「エピローグ、それでも平和は続いている?」
唇が離れる。
おはようのキスをベッドの中で済ませ、二人して夜着から身支度を整えて、夫婦の寝室を出た。
それから、朝のルーティーンをこなし、のんびりと朝食を取る――夫が妻を支えながら作った朝食だ。
心配性にも夫は妻のお腹の子を気にして、妻はやはり自分が振る舞いたいと愛情を更に深め、時間を惜しむ様に寄り添いながら作った朝食だ。
農業は控えめにした、収入面は問題ない、これからはそこも魔王が支えるのである。
遅れて起きて来た娘を迎え、パンに、蒸した鶏と野菜に半熟卵、それから果物の並んだ食卓を囲み、
「――え? いいの?」
「うん、そこは別にいいよ?」
「――本当にか?」
「うん。あのねお父さん、お父さんの立場じゃお母さん以外にもお嫁さんがいっぱいいるのは仕方ないでしょ? それぐらい分るよ? それにそれだけじゃなくて、お嫁さんがたくさんいるのはちゃんと女の子を一杯幸せにしてるからだって」
「……ああ、知っていたのか」
「生まれた時からお母さんに聞いてるし……あれはお父さんがたまたま馬鹿なことしてただけだし、ちゃんと謝ったし」
「――はい。大変申し訳ありませんでした」
父親が妻だけでなく子供にまで尻に敷かれる――そんな、緩い会話をした。人間からみてそれはちょっと常識外れだが、ここは魔王とその家族の家である。
期待する方がおかしい。
娘はパンにバターをぬりぬり、夫婦はなんとなく見つめ合い、あーんをさりげなく子供の前でし、
「……そう言えばお母さん、お父さん、全然ダークヒーローじゃないけどどういうこと?」
「……え? ダークヒーロー?」
妻の喉が詰まり肩が震える、それに夫はノールックでコップの水でフォローし娘の話題に耳を傾けた。
「――うん。お母さんはお父さんのこと、世間から理解され難い不器用な人、冷徹で容赦ない、でも本当はすごく優しいって思ってるみたいだけど、どっちかっていうと本当はただバカだし、あとメチャクチャ甘いし、メチャクチャ器用だし……」
「いやいや。これでもお父さん、魔王らしいこともするぞ? 悪い人間をやっつけたり、情報操作して手の平で転がしてやったり」
「ええー?」
「まあそれは仕事をしているときだ、家にいるときじゃ色々と違うからな……でもそんなことをお母さんが話していたのか……」
まさか自分の妻が夫の事をそんなフィルターを掛けて見ていたとは思わなかった。
流石に妄想染みた惚気を暴露されたのは辛いのか、妻は顔が赤くなったり青くなったりで、もう紫色――チアノーゼが出ているが、
「ううん、違うよ?」
「違う?」
「だってお母さんの本に出て来るお父さん、全部そんな感じだもん」
「――本か」
神話か歴史もの、絵本だろうかと魔王は中りを付ける。ゆとりを持つのは大切だ。
「――ええ! 市場で人が来ないときに、時間が勿体ないから小説を読むことにしているんですよ?」
「へえ……そうか……後で私も目を通してみるかな」
「その、女性向けのものですから、流石にあなたには……」
夫はその動揺した顔に気付いていたが、あえて何も言わなかった。
これは夜が盛り上がりそうだ――娘に言った以上、これは魔王らしくしなければと、楽し気な笑みを浮かべながら、
「それもそうか……少し気になるが、残念だな……」
「――お父さんはどんなの読むの?」
「……そうだな、割と恋愛小説なんかも読むな」
それは大人向けの官能小説――それも人妻NTR系である。思わぬ娘の深追いに、表情を変えずに答えたが、妻はそんなこととっくにご存じなので、言ったら殺すと眉を鋭く尖らせている。
娘は、あ、なんかまた二人だけで会話してる――と、なんとなく裏があることを読み取っていたが。
でもまあ、今日も平和です。普通な筈なのに、どこかおかしなそんな平和が続く。
と思っていた。
魔王さんちのそのドアは、激しく揺れた。
ドンドンドン!
そんな運命が叩く音がする。
「――ごめんくださーい、グレナディーンさんはいらっしゃいますかー?」
その声に、一家は顔を見合わせ頷き合う。
「はーい。少々おまちくださーい!」
妻は金髪碧眼、前掛けが似合う女戦士に変身し、娘はブラウンヘアーに鳶色の瞳に――
魔王はいつもの黒髪黒目、その赤い目を隠してふわっとした七三分け、黒ぶち眼鏡を掛け直す――
円満家庭の夫に妻、そして愛娘の三人家族――
否、お腹の子込みで四人家族はドアを開け、そこにいた客を出迎える。
それはトラブル込みで、
「――ごめんなさい、御厄介にならせてくれない?」
「え?」
「ていうか、匿って?」
転がり込む。
何かに追われ、衣服を乱し、埃塗れの女性が二人――
焦り、慌てているようなそれは、
妻と娘のかつての仲間、現女勇者と女僧侶の二人だった。




