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魔王さんちの再婚事情。  作者: タナカつかさ
魔王さんちの再婚事情。
13/41

「魔王、浮気?がバレる」

 家族は立ち止まる。

 そこで、特に目の合った父親が町娘Aに聞き返した。

「――どうかしましたか?」

「あ、いえ、……また会いましたね?」

 すると、町娘Aがそんなことを言うので、魔王は思い出そうとした。仕事関係なら顔を忘れたことはない――それ以外で会った娘だろうかと。

「……ええっと……どこかで会いましたか?」

「――ええ。以前、ご親切に、チケットが空いたからと劇に。そのときはお断りしましたけど、また偶然会うことがあれば、って……」

 母と娘が顔を見合わせる中、町娘Aはそう言った。

 瞬間、二人は硬直した。

 そして魔王は思い出した。――町娘Aが、町娘Aであるということを。

 心臓が跳ね上がる。

「……あ、ああ―――っ! あのときの――」

 町娘Bこそいないが、魔王は元嫁と実子の前で以前ナンパした娘であることに気付いた。 それから、今、最悪の状況であると、背中から汗がだくだくと流れた。しかし町娘Aは魔王の隣にいる元嫁と娘を見て――何の罪悪感もない声で告げて来る。

「奥さんと娘さんがいたんですか? ひょっとして空いた二枚のチケットって――」

「いや、あれは同僚と楽しむはずが当日その日限りの物だったから勿体なくて……」

 魔王はただ咄嗟に平静を装い、色欲塗れではなかったことを主張するが、

「そうだったんですか? でも、奥さんと娘さんがいるならああいうことは止めた方がいいですよ?」

 同意するがm魔王は心内で悪態を吐いた。

 何故、今そんなことを言うのかと。見れば今どういう状況なのか分るだろう。

 と眼が泳ぎそうになるのを必死で堪え内心で憤慨した。完全に浮気がばれた体である。もしかしてワザとなのか馬鹿なのか、別にあの時は妻と娘がこの街に居たことも知らず、さらには一緒に生活していた訳でも寄りを戻そうとしていた訳でもないのだが。

 なにせ、 

「ああ、いや、それは――」

 世界の命運がかかった作戦行動だった――妻と娘は居なかった――

 そう言い掛けてしかし、魔王は止めた。

 それは過去の事でも、今、言ってはいけない気がした。

 それを言ったら彼女たちを酷く傷つけるであろうことが分かり切っていたからだ。いや、もう傷付いているかもしれない。

 だから、

「……実はあれから、彼女たちと再婚することになりまして」

 端的に、状況を説明する。この場に居る誰にでも過去と現在の状況が分るように。嘘を吐かないように。すると町娘Aは顔色を悪くして、

「あ、――す、すいません、私てっきりそこの人達が悪い人に騙されてるんじゃないかと思って!」

 とりあえず今、状況は変わっているのだと理解した様子だ。

 しかしその言葉と表情から察するに、要するに義憤に駆られてだと理解する。だがその真逆に度を弁えない悪戯心が芽生えたのかは定かではない。どちらにせよ多分本気で、何の覚悟も無しにだろうと当たりを付ける。

 そして、これで終わりだろうと一先ずの吐息を吐いた、その瞬間だった。

 背筋に悪寒が迸った。

「あらあら、親切な娘さんね? でも、そういうことはこう表立ってすることではないわよ? もしこの人が本当に悪い人だったら、貴女、恨まれて復讐されたかもしれないわ」

 その声がする方へ魔王はぎこちなく振り向く。そこに凍てつく波動を纏った存在が確かに存在していた。

 再婚予定の妻が、まるで天使のような清廉な微笑みを浮かべている。終末のラッパを装備して。とても朗らかでとても親身な声色だがその真逆の感情を空気に迸らせている。

 町娘は震えあがりか細い悲鳴を高周波で上げていた。竜より怖い物を見たようである。

 目を逸らす、しかしそ子に居た娘も、

「――死ねばいいのに」

 もう明らかにその仄暗い殺意を放っている。ああうん、これは間違いなく魔王じぶんの娘だと父親はまた最悪のタイミングで実感した。

 彼女たちの圧倒的強者感――味方になる前の敵キャラ――

 流石は魔王をぶっ殺しに来た元・勇者パーティーである。それなのに暗黒の闘気がバリバリだ。

 町娘Aは、己の一般人オーラを確認し、

「――そっ、そうですね!? すいませんワタシ、凄い余計な事しちゃって!」

 脱兎のごとく逃げ出した。そそくさぺこぺこと、お辞儀をしながら回れ右、一刻も早くと上半身より先に下半身から走り出した。

 それを見届け、沈黙が降りた。

 海が近くにあるのに妙に乾いた風が吹いている。

 全てが終わったそのとき、母親は第一に娘の顔を見ていた。

 父親もまず娘の顔を見た。

 しかし、そこに深く刻まれた眉間の皺に――

「……すまない、前にちょっと声を掛けたんだが、説明が足りなくて誤解を招いたみたいだ――」

 魔王は思う、大丈夫だ、全て話せば分ってくれる筈、と。

 まず、味方につけようと、母親に。

 しかしその瞬間、

「――あなた、離婚しましょう」

 魔王は、とりあえず呼吸をした。

 脳が酸素を欲した。もしかしたらゼロ秒に満たない時間気絶していたかもしれない。

 離婚とは何だろうか――まだ再婚すらしていないのに。

 冗談か、冗談だろうと思った。そして、

「……え? 結婚してくれるの?」

「――どこにお耳が着いていらっしゃるのですか?」

 母親は、感情の熱も無くそう告げた。

 が、

「……いや、結婚してないと離婚はできないだろう? だからてっきり、本音では遠回しに結婚してください、と言われているのかなあと――」

 魔王は妙に論理的なコメントをした。焦って理性が暴走していた。

 こんなとき絶対やってはいけない割と本気のボケをかました、そしてこんな時に決して突いてはいけない所を突いた。連日幸せの絶頂とも言うべき温い時間を過ごしていた魔王はそこから脳内が抜け出せていなかった。ここ数日のテンションならただの惚気と取りその後照れ隠しと駄々甘の応酬になっていた。

 その所為だ、何もかもタイミングが悪かったそれに元嫁は笑顔を順次笑顔のまま凍りつかせていく。

 そして失望、というたった二文字をそのまま吐き出すような溜息を吐いた。

「……そうでしたね? ではこう言いましょう――……そろそろ、本気で、家から出て行っていただけますか?」

 助走を付ける様に。

 元嫁はにっこり笑っている。

「……ほ、本気で?」

「それ以外に何か?」

 もう目は完全に闇堕ちしている。普段怒らない人が完全に怒ったときのそれだった。

 もはや誤解しようもない。魔王はそこでようやくそれが警告でも忠告でもなく予告なしの本物の絶縁状であることを悟った。

 体に震えがはしる。

「……あの、ご、ごめんなさい……あの、ほんのちょっとだけ、本気で話を聞いていただけないでしょうか……」

「……そうですね……でも、それを決めるのは、私ではありませんね?」

 母親は、どこかわざとらしくうんざりと肩を落としながら審判者を立てた。

「……ざくろ」

 魔王は自分の娘に視線をやる。

 そう、魔王と元嫁が再婚するもしないも彼女が決めるという約束である。そうでなくともそれは当然の権利だった。魔王は祈るような気持ちで彼女の顔を見た。

 娘は父親の顔を見て言う。

「お父さん……ナンパはしてないって言ってたよね」

「……ああ。でも、あれはそうであってそうじゃない、そうじゃないんだ――」

 要を得ない説明に、娘はただ一言、

「――嘘吐き」

「ざくろ……」

「……出てって」

「ここじゃあ落ち着いて話が出来ないだろ? だから、これからちゃんと説明するから」

「――知らない」

 娘は顔を背けた。

 初めて、実の娘に心から目を逸らされ、魔王は痛烈な胸の軋みを覚えた。

「……お父さんのことなんか知らない」

 無慈悲に、まるで追い打ちを掛ける様なそれに、魔王は何も言えなくなった。

 大きな肩が小さく窄まって行く気がした。

 それを母親は見ていた。

 そして、ほんの少しの逡巡の後、

「……それはダメです」

まるで何事も無かったかのように、彼女はそう言った。怒ってはいるがもうそれ程でもないというよう、眉尻だけを尖らせた強い表情を浮かべて、

「ざくろ? その程度でこの人を楽にしてはダメですよ?」

 娘を諭そうとする。それは叱咤激励とでも言えばいいのか、しかし、何故――

 そう思う父親と娘は、半ば当惑しながら母親を見つめた。

 子供にとって決して甘い言葉ではない。それどころか言葉の内容とは裏腹に暗に父親を許せというようなものだ。

 それでいいのかと、娘は、

「……でも、お母さんは」

「私達以外の誰が、この人を本気で叱ってあげられるの? ……ね?」

 そんな、愛ある言葉に、娘は顔を顰めた。

 娘に母親として――それ以上に家族としての言葉を掛けまたやんわりと諭す。

 これでは叱られているようだ。父親ではなく自分が。つい今しがたまで母親の方が父親を拒んでいたのに、それをまるで戒める様に。

 一体何が母親の中で起こっているのかと、魔王と娘はまた当惑した。

 その間に母親はいつの間にかまたしっかりこの場の舵を取り、

「――お父さん、このあと、しっかり家族会議ですからね?」

 言う。

 娘はそれに目を剥いた、本当に許すのかと。それは父親もで、

「……グレーナ……」

「とりあえず、貴方がしっかり反省して……事情を話すまで、この家を出て行くことは許しません。それでも出て行きたければ出て行って構いませんが」

 それはどこかあきれ顔ながら、彼女自身もどこかばつの悪げな顔をしていた。

 ほんの少し、喧嘩の名残をそこに感じるが、別にそれだけ――というように。

 もう誰も責めたてようとはしていなかった。その半分くらい毅然とした表情に、魔王は静かに感慨にふける。

 10年前とは違うのだと思い知った。もう自分が保護し見守っていた彼女とは違うのだと実感してだ。それは自分の妻のそれより遥かに情けない顔である。

 間違いなくこれから尻に敷かれる場面が多くなりそうだ、と思いながら、家庭における絶対上位者へとなった元嫁に、魔王はどこか満足げに頷いた。

 

 娘は、それを不満げに見上げていた。


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