詠唱
11月10日
-AM8:10 合仙岳への道-
猛禽による落下事件を解決し
遂に、魔神の調査に身を乗り出すレクト
供給されたABSOLUTEYEの
オンロードバイクをカスタムした
愛車のTRICK・SHOT-Lを駆り
目的地である合仙岳を目指す。
しかし、今日、急遽新たな依頼が入った為
魔神への調査は後回しにし
合仙岳付近で起こる謎の怪事件解決に向け
今は突き進んでいる。
人外事件No.38 rankA
憎しみに力を注ぎ込み、怒りのままに
人を呪い殺す謎の宗教〝邪礼教〟
被害者の数も徐々にだが増えており
無視できない状況と言える。
また、被害を被らないために
入信してしまう人々や半ば脅されて
入信する人達もおり、社会的影響力は
計り知れない為、ランクは高めと言える。
言わば、新手の悪徳宗教。
消されたくなければ、自分達の糧となれ。
そういった考えが、紙資料を通して
伝わってくる。面倒な事件だ。
しかし、高ランクであり魔神のいる地点から
そう遠くはない所が本拠地ならば
解決して損は無い。やや、本題に入るのが
遅くなるが。
-AM9:00 合仙岳付近-
町から離れ、見渡す限りの緑。
刻々と年末に近付く日本では
自然に近付けば近付くほど寒さが強まる。
「フー…」
バイクから降り、白い息を吹くレクト。
服装は軽装で寒さ対策にしても
本社支給のチャック付きの
黒いパーカーを一枚羽織っている。
だけであり、本人より見ている方
が寒くなりそうな出で立ちだが
レクト自身そんな事は気に掛けていない。
鈍感なのである。
「…。」
眼の色が変わり、緑色の眼が
500mほど離れた豪勢な屋敷を射抜く。
常人にはあり得ない事だが
スキュラにとってこの程度の距離は
無いと言っても過言では無い。
…そう、相手にとってもである。
(…気付かれたか)
人が反射的に見られているのを
察知するように、スキュラも他者からの
視線は敏感に反応する。レクトが
内部を閲覧し始めた途端、屋敷内の
恐らく、今回の違反スキュラが視線を察知し
相手の視線がレクトの視線と交わった。
「….ッ」
レクトは一瞬の内に、草叢に身を潜め
一時、眼を元に戻し気配を消す。
相手と一対一ならば気付かれた瞬間に
突撃する事もあるが、屋敷内には恐らく
一般人が捕らえられている。無闇に
攻撃するわけにはいかないのだ。
…すると
「う…うっ…わぁ…わッ」
白装束を身に纏った幼稚園児くらいの
少年が、入口からフラフラと現れ
まるで喉を締め付けられているかの如く
朦朧としながら屋敷から現れ
喉から血を吐く様に言葉を吐き出す。
「わ、我々を覗き見る…者…ッ
来…来なさいッ…!!
用が…あッ、あッるのなら、ば!!」
白目で泡を零しながら叫び散らすと
糸の切れた人形と言わんばかりに
その場に俯せで倒れる。
「…。」
それを見ると、屋敷に向かいレクトは進む。
今の光景から、相手はHOPPERや翼のような
赤眼では無い事を理解した。間違い無く
心を操って他人に行動させる〝紫眼〟だ。
-AM9:10 邪礼教 屋敷-
観音開きの大きな扉を開けると
外見通りの豪華なホール。そこに
約80人の信者達がブツブツと壁に寄り添い
念仏のような呪詛を呟き続けていた。
レクトはそんな状況にも心は乱れず
入口から長く延びた舌の様に赤い
カーペットを淡々と歩く。
…すると
「貴方は…私に何か頼みがあって
ここに来たわけではありませんね?
違いますか?」
レクトの歩くカーペットの最奥部の玉座に
ギラギラと金や宝石を身に付けた
壮年の男が信者の着けた蝋燭の光に
照らされ浮かび上がる。身なりから察するに
この宗教の教祖に違いない。
「いや、お前には早く投降してほしい
お前よりも酷い厄介事が控えているんでな」
臆面も無く男を見つめ、言い放つレクト。
「ほう…う〜む、キミの願いは
私には叶えられないなぁ。キミも
言ってみてそうは思わなかったかね?」
「いや、大体は看破した
まぁ、難しいのは、お前を倒した後
ここにいる人達が町まで戻る事ぐらいだ」
レクトの態度は変わらない。
言葉は決して強がりなどでは無く
本心のありのままなのだ。
「キミは〜…バカかね?」
「いや、オレはABSOLUTEYE支社長レクト
ABSOLUTEYE本社からの指令に則り
お前をこの場で捕縛し本社へ引き渡す」
三度、相手の言葉を跳ね返し
更に眼の色を輝く緑に変え、戦闘態勢に入る
…しかし
「プッ…ハッハッハッハッハッハッ!!」
レクトが戦う意思を見せると
馬鹿にしたように高笑いする教祖。
そして、教祖の眼は徐々に変色し
紫色の光を放ち始める。
「キミのような若い者は敵を見つけると
猪のように無闇に突っ込んでくる!
実に愚か!私が何の対策も無しに
キミを入れたと思っているのですか!?」
“詠唱”
「くッ…」
教祖の眼が一段と輝くと、まるで
大音量の雑音を聞いているかの様に
レクトは自身の頭を抑え、膝を曲げる。
間違い無く、教祖のスキルだ。
「苦しいでしょう。恐らくキミは
私が紫眼だとわかっていて入って来た…
そして、私がスキルを使う前に
攻めれば勝てると思った、違いますか?」
「いや…違う…な」
「フン…」
俯きながら呟くレクトの返答を鼻で笑う。
そして先程までブツブツと呟いていた
信者達の呪詛は今や叫ぶように
大音量で教会を揺らしていた。
「スキルは本人が使わずとも
その仕組み自体を他者にやらせる事で
相手の意表を付けるのですよ
私のスキルはそこまで複雑じゃ無い
だから逆に、唯の人間も脳を少し弄れば
似たような事が出来るのです」
教祖が自分の演説で悦に浸る。
“詠唱”の言葉による精神攻撃は
眼に見えない矢の様に、相手を的確に
射抜いて弱らせていた。
…はずだった
「長々と演説ご苦労だな」
「!?」
レクトが言葉で横槍を入れる。
その口調は普段通りで弱々しさは無い。
「キ、キミ…!!なぜ!?」
予想外の事態に困惑し、玉座から
ワナワナと立ち上がる。
「紫眼が相手なら、相手の視線・言葉
・雰囲気には用心するのが当たり前だろう
入る前に子供が洗脳されてたのを見て
お前のスキルが言葉による精神攻撃だと
大体わかった。だから…」
レクトが頭を傾けると右耳から
緑の小さな丸い板が現れる。
「左にも入ってるが、これを耳に
仕掛けさせてもらった」
「耳栓だと…ッ!?」
陳腐とも言える仕掛けに思わず仰天する。
「ああ、オレのスキルで作った
反射の耳栓だ。教会に入ってから
何も聞こえていなかった。あぁ、お前の
演説は、口の動きで理解してたがな」
「…くぅッ!!」
完全に看破されていた事を理解し
玉座の後ろに仕掛けられていた隠し扉から
一目散に教祖は逃げ出す。
「…。」
すぐには教祖を追わず、教祖のスキルが
消失し気絶した信者達の安否を確かめると
懐から携帯電話を取り出し、本社の
連絡受付所に素早く掛ける。
「…こちら支社長レクト
合仙岳の麓の教会で多数の信者が
気絶している為、救助をお願いします
それと、まだ違反スキュラは
捕まえていません。よって、このまま
任務を続行。確実に確保します」
異眼で見ると、どうやら別状は無い為
本社に手早く連絡し、信者達の救出と
任務の続行を言い渡す。
(…ここから、200mか)
異眼で逃げ去った教祖の位置を計る。
そして、そう遠くは無い距離と判断し
玉座の後ろの隠し扉から、教祖を追う。
-9:50 合仙岳-
「フッ…フッ…フッ…フゥッ…」
息も絶え絶えで合仙岳の樹海に
逃げ落ちた教祖。スキュラだとしても
過労による運動能力の低下は人間と遜色無く
鬱蒼とした樹海の木に手を付き
呼吸を整えている。
「クッ…小僧が〜…
ワシに楯突きやがって…畜生…!!」
息を整えながらも、先程の屈辱が
網膜に焼き付いており悪態が
唾液と共に吐き出される。
…すると
「…しかし、なんだここは…!?
こんな死んだような森じゃ
無かったハズだぞ…!?」
走っている最中はまるで気が付かなかったが
自分が森の奥に行けば行くほど
鳥や虫の声や気配がまるで感じられない。
それどころか、徐々に樹木さえ無くなり
不毛の地と言うに相応しい場所まで
歩を進めてしまう。
…そして
「なぁッ!!」
-9:51分 合仙岳樹海-
「…!」
自らの異眼を頼り、教祖を追っていた
レクトだが、不意に脚が止まり
辺りをじっくり見回すと眼を細める。
「どういう事だ…!?」
先程まで見えていた教祖の姿が
まるで獣に襲われたかの如く
仰天したのを最後に消えたのだ。
レクトは予想外の事態に、脚を速め
教祖のいた地点まで走り出す。
「確か…この辺に…!」
枯れ木を踏み鳴らし、目的地まで
辿り着くレクト。だが、案の定
教祖の姿は無い。それどころか
遠眼からはわからなかったが
生物の気配さえ、この近くからは
まるで感じられないのだ。
…その時
『ダレ…な…の…?』
「ぐぅぁああッ!!…ぐッ!?」
急にノイズの混ざった様な声が
レクトの耳に入り込む。それ自体に
攻撃されたという感じでは無い、しかし
教祖のスキル以上の威力でレクトの精神が
咀嚼され、耳を抑えて悲鳴をあげる。
「くッ…!」
“反射”-鎧陣-
我に返ったレクトは異眼に最大限まで
力を込め、全身に反射の膜を張り身を守る。
これにより、短時間に限るが
あらゆる干渉を阻む事ができる。
「はぁッ…はぁッ…!!」
咄嗟に起きた致命的な事に
いつもの冷静さは鳴りを潜め、眼を見開いて
肩で呼吸するレクト。
『大丈夫…?』
「くッ…」
先程と同じ声。反射の膜によって
ある程度は緩和されているが
それでも悪寒が身体を駆け抜ける。
「誰だ…?…何を…したんだ…?」
重くなる身体を動かして、発信源を探す。
…すると
『こっち』
「…!!」
レクトがいる地点から直線で約50m離れた
地点に、髪を地面まで垂らし
地面に座り込んだ裸の小柄なヒト型生物が
じっ、と髪の間から眼を凝らし
こちらを見つめている。
「う…ッ!!」
それが視野に入ると、今迄に感じた事の無い
恐怖が泥の様にレクトの心に流れ込み
眼から入る情報を脳が否定しようと
吐き気を催す拒否反応を起こす。
一瞬見ただけで嫌なぐらいに理解した。
間違い無い。…アレが、魔神だ。
『ボクに…何かスルの…?』