奪還
-11月16日 AM7:20 レクト宅-
『総理は新しい政策が必要と述べ
力強い言動を終始崩さず…』
何か情報は流れていないかと
虱潰しに番組を変えるレクト。
しかし結果は案の定、突飛なニュースも無く
ABSOLUTEYEの情報隠蔽力が垣間見える。
今日も国民に人気の総理大臣から言葉があり
不安定な支社長生活が始まるのだ。
(本部からの指令も無い…
あれから一週間が経過したが
魔神は無事だろうか…)
何もする事が無いまま、熟考する。
黒包帯に遭遇してから今まで
事件という事件も無く、ただ
虚無的な時間を過ごす事が
逆に不安の種となっていた。
-時は遡り11月16日 AM7:00
ABSOLUTEYE本社-
「…。」
鉛色の壁に囲われた隔離室。
そこに一人、魔神は身を小さくし
座り込んでいた。見た目は樹海の時より
健康的になり、長い髪も切り揃えられ
年相応の衣服を身に纏っている。
室内も隔離室には違い無いが、日常的な
物資は取り揃えられており、生活に
不自由は無いとわかる。
『調子はどうですか?』
「…!」
テレビモニターが急に切り替わり
中性的な男性社員の一人が
魔神に声を掛ける。
実力者のスキュラであっても
魔神には近付けない為
こうして会わずに健康状態を確かめる。
朝、昼、晩の決まり事だ。
「あ、大丈夫です…」
『了解しました』
やりとりはすぐに終わり、テレビモニターも
消えて、再び室内は沈黙する。
-同時刻 本社屋上-
「終わったか?」
「ええ、変化はありませんでしたね」
「そうか」
先程、魔神に声を掛けていた社員は
科学者の様に白衣を見に纏っており
もう一人、スーツ姿で視線の鋭い社員と
屋上で肩を並べて立っている。
年齢は二人共、レクトより二つ位
年上という感じだ。二人は別に、ここへ
風に当たりに来たわけでも
景色を眺めたかったわけでも無い。
「ゴロゴロゴロ…ッ!」
「ボウウウウ…!」
突如現れた2人の黒包帯の
相手をする為に来たのだ。
「話には聞いていましたが
本当に不気味な感じですよね」
「だが、未来の障害になるのなら
この場で捩じ伏せなければな」
2人の眼光は緑と黄に輝き始める。
その光はレクト以上。本社でも
上層部を除いてトップの眼力である。
「ゴロゴロゴロッ!!」
“雷”-落合-
「ボウウウウッ!!」
“炎”-蒸弾-
「あの攻撃は私がなんとかしますから
ヴォイドさん、後はお願いします」
「わかった」
視界が塗り潰される程の炎と雷を見ながら
視線は逸らさず短く手順を交わし
更に眼光を強める二人。
-隔離室-
「ぐッ…あ…ッ」
屋上で戦いが始まると同時に、隔離室で
魔神が頭を抑え、苦悶の表情で喘ぐ。
その度に、特殊合金で造られた隔離室が震え
欠片が溢れ始める。
『帰って…来い…私の…元に…』
「う…何…ッ…何なの…!?」
頭の中に直接、何者かの声が響く。
聞いた事が無いハズなのだが
初めてとは思えない引き合う声。
「…う…っ…」
徐々に意識が遠退き始め、身体が
意思と関係無く動き始める。
-屋上-
「ゴ…ロッ」
「ボ…ゥ」
身体の各所から火花が飛び散り
既に戦闘不能の黒包帯二人組。
…しかし
「シオ、これはどういう事だ…?」
「わかりません、ただ
こちらは囮だったという可能性が高いです」
突然、本社内にアラートが鳴り響き
非常事態、つまり魔神の脱走が告げられる。
屋上の二人も苦虫を噛み潰した顔で
無残に地下から穴が開いた本社を見下ろす。
魔神が隔離室を貫き飛び去ったのだ。
「…社長は?」
「通信が来ています…!」
問いとほぼ同時にシオの携帯電話に
社長からメールが入る。
-from 社長-
魔神の脱走を確認した。
私は表向きの仕事を片付けてから
必要に応じて処理を行う。
魔神は恐らく都心に向かうハズだ
お前達は社員を先導して、都心近くの
人々を避難と支社長レクトに魔神処理の
指示を出してくれ。
お前とヴォイドに無理をさせて悪かった。
「オレ達がいながら…情け無い…」
「落ち込んでも仕方無いです
社長の言う通りしましょう。私達も
まだ出来る事があります。」
「ああ…」
全壊した黒包帯を放置し、二人は急ぎ
司令室まで走る。
-11月16日 AM7:30 レクト宅-
-ジリリリリン!ジリリリリン!-
「!」
不意に鳴り響く古びた黒電話。
支社の電話番号を知っているのは
本社か役場くらいしかないので
どっちにしろ案件だという事を察する。
「…はい…!」
「支社長のレクトですか!?」
「ええ、そうです」
慌てた様子の本社スタッフの声に
訝しげな表情のレクト。
「非常事態です!本社で身柄を
捕らえていた魔神が逃亡しました!」
「な!?」
仰天し眼を丸くするレクト。
初めて魔神が本社に渡っていた事と
更に逃げ出したという事態に
二重の衝撃を受ける。
「それで…?オレにどうしろと?」
「社長より、魔神は都心へ向かう可能性が
高いとの意見がありました。
今現在、本社のスタッフ達が都心近くの
市民を避難させています。貴方は
今から魔神を追ってください。」
「了解!」
急ぎ身支度を整えるレクト。
この様な日が来ると薄々は勘付いていた為
気合いが入り、眼力もその分輝く。
-AM8:00 レクト宅→都心-
「ハッ!」
自身の専用オンロードバイク
TRICK・SHOT-Lが誇る跳躍力は凄まじく
レクトの意思に呼応し、最大で約300mの
ジャンプをする事が出来る。更に追加で
レクトが反射壁を展開する事で
更に空へと駆け上がる事も出来る。
「…ッ」
自身が住む町並みを見下ろしながら国道に
着地すると、全速力で都心を目指す。
…その時
「ザクザクザクザクッ!!」
「なッ…!?」
バイクに乗り全速力で駆ける
レクトの後方から新たな黒包帯が
異常な脚力で迫る。ほぼ確実に
自分を妨害に来たのだろう黒包帯は
そのまま、開いた左手を振り上げ
レクトに向かい振り下ろす。
“斬”-鉄断-
「ぐ…ぅ!」
辛くも放たれた縦状の刃の如き衝撃波の
軌道から逸れる。だが、スピードが
緩んだ事で黒包帯は更に迫る。その
位置関係は、ほぼ並列で状況は悪化。
「ザクッ!!ザクザクッ!!」
追撃を緩めない黒包帯は刃物の様に
鋭い両手で側面からレクトを
斬り裂こうと迫る。
「ッ…!」
“反射”-弾圧-
「ザククッ…!」
黒包帯の胴体に反射の弾丸が着弾。
全速力で突撃して来た黒包帯に対して
威力は高く直撃を受けた黒包帯は
体勢を崩し、路上を転げ回る。
「はぁ…」
倒せてはいないが、黒包帯との距離をとり
やや安堵した溜息が漏れる。
…しかし
「…まさか…ッ!?」
転げ回り、既に200mは離れた黒包帯
しかし、異眼で確認すると転がった地点から
移動はしていないが、包帯から見える
左眼が薄黒く輝き始め、両掌を合わせて
思い切り地面に垂直に振り上げる。
「マズいッ!」
レクトはそれを見やると視線を前に戻し
脇眼も振らずに全速力で走る。
…次の瞬間
「ザザザクククッ!!」
“斬”-山割-
「ぐうぅ…ッ!!」
案の定、合わせた両掌を地面に叩き付け
国道が罅割れる。それはコンクリートの
礫を噴水の様に吹き上がらせ、レクトの
位置など関係無しに周囲一帯を斬り裂く。
「はぁ…ッ」
何とか地割れが届く寸前に地面から
空へと飛び上がったレクト。
見下ろすと無残な道路が広がり
思わず背筋が凍りつく。
「ザクッザクッ!!」
“斬”-鳥落-
黒包帯は飛び上がったレクトを見ると
撃ち落そうと執拗に両手から
連続で刃状の衝撃波を放つ。
「フッ!」
“反射”-返壁-
「ザククッ!?」
しかし、反射壁を展開され
飛ばした衝撃波は全て跳ね返される。
その中には、黒包帯本人の元へ
跳ね返された衝撃波もあった。
…そして
「ゼアッ!!」
そのまま反射壁をジャンプ台にし
飛び上がると黒包帯の地点まで突撃。
「ザ…ク…ッ」
既に返された衝撃波が何発か当たっており
防ぐ術が無かった黒包帯はバイクの重量を
まともに受け仰向けで潰される。
「くッ…」
黒包帯を打倒したレクトだが、表情は
苦々しい。黒包帯を潰す為に空中で
引き返した為、決壊した道路の手前まで
舞い戻ってしまったのだ。
(最短距離を封鎖されたか…)
TRICK・SHOT-Lにはジャンプ機能があるが
助走が無ければ期待はできない。
(仕方が無い…遠回りになるが
引き返して山道を進もう…)
焦燥が胸に溢れ、深い溜息が出るが
背に腹は変えられずバイクを翻し
来た道を引き返す。
…しかし
「ヒュー…!」
「ブシュ…」
「フーッ!」
引き返した道の先に、次なる脅威は
確実に近付いていた。