表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
威風 動物剣客伝  作者: enforcer
13/19

小競り合い

 雄叫び上げながら、攻め進む野武士達。

 帰るべき所もなく、待つべき者ももはや居ない。 

 なればこそ、彼等もまた、必死であった。


 他者から、力付くで金品食料を強奪するなど、本来で有れば、無知の蛮行としか映りはしないだろう。

 無論、それは間違いではない。

 だが、現代の様に法整備が整って居ない地に置いては、寧ろ、力こそが正義であり、弱肉強食の世界そのものと言える。

 

 だが、力こそが正義なればこそ、相手に対しても、それは、同じであった。

 闇夜に隠れて突き進んだ筈の野武士達だが、前線に位置して居たものは、唐突に転んだのだ。

 落とし穴が在ったのかと言えば、そうではない。

 単に、木と木の間に、丈夫な荒縄がピンと張られていただけの子供だましである。

 しかしながら、闇夜にて、足元の縄を見つけるだけの者が、どれだけ居るだろうか。

 加えて、ただ前に意識を集中していればこそ、なおのこと野武士達は容易く倒れ付した。

「なんだってんだ!?」

 一人の野武士は、転んだ程度では怯まず、必死に肉球をついて立ち上がったのだが、その胸に、竹槍が突き立った。

 仲間の胸に、深々と突き刺さる槍を見て、野武士達は呆気にとられた。

 

 合戦の最中に、意識を他に向けるなど、論外ではあるが、今や彼等は、正規の軍ではない。

 同士を集めた一塊の集団なればこそ、在る意味仲間という存在は掛け替えの無いモノと言えよう。 

 だが、油断は油断。

「ぎゃあぁ!?」

 他の野武士達数人もまた、闇夜の藪から唐突に現れた大柄な熊に襲われ、悲鳴を上げた。

 

 羆之守は、熊之助に情けを捨てさる事を徹底させた。

 万が一、相手に情けを見せた所で、下手をすれば後ろから斬られるのだと。

 間違いではないだろう。 

 お互いに切磋琢磨した技と技の試合ではない。

 ただ単に殺し合う死合いに置いては【武士の情け】など、ただの自己満足に過ぎず、一銭の価値もないのだと。

 それに対して、最初は渋る様子を見せた熊之介だが、師である羆之守は、敢えて小夜を利用した。


「よいのか? あの娘に会えなく成るぞ?」と。 

 この師の言葉は、熊之介に多大な恐怖を与えた。

 恋しく、お互いに結ばれた相手を残し、一人ただ路傍の石になり果てる。

 そう考えると、熊之介は全身の毛を逆立てた。

 恐怖は、若き熊の盾と成る。

 過ぎたれば、恐怖は身体を縛り付ける鎖ともいえるが、同時に、強き者は必ずといって良いほどに、臆病さも兼ね備えていた。

 

 第一に、熊之介と羆之守が使う得物は、竹槍である。

 何故真剣を用いないかと言えば、竹槍の安価さに理由が在った。

 鋸で切り出した青竹は、骨と同等の強度を有し、槍としての機能は全く問題は無い。


 だが、真剣に関しては、在る問題が在った。

 

 その価値が、千両以上に登る時もある大業物と称される名刀ですら、使い方によっては、銀一朱にも満たない木剣に負ける時がある。

 

 荒木又右衛門という剣豪は、ある時、立ち合いを行った事が在るのだが、この時、かの剣豪は井上真改の業物を用いた。

 が、立ち合いの最中、荒木又右衛門の太刀は、木剣の一撃に、ポキリとあっさり折れたのだ。

 無論、多数に囲まれながらの戦いともなれば、刀が折れるのも無理はないだろう。

 仲間の助太刀在って、辛くも勝利した剣豪ではあるが、無手にて対主と戦うには、無理がある。

 事実、後の新撰組が、かの有名な【池田屋騒動】の際、幾人もの隊士達も馳せ参じたが、この時に使用された刀のひどい状態の情報については、彼らの直筆によって事細かく残されている。

 

 なればこそ、羆之守は、安価な竹槍を用いていた。

 なにせ、どれだけ折れたとて、何の気兼ねの必要も無い。

 少し宿場の周りを歩けば、嫌と言うほど竹は生えていた。

 

 そして、同時に、槍の間合いの理でもある。 

 

 携帯出来る刃物としては、最高の刃物といえる日本刀だが、当時の刀は三尺を超えれば長刀とも言われた時代である。

 なればこそ、身長をゆうに超える青竹の槍は、相手を一方的に刺突するのには、具合が良いとも言えた。

 加えて、熊之介と羆之守の膂力と合いまれば、それは素晴らしい武器へと変身する。

 

 具足を装着していない野武士では、竹槍に容易く臓腑を喰われた。

 

「なんだ!? テメェらは!?」

 元が氏族だろうが、乱戦ともなれば誰が誰やらであろう。

 そう叫ぶ野武士の喉に、細めの竹槍が突き刺さる。


 狼狽え、怯えたからこそ、膂力に乏しい白兎でも、隙を突けるのだ。

 

 羆之守と熊之介に続いて、縄で罠を張っていた兎之助も、いよいよ参戦していた。

 侠客が浪人と肩を並べ戦うのは、別に珍しくは無い。  

 この時代、法整備が成されていない以上、自らの身体はもちろんの事、自らの財産や誇りもまた、己が守らねばならない。

 

 そして、羆之守の教えを賜った兎之助もまた、若き熊の様に、教わった技を試す機会を、心から望んでいた。


 相手の野武士が固まるのは、恐れからだが、この時その戦略は、愚の骨頂と言える。

 もし、襲撃が失敗したのであれば、逃げるのが鉄則だろう。

 戦時下にあれば、敵前逃亡は死罪とは言え、彼等は、別に将軍に仕える兵士ではなく、ただの夜盗の塊に過ぎない。


 味方の死者が、勝ち得るであろう報酬に満たないのであれば、素早く後ろを振り向き逃げるのが最も適切だ。

 だが、彼等の薄っぺらい仲間意識がそれをさせてはくれない。


 いよいよ、三対六という数字に成ったとき、羆之守一行は、元々は青いが、今やすっかりと赤く染まってしまった竹槍を、ポイと捨て、腰の太刀に手を伸ばした。

 野武士達にしても、この時は逃げ時ともいえた。

 相手は、わざわざ得物を捨てて居るのだ。

 速やかに後ろを振り向き、死に物狂いで走ればこそ、或いは逃げ切る事も叶ったかも知れない。


 カチリと、僅かに鯉口を切る音が響き、先ずは、熊之介が太刀を引き抜いた。

 同じく、鯉口は切るのだが、兎乃助は、熊之介が右に行くのとは反対に、左側へと回り込み始める。

 そんな若き二人の師である羆之守は、黙って立っているのみで、特に何かをしようとはせずにいた。


 兎乃助と熊之介、この両名どちらも、生身の敵と白刃を交えた事は無い。

 無論、竹槍を捨てろとは一切言われていないが、それでも、自身の技への興味が、若き二人には先にあった。

【立ち合いたい】という、剣への強い欲求は、自ずと熊之介の身体に力を込めさせるが、深く息を吸い込み、吐き出す事で、若き熊は力みを捨て去った。


「死に腐れ!!」誰が口火を切ったのかは定かではないが、野武士達は、一斉にそれぞれが敵へと斬り込む。


 死に物狂いの敵は、容易ではないと、羆之守は二人の弟子に伝えてある。

 重要なのは、恐れを捨ててはいけない、ということだろう。

 過ぎれば、重石とも言える恐怖だが、強き者は必ずそれを鎧として、胸の内に持っている。

 その反対に、慢心はただの奢りに過ぎず、武器足り得ない。


 真っ向前から振り上げられた刀が、落ちる前に、左左へと熊之介は滑らかに脚を滑らせる様に動く。

 かつての自分の様に、野武士の刀は地面へと落ちる時、ほぼ同時に熊之介の太刀は、野武士の顔を薙いでいた。


 対して、兎乃助の太刀は、野武士の剣が振り上げられた時には、既に鞘から走り、円とは違い線の動きを呈した。

「ギャッ……」左手首を切り払われ、悲鳴を上げて焦る野武士。

 その隙を、器用な白兎は見落とさず、野武士の首を、兎乃助の道中差しが僅かに斬った。

 頸動脈は、守るモノは少なく、皮一枚である。 

 其処を寸断されれば、斬られた首筋からは、心臓の脈動に合わせて血が赤く咲いた。


 あっという間に、残りが四人になってしまった野武士は、皆が腰を抜かし、その場に転ぶ。

 結果から言えば、羆之守はとうとう太刀を抜くことは無かったが、だからといって、問題は無いだろう。

 

 生き残りと成ってしまった野武士は、速やかに縛り上げられ、やる気の無い番所へと突き出されてしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ