人妻女勇者/官能小説家のくっ殺事件簿。~問題編~
まるで彼女の体を舐め回すようなメッセージが刻まれていた。
悍ましい気配が感じられるその手紙から、何者かからの卑猥な意思を感じ取る。
このヌメリが危険な毒物ではないかどうか、魔王は躊躇わずその匂いを嗅ぐ、生乾きの饐えた匂いがするそれは――。
「――ふむ……唾液ですかね」
「ひっ」
毒ではないが、もし気付かずに口に含んでいたら、おそらくもう二度と気軽に物を食べれなくなっていただろう。いや、この時点でもう十分だが。
魔王は問う、
「……これ、どこに置いていました?」
「その、持ってきた鞄の中に――宛がわれたロッカーの中、鍵を閉めて」
それに付け加えるように、付き添いの友人が、
「ロッカーは壊れていませんでした。それと同じクラスのみんなに、そんなことをしている気配はありませんでした」
「……ふむ、じゃあ侵入者ですかね?」
他の教室か、職員、それとも学園外の人間か。
ロッカーの合鍵は担当教員が管理している、そして同じロッカーを使っていた卒業生が個人的に合鍵を作製していた可能性もあるが、カノジョ目当ての犯人がそれを僅か数日足らずで探り当てることは難しい。
可能性として高いのは、教職員か、オフェリアが持つ鍵を気付かれないように盗んで使いそして戻したか、だが。
そこで、
「あ……」
「どうかしましたか? オフェリアさん」
「……もしかして、あの……あのとき来た、過激なファンじゃ……」
「……ありそうですね。君のスケジュールを先行し待ち伏せているくらいだ。ロッカーの中に入れて鍵を閉めていた――それを開ける技能ぐらい持っていそうだな」
「えっ、オフェリアさん、そんなことがあったの?」
その発言にオフェリアの友人――委員長を務めている犬系の獣人が、気遣わし気に反応した。
「……はい。この都市に来たばかりの時に、出待ちされていて……」
心配させないように、彼女はただ困ったように微笑を浮かべる。
合わせて魔王も何の気遣いも要らないようにと。
「――そんなこともあって、私の家に下宿させているんですけどね。まあ、家族全員そこそこの実力者ですから、家に来れば変な性犯罪者位ならむしろその場で即滅殺しますよ」
「……そうですか、先生なら心配ありませんね」
犬系委員長は耳を後ろ向きにし、パタパタと尻尾を振った。
「とはいえ、相手は盗賊ないし探索者のスキルを持っていそうですね」
「あとは、忍者に諜報員、アサシンの……斥候、スパイ系の技能でしょうか」
他にも当たりを付けるなら、魔法系統の【遠視】【透視】に類する術でも可能だが、そんな魔力を使えばまず警備員の誰かが気付く。
教室にそれらしきことをした者はいないということだが、
「……クラスで狂信的ファンになってるような気配は……」
「ないです。ブラウスの上から透けブラを見てるとか、すれ違いざまに匂いに反応してる男子はちょっとだけ居ますけど……」
「……まあ、多感な青少年の反応としては普通の範囲だなそれは」
「正直あれで隠してると思ってる辺りは滑稽なんですけどね」
会話しててどこ見てるか――なんて分らないのは――それ以外の事に集中しているからである。見ていれば分る。レベルが高い奴は、あえて見えてることも見ていることを言って朗らかにあけすけに公然とガン見するものだ。
しかし、ファン同士の横繋がりが出来、共犯者を得た場合には違ってくるのだが、委員長の情報なら間違いないだろう。
「……とりあえずクラスの身内じゃないか……」
「あ、それとそのセクハラ紛いの視線のことで、男子と女子が種族関係なくさっそく睨み合ってます」
「……まあそれは放って置いていいだろう」
「その、ちょっと大げさなことになってるので、来てください」
「……ええ?」
魔王は教室へ向かった。
そこは物々しい雰囲気だった。一触即発――
否、既に撃鉄は起こされ、引き金も絞られている。
だが何故だか議論の内容は、
「――だから言ってるでしょう! 見てるだけじゃ気持ちは伝わらない! むしろ男の気持ち悪いところしか伝わってこないって!」
「はあ?! じゃあなにか? 一目惚れや初恋すらすんなっつーのか!?」
「それとこれとは話は別よ! そのあと好きだからって言い訳して気持ち悪い事なんでもする言い訳にしてじろじろ見んなって話!」
「別に好きじゃねーよ! ただ男だから我慢できねーの! デカいオッパイとかお尻が在ったらつい見ちゃうの!」
「そういうのをただのスケベだっていうのよ! このガキ、どスケベ!」
「うっせーよ! そもそもお前の事なんか見ねーよ! 見るとこねーしよ、このつるペタの絶壁が」
「じゃあなんで時々目が合うのよ! あんた時々アタシの事見てんでしょ!」
「――見てねーよ! たまたま窓の外を眺めてたらそこにお前が居るだけだっての!」
「何……何ベタなこと言ってんのよ! この馬鹿! それじゃアンタあたしの事があらぬ誤解を招くでしょう!? ほんと信じられない馬鹿なんだから!」
「てめえこそなんだそのリアクションは! 完璧ツンデレだろツンデレ! お前俺のこと好きなんかこらぁ!」
「だっ、だれがアンタの事なんて!」
「ほらツンデレ、はいツンデレ! ツ・ン・デ・レ~!」
「~~~っ、あんたの事なんて正真正銘本当に大っ嫌いよ! このバカぁ!」
そして鉄拳が飛び男がスピン気味に殴り倒される。
うん、これは本当にそうじゃなくても本当にそういうことになっちゃって、じれじれとずるずると腐れ縁みたいな関係が続いていくやつだ。
すくなくとも、もうクラス中がそう見ている。
「……最初は犯人探しでしたが、そこが何故だか告白にラブレターとか古すぎる、と始まって、それ以前にじっと見てるとか怖い、根性無し、男子の視線がえろい、好きなのは女の子じゃなくて女の子の体、と、段々話がそれて」
「はいはい、定番のあれですね」
ただのラブコメである。
とはいえ、
「――その辺にして置きましょうか」
「……先生……」
渦中に魔王は行く――オフェリアに物理的変態メールが届いた件は置いて、こんな子供の喧嘩に教師が口出しすべきではないと言うかもしれないが、
「テッド、男がつい女性の女性らしい部分を見てしまうのは確かに恥ずかしい事ではないね、それは男として自然だ。でも、そこからそれを我慢できることが立派な男なんじゃないかな?」
「……はい、先生」
「それからミリー、女性は男性より心が早く大人になる――だけどそれは、決して女性の心が絶対的に優れているというわけではありません、そして男性が必ず劣っているということでもありません。中には女性以上に女性の事に気を使う、紳士的な男性だっているし、逆に、男性以上に気を使えない女性だっているでしょう?」
「……はい、先生」
それぞれ、動物と人間の差、そして、心――生き方を磨くか否かの差であると魔王は思う。それは性別の差ではない、その人の人性――どんな人間かという本質の差である、ということをだ。
この手の意識差は結局のところ男女の優劣ではなく人間性の優劣だろうと。二人に、お互いの性に対する傲りが多少ある様なので、魔王は口を酸っぱくして言っておいたのだ。
価値観の齟齬は、自分を正しいと思い込むことの恐ろしさだ、それは大人になってからの方が周囲に多大な迷惑を掛ける。
「じゃあ二人とも、今のうちに謝りなさい……子ども扱いする訳じゃないけど、後で二人きりで謝ったりしたら皆がそれこそ誤解してしまうよ?」
その指摘に二人は渋面を作り、それこそ渋々――
「……悪い、余計なこと言った」
「私もごめんなさい――言い過ぎた」
「じゃあそこからもう一つ踏み込んで――お互いにお互いの事を褒めなさい、けっこうカッコいい、いつも綺麗だって」
『えええ?!』
「これは罰です――それから、その褒め言葉に相応しい自分になれるよう心掛けなさい」
「う、でも先生――」
「なんなら二人きりの時に言うのでも構いませんよ?」
「そんなことしたら誤解されます!」
「ええはい。だから今ここで――」
生徒たちは思った、この鬼畜教師と。
あまつさえ、しー、と、まるで告白の雰囲気を演出するように他の生徒たちを静まり返らせている。やらせていることはまるで幼稚園の教育内容だが、これならサポーターのように囃し立てられ煽られたほうがマシだ。
マジな告白シーンのようだ。
恥かしがる猫系獣人の彼女と、悪魔系亜人の彼は、次第に自身らの羞恥心と緊張感に自縄自縛され心の均衡が崩れ、
「……き、きれいだよ……お前の毛並み……」
猫系女子は全身が逆毛立ち、そして瞬間沸騰した。
どうしてオリジナリティを入れて来るのよ! それじゃ普通にそう思ってるみたいじゃないの! と。
しかし、根性を見せた、いや、素直になっ……いやいやいや。
い、いわなくちゃ。と、モジモジして、
「……あ、あんたも……ふざけてないときは、カッコいいわよ……」
お前も何言ってんだよ! と、悪魔系男子は身悶え青い肌が真っ赤になった。棒読みならまだしも、あまつさえあまつさえ、そんな素で恥ずかしがりながら!である。
教室中のリアクションも崩壊し始めていた。みんな思っていた、こいつら絶対付き合い始める……! と。
手拍子をしてここはもう愛の告白まで持っていくべきか、否、ここはもう『両想いおめでとう! カップル成立!』と祝福し強引に既成事実としてしまうべきか、生徒たちは顔を見合わせ、両手を胸の位置にまで上げた。
あとは拍手喝采だ、それでこいつらは詰む――
そして明日からはしばらく自分達にいじられ続けるのだ。
しかしそこで、
「はい、じゃあみなさん速やかに通常の昼休みに戻ってくださいね~」
「ええ!? 先生なんで!」
「ここは放課後まで告白未満の両想いを生殺しで見学でしょう」
『――先生が一番ひどい!』
ちなみに娘は、教師と生徒の距離を保つため不用意に話し掛けないようにしていた。
その後、魔王は生徒たちから普通に変態メールの前後の状況を聞き取り、学園の守衛に部外者が来たかどうか、教職員たちのアリバイなども確かめた。
が、疑わしきものは浮かばなかった。ピンポイントで唾液と手紙だけをお弁当箱に空間転移させたとか研究用のスライムが脱走したとかそういう痕跡も見つからず、とりあえずは変質的な悪戯、ということで捜査は停滞することとなった。
学園内に居る彼女のファンに疑いの目が向くこともあったが、一日二日ではそこまで狂信的なファンはおらず、むしろそれ以前の、アイドルとしてより勇者として敬意を払っているような輩だった。
それでも念の為に、放課後はオフェリアを職員室で待たせ、娘と一緒に魔王と帰宅させる。
「――あのう、ここまでしなくとも平気だよ? これでも勇者だし」
「ダメ、リアは後方支援系でしょ? お父さんが盾、私が砲台役にならないと――あとお母さんかリリーがいれば完璧なのに」
「二人だけで過剰戦力だよ」
絶対死なないラスボスと最高峰の殲滅力である。ちなみに母親は一対一の死神だ。マネージャーは裏稼業では有名どころだが割と一般人《常識的》である。
それはさておき、魔王はさりげなく周囲の動きを測るが、特におかしい者はいない。以前に見たファンも見当たらず、門で出待ちをしている者がいたが、犯行を犯した人間独特の態度ではなかった。
追跡者も居ないので、魔王たちは都市部から出てそのまま帰路を進んだ。
愛する田舎家が見えた。
敷地に入り、納屋と家庭菜園を通り過ぎ玄関ドアを叩くと、パタパタと駆けて来る妻の足音が聞こえる。
魔王たちはようやく一息つけると思った。悪党らしい悪党ならともかく純粋な変態らしい変態の相手は稀有なのだ。
ドアが開く、とそこに居た妻に夫はとりあえずただいまのハグとキスをしようと両腕を浅く広げた。
だが、
「あなた――」
妻は険しい顔をして愛の確認を省略し、真っ先にオフェリアを一瞥して、話を聞いてください、と視線で何かを訴えかけて来る。
その様子に学園組は一同で顔を見合わせる。
「何があったの?」
「実は――」
「――オフェリアの下着が盗まれた?」
マネージャーも帰宅したところで、何も知らない彼女の為に改めて状況の確認をしていた。
「ええ。私達の下着は無事だったのに、彼女のだけ……」
一同は眉間にしわを置寄せた。この最強武闘派女だらけの魔王さんちで下着が盗まれるなんてありえない。世間的には新婚再婚家庭と居候の下宿人たちだが。
揃いも揃って美人ばかり――
ご近所の男どもはナントカすれ違おうと取れ立ての野菜や野鳥に野獣をおすそ分けに来て女房に締め上げられ、少年たちはその初恋を母娘問わずに捧げそして撃沈している。
居候二人も同じだ。純粋な少年たちはとりあえず告白したり近所で摘んだ花束を送ったりしているが穏便にお断りされている。
そんな誰もが通る道と化しているので、十分容疑者もいるしその可能性もあるのだが。
「それどころか、学園では彼女の昼食に唾液塗れのメッセージカードが添付されていた」
「……由々しき事態ですわね」
誰にせよ、何にせよ、既に彼女個人の生活圏に侵入を試み、そして成功したのだ。
我が家の安全性――彼女たちの安否が問われている。
普通に戦う分にはほぼまったく心配の要らないメンバーなのだが、よりにもよって現勇者が駒として一番虚弱なのである。
「――というわけで愉快な家族会議『ストーカー撃滅編』始めようと思います」
「――異議あり」
「なんだい、マネージャー君」
「まず私達は家族ではありません――そして貴方の愉快な仲間でもありません。それから真面目な話ですわ」
「……え~」
「いい歳したおっさんがそんな子供みたいな態度を取らないで欲しいですわね」
「うーん、割とそんな気がすると思うけどなあ、私、ここに居ると毎日楽しいし」
「リア? 家庭を持つならまず自分の伴侶を持ちなさい――他人のそれにおんぶにだっこで甘えて満足していたら、行き遅れますわよ?」
「だってクリエイター仲間で? 勇者の先輩さんで、可愛い妹みたいな友達もいるし――頼りがいのあるお姉さん役に、お父さん役も居て? 肩肘張らなくて済むしぃ……」
「毎日パーティーみたいだよねー?」
「ねー?」
「あああもう話が逸れてしょうがない! 誰の所為ですの!?」
切っ掛けは魔王だが、それを広げたのは割と余計な突っ込みを入れた彼女自身である。 と、そこに居る全員が視線で語った。そんな痛し痒しな居心地の中、リリーは半ば自分の失態を誤魔化す様に憤慨する。
「――我々の警戒網を潜り抜けて下着を盗む輩が現れたのですよ!? 真面目に話し合いましょう!」
魔王たちは気を取り直した。
「――そうだな」
うん、と魔王とその家族、そして居候達は頷き合った。
ほぼ世界最強の面子、その気になれば世界を滅ぼす神にも仏にも悪魔にも成れる魔神我ーZな奴らのスイートホームを穢した罪は万死に値する。
「でも下着泥棒か……」
重犯罪である。これは市中引き回しは確実の上に『私はパンツを五回食べました』と看板を背負わせ公開処刑にする必要があると女性に優しい魔王は思っていた。
だが、学園ならいざ知らず、魔王が済む家のの敷地に踏み込み――城には毎度勇者や英雄どもが来るが――尚且つ、犯行に気づかないなんてことは普通に在り得ない。
実は結構な異常事態である。
なので魔王は、
「……一応聞くけど、本当に盗まれたの? 取り込んで仕分けするときに、家のどこかに落ちているとかそういうことは?」
「ないですね、取り込もうとした時のことですし、朝、部屋干ししたことは確かです――部屋や庭、その辺も探したけど見当たりませんでしたね」
ベランダに干してたら風で飛んでとか、片付け忘れて部屋のその辺に脱ぎ散らかし、いつの間にかベッドやシーツの隙間に挟まっていたりというのはよくある。
他には――
「着回しのローテーションからレギュラー落ちしてタンスの奥深くに仕舞いそのまま化石になったとかは?」
ズボラだと普通に失くすケースがままあるという話だが。
「いえ、それはないです、無くなったのは昨日穿いて洗って今日干して貰ったものです」
「ふむ……グレーナ、気づいたのはいつだい?」
「そうですね……今日は帰りが遅かったので、代わりに取り込もうとして……帰って来る、一時間くらい前でしょうか……」
となると、
サンドイッチに異物混入されたのは、朝食を作り、家から出て――
学園に着いて私物をロッカーに入れ、その後お昼前辺りまで。
家で下着が盗まれたのは、下着が干されてからの午前と午後、妻が目を離していたどこかの時間――
都市部にある学園からこの家までは、歩いてざっと1、2時間である。
同一犯なのか、共犯者がいるのか微妙な所である。
もっと詳細な犯行時間の限定が出来ればいいのだが、どちらが先でも後でも犯行は可能そうで、
「その間、君は家から離れたかい?」
「いいえ。最近は昼の市にも出ていませんし、契約したお店への配達もありませんでしたから、家事に、納屋、農具の手入れをしたり……ほぼこの敷地内に居ましたね」
「……となると、下着ドロに関してはグレーナの警戒網を潜り抜けたっていうのか……」
その難易度を鑑みると不可能そうでもある。留守の間に盗まれたのなら分かるが、彼女のいる間に気付かれずに犯行する、というのはかなり厳しい。
これでもソロで魔王城に来た歴代屈指の実力者である、いまは優しいお母さんだが、危機管理に関しては魔王よりよっぽど敏感だ。
「……そんな人間がいるのか……? 問題はどうやってそんな犯人を捕まえるかだが」
「でも、他の下着が盗まれていななんて……犯人はあきらかにオフェリアを狙っていますね……」
妻の言う通りである。
そして真っ先に浮かぶのは、彼女たちが来た初日の彼ら――もしくは同類項の人間である。
だが、
「……いや、実は全く関係ない別の犯人ということはないか?」
「え? どうして?」
娘が問う。
「うーん、……昼にオフェリアが被害に遭ったからつい関係があると見がちだが、そもそも……犯人はなぜ、オフェリアの下着をピンポイントで盗めたのか、そこも問題だろう?」
「えっ――」
そう、何せ、数ある下着の中で自分のターゲットを正確に仕留めている……そんなことが出来るということは、
「――おそらく犯人は、オフェリア君がどんな下着を穿いているのかを知っている……でなければ、狙い済ましたように彼女の下着だけを盗めまい」
背筋に氷と毛虫を同時に入れられたような悪寒が奔り、女性陣は騒めき立った。
それは女性の最も大切な場所を隠す大切な布地だ。更にそれは普段から常にスカートやズボンの中に隠れている。
それを、確実に知られている……。
恐怖以外の何物でもない。
どんな厚着をしても、見られてもいいアンダースコートを穿いても、パニエでローアングルの射角を失くしても今日どんな下着かを見抜かれてしまうのだ。
裸同然である。服を着ていても脱いでいるようなものだ。犯人にとってはおそらく透視しているも同然なのかもしれない。
かなり高度なヘンタイである。
もしただの下着泥ならこんな美人ぞろいの下着たちを目の前に確保しないわけがない。
「……熟練の下着泥は、あえて根こそぎ獲物を攫わず、一枚、一枚、気の所為かな? くらいに思わせ何度も犯行を重ねるらしいですけど……」
空き巣の小銭泥棒と同じである。が、
「それと同様のプロ意識――無駄のなさを感じるな」
余計な犯行はしない、欲は掻かない、この手合いほどぼろを出しにくいのである。
しかし、
「……でも、オフェリアの下着を把握しているなんて……」
リリーはそう声を上げる。そんなことが出来るのかと。
出来るとしたら、この家で家事を取り仕切っている妻ポムグレーナ、そしてその補佐をしている娘のざくろくらいである。
念の為と言う様に、妻は娘を見た。娘は全力で首を振っている。
そういえばこの前、湯上りに、脱衣所で母親が娘に自分の大人下着を着せ替えしてキャッキャしていたが。
まあ、そろそろファッション以外の視点でもあるだろう、性への好奇心とか。
もしかしたらオフェリアのそれに憧れて穿いてみた、とかしちゃったのかもしれない。いやないか。それで汚れ今洗って干してあるとか――
それに母親がいる以上、それは父親として知らない振りをしなければならない。
そもそも、犯行が同一犯とするなら、妻と娘は除外だ。妻は百合属性は可であるが是としていないし今は夫である自分に首ったけであると魔王は思う。
娘に至っては、そんな特殊性癖や自制の効かない欲や嗜好はまだ持ち合わせていない――若干マザコンの気があるような気はするが、優しいお母さんが好き、の範囲である、出来ればこれからはファザコンにしてやりたい。
それとも、家族生活の邪魔者を排除するために、こんな犯行を――
一番ないな。二人が居候してからも妻とは堂々とイチャついているし、娘とも堂々と親子タイムを過ごしている。むしろ父親が出て行けと言わんばかりに睨まれるほどだ。
魔王はそう判断する。
しかしそこで、妻は何かの引っ掛かりを感じるのか、思案するように視線を伏せた。
そして、
「――なるほど、そういうことですのね……」
「なにか分ったのかい? マネージャー君」
魔王が彼女に問う。
と、
「――私、犯人が分りましたわ……!」
「――な、なんだってーっ!?」
魔王は叫んだ。背後にベタフラッシュを展開しそうな勢いである。
が、あまりにも周囲が冷めた視線を向けて来るので取り繕った。
「……いやあ、とりあえずこう言わないと――」
はぁ……、と皆が呆れる様なため息を吐く中、いち早く魔王慣れしている妻が復帰し、リリーに問う。
「で。誰なのリリー、その犯人さんは」
「ふっ、その白々しい態度――今すぐに剥ぎ取ってあげますわよ」
そして彼女は相変わらずの上品な口調に探偵成分を上乗せして見栄を切る。
「――犯人はこの中に居る!」
魔王は、さっき自分に褪めた視線を向けた癖に堂々とそんなことを言い除ける彼女に塩を投げつけるような視線を送った。
除いた三人は、え? と思いながらとりあえず周囲の家族や仲間を確認する。
しかし、信頼度がそれぞれ高い為か、皆動揺せず、先程の魔王のリアクション以上に呆けた眼で彼女に疑問を訴える。
中でも、自身の相方の発言が信じられず、そして突然の暴挙とも言うべき言動に、オフェリアは恐る恐る声に出した。
「……どういうことなのリリー」
「知れたことですわ……我々の警戒を潜り抜け、干された下着を把握でき、それに変態的嗜好と欲を抱けるのはただ一人――」
彼女は憎悪にその瞳を漲らせて告げる。
ビシッ、と指さし、
「そこのエロ大魔王、無動幻真だからです!」