猛禽
数日前から、時折、笑見町には
その名前に似つかない悲鳴が響く事が
あった。悲鳴の内容については
断末魔や遭遇者の叫び等あるが
幸せな声を上げるものは、たった1人だけ。
11月9日
-AM8:20 レクト宅-
『速攻で片付けてやる!!』
「…おぉ」
日曜日の朝、ゴミ置場から見つけてきた
小型ブラウン管テレビを徹夜でどうにかし
早朝に流れているアニメや特撮を見ている。
こうして、バレないように必要な物を
どこからか拾ってくるのがレクトの
妙な日課である。プレハブ小屋も日に日に
内も外も物で狭まってきている。
もちろん、ゴミ出しはキチンとしているが。
「スゴイな…」
レクト自身、アニメよりも遥かに危険な
仕事をしているハズなのだが番組内の
ド派手なCGに魅入っている。
…すると
-コンコンッ-
「あの…すみませ〜ん!」
ドアを叩く音がし、外に一人
小学生くらいの小柄な子供が
たどたどしく立っていた。
「…何か、オレに用なのか?」
素早くドアを開け、少年を見やるレクト。
子供慣れしていないのか、少々
言い方を和らげているが眼光は強い。
「え…と、あの…あなたは
ABSOLUTEYEの人なんですよね?」
「ああ、そうだ
今はここに住んでいる」
「あ、そうですか…
あ、で、その…頼みたい事が…あって」
「依頼か?なら中で話を聞く
歩ける所を歩いて来てくれ」
少年の話が依頼だと理解すると
室内を先導する。器物の多いプレハブ小屋は
狭い限りだが、何とか向かい合わせに座る。
「早速だが、名前と用件を教えてくれ」
メモ用紙とペンを手に取ると
早々と本題に入る。
「ボクは大山 翼です
それで…その…」
「未解決落下事件か」
「!」
口籠る翼の代わりにレクトが続ける。
レクトの言葉は図星だったようで
翼は眼を見開いてレクトを見る。
「今オレもその件は調査中だ
近い内に解決させる」
「できるんですか!?」
「そういう仕事だからな
で…キミはこの事件に
何か思い入れがあるのか?」
「…。」
レクトの言葉に再び口籠る翼。
しかし、意を決したようにレクトを見やる。
「あの事件で…友達や家族が酷い眼に…!!
死んじゃった人だって…いるんです!!」
「なるほどな…」
沈痛な面持ちの翼に同情的な表情を見せる。
…そして
「お前みたいなヤツは沢山いる
強い力に押されて酷い事になる
まぁ、オレ達はそういうヤツを
処理するのも仕事なんだがな」
「助けてくれるんですか?」
「最初に言ったが、この事件は
元々解決させる予定だ。心配するな」
翼を見つめ、微笑を浮かべる。
「ありがとうございます!」
「ああ、解決したら
お前にもちゃんと教えてやる
さ、今日はもう帰ると良い
…あ、お前の家族は…」
力強い言葉を掛け、ドアを開くが
自分の言った言葉の気不味さを感じる
…しかし
「あ…いえ、大丈夫です…すいません」
レクトに非がない事を態度で伝えると
そそくさと小屋から出て行く。
「…。」
その後ろ姿を見つめ、小さく息を漏らす。
「アイツの為にも、とっとと
終わらせた方が良いかもしれないな」
予定を変更し、作業に取り掛かるレクト。
作業内容は、町の徘徊だ。
-AM9:10 町中-
レクトは町中の謎の落下事件が起きた現場を
虱潰しに調べていた。調べるといっても
既に片付けられた現場の近くに寄って
見つめるだけである。だが、レクト並みの
スキュラならば、その程度の事で
この場で何があったかは理解できる。
「まぁ、やはり自殺じゃ無いよな」
緑眼で数日前に起きた現場の
薄い血痕を見つめ確認する。
どうやら落下した人間は空中で
足掻いていたらしく血痕の痕も
巻き散っている。
「まるで何かに上げられた後
落とされたような感じだな…」
事を急いでいるのか、独り言にしては
大きめの声で感想を述べる。
…その時
「レクトさ〜ん!」
「お前、翼…?」
レクトの背後から快活に名を呼び現れる翼。
「調査してくれているんですね…
…ありがとうございます」
「…同じ事を言うが、お前の為だけじゃない
だから、礼はいらない」
「はい…で…何か、わかりましたか?」
現場の血痕を見ると、レクトに問い掛ける。
「大体はわかった。犯人もな」
「え…!?本当ですか!?」
「ああ」
翼から視線を外し空を見上げるレクト。
頭上を旋回する何匹かの鳥を一瞥する。
「翼…お前の親の仇に合いたいか?」
「…できるなら、会いたいですね…」
レクトとは対照的に地面を見つめ
言葉に応じる翼。
「じゃあ、合わせてやるよ
ここじゃ人目につく。付いて来い」
翼の意思を聞くと、人の通りが多い
通りから離れ、元来た海辺の方へ
歩き出す。
-AM9:40 道中-
翼を引き連れ、町中を歩き続けるレクト
しかし、あまりに時間が掛かり過ぎており
歩きだしてから、早30分が経過している。
「レクトさん…良い加減にしてくださいよ!
いつまで歩くつもりなんですか!?」
遂に感情を露わにし、レクトの背中に
怒りの声をぶつける翼。
…すると
「オレ達、ABSOLUTEYEは
表の舞台では国際的な保全機関として
認知されている」
「は…?」
質問に噛み合わない答えに
体を硬直させる翼。
…すると
「だからな、いくらABSOLUTEYEでも
町に蔓延っている難事件を
解決してくれなんて事は
普通、依頼されないものなんだ」
「あ…」
レクトの言いたい事を察知し
思わず声が漏れる。
「どうしてオレに相談してきた?」
不意に振り返り、威圧的な眼差しを向ける
「そ…それは、周りに相談できる人が
…いなかったからですよ!」
「警察やABSOLUTEYE本社の連絡先は
国民なら皆知っているハズだ
…いや、警察には連絡したのか」
レクトの脳裏に発見した幾つかの
事件後の血痕が流れる。
「難事件に持ち込むために
警察も何人か手に掛けたようだしな」
「何が言いたいんですか!!」
レクトの挑発とも取れる発言に
遂に業を煮やし、声を荒げる。
その様子に先程までの小心な感じは無い。
「お前が今回の違反スキュラだよ、大山 翼」
「…!!」
変色した左眼の緑眼の眼光が翼を射抜く。
「大方、昨日の戦いを見て
オレを知ったんだろう。そして今後
必ず自分が標的になるのを理解し
オレに接触。油断させてから
始末するつもりだったんだろ?」
「…。」
トドメの言葉を翼に叩き付ける。
それを聞き沈黙、俯く翼。
…しかし
「フフフっ…ははははッ!!」
耐えかねたように笑い声が漏れ始め
遂に空を見上げて笑い出す。
「もう少し仲良く探偵ごっこを
したかったんだけどねぇ…バレちゃったら
そうも言ってられないか」
「罪を認めるんだな?」
「ああ、そうだね。でも反省はしないよ?
楽しくて仕方がなかったんだ…
人間が落下する時の、あの間抜けな顔
それに重い物を頭から落とされて
潰れた時の血飛沫なんか最高!
…キミもスキュラならわかるよね!?」
「さぁな」
飽きたように答えるレクト
話しより戦いに入りたい表情である。
「ふうん…つまんないね
折角こんな凄い〝異眼〟があるのに
弱い者を虐めないなんてさ」
左眼の赤く変色した眼を指差し翼は嗤う。
「人にはそれぞれの生き方がある
オレはお前と同じ生き方を求めなかった
それだけの違いだ」
「チッ…つくづくイラつく
スキュラだよ…レクトさんは!!」
舌打ちすると、眼を見開く翼。
すると、まさにその時、人肌から
灰色の羽毛が生え揃い、両前脚は巨大な翼に
両後脚は強靭な爪を生やし、嘴を尖らせた
巨鳥が人の体を変化し現れる。
“猛禽”
「この力で人を釣り上げて落としたのさ
今から更に被害者を増やすよ!
キミはボクを止められるかなぁ?」
翼をはためかせ暴風を起こすと旋回し
町に向かって飛び立つ。変化系の赤眼は
その名に冠するものを更に強大にした
力を操る。通常の人間では
止める手立ては無い。
「予定通りだな…」
翼を見送ると、慌てた様子も無く呟く。
…そして
「だが、逃すわけにもいかないな」
レクトが自らの家の方を見ながら
緑眼を輝かせる。
…すると
-レクト宅-
レクトの眼光に反応し、プレハブ小屋の隣の
汚いブルーシートを掛けられた何かが反応し
意思を持ったかのようにレクトの元へ急行。
-現場-
-キウウウゥゥン…!-
そしてレクトの元へ現れる機器。
レクトの持ち物には似つかわしくない
各場所に光沢のある緑の線が走った黒い
近未来型のオンロードバイク。
しかし、従来のバイクとは若干
合致しない箇所が幾つかある。
「…。」
ヘルメットを取り出し被り
ハンドルを握ると、レクトの左眼から
まるでコードのように両手の指まで
緑の線が流れ、更にバイクに流れると
所々の光沢がある緑の線も発光し
バイク全体が美しく輝く。
「ハッ!」
レクトの気勢と共にバイクは急速発進
緑の残光が町中を駆け巡る。
飛び去った翼も駆けるレクトも
一般人には認知される事は無い。
スキュラはそんな死角の間で
戦いを繰り広げている。
昨日のHOPPERが大声を出しても
一般人に気付かれなかったのは
そういった異人種特有の能力である。
その為、違反スキュラは人間には
捕らえ難いのだ。
-AM10:00 町中-
「チッ…!!」
上空で舌打ちする翼。
先程から地上でのうのうとしている
人々を襲おうと試みているのだが
まるで地上まで近付く事ができない。
まるで、自分を阻む為のバリアが
既に敷かれてあるような状況である。
…その時
「難儀してるみたいだな」
「!?」
不意に背後のビルにバイクに跨った
レクトが現れる。翼は身体を急速に
その方向に向け、憎悪の満ちた顔を見せる。
「お前…何かしたんだな!?
本社に言ってこの町にバリア機能でも
取り付けてもらったのか!?」
「防壁を張ったのはついさっき
お前がオレの後を付いて歩いていた時だ」
「…!?」
予想だにしない答えに眼を見開く翼。
「オレは人が集まる箇所の上空に
反射壁を放ちながら歩いていた」
「ッ!!」
冷静に返ってくるレクトの答え。
つまり、レクトは無駄に道を
歩いていたわけでは無く、翼の考えを
看破した上で対策をしながら
戦いに臨んでいたのである。
「被害現場から人が釣り上げられた後
落とされていた事はわかっていた
ならば、上空から近付けさせなければ良い
…お前のやりたい事はさせない」
右手人差し指を真っ直ぐ翼に向け言い放つ。
「…はっ!
自慢気に言うけど、そんなに凄いスキルを
こんなに使えばいつかは必ず
力を使い果たして脆くなる
今はボクを防げたとしても、キミ自身…
恰好の餌さ!!」
“猛禽”-咀突-
強靭な嘴を広げレクトに喰い付こうと
迫り来る翼。
「それがわかっているからここに来た!!」
翼の肉迫に合わせバイクに乗ったまま
ビルから飛び降りるレクト。
「ハァッ!!」
だが、自身の張った反射壁により反射。
勢いを付けて翼に下方から突っ込む。
「く…ッ!!」
レクトの奇襲に勢いを削がれ
突撃に備え、更に上昇する。
…しかし
「フッ!」
“反射”-弾圧-
レクトの右手人差し指から緑の光弾が
翼の左翼に放たれる
…すると
「ギィア…ッ」
反射の力が動く左翼に反応し衝撃を生む。
爆発したように弾かれた左翼に
コントロールは利かずバランスを失った翼は
錐揉み状に落下
…しかし
「ガッ…ハッ!!」
認識しているように反射壁がその落下を防ぎ
更に、衝撃を加えて上空に打ち上げる
…さらに
「ハァッ!!」
“反射”-緑蹴-
「ぐァ…!!」
バイクを蹴り、空に躍り出て
先回りしていたレクトは、打ち上げる翼を
更に、地面へ蹴り返す。
反射壁とレクトの蹴り返し
無限の反射攻撃が翼を嬲り続ける。
「お前の言った通り、いつかは
オレの眼力も弱くなり、
反射壁も形作るのが困難になるだろう」
翼を蹴り返しながら、独り言のように呟く
そして、言葉と共に反射壁も
徐々に罅割れ打ち返しの威力が弱まる
…その時
「だが、それがお前の最後だ」
左脚に更に眼力を込め、弾かれた翼を
痛烈な威力で蹴り返す。その威力は
自身が張った反射壁を安々と粉砕し
人気の無い空き地へ翼を叩き落とす。
-AM10:20 空き地-
「高い所から落とされる気分はどうだ?」
既に意識が無い猛禽に話し掛けつつ
本社へ連絡する。その内、本社の係が
違反スキュラを連行するのだ。
ついでに、謝礼金も当日中に投函される。
「最初に言ったが…」
要件が済み、背を向け歩くレクトは
意識の無い翼に向かい口を開く。
「お前みたいに強い力に押されて
酷い事になるヤツは山程いる
オレ達は、そいつ等を助けるのも
仕事なんだよ…まぁ、手段は選ばないが」
もう一度、緑眼が姿を現し、再び潜める。
-AM10:30 帰り道-
「…っ」
今日は眼力を多く使ったため
視力に影響が出ている。
スキュラは左眼に潜む異眼のスキルを使い
超人的な力を使う。しかし
無制限に使えるわけは無く、使い過ぎは
視力が悪化し視界が霞む。スキュラは
視界から情報の約9割を得ており、更に
最重要器官な為、視力が大幅に低下すれば
パニック症状を起こす事もある。
レクト並みのスキュラであっても
それは同じであり、命懸けだ。
-AM10:45 レクト宅-
暫く、ベッドで横になり眠る。
眼力を復活させるために必要な習慣だ。
逆に眼力が満ちていれば、睡眠は必要無い。
「さぁ…次が本番か…」
今、レクトの頭の中にあるのは
先日に言い渡された魔神に関する依頼
…そして、昨日は風呂に入っていないので
夜は銭湯に行こうという2つだけである。