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魔王さんちの再婚事情。  作者: タナカつかさ
薔薇の勇者と百合の聖者。
32/41

魔王さん、〇んこ付いてる女(?)勇者に結婚を迫られる。

 それはある夜のことだった。

「ねえあなた、少し聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 妻にベッドの中で尋ねられ、魔王は情事の余韻の中彼女をその胸板と腕に抱きながら応じる。

「うん? なんだい?」

「魔王様って基本自分のお城とか迷宮ダンジョンに籠っていますけれど、どうしてそこから出て積極的に攻めてこないのですか? 正直、お歴々の皆さんの力を見るとどれも単体で十分世界征服やら破滅やら出来たと思うのですが……」

 話を聞きながら、静かにその優美な曲線を描く背中を、流れる月光の様な青白い銀髪と撫でる。

 微かに、妻の喉に流れる官能の媚声が唇から漏れる中、

「ああうん、それね? 理由は――まあそれぞれ色々だけど、大体その場所から動けない理由があるんだよ」

 くすぐったがり、身を捩り、しかし、抵抗せず、まるで催促するように乳房から全身を委ね始める。

 その内容は様々だが、概ねそこでしかできない何かをしているか、そもそも世界征服なんて野望をもっていないからであるが、ちゃんと魔界を統べる王としての職務を果たしている者であれば、それは概ね書類仕事が忙しいからだ。

 もちろん、単純に勇者や英雄たちが狙ってくるからと引き籠っていた魔王も居る。

 ちなみに先代の女魔王はただでさえ男嫌いな上に自分の病魔能力が危険すぎるからと結界を張った城から滅多に出なかったしで必要な人材すら集まらない中自分を頼って来る女性たちを守る為――心を病んで、不眠症になり、夜な夜なBARに繰り出しては酔い潰れるまで酒に溺れていた。

 幻真もその業務を引き継ぎ――以前から個人的に保護していた女の子たちも含め、その心の療養や肉体の治療、魔界での社会復帰事業に精を出している為、この都市を作るまではその折衝以外では城に缶詰だった――ちょうど自分無しでもその辺が回るようになったので出て来ているのだが。

 そんなことを説明する中、妻は何度も切なげにその身を仰け反らせた。

 だが、決して魔王の体を拒もうとはしない。

「だから基本、魔王は勇者が攻めてこない限り戦ったりしないんだよ――そんな暇ないし」

 もう何度目かの身震いの果て、腕の中に落ちて来る。

 先代がBARで飲んだくれていたのも分かる。

 魔王は基本、その力から政治家と軍人を兼ねている。政務に軍務――特に平時は通常の政をしながら軍人としての戦力を保つため演習に参加するだけでなく個人としても訓練をしなければならない。

 何せ、人と魔族の戦いでは基本、戦争になっても魔王や勇者が出張って「もうあいつ一人でいいんじゃないかな?」状態になるので、軍隊と軍隊のぶつかり合いではなくまず第一に相手の戦略兵器(勇者と魔王)を潰す為の暗闘になるのだ。

 なので戦時でも市民がやたら普通に暮らしていたり、その戦いに気付かないのにはそんな訳がある。

 ついでに言えば、人と魔族が争わなくともこの世界には魔物が湧いているので、通常の軍隊、騎士団や傭兵団はそちらに人員を割かなければならない。でないと戦争に勝っても国が亡ぶので、余程の馬鹿でなければ全面戦争だけはしない――

 今腕の中に居る彼女が来たときは、まさにそのバカが居たのだが――

 それは置いておく。

「あとね、魔王は王様だけど、勇者はそうじゃない場合が多いだろう? 自由に動ける人と、そうじゃない人の差でもあるね」

 後戯も終わり、妻の痴態に再び彼女を組み敷き、そして答えを待たずに求める。

 彼女はしなやかに腕と足を絡め、それを導き込んだ。

「……そうだったのですか……」

「……何かの参考になった?」

「ええ。つまりは――」


 ――魔王様って総受けなんですね?

 妻がにたりと笑ったその瞬間、魔王は確かにその(やおい)病の深淵を覗いたという。

 

 

 ……何故、そんなことを今、思い出しているのか。


 理由は分る。深淵を覗くとき深淵もまたなんか覗いているというアレだ。

 今、魔王の目の前にあるのも人類の深淵と言うか生命の神秘だ。

身体は男、頭脳は女。心にあれはないのに体にあれはある。

 男の娘、漢女、男だけど男が好き、衆道、ゲイ、薔薇族、やおい道――

 極めて女顔の女声の女超えの男、単にプロの女装家――

 その存在には、色々なジャンルがある。

 ――あるが。

 何故、それが今目の前にあるのか、という疑問。

 ちょこん、と、絶対に存在してはならないものが目の前の美少女(美少年)の鼠経部の中心に接着している。

 そして魔王の脳裏は壮大な宇宙の尻の穴(ブラックホール)に飲み込まれた。そう、|尻の穴が見ている走馬燈である。

 何故か――いつも勇者に攻められて来たからだ。

 そう――勇者×魔王である。

 現実のベッドの上では魔王は攻めだ。仮に受けに回っても無限の体力で耐えきって相手が力尽きるまで悠々とむしろそれを楽しむ。アイテムもMPも使い果たさせて「さあ、ここからが本番だ」とか言っちゃうほどの鬼畜――否、愛が深い。

 だがそれはあくまで女性限定――

 男の娘は守備範囲じゃない。

 そう即ち。

 ……○んこ付いてる。

 麗しく花々しく可愛らしく、あまりにもきゃしゃで無垢すぎる肢体――

 それには絶対着いていてはいけない物がちょこんとついている。

 確かに、彼女の体は極めて二次元で構成されている――とてつもなく平坦な体だ。

 女の子らしい曲線なんて――辛うじてついている、尻の谷間の下部、桃のそれだけだ。

 その所為で、帰って曖昧に、性別さえ感じさせないほど無垢な、清潔な体――

 綺麗と表現するより他ない女の子の体に――

 ――○んこが付いてる。

 ○んこじゃない、○んこだ。○んこがちょこりとぶら下がっている。

 そして魔王は気付いた。

(――私は男を口説こうとしてたのか!?)

 とんでもない過ちを犯す所だった。

 そして、魔王は心底ほっとした。もしあのまま作戦が続行されていたら――


 ――魔王、男勇者を女だと思ってナンパする。

 

 先代をえっちで10秒天国《あの世》送りで交代した、それに負けない恥かしい歴史がまた一ページ刻まれてしまうところだった。これは流石に嗤えない、妃たちにも顔向けできない――今は辛うじてエロ大魔王で済んでいるが、人類総射程範囲《男も女もOK》の真正のエロ魔王として史上最も恥ずかしい理由で討伐対象に認定されてしまうかもしれない。

 魔王は、今は言っているお湯の温度が今本当にお湯なのかと思う程、冷たく感じた。

(あれ? 目の前の美少女――否、美少年? ……少年として綺麗な少年を美少年と呼ぶが、女性として綺麗な少年は美少年とはたして言うのだろうか?)

 あまりの混乱で魔王はわりとどうでもいいことを考えた。

(いや……いや待て待て待て)

 そして、魔王はとってもおかしなことに気付いた。

 目の前に居る少年――いや少女――じゃなくて美少女男の子は、なんだ?

 女勇者だ――職業、女勇者だ。

 ――女勇者の条件って何だったけ?

 神の理想の嫁である。

 神の理想の嫁である。

 ――つまりこの世界が間違えているのかも知れない。

 いや、いやいやいや。魔王は眼を擦り、再度そこにある現実を見た。

 どこからどう見ても♂勇者だ。

 目の前にある○んこはどう見ても○んこじゃない。

そこで魔王は、

「……ええっと、眼鏡、眼鏡」

「あの、もっとよく見せた方がいいんですか?」

「いや……それは股に挟んで正座してくれると助かる」

「あ、はい」

「あ、バスタオルも巻いて――胸まで」

「あ、そうですか。助かります。正直おっぱい見られるの恥かしいので」

 男の子がおっぱい言うな! 思ったが、いちるの望みをかけ亜空間にしまっておいた例の黒縁眼鏡を装着、彼女――もとい、彼のステータスを確認した。


 名前:オフェリア 種族:人。

 性別:男。

 身長:158cm B/胸囲?(判別不能)W54 H75。 

 職業:アイドル/学生/女勇者。

 称号:【勇者】【男の♀】

 装備:バスタオル一枚。

 

 勇者の資格:あり。恋もしたこともなければ肉体経験もなし。


 そこまで確認して。

(……在ってたまるか!)

 魔王はいまなら辞書という辞書を引き裂ける様な気がした。

 しかし、あると言えばそれこそ宇宙の穴(アナがあル)なのだが――いやこれはもう止めておこう。

 彼女――いや、彼? は攻めか受けか。

 そういう問題じゃない――

 そしてふと、ステータスにまたおかしなところがあることに気付く。

(……この、男の♀ってなんだ?)

 男の娘ではない。

 そこのところをダブルクリックし詳細を見ることにした。

 

 ――男の♀。

 体は男、魂は女。生まれるときの手違いで女の子の魂が体に入ってしまった。

 体はれっきとした男性体なので脳と性欲は女に反応するが、魂的にはどうしても男性に引き寄せられる。なので中々恋にも愛にも発展しない。

 過去、王子様の魂がお姫様に入ってしまった事例在り。

 

 魔王はほっとした。とりあえず精神的には勇者×魔王にはならずに済みそうだと。いや、魔王×勇者もないのだが。

 だが、生物的にはまごう事なき男だ。

 それでも資格があるのはおそらく魂が限りなく神好みの完璧な女性なのだろう。

 と思いたい。神が男の娘も可なのかもしれないが。

「あの、そんなに、私の大事な処を見ないでください」

 バスタオルを広げたまま、もじもじと、内股を摺り寄せている。

「いや、安心したまえ……見ているのはステータスだ」

「え?」

「これ、見える眼鏡」

「あ、――、……それは、マナー違反では?」

「緊急時だから仕方ないだろう」

「え、ええ、そうですね。………自分でやっておいてなんですが、そうですね」

「……一つ聞かせて貰いたい」

「はい」

「どうして、女勇者に成れたの?」

「それは普通に――普通の女の子になりたい、って思って……毎日神様にお祈りしてて、大好きな歌を小鳥さんと一緒に歌って、お化粧の勉強をして……あっ! あと、お料理の勉強や裁縫なんかもいっぱいしてお供えしていたらいつの間にか神様がご加護を!」

 魔王の心の海底火山が噴火した。

 ――神よ。

 それでいいのか?と。そして、

(――神よ……っ!)

 祈ったわけではない。

 ただ猛烈に、

(神は無類の処女好きだったのではなく、無類の男好きだった? いや彼女(男)の素養を見る限り無類のという訳ではない筈だ。本当のハードゲイであればむしろ男らしい男を好み女のような男を性的趣向とするのはむしろただの美学や女が居ない特殊な環境下での代替物だ――つまり今の神の性癖は)

 魔王は混乱していた。

 神はショタコンの美少年好き――

 何故そんな性癖になってしまったのかと。

(――わけが分らん! 女勇者の条件は純潔ではないのだろうか? いやそれは無い、ここ最近の勇者は私の妻も含めて結婚退職か恋人が出来たらその資格を喪失している。でも目の前に○んこがある。ステータス的には肉体的にも魂的にも純潔であるようだが――クッ、○んこがあるのに職業欄ではしっかり女の子判定が出ている。一体なぜだ! ――女にモテなさ過ぎてついに男に走ったのか!)

 魔王は混乱していた。

 しかし、性癖の転換であるのなら納得である。それくらいのこと、長い人生で一度や二度ぐらいあるだろう。

 学生時代は無類のオッパイ好きだったが社会人になって尻の良さに目覚めたとか、同級生からグラドル――からのまた制服とか。

 でも、よりにもよって【理想の嫁】が男の娘という変化球。

(神は……そこまで追い詰められていたのか……)

 一体何があったのかは分らないが。

 ほろりと、魔王は心の中で涙を流した――男泣きである。

 そんな長い長い思考の迷路に陥っていたその時、

「――流石ですね、まさか、ご存じだったなんて……」

「……あ、ああ……うん……うん……まあね」

 否、全然気づいていなかった。しかし彼女……彼に声を掛けられ、魔王は軽く目が泳ぎながらも応じていた。

「……それで……このことで、実は魔王様に、折り入ってお願いしたいことがあるんです」

「……うん……で、なにかな?」

 性転換ならいい所を紹介しようと思った――神の性癖はひとまず置いておいて。

 何か悩みがあるのなら聞こうと思った。魔王はどんなに動揺しても、そこは変わらなかった。

 だがそこで更なる衝撃が走る。

「……どうかわたしを、魔王様のお嫁さんの一人にしてくれませんか?」

「…………………」

 魔王は思わず股間が縮みあがり尻の穴を引き締めそして身を引いた。

 男に告白された。魔王はここ数百年で一番の動揺を見せた。

 正直、元妃の現妻にドッキリを仕掛けられた時以上の動揺である。その界隈からの熱いお誘いを受けることは確かにあったが、こんな男の娘から全裸で告白を受けるなんて。

 皮が粟立った。お風呂に入っているのに冷や汗が止まらない。

 神が見惚れるほどの美少女――の見た目をした男の子、二重の意味で下の部分が要らない。

 それが、自分を、好き――いや、もはや愛していると言っている。

 ――冷や汗が止まらない。

 魔王的には男の娘も高度に精神的な文化への理解もある。身体は男なのに女以上に繊細な心の機微がもたらす美醜は確かにおもしろい。

 だが、性癖自体は普通に女の子限定なのである。魔王の攻略ノートに男は存在していないのだ。攻めでも受けでもだ。

 彼女はもう既に、三つ指を着いて岩張りのお風呂の床に頭を下げている。

 全裸土下座だ。魔王はそんな鬼畜命令を出していない。しかし、そう見えてしまうくらい完璧な土下座と状況だ。

 その指先は細かく震えている。

 弱みを握って無理やり言わせている――途中から見た人はきっとそう思ってしまうに違いない。

 ではなく、

「あ、風邪ひくから湯船に入って」

「あ、はい」

 単純にいつまでも裸でいたからだろうと、促した。

 すると彼は顔を上げ、そのまま足先を湯舟に浸けようとして躊躇い、踵を返し、壁掛けのシャワーノズルを握り、か細い指先と手の平でまず脇に湯と共にそれを滑らせ、そして腰をなぞり、正面、お腹から、乏しい胸の谷間を抜け、絡みつけるように胸元からうなじへ、髪をかき上げ濡れないように汗を流す。

「んっ――」

 背中から、桃のようなお尻の谷間を片手で、微かに割る様、最も汚れた部分をなぞるよう、流れる湯と、共にふとももをしたへ――しゃがみ込み、一度だけ振り返り、男の視線を気にし、揃えていた脚の、ほんの少し立てた膝を開き、そこに手を伸ばした。

 顔を真っ赤にする――

 そこで、泣き啜るような声を漏らした。

 そして、丹念に指先で洗い始めた。愛を告げた人の前で、自分の恥部を剥き出しにする背徳感に責めたてられながら――

「って止めんかその如何わしい洗い方! なんだそれ絶対普段そんな洗い方してないだろう!」

「ひゃ、ひゃい! でもだって、旦那さんが、問答無用に色っぽいから……」

「ああん?!」

「ひゃう!?」

 悲鳴が女の子だが、でも男である。

 その後ざっくり洗ってからトポンと浸かった。しかし、顔を赤らめながら目の前で湯につかる男性の裸から視線を逸らす。魔王はもちろんその間しっかり目を瞑っていた。魂は女性なのだから、見ない方がいいだろうと。

 魔王は野暮ったい黒縁眼鏡も外し、髪も崩して一糸纏わぬ体だ。それも脱ぐと服の上からは分からなかった、しなやかな筋肉質のそれが熱に蒸され汗を纏っている。普段からの落ち着いた優しい視線もくずれ鋭く、どこか肉食獣の危うさを感じさせる。

 要するに、多大な色気があるのだ――危険なだけでなく包容力を醸し出す余裕ある佇まいが、女性を無抵抗にさせてしまう、嫌でも内股になりきつくそこを閉じ合わせなければいけないほどの危機感ドキドキ酩酊感ふらふらを与えて来るのだ。

 当の魔王はその辺、たちが悪いことに無自覚だった。

 無言の時間が過ぎた。

 なお、すごく如何わしく見えるが、結局ただの男同士の入浴である。

 如何わしいシャワーの浴び方で何を考えていたのか忘れていたが。

 彼女の無言の催促の視線を浴び、魔王は、それをようやく思い出す。

「……無理。さすがに無理、私にはそっち属性ついてない」

「……そうですか。流石に、無理ですよね……戸籍的にも私まだ男ですし……」

「いや、魔界の法律では別に男×男は可だが」

「じゃあ!」

「無理。そういう主義じゃない――私は身体が女性限定」

「そうですよね……てっきりそっちもイケる口かと思ったのですが」

「何故だ」

「愛は愛だと……同性愛でも、同じ愛だからって。だから、心が女の子でも、肉体が男の私でも、受け入れてくれるんじゃないだろうかと……」

「ああうん、そういう流れね……」

 今この瞬間、魔王の中で○城秀樹のブーメランストリートが過去最高得点を叩き出していた。

 しかし、

「……それだけかい?」

「……」

「君は結婚してほしいと言ったが、その実、私の事を本当にそんな風に好きになったようには、思えないんだが?」

「……やはり、流石ですね……」

「君が拙すぎるんだ……」

 事情は見たままその者――実は男の子である、ということではないだろう。それだけでは結婚など迫らない。何らかの窮地に立たされているということだ。

 女性として――男の子だけど女性として。

 彼女の境遇には一考の余地がある。

「――野獣が解き放たれてしまったからです」

「……は?」

 意味が不明である。

 おおかた、女だと勘違いされたままどこぞの王族に嫁ぐことが決まっていて、アイドルとして売れなかったらその男と結婚しなければならないとか。そんなところだろうと思っていた。

 が、危険は身近に潜んでいたらしく。

「リリーです……あの日から、さりげなく今まで以上に、リリー自身がボディタッチを敬遠しているのに……ここぞというところで、巧妙に仕掛けて来るんです」

「……うん?」

 魔王は思った、百合の聖者はしっかり反省していなかったのかと。

 だが、

「決して、こちらからの好意を求めることなく、自然に離れようとすることで――平気だよ? でもちょっと寂しい、みたいに、それを冗談めかして隠して……それがまたスゴイ綺麗で。いままでそんなことしなかったのに、同性愛だってカミングアウトしてから、こう……決して誘わずに引き込んで来るんですよ……絶対狙って」

「ああ――」

 グレーゾーンだ。

 決して、迫らない。

 決して、強要しない。

 決して、求めたりしない。

 そうすることで愛を示し――抵抗感をなくす。

 友達という範疇を決して逸脱せず、好意を求めるのではなく、己の愛を示す。

 つまり、レベルが上がったのだ。先日の経験を得て。

 魔王は彼女の様子を思い出す。彼女はあれから、以前のどこか慇懃無礼な礼儀正しさから変わって、正真正銘、慎ましい態度で面々と触れ合うようになった。

 どこか作ったようなそれではなく、地を出す様になったのだ。それでいて大人としての分別と、戒めが彼女を律している――人としての欲望を表情の下で押し殺しながらだ。

 それは儚げで、頼りなく、影を帯びたその表情が、本人も意図していないのだろうが、返って背徳的な魅力を誘ってしまうのである。

 狙ってやったのなら何て狡猾なのか……彼女からは友達としての範囲を出ない。しかし、オフェリアが勝手に好きになったのなら別――

 リリーはこれから絶妙な力加減で彼女の傍にいて優しくし続けるだろう、そうしてただ傍にいるだけで彼女の心を奪っていくのだ。

 ただの友達以上の関係を利用した、恐ろしい手管だ。

「……わたし、ステータス上に現れるくらい女の心なのに、このままではなし崩しに変な道に誘われてしまいそうで……」

 魔王は思った、それは表面上の生物的にはむしろ正しいのではないかと。

 そして生物的なそれとは別の意味で、

「――何の問題があるんだい?」

「え?」

「彼女にも言ったが、別に同性愛だっていいじゃないか、私は応援するよ? 割とありだって気付いたんだろう? 創作物の世界やその手の酒場などの娯楽的な意味ではなく、性的な嗜好として。

 なら後はそこに愛があるかないか――愛のある肉体関係が発生しそれを心と体が受け入れられるかだ。世間とご近所は後から付いてくるだろう……なにせ君は勇者だ――人に勇気を導く者だ。ならばこれから世界の同性愛者に勇気を与える事だろう――自分達は何も間違えていない、むしろ正道スタンダードのだと」

 こうして世界はまた一つ平和になった――Fin、である。

 魔王が勝手に自己完結していると、

「そういうことじゃありません! ……私は男の体ですけどむしろ男の人が好きな普通の女の子です。確かにリリーの事は好きです、でもあくまで頼れるお姉さんとして、友達としてなのにそれで誤解を与えては――」

彼女を余計に傷つけることになる。

 そして、

「それがもし、二人きりの時であれば、捨て猫は人喰い虎になります」

 ありがちな話だ。

「――自己責任自己責任、あとは何も問題ない。彼女を信用したまえ――この家の中で何か起こったとしても私達家族は口を噤むとしよう」

「――大問題ですよ! 私アイドルですよ!? マネージャーとそんなことになったら――いえ、マネージャーとじゃなくてもですがどうするんですか!」

「百合営業をすればいいんじゃないかな? そして一部のファンとやはり同性愛者の希望の☆となればいい」

「私は普通に男の子が好きなんです! 身体が男の子なだけで! ――ていうかそこで彼女に体が男だってばれたら――」

「心は女だって言いそして理解を得れば、もしかしたら奇跡の需要と供給が発生するかもしれないぞ? そうすれば万事解決だな」

「それは彼女にとってで私にとっては最悪の結末です!」

「人生はままならないなあ……」

 内面的には女×女、肉体的には男×女。そしてノーマル×百合である。需要と供給が絶妙にすれ違っている。なんとも複雑な掛け算である。

 だが、

「真面目な話……バレたら、リリー、絶望して首を括るかもしれないです」

「……うむ、それもありそうだな」

 現実はそれ以上に危機的である様だと魔王は納得した。

 かつては自分の妻の追っかけをしていてそれで裏社会で名を馳せるほどの殺手になった女、その愛を捧げた女――いや、男が。

 ――男だと分かったら――

 その衝撃で眼球が破裂し、脳髄から直接血が噴き出る様なものではないだろうか。

 おまけに、自分が穿いていたパンツが男の穿いた女下着だと分ってしまったら変態としても心が折られるかもしれない。否、最悪その衝撃だけで心臓が止まるであろう。

 南無三。やはり半分以上自己責任のような気がするが。

「私だって、本物の女の子に成りたいんですよ? でもそれだけが本当に怖くて……あんな泣いてるところも初めて見ましたし……」

 事件が後を引いている。

 しかし、

「――でも、それでも友達なんです――彼女がこれ以上可笑しくなることだけはなんとかしたいんです」

 それを持ってして余りある友情である。

 きっと彼女彼みれば百合の花が満開であろう――

 悲しいことに、それこそただの幻想だが。

「……で? 偽装で結婚してしまえば流石にリリーも100%諦めて、そういう態度を取ってくるのを止めると?」

「はい……」

 事情は分かった。

 確かに、それなら男だったとバレルよりはよほど軟着陸だろうと魔王は思う。

 しかし、

「うーん……」

 魔王的にはちょっと無理である。自分の性癖との兼ね合い上、男性との同性婚まではしたことが無い。

 問題を整理すると――

 オフェリアは出来るなら女の子になりたい――股間に着いている男のシンボルを除去して。

 でも、このまま行くとバレルかもしれない――そして世を儚んだ彼女の自殺――

 友達とは残酷である。それはさておき。

 彼女はこちらから見てもあれから普通に仲睦まじい友情のラインで留まっているように見える、もうルールを弁えない反則プレイヤーではなく、ルールを知り尽くしたプレイヤーとして極めてテクニカルに攻めている。レッドカードで退場にすることも出来ない。

 これはもう距離を取るしかないのではなかろうか。

 しかし、仕事の事もあり、そうでなくともやはり、思い遣りから彼女との関係を捨てきることも出来ない。

 二人だけでは手詰まりなのだ。

 ならば――

「……ふむ、では家族に打ち明けようか」

「え? あ、それはもうカミングアウト済みで実の親子の縁なら切ってますけど」

「そっちじゃなくてこっちね? 私の妻と娘」

「あ、え……え?」

 指で台所に居る妻とリビングで勉強中であろう娘を指す。

 二人して指をさす。

「そうすれば多分、獣と二人きりになる機会はかなり減るだろう、この家の中限定だが」

「で、でもそれは――」

「なんにしても、私に頼る以上は彼女に頼ることと同意義だよ。まあ君が男であったとしても精々小説のネタにするくらいじゃないかな? 娘は未知数だが――とりあえず君を嫌うことも気味悪がることもしないと思うよ?」

「……そうでしょうか……」

「直近であんなこともあったし、ちょっと変わった生き方をしている人が要るということは娘の勉強にもなるだろう……父親としてそこはフォローするさ。あとは魔王の通常業務通りに君の問題を解決しよう」

「え?」

「前に話さなかったっけ? あ、いや、妻の本で読まなかった? 駆け込み寺してるって。妻としての戸籍を上げることはできないだろうが、それ以外の事でも色々と力になるよ、私は」

「それは――女性だけなんじゃ?」

「君は女性だろう?」

 臆面もなく、○んこの付いている男に言う。

 それに思わずオフェリアは、信じ難いものを見ているような顔をしながら、目尻が熱くなるような想いが湧き上がった。自分の相方にも同じ様救いの言葉を躊躇わずに掛けていたそれが蘇る様で無類の安心感を寄せた。

「――君に力を貸すよ。妻も娘も、必ずね」

「……本当に動じないんですね?」

「いやいや、動揺したよ」

「……ふふ、ふふふっ」

「どうしたんだい?」

「――どうしよう、本当に好きになっちゃいそうですよ」

「あっはっは、今回は断らせて貰おう」

「体が男だからですか?」

「いや、好みの問題だよ――私は妻のセクシーな巨乳と腰が好きなんだ」

「……それじゃあ勝ち目がないなあ……」

 オフェリアは冗談めかしてそう口にするが、その肩は本気で気落ちしているよう落とされていた。

 そうして、二人がお風呂から時間差で出てから、再びリビングで家族会議が開かれることになった。

本邦初公開、お色気お風呂シーン。

けどどっちも男、と言う罠。あっはっは、いかがでしたか?

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