「魔王は居酒屋で、世界を征服する夢を見る」
魔王――魔界を統治し人界に悪名や数々の伝説を轟かせる存在。
その称号は先代を実力で下し葬ることで引き継がれる、力の象徴――
だが、幻真は先代女魔王をうっかりベッドで天国に送ってしまいTENカウントが経過、その瞬間魔王になってしまった。
嘘でしょう!? と思ったが時すでに遅くステータスを確認すればしっかり【魔王】の称号持ちになっていた。それはダルーイのBARで仕事の重圧に耐えかね転職を試み失敗、正体隠して飲んでた激務で仕事疲れの彼女を慰めラブホに連れ込んだのが運の尽きだった。勝手に昇天し奇跡的に地上に戻って来た彼女に幻真が「辞めちゃえよ、YOU、あとは全て任せて」とそのまま引退、その業務を引き継ぎ史上最低の交代劇による変な魔王が爆誕したのだ。
ちなみに、およそ五千年前の出来事である。
それからというもの幻真は魔界で【夜の魔王】【よくヤった、勇者!】【オークとゴブリンを統べる者】【淫魔が全裸土下座する男】【伝説のくっ殺マン】などなど色々酷い事を言われていた。
――その正体は。
至って温厚、女性と子供に優しく面倒見もいいがちょっと間抜けな魔王である。
彼が魔王になってからは魔族が原因で世界に危機らしい危機が訪れたことは無く、先立っての勇者の襲撃も完全に冤罪である。
まあ割とありがちだ。実は魔族は悪くなかったとか。
しかし、
名誉の為に言っておこう、一応だが勇者は人の国々の世直しをしていただけだ。魔族は誰一人殺されていない。
魔王を倒しに来たのは飢饉の原因――件の天候不順の現況を魔王としそれをさも取り除いたというように見せ、民衆の不安を一時的にでも取り除こうとする王達と――文化や宗教的に色々と相いれない教会勢力の依頼でビジネスライクに遣わされたのだ。どうしてもと言う時だけ人間側が勇者を送り戦争を吹っ掛け世論をコントロールし一揆や革命を防ぐそこに教会が便乗し、神のお告げという免罪符を発行し魔族を滅殺しようと人間同士の醜い生存競争を聖戦というキレイな消毒作業にしようとするのだ。
勇者は大概それに踊らされているだけ。神は君臨すれど統治せず。そして関知せず。
それが毎度の真相なのだ。
お互い、もう歴史は消えないからと出来る限りの棲み分けをして交流を絶っていた。
知らぬはいつも勇者ばかり。真相を知って悪落ちする勇者もごまんといる。
それもまあここ二千年で二千件にも上るありふれた案件である。
本当のことを言っても、どうせ聞く耳持たないんだろうなあ――と。
魔王はあえてそれを止めず、極めて的確な情報操作をしてその旅路を制御、人の悪だけを倒させ間違えても魔族を殺させないようにその道程を導き、勇者が来る当日は普段書類仕事をしている魔王城から人払いをしたった一人で戦うことにした。
こんな時の為に普段から表に立たせておいた替え玉――一分の一スケールフィギュア、魔王28號・『敵は作られた人形だった!』を裏でゲームパッドで画面越しにアテレコしながら操り二回の変身《お色直し》で五体合体『これが本当の姿だ!Ver2~3』までを披露しそして予定調和的に倒されて上げた。
接待プレイだ。その後、各国に各種気象データや勇者の犯行動画を証拠として提出、「冤罪だよ? 殺人だよ?」からの脅しと、以前より行っていた根回し――不当に奴隷にされていた子供を助けて育て恩と教養を与え、魔族との融和を求める政治家に仕立て上げる人界に戻す――で、一気呵成に連合会議及び各国市民議会の過半数越えの票を得て強引に表立った敵対関係を終わらせ官僚民間両レベルでの情報統制もねじ伏せた。
世界は微妙に征服され、悪は悪と呼ばれず普通に存在する隣人となった。
表向き、というか情報操作で勇者たちに自浄作用的にその犯行勢力の過激派の不正を暴かせ成敗させていたので、彼女らは戦犯でもなくただの勇者として扱わせている。
そして世界中に事実が広められる中、しかしまだまだ慣れない隣人と交わる為、その道筋を探す都市――交流都市クロスロードを爆誕させ移住者を募った。
それから早三年――
「いやいや。この街は今日も平和だねえ……」
「そうですねえ、頑張ったかいがありましたねえ……」
魔王は居酒屋で部下と呑んでいた。
頷く彼は仮面魔導師――この都市の役場で市役所員として働いている。
ちなみの魔王も教師であるが、それは職業――特殊なスキルや魔法を経験値で得られるそれではない、れっきとしたただの仕事だ。
その無駄に長生きな人生経験と知識にものを言わせ、自分が最も楽な仕事に就いたのだ。
今日もそんなアフターファイブ……、緩やかな夜の帳の中で、
「……大変だったなあ……最初はみんなおっかなびっくりで」
しみじみ、
「人と魔族の社会を――ですからね、人側の住民を募るのは大変でしたよ……」
思う。
「軍縮で騎士団の縮小や傭兵の不当解雇者が続出、山賊、盗賊、海賊落ちになるところを声掛けしたり、商人を呼んだり口減らしの孤児やら捨て子やらもまとめて引き取って教育して……」
これまでの苦労を、
「我々側からは、理解と度量ある気の長い人達を募って……」
「大変だったなあ……」
思い出して、感じる、やはり大変だった。
いくら大昔に廃棄された海上浮遊都市を再整備、元々あった海辺の町に横付けして建設の手間を省いたとはいえ、そこから先の円滑な物資調達、街道の整備から畑の開墾まで……色々あったのだ。
言い出しっぺだからって色々押し付けられて、人と魔族、どっちがトップに立ってもまだ角が立つからとあくまでそれまでの代理として陰で市長までして。
仕事に忙殺されて、
「……魔王の仕事って大変だなあ~」
「ちょっ! まお、じゃない、幻真さん! しー」
「……ああ悪い。口が滑った」
「……でも大変ですね。うっかり先代をテクノブレイクさせたせいで魔王になってしまうなんて」
「いや、そんなことしてない」
確かにベッドの上で天国に送って魔王の称号を引き継いだが、殺してはいない。ちなみにテクノブレイクとは過剰な自慰行為で衰弱死することだ――が、広義に、ここでは二人でいたす場合での腹上死も含む。
で、10秒ぐらい、心臓が止まるほど昇天させた瞬間、世界のルール的に死亡判定が出てしまった。ちゃんと彼女は生きてる。
「でもついてますよね、称号【夜の魔王】どころか【性義の勇者】他多数エロのが」
「それは世界が悪い」
「いやいや、でもあの史上最悪の魔王、勇者と英雄を最も多く殺し神ですら触れることが出来ないとまで言われた病魔の君主――【怨霊の女王】【絶対消滅圏の支配者】【男殺し(褒め言葉ではない)】とそんな関係になるなんて」
「俺にはただ仕事疲れで飲んだくれたOLにしか見えなかったよ」
先代女王は病魔と呼ばれる毒と呪殺を得意とする種族の中でも選りすぐりの能力者だ。
その力を利用した当時の魔王城は、入った瞬間からありとあらゆる死病に冒される状態異常の沼がフィールドとなり、それはアイテムによる防御も回復も不可という頭おかしい仕様であった。が、実際には極度の男性不信で彼女がその前の魔王に無理矢理手籠めにされそうになったときそのバカを殺した弾みで魔王の称号でパワーアップした男の生殖能力を殺す菌を世界中にばら撒きかけたのを、自分の城に留めていただけだ。
そこを同じく男嫌いの女に祭り上げられ、女しかいない世界を作ろうとする微妙な女だらけの魔王軍が出来上がってしまったのである。
本人はそこまで乗り気ではなかった。ていうか王様とか政治家なんて無理と言っていた。だが自身と同じような理由で男を嫌いにならざるを得なかったか弱い女たちも居たため、それを守るため、彼女は慣れない政治活動に奮闘して摩耗していった。
紆余曲折あって。
そんな先代をエロで倒し魔王になってしまったのだ。
抱いたら死に至る性病をも持つ最強の病魔を恐れない無敵のエロ勇者とか言われ、魔王が魔王をくっ殺KOしたとか当時話題になった。
――ちゃんと合意の上だったのに。
酔っていたけど。慰めに慰め心を溶かし切って泣かせるだけ泣かせて『抱いて』って言わせてから抱いたよ。仕事の引継ぎも彼女の為にしたことだしそこは問題ない。
で、彼女は称号と共に全ての力を失い――あの夜のお陰でエロに目覚めたキレイな病魔――そう、恋の病を司る【魅魔の君主】にとなり淫魔と夢魔を統べ、今では魔界で撃墜率100%の勝負下着職人をやっている。ちなみにその収益を傷付いた女性の救済事業に用いてそこだけは今でも相変わらず幻真と共に頑張っている。苦手だったのは政治だけだ。
良い話だ。
話を戻そう。
「さて、平和な事はいいことだが。またそろそろ動き出そうと思う」
「え? 何にですか?」
「神を打倒するんだよ」
「……え?」
仮面魔導士は驚愕して串に刺さった焼き鳥を食べるのを止めた。
とりあえず歯が当たってる部分を噛み千切ってもごもご咀嚼し飲んで残りを皿に置き、
「……え? なんでですか? 今せっかく平和じゃないですか。なんでまた事を荒立てようとするんですか」
「……あれから三年、人界に潜入して色々と情報を集めていたわけだが、その甲斐あってとある情報を掴んだ」
「なんのですか?」
「――勇者の力の秘密だ」
言いながら、魔王はビールを飲み干した。
「この世界は生と死の狭間、夢と現実と間隙、始まりと終わりの間にある。
それ故全ての事象が曖昧で、過去と現在、そして未来すら世界が入り混じっている。
極めて曖昧でおかしな世界――
だが、だからこそ幻獣、幻魔などの幻想的存在が――かつての旧世界では存在していなかったものが平然と存在し、本来ありえない法則や理が後付けですら生まれてくる」
「ええまあそれは知っていますが」
「その最たるものが勇者の力だ――その力の源は【神の寵愛】とも言われ軽く世界の法則や因果律を無視し――ピンチになるけど必ず助かるとか怒ると屁理屈コネてパワーアップとかやたらと空耳鈍感でその癖どんな奇天烈な理由でも無駄に異性にモテるとかお風呂シーン見ても刑務所に入らないとかトンだ理不尽の塊だ」
「別名・主人公補正ですよね」
「ああ。だがその資格は常に世界にただ一人――定説では、この世界でただ一人、世界を変えられる心の持ち主だからこそ運命を、因果律を越えられる力を神より与えられる――」
世界一の正義や勇気うあ不屈の闘志とか、どんな絶望にも屈しない希望の持ち主……ではなく、そう言われているのはそれが世界にただ一人というのはどうにも不自然だからだ。
正義も優しさも愛も勇気も、所詮は理念――思想的な概念や観念、それは普及さえすれば常識やマナーとして誰でも持ち得るものである。
理想なんて誰だって分っている――が、それを実現するだけの力、知恵や腕力、経済力、人材力が足りないだけ。心の力なんて現実の問題には正直あってない様なものだ。
例えば崖で人を引き上げようとしたらまず腕力が必要だ。パンを恵みたければ潤沢な資金力が必要になる――優しいだけで人を救えるわけがない。あえて精神力が問い質されるとしたら苦境や逆境に立たされたときそこで折れるか諦めるか見失うか、いや、再起する、という行動力に昇華されるときだろう。
しかし、やはりそれさえ力が無ければなんの意味もない。
心だけで世界は変わらない。それで見え方を変えることはできるかもしれないが、現実を変えるのは全てが力だ。
心は世界を変える運命的な要素にはならない。何かの偶然がそこに力を与えればかわるかもしれない――
だからこそ、神がそれを与えた、と、いうことだったが。
「だが違う」
「違うんですか?」
「もしかしたらそういうときもあったかもしれない。しれないが、残念ながら全く違う――問題はその本当の条件だが……」
魔王は酒を飲みながら、世間話のように言う。
「――最近おかしくないか?」
「いや、だからなにがですか?」
「勇者だよ勇者――ちょっとここ最近の勇者のデータを集めてまとめてみたから、目を通してみろ」
魔王は足元に置いたビジネスバックから大きな封筒を取り出し、更にその中からファイリングされた書類を取り出すと、仮面魔導士に渡した。受け取ると焼き鳥の串で汚れた手をおしぼりで拭き、それを早速ぺらぺらと捲ろうと指に唾をつける。
まず一枚目。
「……アンナ、B83、W56、H79、」
それをあえて確認作業を披露するように彼は音読した。その時点で何かがおかしいと思ったが、彼は構わず朗読した。
「恋愛経験無し、趣味は料理、心優しく友情を重んじているが、幼い頃に男にしつこくからかわれ苦手意識がある。処女。家族構成は両親と祖父母、心優しい商人一家で……」
さして重要そうではない。次へと読み飛ばす。
「エヴァ、B87、W58、H82、恋愛経験無し、趣味はアクセサリー製作で、それを仕事にもしている。気配り上手で彼女の周りは空気が柔らかい。処女――」
また次へ、
「セレス、B74、W54、H75、恋人無し、ツンデレ、強気な言動に反し心弱め、絆されると無口なままだだ甘に。処女。きりえ、B89、W61、H85、男に触れた事もない。テレサ、B72、W52、H73、恋に恋している――」
また次へと――
変わらない、変わらない、変わらない。
それはやはり家族構成から生い立ちから簡単な職歴にまで続いている――
とりあえず見た目とスリーサイズは必須事項とみた。だが読み飛ばしの量は段々と増えていき、段々とどうでもよくなり最後にはスリーサイズと性体験の欄だけを読むようになったあたりで、
「……なんですかこれ、アイドル、もしくはセクシー女優のプロフィール?」
「いいや。全員、ここ最近の神が選んだ勇者だ」
「よくこんな下世話な情報まで調べられましたね」
「世界記憶を閲覧したからな」
「そうですか……で、これがどうかしましたか?」
「気づかないのか?」
「何がですか?」
「全員女だろ?」
「それが何か?」
「……いやどうみてもおかしいだろ!」
魔王は居酒屋で叫んだ。
「何で男が居ないんだよ! ここ千年近くずっとだぞ? 先代の所為で一度男が滅亡しかけたこと差し引いてもその後ずっと男勇者が来ないんだぞ?! どう考えてもおかしいだろうが!」
「それってただ単に先代が張った女より強い力を持つ男が入ったら死ぬ結界に遮られてたからじゃ?」
「俺の代になったら消えただろ!」
「噂は消えませんよ?」
「二千年経ってもか!?」
「確かに在り得ませんね。逆に伝説くらいにはなるかもしれませんが」
仮面魔導士はとりあえずジョッキから麦とホップの酒を一口煽る。鼻下の泡を袖でぬぐう。店員を捕まえ追加注文で枝豆とベーコンとポテトフライを注文し、魔王は冷ややっこを頼んで、
「じゃあなんで……なぜ神は女だけを勇者に選んでるんですか?」
「勇者は常に世界に一人しか居ないことは知っているな」
「? ええ、それが何か?」
仮面魔導士は特におかしくはないと思う。勇者が複数人いるとかそういうこともあった気がするが、基本は一人だ。
特におかしいことは無い。
「……人間は基本一夫一妻なのか知っているか?」
「ええ……で?」
それが何か関係あるのかと。
だが、
「それは何故だ?」
改めて考えてみると、確かに疑問だ。
あえて言うなら、宗教的にそうだと決めたからだが。そこに絶対的な法則や数式、定められた運命も心理もないし絶対的な理屈でもない。歴史を紐解けば王族貴族は重婚やハーレムに大奥なんてものもあるのに基本は一夫一妻、それを厳命としつつ特別な例外を法律的に定めている時点でお察しだ。
しかし、その例外を除いて、
「教会が布教した愛の概念――ええっと、特別な愛情、真実の愛を持てるのは世界にただ一人、それ以上は愛の独占行為――たとえ本当の愛でもただの欲望に成り下がる――つまり不純行為、不貞であり不徳、不誠実であると」
あえてそれに理由を付けるなら、人間心理、感情の機微からみた場合、不純、もしくは不条理、不義理、不徳、悪徳とする行為であり、更にそこから嫉妬、色欲、傲慢、強欲を拗らせ大罪に至るとされているからだ。
だが、
「……それは何故だ?」
魔王は再度問う。
それに、
「……神がそう告げたから?」
変わらぬ答えを出す。だが、
「――そう、つまりはそういうことだ」
仮面魔導士は、口にジョッキを運び、飲んだ。
まだ気付かない。一体それがどうかしたのかと、再度疑問を視線で投げ掛ける。
そんな部下に魔王はやたら深刻――というか、やさぐれたような顔をして、
「勇者は世界にただ一人――神が布教した宗教では、結婚できる相手も世界にただ一人――」
分かりやすく共通項をぼそりと述べた。
その瞬間、二人の間に沈黙が降り、カウンター席の喧騒が無駄に大きく響いた。正直五月蠅い、
だがしかしそこで、
「……気付いたようだな」
一秒、二秒、三秒、それからあえてゆっくり、ゆっくり、喉の中に空になるまで送り込み、店員さんに更に追加注文を頼んでから。
また静かに、
「……ま、まさか」
「――そうだよ……」
理解する、なんとなく、理解してしまった。
仮面魔導士は、余り理解したくないことを理解してしまった。
その壮絶な真実を。
「――勇者は神の推し嫁だ……!」
そのあまりにもあんまりな残念事実を、魔王は非常に言いたくないが、言うしかなかった。