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威風 動物剣客伝  作者: enforcer
3/19

路銀調達

 二人ともなれば、食料は二倍要る。

 だからこそ、羆之守は、熊之介を伴い、とうとう荒ら屋を出て、路銀調達の旅に赴いた。

 行く先にて、適当な町道場に上がり込む熊二人。

 大柄な体躯の羆之守に、町道場の門弟はおののく。

 続く様に現れた熊之介もまた、壮年にも関わらず、立派な体躯の持ち主であり、そんな二人が居並んだならば、実に恐ろしく門弟達には映った。

 

 【試合たく候】と、端的に伝える羆之守に、町道場の主、斑模様の毛が凛々しい猫の師範が道場へと降り立つ。

 門弟一同の前で、恥は掛けぬと、師範の斑猫は、壁に掛けられる木太刀を手に取った。

 

 サッと構える青年猫に、羆之守に、熊之介は、乱雑な長めの薪雑棒まきざっぽうを差し出す。

 木刀ですらない雑な枝に、青年猫は、フフンと鼻を鳴らした。

 

 「道場破りとは、世間知らずな…………名乗れ! 何流か!?」

 

 そう言う師範の声に、熊之介もまた、僅かに首を傾げた。

 実のところ、今の今まで、自分の流派すら知らないのだから、無理も無いだろう。

 問われた羆之守は、ムゥンと少し鼻をひくつかせると、ジッと肉球の先の猛禽類を想わせる太い爪を見る。

 

 「……されば……北から来た爪……北爪一刀流…とでも名乗ろう…」


 低く名乗りを上げる羆之守。

 対手が名乗ったのを合図に、青年猫は、深く腰を落とし、まるで獣が獲物を捕らえるかの如き構えを取ると、猫の興奮を示すかの如く、彼の斑の尻尾は、ピィンと伸びた。

 

 「聞いた事もない………参る!…」

 

 僅かな間を置き、青年猫の足は板の床を蹴り、一気に羆之守に詰め寄った。

 木刀を上段に振り上げる青年猫に、熊之介は、師の勝ちを確実のモノとして、僅かに微笑む。

 

 「でぇい!」


 かつての自分の様に、裂帛の気合いと共に振り下ろされる青年猫の太刀筋は、今の熊之介にも、遅く見えた。

 「……げはっ……」

 円を描く動きにて、羆之守は相手の木剣をかわしつつ、強かに、青年猫の腹を打ち据えていた。

 ドタリと倒れる青年猫に、老羆は、サッと肉球を差し出す。

 「すまぬ……加減はしたのだが……」

 当たり前の様に謝る羆之守に、熊之介は、眉を潜めるが、体毛と同じ色の眉が歪んだ所で、それは、誰にもさとられず済んでいた。

 「……私の……負けですな……御名前を……」

 咳き込み、門弟に手を借りながら立つ青年猫。

 そんな彼に、老羆は、手の薪雑棒を左肉球に持ち帰ると、頭をすっと僅かに下げた。

 「これは……失礼を……羆之守爲右衛門と申す…………」

 そんな、老羆の名乗りに、青年猫は、感慨深く、喉をゴロゴロと鳴らした。

 

 道場門弟一同に対する指南として、幾許かの路銀を得た熊二人は、木賃宿に今宵の宿を頼っていた。

 現代の旅館様な旅籠とは違い、食事が出ない分、ある程度安い。

 それ故に、食事は自分達で何とかする他はないのだが、青年猫がソッと包んでくれた金子には余裕が在るからか、この日の夕餉は、豪華であった。

 温かい麦飯に、香の物、焼きたての魚も香ばしく、味噌汁の香りも素晴らしい。

 スンスンと濡れた鼻を鳴らす若熊に、羆之守は、自らも乾き気味の鼻を鳴らしながら、「遠慮無用である」と、一声掛けていた。

 

 実に久しい、マトモな食事に、舌鼓をうつ熊二人。

 そして、少なくとも燗がつけられた酒は、若き熊を腹から暖めてくれた。

 

 「いや……爽快でした……師匠」


 昼間の出来事を、朗らかにそう言う熊之介。 

 だが、合い向かいに座る羆之守は、ウンと鼻を鳴らした。

 「……なにがだ?……」

 咎める様な老羆だが、僅かにほろ酔いの若熊の口は、いつも以上に滑る。

 「あっという間でした……それに……何というか……あの猫の顔が……」

 そう言う熊之介の顔に、ピシャリと、温い酒が浴びせられる。

 えっと顔を上げる熊之介だが、若熊の目には、顔を難しく歪める老羆。

 「馬鹿者……他人の家に上がり込み……喧嘩で金を稼ぐ……そんな者は…盗賊と変わらぬではないか…」

 老羆は、目を瞬かせる若熊に、そう自分の非を説いた。

 

 先に休むという師から、僅かばかりの小遣いを貰った熊之介は、つまらなそうに宿場を歩いていた。

 自分達こそ最強なのにと、若熊は自惚れている。

 確かに、青年猫は、老羆に不覚を取りはしたが、それは猫の油断とも言える産物である。

 もし、真剣にての立ち合いで在れば、話は全くの違うのだが、未だに、他流や他人といった者と立ち合った事がない熊之介は、師の言葉に、喉をグルルと不機嫌に鳴らしていた。

 

 「もし、其処の御方?」

 

 甲高い甘い声に、ほろ酔いの若熊は、ハッと顔を上げる。

 手拭いを被り、端を口に咥えるという夜鷹の姿に、若き雄は、先程までの焦りも忘れ、思わず畏まっていた。

 「……な、なにか?……」

 女の経験もない若熊は、半分程しか体格が無い筈の女郎に、ソッと寄り添われてしまう。

 手拭いにも負けぬ白い毛並みに、熊之介は思わず唾を飲み込み、太い彼の喉が、ゴクリと蠢いてしまう。

 無論、慣れた夜鷹ともなれば、若い雄の事など手に取る様に分かる。

 「ちょいとの間で構いません……どう?……」

 発情期の雌の如き甘い囁きに、若き熊之介の身体は、思わず震える。

 茣蓙を抱えては居るが、猫女郎は、呆然と固まる若き熊の肉球を引き始めていた。

 

 かつて寝泊まりしていた荒ら屋とも殆ど変わらぬ掘っ建て小屋に案内された熊之介。

 未だに、体躯に似合わぬ初な若熊に、彼よりも些か年上の猫は、ウフフと妖しく笑う。

 「……あら、外の方が良かった?……」

 誘う様な猫の声に、熊之介は、ブンブンと大きな頭を横へ振るう。

 「……い、いや…やはり…室内なかの……方が……」

 今更ながらに、経験豊富なフリを始める熊之介だが、それを嘘だと、とっくに見抜いている夜鷹は、実に面白そうに笑う。

 「……あれ…可愛い熊さんだこと…」

 そういうと、妖艶な猫は僅かに立てた爪で、熊之介の顎を、やんわりと掻いた。

 ゾクリという感覚に、熊之介は震えるが、懐の財布には、師から貰った金子が幾らか在る。

 

 年若き熊は、思わず、猫の肩に肉球を置いていた。

 荒く息を吐きながら、思わず猫を押してしまう熊之介。

 下駄故に、足元が覚束ない猫は、ムゥと耳を立てる。

 「せっかちさんは……嫌われますのよ?……」

 咎める様な口調の猫に、熊之介は、ハッとなる。

 「あ、相すまぬ……その…初心故に…………」

 そんな、辿々しい熊之介に、猫は、艶やかな着物のはだけさせながらも、ソッと逞しい熊之介の胸に我が身を預ける。

 「……知っております……」

 思わず、そのままそう言う猫を押し倒してしまいたくなる熊之介。

 だが、ハタと若き熊は、後ろから近づいてくる気配に、バッと猫女郎から離れた。 

 危うく、腰帯が解かれかけた熊之介は、そんな腰帯を直しつつ、迫ってきた者を睨むと、グルルと喉を鳴らして威嚇を現す。

 

 「何奴か!」 

 

 そう言う熊之介に、棒の様なモノが振り下ろされるが、熊之介は、受け止める事もせずに、体躯に似合わぬ素早い動きを見せた。

 逃げたのではないが、無手にて、得物と立ち合うは、正に愚の骨頂である。

 サッと跳びす去り、相手の得物が土間を叩いた瞬間、熊之介は、手近な板切れを肉球に取る。

 

「やぁ!」と、相手の気合いに任せた上段から切り下ろす振りに、熊之介は、鍛錬に鍛錬を重ねた自己流の満月剣を放った。

 

 対手を星として、我が身を、その周りを回る月に見立てた円の動き。

 そして、同じく、グルリと回る月の如く、熊之介の肉球に在る板切れは、飛び散りながらも不審な者の胸を強かに打った。

 

 あっという間の一撃だが、熊之介は、ハタと驚いて顔を歪める。

 昼間の間、道場門弟の中の一人が、師匠に不覚を取らされた恨みを晴らすべく、同じく羆之守の門弟を狙った。

 剣の道に置いて、己が一派や流派を、最強だと信じる念は、皆同じで在る。

 師の仇を果たさんと、勇んだ若猫は、熊之介の実力を見誤っていた。

 だが問題なのは、熊之介は未熟であり、羆之守の様な手加減などは、若き熊には望めないということだろう。

 

 彼を誘い出す手筈の夜鷹は、恐れからとうに逃げ出して居ない。

 だからこそ、門弟が打たれた瞬間を、それをした熊之介以外は、誰も見てはいない。

 まして、山野を駆け回る事で常人を超える膂力を得た熊之介の一撃足るや、ただの板切れを、凶器へと変貌させていた。 

 

 座して、自分が討ち果たしてしまった亡骸を前に役人の到着を待つ熊之介。

 そんな彼の元に、程なく番所から、肉球の家紋が押された提灯片手に、役人が何人もが駆けつけるが、熊之介は、年貢の納め時と、自ずと身体から力をぬいていた。

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