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魔王さんちの再婚事情。  作者: タナカつかさ
薔薇の勇者と百合の聖者。
22/41

魔王さん、妻との思い出を語られる?

 王城外門、それは王都の外壁が破られた場合の最終防衛線であり、その物見櫓も兼ねる城壁がぐるりと城を囲い連なっている。

火急の報に王侯貴族たちは会議場の席を立ち上がり、その場へと向かった。

 王達は騎士と警備兵に守られながら、眼下にその姿を確認する。

 魔王と、その横に立つ聖女の姿を――

 聖女は魔王が彼女の為にあつらえた、ただの聖職者用の衣服を身に纏っていた。

 勇者の鎧でも聖女のドレスでもない、その手にはメイスや錫杖、剣の類もない。

 戦う意思の無い証拠だ。魔王もそれは同じ――そんな二人はどちらが前でも後ろでもなく隣り合い、王城前の広場を歩いてきた。

 それを取り囲む群衆が、海を割ったように広がっている。

 そして二人が王城の外門、その前にある広場の中央に行きつく。

 と、魔王は、

「――手当ては終わった! 宣誓に従い聖女を自由にしに来た! 受け取りたくばここまで来るが良い!」

 二人を見下ろしている国王達に、格付けを表すようろくな礼も払わずに命令した。

 それに歯軋りをしながら、しかし、聖女を蔑ろにするわけにもいかず王達は、息を乱さないぎりぎりの速さで門を駆け下りそして外門を開けさせた。

 ぞろぞろと、金銀煌びやかな宝飾を身に付けた王達とその護衛が、魔王と聖女の前に並び立つ。

 そこで魔王は彼ら告げる。

「……治療は万全に施した。傷一つ、穢れ一つない身(・・・・・・・)、そのままそちらに帰そう」

 暗に、怪我だけでなく――聖女の肢体に手を着けてないことを宣言、釘を刺す。

 まるでそれまで彼らが何を話していたのか――その全て知っているかのように。

 それに奥歯で舌打ちをし、ある国王が、

「――神の伴侶たるその身、丁重に(・・・)扱ってくれたこと誠に感謝する」

「丁重ではない、当然の事をしたまでだ。……まさか人の世ではわざわざ気を使わなければ女性に真摯に振る舞えないということか?」

 聞くや否やの嘲笑に、

「――いいや。当然のことだ!」

 示威をぶつけ合う。下らないプライドの見せつけ合いに見えるが、そこに落ち度があるかないかで国家間の立場、そして交渉は簡単に傾く。

 暗闘は始まっている。その簡素な鞘当てが終わるや否や、魔王は笑みを浮かべた。

「……さあ! これで彼女の自由が我が手にあること――そしてそれでも、彼女自身が自由にあることは証明されたな!?」

 言うと魔王は聖女から離れ、視線と軽い頷きを彼女に送る。

 すると聖女は――そこにある人の空白地帯を前に進んで行った。その姿は王侯貴族のみならず、そこに集まった群衆にも確認された。

 清浄にして清廉、そして慈愛と勇気の象徴でもある彼女が人の手の中に戻ろうとしている。人々の胸にまた希望の灯が点される――

 その筈だった。

 一体どうしたのか――聖女は、その歩みを道も半ばで止めてしまった。

 そこに居る人々は、それを疑問の表情で伺った。

 一体何を躊躇っているのか。

 注目が集まる――そこで、

「……皆さんに! お聞きして頂きたいことがあります!」

 彼女は、人、魔族、王侯貴族、民衆、それぞれの間で凛とした声を張る。

「……皆さん! 今日までの両種族の闘争の歴史……それは風貌や力の差だけでなく、心の弱さが付け根にあります!」

 それは鐘楼の様に朗々と、広く、遠くまで響き渡った。

そこに集まった面々が、いきなり何を言うのかと怪訝な視線を送る最中、聖女は更に凛とした表情で告げて行く。

「本来同じ人であった種族を敵とし、悪魔として罵り、蔑んできたのはそうしなければ心の平穏を保てない――現実の理不尽ではなく、心の弱さがあったからこそです! 自分ではどうしようもない出来事があるとき、誰かに当たり散らしたり、この世に存在しない悪を求めるのは、その逃げ道ではありませんか!? ……ですが! それは人として、魂の前途を捨てた道です! そういう意味で! 勇者も! 聖女も! 英雄も! 同じ偶像としての役割を与えられています! 

 ……私達は! その甘えをもはや捨て去るべき時が来たのではありませんか!? このままでは――例え人の世が、文明や文化がいくら豊かになろうとも、世界が穏やかになることはありえません! 常に誰かを羨み、疎み、その都合の良い願望に甘えている限り、もうこれ以上人の心が先に進むことはないのではないでしょうか!? きっとこのままでは、世界は混沌として往くばかりでしょう! ……だから――っ!」

 息を呑む。彼女が何らかの多大な覚悟を自身に促してることをその姿、張り詰めた息遣いから察し――

 群衆も、王侯貴族達も、これから何が起こるのかと、一同は括目、または呆然と騒めきながら――

 聖女はそこで厳かに佇み、その騒めきが収まるのを待った。

 周囲が静まり返ったところで、彼女は再び、凛と声を張り上げた。

「この度、私聖女アーシェ・アナールは、この身に受け賜わった二つの称号を返上し、神の御許を離れ――魔王様の膝元に侍らせて頂きたくことを、ここに宣言させて頂きます!」


 それは――

「なっ――!」

「何を言っているんだ!?」

 聖女も勇者も辞め、魔王の元で暮らす、ということである。 

 それが十分に世界に往き渡るや否や、王侯貴族達は吃驚を露わにし、民衆が遅れて騒然とし出した。

 耳を澄ませた者たちの中で、為政者たちはそれが政略婚であり、聖女が身を挺して魔族と縁を結ぶという交渉だとほくそ笑んだ解釈をした。

 いまだ魔族を敵視するただの群衆は、聖女は本意ではなく慈悲を乞うためにその貞操を散らそうという悲劇と、早くも轟々の怒号を上げ始めていた。

 中には全く別の意味での身売り――人の世を捨て、聖女だけが魔王の情けに縋り付こうとしていると彼女を紛糾する者もいた。

 そこで、

「聖女殿! ――それは其方が魔王の妃として迎え入れられるということか!?」

 真意を確認し、それをどう自分たちの利益に転ばせようかと王の一人が確認する。

 とりあえず、どんなお題目を掲げようと、膝元に侍るという意味はそれ以外にないと思っていた。どんな立場かはまだ明確ではないが、それが愛娼――情婦や妾であるなら、それは流石にこの公の場で宣言することではない。

 そうなれば魔界と国交を結ぶことが容易くなる。

 聖女が魔王の王妃にでもなれば、嫌でも彼女に連なる者は力を得ることになる。

 そして――魔王の物になると言った彼女を粗末に扱えば、そこを切っ掛けに魔族に再度憤怒の矛先を向けることが出来る――

 そうなれば、戦争だ。そして全てを簒奪できる。

 そう目論んでいた。

 だが、

「――いいえ! 私は今この場にて環俗致しました! もはやそれに相応しい身分も称号も御座いません!」

「――ではどうするというのだ!?」

「私は人として、ただ一人の女として(・・・・・・・・・)魔王様の元で奉仕活動をさせて頂く所存です!」

 その発言に王達は驚愕した。

 彼女の宣言するところはつまり――

「――其方は自ら――人のこれまでの罪状を背負い、一人で魔の刑に服するということか!?」

「――いいえ! 魔王様は仰りました! 種が犯した罪は個が負うべきではない、世界にこそ問うが、ただ一人の個人のみがそれに服すことはむしろ許されないと! ……本来ならばそれでも人の一人として、これまで人が犯して来た罪を背負い償い、贖うべきところを……個人に処罰を求めるのではなく、世界に、これからの生き様でそれらを示せと!」

 一息、そして、

「……だから私は、ただ個人として! 今後、魔族の皆さまと共に歩む為にただ生きる事としました!」

 聖女は、それまで張り上げていた声を収める、と、振り返りその視線を魔王へと向けた。

 その視線を民衆は追う。

そして民衆は、それは魔王は全面的に人の罪を許すことにしたのではないこと、そして彼女個人にそれを背負うことを禁じ、叱責したということを理解する。

 どうしてそんなことを言うのか――不当な罪を許さず、彼女にただ生を全うするようにと示したのであれば、それはつまり、魔王は聖女に人として対等に、誠意的に振る舞っているということである。

 正当な扱いだ。隷属でも従属でもない。情婦でも王妃でもない。

 勇者でも聖女でもない――

 まさに自由を与えられている。民衆がそれを認識したところで。

 聖女は魔王へ、更なる視線を送る。それはどこか熱を孕んだ視線で、

「何より……本来であれば決闘の場にて散らしていた筈のこの命――それだけでなく、これまで、勇者でも聖女でもなく、ただ一人の人間として扱って頂いたこの御恩を返す為……その場所を、魔王様のお膝元と見定めたまでの事です……」

 それは、聖女が人の世を捨てるには十分な理由ではないのかと誰もが思った。

 彼女はこれまでその身を粉にして、人柱という程の献身で世に尽くして来た。それに対して、報酬や恩返しと銘打ちながら、人の世界は彼女に更なる期待と重責ばかりを背負わせてしまっていた。

 そして、

「――どうか、この自由を、お許し頂けないでしょうか……」

 それは、そこにいる、各国王でもなく、民衆へでもなく語り掛けられた。

 それは彼女の、そして、決闘で彼女を下した魔王の正当な権利として。

 魔王へ……ただ恭しく手の平を体の前で重ねて、聖職者でも勇者でもなく、それは一人の女性として懇願しているのは、明らかだった。

 誰もがそれを見出していた。

 弱り切った花が最後に一咲き――聖女が聖女として終わり、同時に、一人の女性として花開こうとしている。

 その姿は、ほんの微かにつやと芳香を匂わせ、しかしもう隠し切れないほどの慕情に見えた。まるで今そこで交合を重ねていると言われても不思議ではないほどだ。

 それに魔王は静かに、どこか優しげな声色で聖女に瞳を向けていた。

「……それが其方の自由だというのなら、我はその自由を尊重し、ここに受け入れることを他ならぬ其方に誓おう。そしてこれを何人にも侵させず、守り抜くことを約束する」

「陛下……」

 彼女は名前を呼ぶだけで、それ以上は何も尋ねずに。

 その身体を、魔王へと傾かせた。

 聖女は王侯貴族達や民衆に脇目もふらず、ただ来た道を戻り出した。

 魔王だけを見つめて――

 それはもはや、彼女自身が望んで魔王に束縛されようとしていることの何よりの証明だった。しかしそれは、夫婦が契りを交わすその瞬間、その様にひどく厳粛で……見る者が見ればひどく慎ましやかな挙式に見えていた。

 


 ――と、ページがはらり、はらりと捲られる。


 その小さな本の前には、女勇者、女僧侶、娘、そして妻が揃っている。

 その中で女僧侶が、

「なにこれもうこの時点で二人は出来ちゃってんでしょ!」

「ところがどっこい、まだ聖女様は全然自分の気持ちに気付いてないんだよねえ……」

「残念! ざ・ん・ね・ん~!」

 ややキャラが崩壊気味に下品な顔をして品評をしている。

 娘は、

「ねえこれ本当に元はお母さんなの?」

「そうよ? ……まあ、大分脚色していますけど」

 母の証言に、やや懐疑的である。

「――で、この次どうなるんですの?」

 女勇者はやんわり高めの血行で顔を赤くし、ファン活動と布教活動を続行する。

「そこはまあテンプレだね。おバカな貴族が聖女を貶めようとして――で、それを魔王様が一刀両断して――あ、ここ、ここ」

 読み上げる。声も作って演技して、一人何役とこなして。

 そこを女僧侶が覗き込み、

「……――やあーっ!? 何カッコつけてんのよこの魔王、ベタ過ぎ、ゲラゲラうーけーるぅ~!」

 魔王のヘイトを溜める彼女の目は、濁った闇色――所謂闇堕ち状態だ。

 魔王はクッ殺していない。しかし、

「くっ、気を使って大人しくしていれば調子に乗って……」

 魔王は体を荒縄で簀巻きにされ、ソファーの隅に座り、公開羞恥プレイを受けていた。

 

 

 何故、こんなことになったのか。


時間はやや遡る。




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