魔王さん、妻と仲良く、いろいろとバレる。
女僧侶は暴露した。とどめの一撃が放たれた!
女戦士のHPが0になった。
妻の顔は赤から青に、そして真っ白に変わって行く。
そして魔王はそれ以上に気まずい顔をしていた。それこそそのまま彼女のソロプレイ用のアイテムを――否、現場を押さえてしまった感じだ。女性誌のちょっとえっちなコラムを夢中返って読み耽っていたぐらいならともかく、SMの荒縄と器具がごろりとベッド下から出て来たようなものだ。
だがむしろ燃える――
それが本音だが、それとは別として。
顔は動じず。魔王は今、彼女をどうフォローすればいいのかと激しく動揺していた。
そして、
「――ち、ちがうんだ。そんなものは描いていない、そう……あれは歴史小説! とある王国の歴史を書いた列記とした史実――を、こ、こ誇張表現したものだ」
「『とある王のお妃事情~』というシリーズものですわね」
察した。
魔王は口に含んだお茶が逆流するも、喉で堪え、顔色を変えずに飲み直した。
乗り切った。
妻の目を見る、瞳の奥には生まれたての小鹿が何匹かガクブルしていた。
魔王は自らの心臓に届き得るだろう刃を察し、ここで話を止めておくべきかと本気で悩んだが、怖いもの見たさであえて聞く。
「……それはどういう……」
「短編もあり長編もアリのオムニバスですよ――後宮での出来事を書いた思春期の女の子向けのちょっと過激な――ね?」
「ああ……割とありがちな奴ね」
官能小説という程ではない、ただちょっと壁ドンとか耳ツブとか、肉食系男子の強姦未遂とか際どい和姦が書かれているのだろう。
それも王道の後宮もの、恋愛を絡めて時代や社会に翻弄される女性たちの生き様を扱ったエンターテイメントだ。
だが魔王は次の瞬間、戦慄した。
「タイトルは『聖霊の眷属妃』から始まり『白銀の剣聖』『幽鬼の姫君』『片翼の天騎士』『星海の乙女』『世界樹の黒巫女』『病魔の君主』と色々ありますわね。概ね苦労をしていた女性が努力を重ねて苦難を乗り越えつつ、同時に、本当に辛い時には誰かが傍に、もしくは心の中に居る――王道の恋愛小説ですわね、恋愛を扱っているのでそういうシーンもありますが健全な範囲です――結構な人気ですわよ?」
「……、――へえー、」
タイトルは、魔王の他の妃たちの通り名だ。確かにそれは人の歴史にも残っているような有名どころを厳選している。
それはなるほど、歴史小説かも知れない――
ただし愛の歴史だ。魔王は聞いただけで内容が分ってしまった。そう――これは暴露本だ。
自分がどんなキザなセリフで彼女たちを口説いたのか、そしてどんな厨二病的なセリフで彼女らの敵を本気のノリノリで屠ったのかが書き綴られているのだろう。
例えば、
――家畜の糞にも劣る貴様の死にも意味がある――彼女の癒しだ、その為に死ね。
――女より女々しい生き物、それが魂の腐った鬼《男》だ。
――貴様のような悪を討つのに神も正義も必要ないっ! 例え私も悪だとしてもだ!
そんな、実際に言ったセリフの数々が。
そこで魔王は、娘が自分をダークヒーローじゃないと言っていた意味を今理解した。うん、これは教育に悪い。幸いまだ創作の世界の出来事と認知しているようだが、もしそれが現実に言ったセリフだと分ってしまったら娘から永遠に『でっかい弟』扱いされるかもしれない。まったく、なんてことをしてくれたのだ、妻はよく他の妃たちから夫との馴れ初めやら城での珍プレー好プレーを聞き談笑していたが、おそらくそれをエンターテイメントとして誇張や脚色をしているのだろう。
今、正体を隠しているのも救いである。決して女勇者たちはそのことに気付かないだろう。
と。しかし――
魔王は、そこで会心の笑みを浮かべた。
そして、妻に、特に関心が無いように装い告げる。
「――そうなんだ? いや、知らなかったなあ……」
「……まあ、お前が居ない間に、わた、私も色々あったのだ」
「……いや、恋愛小説ぐらい別にいいじゃないか……是非とも今度君の書いた小説を読ませて貰いたいものなんだが?」
そこで妻は気付いた、魔王の珍しく魔王らしいところに。
恋愛小説――作品タイトルからして、妃それぞれとの馴れ初めを書いているのであれば、その中で自分自身の事も当然ながら書いているだろう。
ならば、当時の彼女の主観――そのときの、夫にさえ口にしていない心の機微や感情なども書き記されているに違いない。本当はどこで惚れたとか、どんな気持ちでプレゼントを作ったとか、そんなこっぱずかしい初恋模様などを。
おそらくポロッと、深夜の魔力に唆されて書いているかもしれない!
それは見たい、ぜひ見たい――! そして妻を恥ずかしがらせてベッドに縺れ込みたい。
そんな夫のS心、妻としては、困りつつでもやぶさかではない。今晩激しくなりそう、どうしようとオロオロと――叱るどころか微妙に熱ぼったくつい目を泳がせてしまう。
娘は、そんな両親の間にある視線の会話に気付いた。しかしどうせまたイチャつくのだろう、ああ、結局ラブラブなんだともはや達観した溜息を吐くだけだった。
そこで火は鎮まるかと思えた。
が、
「――まあ、これは表名義ですので」
しかし女僧侶はそこであえてぶっちゃけ、時間が0.5秒静止した。
魔王は更なる驚愕に包まれた。まさ、か、冗談じゃなかったのか、と。
まさか本当に、
「――え、?」
「ちょ、ま、待ちなさいリリー!」
待たずに、
「裏名義では名うての官能小説家、ガーネット・クリスティー。一番売れているのは『魔王様の優しい調教』シリーズ、」
「ア―――――――――――――っ!」
妻は金切り声で絶叫し、そして同時に至近距離にいる夫の耳を塞いだ。
でも普通に聞こえている。
「内容はドSな魔王にあの手この手で淫靡に篭絡されていく女性たちを描いた過激な愛の物語で、あくまで暴力ではなく哀愁を感じるほど危険な愛を美しく書き綴っているので、教会でもぎりぎり有害図書指定にはならない厄介な案件です。まあ私は身の上どちらも読んではいませんが」
「ああああああああああああ! もう止めてもう止めてもう止めて!」
妻はもう泣きそうな目で震えながら全力で首を横に振るっている。それは傍目、エッチで恥ずかしい小説を書いている女性として自然に悶絶しているように見えた。
しかし、夫と妻にとっては違った。
まさか本当に自分達の性癖を、いや、実際のプレイ内容までをノンフィクションで暴露したのかと。
驚愕した。本当にやっちまったのか、まさか実体験に基づく官能小説を書いていたなんて。
なら、もう、どこがイイ、とか、ダメっ、とか、弱いところとか、もう全部丸裸である。
読まねば……これは読まねば!
そして同時に、自分の体から触手が生えるとかスライムになって服だけ熔かすとか、そういう誇張があるかないかは別問題だと思った。
「……別に恥ずかしがることないじゃないか、官能も立派な文学だよ。他の文学にはない芸術性が在って私は好きだよ? ――後で話し合おう」
「……あなた、許して……」
「そのセリフはベッドの中限定で許すことにしている」
「嘘よ! 言うと一番深い所に来るじゃない!」
「……? なんの?」
「女心ですわよ?」
娘に女僧侶が赤面しながら即座にフォローを入れ、そして、女勇者は話の矛先を変えようとしてやらかす。
「あ、あの、ここに現物があるのでよければお貸ししましょうか?」
「なぜ今持っているんだ!?」
「愛読書だからです。あと、そろそろ新刊が気になります」
「そ、そうか? ――い、いや、流石に――」
それはただの動かぬ証拠である。妻はそれを夫の手に渡すまいと席を立とうとしたが座ったまま後ろ手に拘束され魔王の膝の間にその腰を落とした。
そのまま優しくハグされた、妻はもう動けない、瞳に小さなハートが浮かんでいる。
状況が悪化した、既に手が解き放たれれ要るにも拘らず元・女勇者は魔王に囚われてしまっている。今まさに――いやそれは流石に無理なので今晩、魔王にくっ殺され掛けている!
それは傍目に、夫が全てを許し、妻も微笑みながら堂々とイチャつき抱擁しているようにしか見えない。
現・女勇者はそんな裏事情は知らず『和解!』とだけ察し、
「ちなみに旦那さん――彼女の小説が縁で私達はパーティーを組んだんですよ~?」
「……えっ、そうなんですか?」
それはまた微妙に、夫にとっては驚きである。
妻からは大ざっぱに自分達の都合で同行したとした聞いていなかったが、
「……いや、なぜ、官能小説がきっかけで?」
冷静に、そう思った。
女勇者がその愛読者であることも含めてもう色々と頭おかしいんじゃないかとも思う。
まあ神がアレだからまあ仕方ないとも思うが。
「はい。というのも、作中で魔界の文化や歴史の真実に詳しく触れていましたから、多分実際に取材か何かで行ったことがあるんだろうと思いまして――なら、地図なり記憶なり何かあったら、それをお借りしようとしまして」
「ははあ……」
……割とまともな理由である。その切っ掛けはともかく。
「そこでお尋ねしましたところ、グレナ達の内々の事情を聞いて、案内する代わりに旅の同行を求められたのですわ」
「ああ……私が旅に出て帰ってこないから死んだとか、その敵討ち……でしたっけ?」
「はい。私達は各国王から天災の原因は魔王だからと、連盟からの命令を受け、やむを得ず魔界に向かわなければならなくなり……」
それ以前には、彼女達は勇者の特権を使って各国の病巣部や暗部を各個の裁量で狩っていたのだ――魔王がリークした情報に操られて。
その結果、対外的には正義として、内々には民衆の心を掴む為に魔王抹殺のパフォーマンスをやらされていたのだが――もしかしたら真相は、ちょっと邪魔になった勇者を魔王に狩らせようとしていたのかもしれない。
「思えば大変なことをしていたのですね……」
「ご主人さんが気になさるようなことではありませんよ~」
魔王は、この女勇者はいい子だ、しかしちょっとアホの子だと理解した。
そして、そんな子を無自覚の刺客として操っていたことにちょっと傷付いた。
「……あ、それでなんですけど――グレナさん、ちょっと一つだけ答えて貰ってもいいですか?」
ふと、
女勇者は期待の籠った瞳を悪戯めいた表情で妻に向けた。
そして、何故だか魔王にも向ける。
「……なんだ、今私は答える気力はないぞ?」
「この魔王様シリーズ……もしかしてご主人さんがモデル?」
魔王と妻は動揺した。
まだ、魔王本人とバレているのではないが、別の意味で本人とバレかけている。
とうとう自分の性癖が自分の性癖として周知の事実になるのではないかと。
妻は勝手に夫のベッドテクを公開してしまったことがばれてしまわないかと――
ある意味、お互いに、お互いの事をよく分り合っていた。
が、夫婦はそれに眼と眼で会話しもはや頷きを返しもせず、
「…………いいや? …………………何故そう思うのだ?」
そう返す女戦士モードの妻に、女僧侶はそれまでの敬虔で恭しい態度から一変、冷やかな視線で一瞬、魔王を一瞥した。
つまり、バレテイル。諸悪の根源だと非難しているのかと魔王は思った。
が、それも全く冤罪ではなく、結構リアルに色んなプレイに興じているので、何も言わずにその視線をやり過ごした。
そんな暗闘の気配に気付かずに、
「だってね~?」
女勇者はウキウキしながら旅行鞄の中から手持ちの小説を取り出し、ページを捲って思いっきり開いて、魔王の人物描写がされているそれを見せた。
「……黒髪の、ふわっとした七三で、黒ぶち眼鏡……」
魔王は、筆者である妻の代わってテーブル上でそれを受け取り、読み上げた。
周囲の視線が頭と、顔に突き刺さる。
魔王は今、どうすれば別人になれるのか考えた――その答えは出なかった。だが分かることは在った。
「……奥さん」
「ウン? ナニカな?」
「……もう少し、身近な人物をモデルにするなら、色々と注意したほうがいいんじゃないかなあ?」
「すまない、ありふれた格好だから別に平気かと」
「……身長185cm、意外に筋肉質な逞しい体で普段は柔和な表情――いやいや、身長や体格、個人の人格まで判別できるような特徴まで、限りなくそのままじゃないかな?」
「い、イメージが大切だから……それに……世界で一番カッコイイ男性というと貴方のイメージしか湧かなくて……」
「……ほほう?」
「それから、書いていたら貴方との思い出が蘇って……もうちょっと一緒に居ればよかったなって……妄想が捗っちゃって?」
「――ほほーう?」
魔王は思った、やはりこれは今夜は色々と捗りそうだ、と。
娘は思った、あ、やっぱりイチャつき出した、と。
女勇者は思った、ああ! やっぱり元ネタは旦那さんだった! きゃっ♪ と。
女僧侶は思った、何してんだこの女は、と。
そして魔王は正気に復帰し、
「――でも官能小説は酷くないか!? なんでよりにもよって……せめて普通の冒険物語とか恋愛ものとか! 妄想と願望を広げるにしてもなんでよりにもよって……」
「それはもちろん一般向け小説の方でも使わせて貰ってますから!」
「なぜそれで満足できなかったんだ!」
「だってそれが一番筆が捗ったから!!」
「――先生! やっぱり普段は凄く優しいのに眼鏡を外すとドSになるんですか!?」
「おいなんだその安っぽいありがちな設定は……私はそんなじゃないだろう!?」
「何を言って……むしろ貴方はそれしかないじゃありませんか!?」
「その発言はどこまでが妄想でどこまでが現実だ!」
「現実に決まってます!」
「いいや! 私は常に優しくしてきた! どSになんて攻めていない!」
「あなたこそお客様の前だからって何格好つけようとしているんですか!? 全部事実です事実!」
「――じゃあプレイ内容もですか?!」
「そうです! 多少脚色はあるけど大体実体験です! ……はっ」
その瞬間、妻は自分が夫ではなく誰に何を口走ってしまったのかに気付いた。
でももう手遅れだった。そうだった、今この場には夫だけではなくかつての仲間がいたのだ。これまでは一応ただの濃い妄想ということにしていたのに、実体験を基にしたということが、他人に、子供に、そして夫にばれた。
ばらしてしまった。
肩が震える、涙も震える、頭の先から毛の先まで真っ赤になった。
そして、
「――ええそうですよ! 私はこの人とベッドの中で、ベッドの中で……鬼畜○○で××して□●△※して一晩中(自主規制)して(放送禁止)して(検閲済み)して(モザイク)して(薄消し)して(レーザー光線)してたんですとも!」
自分からアクセル全開で壊れ出したその瞬間、女僧侶が絶妙の飛び込みで娘の耳を塞いでいた。
「おい、更に何を暴露しているんだお前は!」
「本当の事でしょう!?! だいたい、だいたい、普段は優しく甘ったるいくせに夜になると本当に魔王で魔王で魔王で――もう本当に本当のただの魔王ではありませんか! 普段はいつでもどこでも全然魔王らしくないのに!」
半分ぐらい手遅れだったが、幸い、子供にはその夜の情事が想像出来ず理解できないことが幸いだった。
そして、
「そんなことないだろう!? 君だって普通にその「魔王様の魔王様らしいところがイイの!!」とか甘え掛って来るくせに。第一いつでもどこでも魔王を真面目にやってる魔王なんて勇者に狙われるだけの簡単なお仕事になるんだぞ!? そんな魔王なんてやってられるか!ベッドの中で君の前でだけ魔王になって何が悪い!」
女勇者はかつての自分の仲間が口走っている内容が、非常におかしなことに気付いた。
「どこがですか!? 知っていますよ? 私の見えないところで本当はこの世の悪とかと戦って奴隷商を撲滅したり娼婦を守る為衛生管理を徹底させたり悪い親を叱って悪い子を叱って……もう本っ当っ!貴方のどこが魔王なんですか! どちらかって言うと真面目の真で【真王】ではありませんか?! もう貴方が世界を征服すればいいんですよ!」
ほぼ何かの確証を得ているのに目の前のあまりにも酷いアホな夫婦喧嘩に、女僧侶はその確証を彼女自身の理性が全力で否定していた。
しかし、とりあえず、娘はやれやれとお茶菓子を抓んでいるので多分これが日常なのだろうと、勇者たちはそこだけは理解した。
そして娘は――止めなくていいの? と問い掛ける仲間の視線に、やれやれ、と告げる。
「このままいくとだんだん近づいて行って最後にキスして仲直りするよ?」
その言葉通りに一歩、一歩、言い合いながら近づいていた。
「あ……これやっぱり喧嘩じゃなくてただの愛の再確認なんだね?」
「いえ、こういうコントなんじゃありませんの?」
「でもラブラブすぎて辛いから止めて?」
女勇者の、非常に遠慮がちで気遣わし気で、でもちょっと何かを期待した視線で。
女僧侶の、どこか空を飛ぶ鳥の様な遠い目をして、明後日の方角を向いたその様子で。
勇者たちは子供の心の訴えに、ただ深く静かに頷いた。
この見た目、喧嘩なのにまったく喧嘩していない夫婦に、
「あの」
「だから止めろ言っているだろうそのカッコつけた字名! もうずっと他の妃たちに呼ばれてて最近卒業したんだぞ!?」
「ほーら真王様じゃないですか、真王様!」
「あの――」
「違うね! 毎日政務とか視察とか慈善事業とか陳情聞いたり溜息吐いたり肩こりだってする普通の王様だね! それに魔王なんて存在自体が半分以上人間の妄想で出来てることぐらい君も知っているだろう?!」
「あの~……」
夫婦は女勇者に再三呼びかけられ、正気に返った。
お客さんの前だった。なんてことを話してしまったんだ。夫婦の夜の営みなんて。
「いや、これはお恥ずかしい所をお見せしました」
「ごめんなさい、ちょっと感情的になり過ぎました」
「ああいえ。仲が良いんですよね? そんな遠慮なく喧嘩をしても、仲直りが出来るくらい、それはいいことだと思います」
「……」
「……」
魔王と妻は、死ぬ気で恥ずかしい気持ちになった。 子供に、絶妙なオブラートで、時と場合によってそういうことは差し控えた方がいいですよ? と窘められて。
眼と、表情筋だけで、器用に会話した。
そして、
「で。――その……旦那様は旦那様ではなく……魔王様? で、よろしいんですか?」
……。
……。
二人して同時に、疑問し、徐々に理解し……。
『――んん?』
そこでようやく気付いた。自分たちが、何を、口走ってしまったのかを。
顔が青くなった。それはただ夜の営みについて――ではない。いや、それもあるのだが、ある意味それ以上の事を完全にやらかしていた。
よりにもよって、女勇者の前で。とりあえず、敵対の意思はない、それは分かる。
だが、女僧侶は臨戦態勢だ。そのいかにも敬虔で嫋やかな仕草が、悪鬼羅刹のごとき形相に変わり、たくし上げたスカートの内腿からナイフを、そして脇のホルスターから短銃を抜いている。
ファンの期待と殺意の照準が合致した。
「……どういうことなのか、聞かせて頂けますわよね? お二人とも?」
魔王と妻は図らずともひしっとハグし合った。
これはどうにもならない、誤魔化すことなどできないだろう。娘は助ける気が無いのか、クッキーを片手に静観を決め込んでいる。
その瞬間、魔王と元女勇者はまず何を言うべきかを悟った。何も悪いことなどしていない。
そうだ、何をやましいことがあるのかと。そして、自分たちが何を言うべきなのかと。
目を合わせる。
そして、頷き合い、ダンスの様に手を取り合ってポーズを決め、いい笑顔でまた共鳴りつつ、
『――私達、幸せになります♪』
開き直った。
その瞬間、家の中は奇声の坩堝になった。