……だから割と男女間の友情ってあるところにはあるんだもの……主に女の子側からですけど……」

「……ああ、分かる」

 女にとって男が男に見えない場合というのは間々ある、その場合に成立するそれだ。

 基本女にとって男は己の身のあらゆる危険要素になりえる、それに対し、男が女に生物的な危機を抱くことは能力的にない為、基本意識は常に異性として見ることになる。

 その辺の違いである。

 だから女性側からは男性に友情という意識を持つことは割とあるのだが、男性側からは概ね友情ではなく仲のいい女性――異性として映り、一歩心の中で予防線を張った女性になる。えっ、友達だと思ってた、いや、友達だと思ったことは一度もない、そんな案件だ。

 しかし、

『分からないわ……男なんかのどこが良いの? あんな汗臭くて下品で常に女の事を性的な眼でしか見てなくて金と酒と遊びと出世にしか興味なくてそのくせ女以上に家事に文句が多かったり子供なんて猿だし大人になっても子供を飼ってて老人になったらその大人の部分も消えて我慢が効かない性欲だけのセクハラしまくりで……どこがいいの……』

 THE・女が感じた男への苦情――

「最後は老人介護でありがちなトラブルですね……私も何度となくお尻を狙われました」

「何だと!?」

「滅ぼさないでくださいね?」

 老人になれば枯れると言うがその真逆に解き放たれる部分もあるのだ。自制や抑制が効かなくなる、それは言語機能や筋力と同じで実はれっきとした『脳』という身体能力なのである。

 そこが衰えて、人間、知性と理性がなくなれば本能が残る、といえば容易いが。

 そこはともかくと、オフェリアはどこか耽美に瞼を細める。

「腐腐腐、それは否定しないよ? 僕だってそういう男は嫌いさ。僕は男ならなんでもいいんじゃない、ごく当たり前に優しくできる、誠実で、がっちりしっかりと抱きしめてくれる、もしくは抱き落としたくなる、最高にいい男がいい……魔王様みたいな、本当の男がね?」

「――それはさておき」

 魔王はざっくり目を逸らしながら話を変えようとした。熱い流し目で追って来るが無慈悲に毅然とした態度でNOを示す。

 更には娘を膝に抱え鉄壁のガードを敷く、残念ながら同性愛について理解はあるが属性は無いのだ、失恋男に可能性を残すなど惨いことはしない。

 そして奥様がエプロンからメモ帳を取り出し、唾を拭う様な視線で爛々と何かを書き綴り始めていたので『それはダメ』と眼で監修を入れた。

『なんなの……なんなの……友達ってそういう意味? そういう意味だったんですの? あの時あなたはどんなつもりで私を慰めていたんですの?』

 棺桶がまさにガタガタ言っている。

「あの時と今の僕はもはや別人と言ってもいいんだけど……そういう意味じゃなくて、普通に、誰にでもいる様な友達の気分だったよ? ……同じ女の子として」

『あの時すでに、っていうか最初から男の子だったんじゃない!』

「魂は女の子だったよ? その感性が残ってたれっきとした男って話だけど。少なくともあの時僕は女の子だった……僕にとってそれが真実だった」

 そこはかとなく、破局したカップルが再開し話し合っているような、儚いメロドラマの雰囲気がかもしだされ一家はなんとなく見入った。

『……ねえ、もう二度と女の子にはならないの?』 

「ならないよ?」

『…………………女装は?』

 かなり追い詰められている、それは彼女にとっての妥協点――ギリギリ彼を直視できる最終防衛線を探しているのかも知れないと魔王は思った。

「――女装はするよ?」

『なんで? あなたは本物の男なんでしょ? 心も。なら、おかしいわ……本当は女の心が残っているのよ、そう――あなたは女、心も女、体も本当は女……実はふたなりとか、魔王に騙されて股間にペニスの形をした触手を植え付けられてしまっただけなの……』

「おいおい」

 妥協点が大分低くなった。だが、

「……リリー、それ、現実逃避じゃないの?」

 ずびし! と子供にまで死体蹴りをされ再度棺桶は揺れた。

 そして、

『……何を言っているの? 女は、女は……付いてても女なのよ? だってそうでしょう? 今まで、今まで……ずっとそうだったんだから』

現実を見つめ始めている。いや、かなり危険な精神状態だと魔王さん一家は本気で心配になった。

しかし、それに対しオフェリアは、

「何を言っているんだか……いいリリー? 生き物として人として、女以上に美しい生き物が男なんだよ? ……だからこそ、その男が男として求める女性の精神性まで身に着ければ最高の♂女(オトメ)という完全生命体になるんじゃないか!」

 突っ走っている。

 どこへ向かって走っているのか分らないが。

「もはや男×男という枠を超越した怪生物――」

「いえ、極東における女形おやまと同じ様なものではないでしょうか」

『それは芸、これはゲイ』

「まあどっちも立派な求道者ではある」

 どこにでもいる所には居るので別に物珍しくもないかと理解を示せば、娘が疑惑の眼差しで父親を見ていることに気付き、

「――お父さんはそんな趣味は無いぞ?」

「ふーん……」

「……お母さんを愛に墜とすことは多々あるが」

 言いながら父親は母親に妖しい視線を送る。母親は娘の前なので、澄まし顔で優雅に微笑みだけを返した。

 なんだ、本当に普通なのかと娘が納得し顔を前に向けたところで、意味ありげな視線を改めて父親に返す。しかし、その時、娘は上を向き、母親が眼の中にハートマークを『あぁ~ん』と超嬉しそうに浮かべていることに気付いた、気付いてしまった。

 ある意味、特殊性癖より質が悪い、濃厚過ぎる両親のラブラブ感に娘はちょっとため息を吐いた。

『そこ……死体の前で家族団らんしてません?』

「「「ん~ん、別に?」」」

 家族は目を見合わせた後、完璧なシンクロ率で返した。


棺桶はもはや朽ち始めている。

 オフェリアはそれに、性別は替わっても以前と変わらぬ花が咲くような微笑を清々しく浮かべて告げた。

「リリー、」

『……返事は無い、ただの屍ですわ』

「リリー、僕はこれから男を越えた男の修練に励むことになる」

『そうまでしてあなたは私を苦しめたいんですの』

「リリー、君だって、男だからってすべからく害悪じゃないだろう? 僕は女の子の全てが嫌いなわけじゃない。ただその中で好きな相手を選ぶ権利がある――僕はその中でごく稀に磨き上げた命の輝きを放つ、地上を照らす太陽のような男達、それがいいと思ったんだ。……君だって女の子なら誰でもいいんじゃなく、本当にイイ子だけだろう? それと同じさ」

『……だって人間だもの』

「そうだよリリー、僕たちは何も変わらない……変わっていないんだ、百合であろうと、薔薇であろうと、同じ一つの花を持っている」

 棺桶は呟いた。

『……同じ花』

「愛だよ、リリー……僕たちの愛は何一つ変わらない……薔薇であろうと、百合であろうと変わらないんだ……だからこそ君にはこれからも、僕の相方を務めて欲しいんだ……」

『……リア……』

「僕は世の中に潜むありとあらゆる同性愛者たちの為に、同性愛という言葉を失わせるための、性別を越えた愛――ただ一つの愛へ導くために、この生き方を貫き通した」

 ただのエロ欲求だけではなかったのかと、スケールの大きな話になって来たそれを一家はとりあえず黙って見守っていた。

「だからこれまでみたいに、ううん、全てを曝け出した以上――これまで以上に友情を育むことが出来る筈……育みたいんだ、だから出て来てよ、リリー……」

 

 切なる声が響く。

 仲間を呼ぶ、勇者の声が。

「……リア」


 認識する、要は薔薇か百合かではない。

 その中でどう生きるか、ということ。

 同じような事を魔王に言われた気がした。

同性愛なんて誰が誰を好きになるのか分らない偶然の一つ。

 みんな愛が欲しいだけ。

 百合でも薔薇でもそうでなくても、愛は、愛なのだ――

 

 その時、死体は動いた。

 棺を開け、死んだはずの女は死者の国から現世に帰還した。

「……そんな……茨の道に、私を巻き込もうというのですの? 私を裏切って、今まで騙しておきながら……」

 まだ逡巡しつつも、変わらぬ友情を――どれだけ残酷で酷薄であろうとも、たった一つの『友達』として示した彼女――ではなく彼を見つめる。

 とんだ傲慢だ、それは優しさでも愛情でも誠実さでもなくただのエゴだ。でも己の欲に忠実な――ありのままの自分ではある。それはあのときの、今の自分と同じであるということを理解する。

 まるで鏡合わせ――嘘を吐いていたのは己だけではなかった。

 それでも、信念は曲げない、そこまで。

「本当に、酷いですわね……」

「あはは……うん、その通りだね、そのことだけは、本当にごめんね? ……」

 しかし、今、嘘がなくなって。

 リリーは緩慢なため息を吐いた。相方はそれほど悪いと思ってなさそうで、でも時折り臆病に目を逸らしていて。それを咎めようと鋭い視線を向けると、しかし、やっぱり譲れないのだと真っ直ぐに見返してくる。

 その姿は、美少女から美少年に変わっても変わらない。

 信念を掲げ、頑にその道を突き進もうとする。

 その姿は、

「……あなたはやっぱり、勇者なのですわね……それがどれだけの苦難の道か、分っていて言うのだから……」

「ふふふ……でも、リリーは着いて来てくれる?」

「……分って聞いていますわね?」

「――ううん?」

「……当然でしょう、私は、あなたのそういうところに惹かれたのだから……」

 とびっきりの我儘を言うときに限って、とびきりの笑顔で。

 それが愛であれ友情であれ何であれ、惚れた弱みという奴だということだけは変わらない。

 諦めて肩を下げる。

「ふふふ……」

「フフッ」

 笑窪を作って苦笑し合う。

 その二人の笑みは、男でも、女でも、見惚れる様な笑みだった。


 まったり。なんかいい感じに着地しそうだなと魔王は娘を抱えながらお茶に手を伸ばした。

 そして一口、音を立てない様に飲んだところで娘が、

「――ねえお父さん」

「――なんだい? いまいい所だから小声でね?」

「もうとっくに小声!」

 父親は頷き、膝の上で器用に背伸びして来た娘に耳を下げる。

 母親は、父親に何を聞いているのかと、さりげなくその隣からちゃっかり耳を寄せ澄ませたところで、娘は耳に手の平を被せ秘密のトンネルを作った。

 そして、言う。

「――リア、もう勇者じゃないよ?」

「えっ?」

「なにっ?!」

 魔王は奥様の打撃から避難させていた黒縁眼鏡を取り出し装着、そのステータスを開示した。

 そこには――


 名前:オフェリア 種族:人。

 性別:男。

 身長:154cm。

 職業:アイドル/学生。

 称号:【超越者(性別)】

 装備:男女両用のシャツ、スリムなズボン、ボーイズレングス。

 

 勇者の資格:なし、処女喪失。完全な男になった直後魔王に片想いし失恋済み。

 

 魔王は石化した。

 真の漢になったから、性別的に無理だからではなく、あえて表記されたそれに。

 そして眼鏡を奪い、奥様もそのステータスを見て石化――ややあって、

「――処女喪失!?」

 大声で叫んだ。

 慌てて石化から回復した旦那様が口を塞ぐがもう既に遅く、感動に浸っていた二人にその声は届いた。

「……いくら官能小説書いてるからって、グレナさん……」

「なんですのいきなり、そんな――大っぴらには言ってはいけないワードを……」

 気付いてはいない。

 気付かれてはいけない、旦那様と奥様はそう思った。

「あ、あ、と、とりあえずお茶汲んでこようかな!?」

「え、ええそうですね! そうですね!」

「……わたしも~」

 一家はその場から避難した。娘が見たのは通常ステータスなのだが。だからこそ両親の異常な動揺が気になり。

 怪訝な眼で見られるが、奥様も旦那様もそれどころじゃなかった。

 一体、どこに、何を喪失するものがあるのかと。男の体で――

 そのとき、奥様の多大な性知識の中で、それに該当する事象は存在し、たしかにごく一部の世間でもそれは認知されていた。

 つまり――

「あなたあなたあなた!」

「なんだ我が妃よ!」

「あの子いつ……いつ……後方からの襲撃(バックアタック)を受けたんですか!?」

 リビングに届かぬ様、そしてすぐそばに子供が居る事に配慮した小声で。

 何故、勇者じゃなくなったのか、男の純潔――すなわち薔薇を散らされたのかと確認を取る奥様に、旦那様は思い返した。しかし、

「そんなことは全くなかったぞ!? ――あ」

 一拍遅れで魔王の脳裏にあの医療行為が蘇った。

「やはり思い当たることが――あ、」 

 奥様は気付いた、今日、一日、オフェリアの傍にいたのは誰なのかと、自分の旦那様がまさにそれが可能なポジションに居た事に。

 その胸熱な腐の視線に、

「待て違うぞ!」

「ついに、ついに目覚めたんですね! 新たな属性に!」

「いやいやいやとんだ濡れ衣だからな? あれだ、手術前に断食して胃と腸を空っぽにするやつ――それを触手が強引に!」

「まさかの触手プレイ!? そんな……それは私にだってまだ!」

「おい本気で落ち着け」

「……なんでそれで勇者じゃなくなるの?」

 父親と母親は勇者の条件、娘には伝えていない肉体面でのそれの説明に悩んだ。

 眼が泳ぐ。

 そして、

「……まあなんにしても、神の嫁になれなくなった事だけは確かだ」

「ええ、そうですね」

「……ふーん……」

 娘は、母親の絶叫と今しがたの会話で真実に気付いていたが、お父さんの前だから一応言わないでおいた。

 もちろん二人は娘が気付いたことに気付いていたが、そこはあえて流した。何せ、これ以上はその界隈では当たり前だが、世間の常識的にはアブノーマルな内容である。

「……どうするんですか?」

「うーん、本人に言うべきか否か……」

「知らないなら教えてあげた方がいいんじゃない?」

「……また棺桶に入っちゃわないかなあ……」

「い、医療行為ならセーフですよ……神様的にはアウトでも……多分きっと……」

「なんか神様ってめんどうくさい……モテなさそう」

 齢10歳にクリティカルで否定される神を哀れに思いつつ、夫婦、そして娘はリビングの方を向いた。勇者と聖者は同性愛者であることを告白するか否か、既に間近に迫った彼女のステージで『たった一つの愛』を布教する為の相談を始めている。

 世界的にはある意味それ以上に不味い事態が既に進行してしまったということに、気付かずに。

 そんな二人に代わり、魔王一家は台所でひそひそと会議を続ける。


 ――その日、一人の女勇者が、確かにこの世から消えた。 


 それは新たなる勇者の誕生を告げる日であり、そして、神が新たな性癖に目覚める切っ掛けになったのだが、それはまだ知る由もなく。

 薔薇の勇者からただの薔薇族になった彼の初ライブまであと僅か。

 そこが阿鼻叫喚の悲鳴に溢れ、そしてごく一部からの熱狂的な支持と新たなファン層を獲得することになるのだが、それはまだ先の話。

「これからもよろしくね、リリー、僕の最高の相方パートナー

「ええ、オフェリア……。そしていつかお互い、最愛の恋人パートナーを見つけましょう?」

「うん!」

 百合と薔薇、決して相いれない種族の二人は固い握手を交わす。

 しかし彼女の片想いは粉みじんも残らず、彼の純潔という花は散ってしまっていた。

 

 ――だが、今確かに、二人の胸には世界にたった一つの花は咲き誇っていた。

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