勇者さん、魔王さんちと色々と相談する。
魔王はほかほか湯気を出しながら、リビングで冷えた牛乳を味わい、落ち着いたころ、入れ違いで入った風を装ったオフェリアが風呂を上がり、自室に行き教科書を何冊か抱え戻って来た。
そして、先立って魔術書を広げていた娘と一緒にリビングで勉強を始める。
そこで父親は娘をすくい上げ、膝の間に座らせた。すると仲間の前で子供っぽくするのを嫌がり、娘は眉間と鼻の頭に皺を寄せる。
父親はその耳に呟く。
「――抵抗するならもっとハグして、愛しているぞ? と耳元で囁くぞ?」
娘は、更に眉間に皺を寄せた。
しかし、それから溜息一つ、渋々許容し背中を父親に預ける。その姿にオフェリアは苦笑しながら助け舟を出した。
「――ざくろちゃん、これは抵抗してもいいと思うよ?」
「……いいの。お父さん寂しがり屋なんだから、私が構って優しくして上げないとダメなの」
「うんうん、うちの娘は最高だなあ……」
「……ふぅ」
呆れたように肩を落とすが、娘は父親の本気を知っていた。
ここで許さないと、父親はもっと甘々になる。
実感させられるのだ、本気で娘を愛しているということを、この父親は臆面もなくそれをいつでも表に出せるのだ。
実は一度それを一緒に寝てるときにやられた。何かの拍子に愛情メーターが振り切れたのか、腕枕で添い寝しながらハグし続け、何度も愛してると囁き続けられ、熱烈に、父の愛を思い知らされるのである。
嘘とか、悪ノリとかではなく、本気で愛していると言い続けたのだ。
娘からも大好き、と言うまでそれを続いた。
結果、父親は娘の落とし方を覚えてしまった――
それから度々、父親の我儘で三人一緒に腕枕で寝ている。
娘としては勘弁してもらいたいのだが、両親ともにある筈だった10年を埋めようと激甘なので抵抗できない。娘的にも、まだまだ甘え足りない部分でもあったので、素直にはなれないが、受け入れている。
なにより、父親は勉強の邪魔はせず、むしろ色々と注釈や解釈、余談も交え面白おかしく課外授業をしてくれるので、一人で勉強するよりずっと好きだったりする。
オフェリアは苦笑してそれを眺める、自身の緊張を出来るだけやり過ごすために。それを茶化さず、眼で微笑むだけで、しかしやはりそわそわしていた。
――トントントン。
と台所では音が響いている。
妻は朝食と昼の弁当の下ごしらえをしている。火を通す材料は切って置き、肉や魚にも味を付けて置けば楽なのだ、衛生面の都合上、生食するものには手を着けないが。
そこでリリーが、
「すみません、それじゃあお風呂頂きますわね?」
必ず、オフェリアの後に入浴する――そこに深い意味は無い、と思いたいと魔王は邪推した。まさかオフェリアの出汁が出た湯に浸かりたいとか――と。でもそこには、私も、妻も、娘も入っているので、もう色んな出汁が出ているのだ――飲むなよ?と。
それはともかく、仕事疲れの彼女を労わり、
「――ゆっくり入ってくるといいよ、ただでさえ君は忙しなく働いているんだ」
そして、彼女が脱衣所へと向かったのを確認し、
「……そう、ゆっくりと……」
まじないを掛けた。
そしてその背中が完全に消え、尚且つ脱衣所のドアが開き、そして閉まる音がして、服を脱ぐ物音がし始めたところで。
――女(男)勇者と目で頷き合う。
魔王はさりげなくソファーを立ち、妻の元へ行く。そして、ちょっと困った顔をしながらエプロンを外す妻を非常に可愛く思いながら、黙って連れて来る。
変わった空気を察し、娘はなんとなく姿勢を正した。
そして斜向かいのソファーで緊張を帯び、膝を揃えているオフェリアの――公開処刑寸前、そんな胃の裏返りそうな脂汗の浮いた顔を確認すると、全員が席に着いたところで。
「――はい、じゃあ静かに家族会議を始めたいと思います」
声を潜めて。
「――なになに内緒? リリーには内緒?」
「ああそうだよ――出来れば一生な」
「――そんなに重大な事なんですか?」
「――うん、そう」
娘と妻に答える。そして二人はなんとなく、その議題がそこで死相が出始めているオフェリアにあると察した。
「……それで、一体なんですか?」
妻の問いに魔王は視線で確認する。
自分で言えるかどうか――縋るような眼を返して来た。なので、魔王は頷きを返した。
が、これから多分起こるであろう事態を予測して、
「……まず、二人とも両手で口を塞ぐように」
「……そんなに驚くようなことなんですか?」
「――面白いこと?」
「ちょっと真面目に驚くと思うから、絶対に大げさなリアクションを取らない様に」
眼で真剣に促す。そのいつになく真面目な視線に妻と娘は顔を見合わせ、そして両手でマスクをして、父親を見た。
そこで魔王は、
「オフェリアは男だ」
なんの躊躇いも無く直でいった。
間。まず妻と娘は顔を見合わせ、それから妻が手のマスクをはずし、
「……あなた、それは――確証はあるのですか?」
魔王は真剣な表情で、告げる。
「さっき、みた」
「――何をですか?」
「――股間についてる物を」
妻は、眼で驚く。
――と同時に、いつ、どんなラッキースケベで見たの? と鋭く視線で問うが、それについては後で詳しく話すと魔王は同じく視線で答える。
咳払い、ちょっとやきもち――
そこで娘が五秒遅れで、
「――リア、オチンチ○あるの!?」
父親が何を見たのかを理解し、直球で口にした。
が、しっかり小声だ。そして妻もその気持ちはわかり、怪訝な様子でオフェリアを見た。
どうみても、付いている様には見えない。可愛い系勇者の彼女を。
主に、彼女が両手を添えて隠している、股間部分を、一点集中で。
可愛らしい寝間着――ちょっと少女趣味過ぎるふわふわのモコモコ生地、ウサ耳フード付きピンクの着ぐるみパジャマスタイルである。
絶対に男には見えない。
魔王もそれを再確認しつつ、悟りを開いたよう穏やかな顔をし、
「……どう見ても女の子だっていうのは分る――」
しかし、藪から棒に冗談を言ったわけでも嘘を吐いたわけでもない。
そう表情で訴える。
「……あなた……本当なの?」
魔王は亜空間から黒縁眼鏡を取り出し、
「これでステータス鑑定してみたら、魂が女の子――肉体以外ほぼ実質女の子だった。ほら」
「――あら……ほ、ほんとうですね……」
妻は眼鏡を娘にパスし、確認させる。
娘を目を剥き、再度股間を見るがそれは透ける眼鏡ではないので見ることはできない。
が、男であろうと女であろうと、そこを見られるのは恥かしく、オフェリアは赤面しもじもじとした。
「…………で、あなたはその――男の娘? いえ……魂が女の子の、股間を見たの?」
ジトッっとした抗議とやきもちの視線に、
「……お風呂に入ってたら乱入されて、回避不能な状態で直視しただけだよ……」
それに慌ててオフェリアが補足を入れる。
「わ、分かりやすいようにと思ったので……あと、さわらせるのはどうかなあと……それでご助力を願いました」
「……なんの?」
「――リリーの自殺をどう回避するかについてです」
「………ああもう複雑な状況ね!」
妻が懊悩に眉間を押さえた。彼女の肉体的性別が判明した時何が起こるのか、容易に想像がついたのである。
そこで娘が、オフェリアの前まで行った。
そして彼女の前でおもむろに片足を上げ――無言でその股間にズボッと突っ込んだ。
「アッ―――ッ!?」
足の五指でわきわき、なでなで、もみもみとその形を確認され、女勇者の悲鳴が響く。
突然の凶行に誰も止められなかった。
「――うーん、あるけどお父さんより全然小さい?」
言うと形の確認から電気按摩へと移行する。
「アッ、あっひゃっ、あっ、あっ、あひ、はひ、あっ、ァっ、ア―――っ!?」
オフェリアの、笑いとも苦しみとも判別の付かない反応に好奇心を刺激されたのか、徐々にパワーを上げて行く。
彼女は咄嗟に両手で口を塞いだ。ガクガクと震えながらも――どこか恍惚と、口を半開きに悶絶し、涎を零しながら背を仰け反らせる。
初めて受けたそこへの壮絶な刺激なのだろう――両手ですら、もはや押さえることは出来ず、背に力を籠め脇を閉じ、縋り付くように手を握り込み、それでも声を必死に押し殺し、かぶりを振った。
「も、もうだめ、もう駄目もうだめもうだめ」
歯を食いしばろうとし、敏感な部分への刺激を何とか引き剥がそうとピンと伸ばし鼠経部に当てた。
しかし出来ず、全身でイヤイヤをする。娘は面白がり嫌がる足を両脇に抱えて開かせた。
そこで小刻みな痙攣が始まった。ついに耐え切れずに涙を零し、
「アァ~~~~~~~~~~~~~っ! なっ、なんか出ちゃ、でちゃ、でた、おしっ、でちゃう~~~~~~~っ!」
必死に声を押し殺し、掠れされた断末魔――
流石に、魔王は飛び付き引き剥がし、そして拳骨を落とした。
子供同士の戯れとしてはありがちな内容なので放置していたがやり過ぎである。
もこもこ兎パジャマの男の娘がまだ余韻に横たわる中、一応、娘の犯行を否定しつつ確認する。
リリーに気付かれないよう、小声で。
「……何をしているんだっ!」
「――前にお父さんのを足で確認したから?」
測距の基準だ。一緒にお風呂に入ったときのことだ。初めて大人の物を直視したのか、大変興味深げにし、足でやられたのである。
そのときは即座に叱ったが、つまり確実に判定できるということである。
「こら、そういうことは男の子でも女の子でもやっちゃいけないって言っただろう?」
「お父さんはお母さんに――」
「お父さんとお母さんは合意ありだからいいんです!」
「……リア、いい?」
「事後承諾は絶対だめ!」
妻もお説教に娘の頬を抓ってむにむにし叱っている。
しかし――いいものを見た、捗る! と目元が嗤っているが夫は見なかったことにした。
きっとその手のジャンルを今度――否、熱が冷めやらぬうちに今夜にでも書くつもりだろう。官能名義だと妻はもっぱら背徳的な内容である、ショタか男の娘かは分からない(性別は同じ)が、きっと年下に年上が責められる奴だ。
妻は夫に視線でたしなめられ、正気に返った。
気を取り直す。
「……リアが男の子だということは分かりましたけれど……それをリリーにどう打ち明けようかということですか? それともどう隠し続けるかということでしょうか」
それが何を引き起こすのか、ということを妻も娘も既に察し、心底頭が痛いというよう眉間にしわを作る。
「――とりあえずは隠す方向で。その上で、ばれる前に彼女を本物の女性の体にする」
そこで、妻とオフェリアは苦い顔をし、娘は一人首をかしげる。
「というと、あれですよね……」
「はい……」
「? なに? 変身魔法?」
「……ううん。言っちゃうけど、ちょん切るのよ」
「……ひえ」
「その最中は薬で寝てるから大丈夫だよ? ――ただ起きてからしばらくが辛いらしいけどね」
女性化手術ではないが、後宮がある国には宦官――去勢手術を受けた男の官吏などもいるので、その手の手術は拙いながらもある。
しかし娘としては体の一部を切り落とすというそれにやはり危惧を抱き、当時に眉間にしわを寄せながら彼女の事を心配する。
「――リア、それでもそんなことほんとうにするの?」
「うん、本当の女の子になれるわけじゃないんだけどね、生き方の問題かな? けじめみたいなものを付けたいんだよ」
「見た目だけならそんな痛そうな事しなくてもわたしの魔法で出来るよ?」
「うーん……そういうのとは逆かな。私はね、本当の私として、普通に生きられるようになりたいんだよ」
「……そうなんだ……」
単純に心配していたそれから、何かを悟ったように口を噤んだ。理解しがたいという訳ではないのか、同じく正体を隠して生活をしている娘には共感を覚えるのかも知れない。
魔王はオフェリアのその覚悟を聞き、あることを告げる。
「――それなら問題ない。魔界のとあるダンジョンで試練を乗り越えられれば、心も体も完全に性転換できる」
「えっ――完全に?」
「ああ。上手くいけばだが子供も作れるようになる……正真正銘の女性に」
その言葉にオフェリアは震えが奔る。単なる去勢やパッドの特盛りでなく、そんな夢の様な話があるのかと。
「あなた――それは、本当なのですか?」
動揺に思考が停止した彼女に代わり、妻が尋ねる。それに、
「大昔の遺跡でね。ダンジョン化しているが、オフェリア君みたいに心と身体の不一致が起きている人の為に作られた施設なんだ。……そこで君の心が女性だと判断されれば、晴れて女性の体になれるだろう」
妻の心配と彼女の不安を取り払う様、に魔王が微笑を浮かべて頷きを返す。
と、その希望と期待に胸を膨らませ、そして軋ませながら、オフェリアは眼から涙を溢れさせる。その不安に握り締められた指先が白く、肩から竦んでいる。
そして彼女は尋ねる。
「――ほ、ほんとうなんですか?」
「ああ。嘘じゃない。ただ試練を受けてみなければわからないから――ぬか喜びになるかもしれない、と念頭に置いて欲しくはある」
だからお風呂場では言えなかった。言う暇が無かった、というのもあるが、迷いがある内は止めておいた方がいいと思ってである。
心は目に見えない、万が一、自分の感性が女性寄りだからと勘違いしていて、性転換してから実情は違った――なんてことに気付く可能性もある。
遺跡ではそれを見極めるための試練が課せられるのである。本当の心を証明するには正しく行動で示さなければならない。そこに少しでも迷いがあれば、試練を乗り越えることはできない。
それに、
「構わないです! ……それでも、偽物ではなくなる可能性に挑めるんだから! その結果がどうなろうとも本望だよ!」
ハッキリと言い切った――彼女の決意と揺るがない意思に、魔王は彼女をそこへ連れて行っても問題ないだろうと判断し頷きを返す。
「分った――それじゃあ暇を見繕って魔界に行こうか」
「――はい!」
魔王一家は各々祈る様に、見守るように希望を乗せ視線を送った。
「――上手くいくといいですね……」
「試練の性質上、手伝うことはできないが……応援させて貰うよ」
「リア、きっと大丈夫、リアは可愛い系ナンバーワン」
「みなさん……」
ここに、魔王と勇者の混成パーティーが結成された。
そして彼女(♂)は旅立つ、自分の本来の姿を取り戻すために。




