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魔王さんちの再婚事情。  作者: タナカつかさ
魔王さんちの再婚事情。
12/41

「魔王、家族サービスをする」

 ――と、そんな感じでその日から魔王の再婚生活(に向けての生活)が封を切られたのである。

 そりゃあ娘の前ではカッコよく働くところを見せたいわけである。

 今まで出来なかった分、家族サービスも見栄も切ろうと思うわけである。

 家族を幸せにしようと。

 そしてそれは、その翌日から早速始まった。

「おとーさん、お母さんは朝が早いんだから夜更かしさせちゃダメなんだからね?」

「なるほど、確かにそうですね」

 娘の進言に魔王は父親として頷きを返した。大人が夜にそういうことをしていることはもはや娘にとって周知の事実のようだが真昼間からか――

 そうではない。お母さんの苦労を分かって欲しい、お互いの生活を思い遣れということだということぐらい分る――そもそもまだ正式に再婚したわけじゃないので先日の朝チュン以来とっくに肉体関係は自粛している。

 しかし、

お父さん(・・・・)、そういう問題では」

 母親にとってはそういうことだ。

 元嫁は『あなた』呼びを自粛し魔王の事をそう呼んでくる。娘の父親、という意味でだ。家族であるが家庭に戻ったわけではない。

 他人行儀に『先生』や『魔王様』など肩書や通称、敬称で呼ぶと父親を父親として認識せず敬意を払わなくなるかもしれない、そんな危惧だ。

 それはともかく、

「ではこうしましょう、お父さんがお母さんと娘の為に、毎朝手料理を振る舞います」

「――どんな?」

「――お母さんと娘さんの好きな物など如何でしょうか?」

「ふーん、そのお母さんは何が好きなんですか?」

「――トマトのサンドイッチ」

「合ってます――じゃあ娘さんはなにがすきなんですか?」

「そうですねえ、フルーツ沢山、パンケーキなど如何でしょうか?」

「悪くありません――でも娘さんは適度なタンパク質を所望します」

「ほほう、健康的ですね。ではトーストにベーコンエッグ、あとサラダ乗せ辺りでどうですか?」

「――いいんじゃないでしょうか? でもお母さんは朝市に出るときはパンにチーズに果物のお弁当です」

「なら、片手で食べられる特製サンドイッチにしましょう」

 一通り決まったところで、母親は頭痛を抱えた様な顔をして、

「……ざくろ、あなたお父さんに何をさせようとしてるの? お父さんも一体何をしようとしているんですか」

「まあまあ、いいじゃないか――」

「そうそう、こう言ってるんだからいいの」

「もう、お父さんの真似しちゃダメです!」

 母親は懸命に抵抗した。しかし、その後の魔王のムーディー溢れる至近距離からの甘い視線と囁き声に屈服し、予告通り魔王の手製のサンドイッチが振る舞われた。

 それから朝市の間、小休止にお弁当包みを開けて食べると、パンの味ではなく幸せの味がした。

 それは休む間もなく続いていく。

「――夫婦は『おはよう』と『おかえり』に必ずチューをするものです」

「ちょ、ざくろ!」

 とりあえず抵抗する母親の後ろから口を塞ぎ、

「ほほう、そういうものなんですか?」

「そうです。これは定説です」

「難しい言葉を知っていますねえ」

「女の子の常識です」

「では、これからしましょうか」

「いえ、あの、ちょっと――さすがに娘の前では」

 母親は懸念する、壁越しに音を聞くでもモザイクが掛るでも黒で塗潰されるわけでもない。ただのキスとはいえ、男女の性的接触を娘に見せて良いのかと。

「じゃあ娘さんは目を瞑っています。だからちゃっちゃと――あ、チュッチュとしちゃってください」

「―――分かりました。では、行きます」

 敬礼、娘の指示に従い父親は回れ右、そして行進する。目標を捕捉した。

「いえ! あの! ――ほ、本当にですか!?」

「――愛してるよグレーナ」

「……はっ! あっちょっと!」

 愛の囁きに一瞬呆けた隙に肩をがっしり掴んだ、逃げられる気がしない。母親はドギマギしながら目が右往左往、しかし満更でもなさげな苦笑いの困り笑いを浮かべたが、それでも必死に抵抗していた。

 そして気付いた。

「――あの、見て、見てます! 娘が――しっかり指に隙間を開けて!」

「――歴史の証人だね?」

「ちょ本気でふざけてないで――ムッ、チュ、ちょ――むぐゥ!」

 小刻みな三連続からの溜めに溜めた長尺の吸い付きが母親を襲う。飴玉を舌が口腔で激しく転がすような音が響き、肩をタップしたので父親は呼吸タイムを入れる。

「――流石に怒りますよ!?」

 無視して。

「――どうでしょうか?」

「メロメロではないのでもう一度」

「――分かりました。ではもう一度――」

「もう悪ふざけは――」

「愛してるよグレーナ」

「ちょっと待って本気で止めてぇ~~! ひぃ!?」

 母親の嫌がることをしないように、さりとて娘の要望を叶える為に。唇は避け、耳、首筋に、魔王はチークタイムさながらの抱擁をしながら何度もした。

 頭がクラクラふらふらして、抵抗しなくなったところで唇を一息にかっさらった。母親が自分からハグして首をホールドしてきた。更には口を塞がれていないのに声も出せなくなったところでウィスパーボイスで「愛してるよ?」と何度も耳朶に囁きハグを深め髪を撫でるとダンスのフィニッシュさながらに床にしな垂れかかる様に崩れ落ちた。

「――どうでしょうか?」

「――ラブラブです!」

「……う、うう……元夫と、娘が、……私を弄ぶ……」

「ちなみに娘さんはどうしますか?」

「全力で遠慮します!」

「……ほっぺ」

「遠慮します!」

「おでこ」

「拒否します!」

 強硬手段として問答無用でハグする。拾ったばかりの野良ネコもかくやという暴れっぷりで逃亡され、頬に爪痕が刻まれた。

 そこでどうにか復帰した母親が尋ねる。

「……大丈夫ですか?」

「――夜の君ほどではないかな?」

 魔王は自身の背中をトントンと肩ごしに主張すると、絶対零度の視線で元嫁に脛を蹴られた。



 家族で三人そろって家を出て、それぞれの役割を全うした。

 家事を手伝い、子供の勉強を見て、一緒に休んで、遊んで、働いて。

 これまでとは違う、しかし同じ日常を過ごして。

 すっとこどっこいで、すったもんだな日々は続いていた。

 母親は溜息の数が増えた。

 しかし、それは重い物ではなく、なによりも温かなものだった。

 娘は前よりやんちゃになった。

 でもそれは、悪い子になったのではなく、親に甘えられる部分が増えただけだ。

 父親は、魔王でも男でもなく父親でいる時間に満足していた。

 失った十年間を埋める様に、賑やかに、花やかに、せっせと努力した。


平和な日々だ、変わることのない日常だ。

 ほんのちょっと悪戯が多めの、それを魔王は甘受していた。

「……お母さんはこれまでどんなだった?」

「お母さん?」

 ある日の放課後、速めに雑事を終え娘と帰宅時間を合わせて娘と学園の外で合流し、お母さんには内緒で、と甘い物を買い食いし、片手に並んで歩いた。

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ――ではない。

 単純に、子供の視線から見て母親は、この10年間どうであったのかと、心配でだ。

「ああ。――大変そうだったか?」

「……多分普通? 最近はちょっと肩が凝るって言ってる」

「じゃあ帰ったらマッサージしてあげようか」

「私もたまにしてあげるよ? あと、ソファーに寝て貰って足で腿を踏むの」

「――いい子だ。じゃあ今日はお父さんも一緒にしていいか?」

「うん。いいよ?」

「――ざくろの方は? これまでどうだった?」

「……んー、普通? 普通に魔法覚えたり、家の事手伝ったり――あと旅した」

「ああ。三年前のか?」

「うん」

「……怖くなかったか?」

「お母さんがちゃんといろんなこと教えてくれたから、そんなに?」

「――そうか、そんなにか。……これからはお父さんも居るから、何か困ったことがあったらすぐに言うんだぞ?」

「――うん。そうする」

 少しだけ嬉しそうにニヒルにはにかんだ笑みを浮かべる娘に、魔王は可笑しくなった。

 学園で見て来た行儀よく澄ましたお利口さんの顔ではない。しかし、利発さが滲み出たそれに、自立した知性を感じる。

 既に、親離れをし始めているのであろうと察する。

 無防備な会話ではなく距離を測り合った、壁一枚隔てた会話になってしまっているのも一因だが、それともやはり、教師と生徒として接していた時の方が変に構えない分心の距離が近かったのだろうか?

 そんなふうに思うこともある。本当は嫌われているのではないだろうか――

 子供には見せられない父と母のやり取り(肉体言語)をいきなり壁越しに聞かせてしまったのだ、むしろそうでなければおかしいかもしれない。

 そんな不安を気遣いに隠し、

「……さて、市場まで一人で大丈夫か?」

「うん。お父さんは、どれくらいかかる?」

「……夕食ぎりぎり、よりも遅いかな」

「そんなに?」

「今日はこれから部下と会って、向こうの仕事の打ち合わせもしないといけないからな」

「ふーん……なるべく早く帰って来てね?」

「ああ。分ってるよ?」

「じゃあお母さんのところに行ってくる」

「気を付けるんだぞ?」

「うん」

 髪を挨拶がわりに撫でる。娘は非常にこそばゆそうに頬を吊り上げ、サドル付きの魔法の箒を取り出しそれに跨ると宙に浮き、一目散に母の元へと向かった。

 娘の為にも、と、魔王は更なる家族サービスに舵を取る決意を更に固める。

 夕方、日が沈む直前に帰宅する。

 ――おかえりなさい。と、ドアを開けた瞬間、はにかんだ笑顔で言われて密かに泣きそうになり、しっとり抱き締めながら「ただいま」と言うと妻も涙ぐむ。

 休日に三人でピクニックに出掛ける。娘が妻との間に立ち両者の手を繋いだ。

 見たまま、今この家族を繋いでいるのは娘の力だということは父親も母親も分かっていた。しかしそろそろ思春期、お父さんとお母さんに甘えていたら馬鹿にされる季節だ。

 なので「友達に見られても恥ずかしくないかい?」と尋ねると、「まだ本当の家族になって一月もしてないんだから、赤ちゃんと同じでしょ?」だから恥ずかしくないと非常にクールな顔でなんとも愛らしい理屈を申し立てる。

 素直に甘えている、けれど、そんな言い訳を理路整然と思いつく辺り、子供としては大人になり過ぎているのではないかとも思う。子供はもっと下手な言い訳を、捻くれながら不器用に言うものだ。

 でももし赤ん坊の頃からこうしていれば――ということを魔王は嫌でも意識した。

 だから甘え欲しいと思い「じゃああと十年は続けるぞ?」と言えば、「別にいいよ? お父さんがお父さんとして恥ずかしくなければね?」とまで返されてしまう。「じゃあ、お互い恥かしくなるまで」ということで手打ちとなった。

 例え親バカと言われようとも娘が許す限りその手を握り続けようと魔王は思った。十年間、娘の誕生日に何も渡していなかったのだ。


 昼の職務の合間を縫い、趣味の人形制作で熊のぬいぐるみを十個作り娘に送った。

 これまで十年分という意味を伝えると、毎年同じなのは芸が無いとダメ出しされた。

 しかし娘は満更でもない顔でそれを自分の部屋ではなくそれをリビングに飾ることにした。家族共用らしい、だがそこで「お母さんの分は?」と聞いてくる娘のしたたかさに魔王は舌を巻いた。

 流石に妻にぬいぐるみ十個は遅れない。なので、

「――服を買いに行きましょうか」

「なぜですか?」

 娘に問われれば、

「それは当然、美人なお母さんへの貢ぎ物です」

「認めます。因みに娘とおそろいの物を貢ぐとポイントアップです」

 だが母親は厳しく、

「ざくろ? そんな甘え方はダメですよ?」

 されど父親は甘く、

「いいじゃないか。グレーナ、これぐらいは甘えの内に入らないよ――」

「ですが――」

「なら、私が勝手に買ってきてしまうのだが? それも予算に糸目を付けずに」

「――ああもう行きます。行きますから……はぁもうっとに」

 だが、ばっちりお化粧も決めて、何気に楽しみにしていることを魔王は分っていた。

 それ程仲が良さそうに見えなくとも、その逆に、遠慮が無く、夫婦として、家族として、あの頃ただの王様と妃であった頃以上に仲が深まっているように感じた。気の所為でなければ、だが。

そして翌日、

「――ねえお父さん、どっちがいい?」

 魔王は娘の満面の悪戯顔に微笑みを見せる。

 目の前にあるのはレースのあしらいもシンプルに大人びたブラウス、と、抑えめフリルとリボンで全体的に可愛いデザインのそれだ。

 典型的な設問だ、正解を選ばねばならない。

 しかし、

「――ざくろは綺麗だから、どっちも似合うな。……で、どっちがいいんだ?」

 まず褒めた、服ではなく本人を褒めた、それからやんわりと決めかねている理由を聞いた。

 両者、共に特に意味も無く聞いているのではない、方向性は違うが、理解、が、あるのである。

 女の買い物は男には苦痛だと言うが魔王にその感覚は無かった。何故なら愛する女と娘が着飾る姿を次々と見ることができる、むしろご褒美である。

 選んでいる時のちょっとした表情や仕草を見ていると和む。それを翻弄するように、

「お父さんが好きなのは?」

 んふふ、と娘は微笑む。そして悪戯に口元に弧を作りながら、愛嬌を帯びた目で尋ねてくる。その母親譲りの嫋やかな笑窪えくぼに、父親は家族であることを感じた。

 それは口に出さずに、娘を褒め倒すことにする。

「――残念ながら両方です。服より本人が一番可愛いのが一番の問題です」

 ややご満悦というように、娘は目許をニヤニヤさせた。

「えーなにそれ? ……じゃあ買うなら?」

「うーん……両方かな?」

「……両方いいの?」

「いいですよ~? 愛娘と愛妻、両手に花の初デートの記念です」

 父親は勿体ぶりつつ、さりとて躊躇わずに奮発する。子供を物で釣ろうとしているわけではない――自分の子供が着飾っているところを家でも見たい! 

 ただそれだけだ。だがそんな親バカ丸出しの根性を見透かした母親は、

「――どちらか一つです」

 経済的、そして教育的観点から呆れ混じりに苦笑しながら苦言を呈した。しかし父親は言う。

「娘に初めて服のプレゼントだぞ? だから素敵な女の子になれるようにと願掛けも込みだ――許してくれないかい?」

「そんなずるい言い方……」

「……君への初めてのプレゼントもこういう服だっただろう?」

「もう……」

 愛の勝利である。

「お父さんありがとう!」

「じゃあもっと褒め称えて貰おう」

「じゃあ愛してるー!」

 両者に非常に濃厚な血を感じる母親は、嬉し泣きの泣き笑いの困り笑いで途方に暮れた。

「……分っていましたけど、そんな悪のりをするところばかり同じだなんて……」

 抵抗もむなしく、それはレジに運ばれそして会計が済まされた。

 だが、それで終わりになど魔王はするつもりはなく、

「じゃあ次は下着を見に行こうか――」

「えええ!?」

 母親は絶句する。何を言っているのかこの男はと、しかしその男は極めて笑顔のまま、

「君のを選ぶのは別に初めてじゃないだろう? そんなに驚く事じゃ――」

「――そういう問題ではありません!」

 娘の前で夜の下着を選ばれるとか――下手をすれば干された下着を見て夫婦生活の可否を見透かされてしまう――たとえ普段使いでも、この魔王が選んだ以上、十二分に実戦仕様である、というか冴えないベージュやブラウンの野暮ったい下着ですらむしろ燃える男なのだ。

 危険だ。

 いやそうでなくとも情操教育上の問題だらけなのだが。

「いいなあ……私も選んで貰っていい?」

「こら! 女の子が下着をお父さんに選んでもらうんじゃありません!」

「……え~、私だってお母さんみたいにお父さんに選んでほしい……」

「ん? 他の服はともかく、……まだ恥ずかしくないのか?」

 流石にそれは恥だと知るべきだと、母親は堪らず叱ったのだが、娘が珍しく眉を曇らせ渋るその様子に、父親は軽く確かめた。

 するとまた、

「だって……こうやってお父さんに服選んで貰うの初めてだし……私も昔のお母さんみたいに、全部お父さんに選んでほしい……」

 いじらしくも目を逸らしながら主張する。一度言って分からないとは珍しい――

 しかしそこで、なるほど、と魔王は察した。これは本当に『お母さんと一緒』がいいのだ。厳密には、父と母の間に加わりたいのだ。

 父親と母親が仲良くしている、その中に――二人だけの思い出ではなく、自分も同じことをしてその仲間になりたい。帰属意識であると同時に子供として純粋な親への甘えである。子供が親に愛されているという実感を欲しがっているのだ。

 そこで、妻をからかうほんの少しの冗談のつもりだったが、魔王は決めた。

 年頃の娘の下着を選ぶなんて、父親として、本当はいけない事なのだが、

「……分った。そういうことならとびっきりの奴を選んでやろう」

「……いいの?」

「いいんだよざくろ、とびきり可愛い女の子になれるように、お父さんが選んでやる」

「あなた……でも……」

「グレーナ。……正しい事ばかりが正しいんじゃない、そうだろう?」

「……ああ、本当にあなたは昔からそうなんですから……」

 母親は感極まったように魔王にひっそり惚れ直した。そして魔王が紛れもなく父親であることを改めて実感した。

 誰かの為に平然と世間一般的な悪となる――そんな風に、そんな時だけ魔王らしくなる。

 それをこう――女として包みたくなる、守りたくなってしまう。そんな夫婦の、そして男女の機微はさておき、

「……しかたありません」

 娘の子供心も理解しそれを無下に撥ね除けるわけにはいかないと思った。

「いいの? やった!」

 だがそれは別に下着ではなく普通の服でいいんじゃないかとも母親は冷静に思った。

 だが娘はその敷居をずいずいと跨いだ――

「あっ、ちょっと!」

 下着屋ランジェリーショップの敷居、その奥で店員の笑顔がやや硬直している。

 幸い他の女性客は居なかったがやはり止めるべきだったかと母親は慌てて後悔するが、魔王にエスコートされて強制イベントに突入してしまった。

 色とりどりの布地が飾られた店舗の中で既に娘は過激な下着を手に取っている、よりにもよって赤のスケスケだ、股布部分が小指の爪先ほどしかないただの紐飾りのそれと、ベビードールのセットである。

 大人でも着ることを躊躇だろう、まかり間違っても子供が着てはいけない奴だ。

 私ならせめて白なら――母親はそう思いながらもぶんどった。

「あなたにこういうのはまだ早いです!」

「――これはお母さんの着る奴だよなあ?」

「ねー?」

「子供に何を選ばせているんですか!?」

「まあ、私としては娘の初めての勝負下着を選ぶのもやぶさかではないが」

「ほんっとうに何を言ってるんですか!」

 店員の視線が痛い、というかヤバイ、

「――いずれ娘を奪っていく男より先にそれを送れるんだぞ? 十二分に価値はあるだろう。あ、せっかくの記念品だから、オーダーメイドの箱入りのにして貰おうか?」

 冗談なのか本気なのかよく分らないが、ああ、処置無しだと母親は思い大きなため息を吐いた。

 それから試着室できっちりサイズを測って貰い、デザインは魔王が選んで注文した。

 高級下着だ。母はビスチェとショーツとセットのストッキング、娘は記念すべき初ブラを不純な理由ではなく成長を願っての箱入りで注文した。

 まるで知り合いの様に話し合う店員と父親、そしてスリーサイズ以外の部分まで入念に測られることに妻は疑問を覚えたが、そこはオーダーメイドなので、カップサイズやアンダーだけでなくストラップまであつらえるのだろうと、彼女はその疑問を流した。

 出来るのは一週間後、プレゼントなのだからと、魔王が改めて取りに来ることにした。

 

 騒がしかった、グダグダだった。お世辞にも上品な家族とは言えなかった。

 母親の一方的な疲労感が気になるが、でも、それでもなんのかんので楽しい一日だった。

 それを実感しながら三人は横一列で帰路に着いていた。馬車の停留所へ、買った物のほとんどを父親が抱えがら向かっていた、その時だった。

「――あ、」

 何気なく横切ろうとした町娘Aが、魔王に振り返り、はたと何かに気付いたようなように声を上げた。


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