救済
-AM8:17 テラスタワー-
「そう…転移。それがこの力の名だ…!」
倒れた身体を起こしながら、やや震えた声で
新たな自らの力の名を反芻する。
「お前のお陰だな…!」
「…ッ」
自信の籠った笑みを魔神に向ける。
時間が経過する毎に右眼の眼光は
徐々に力を増し、今では左眼の異眼と
遜色無い光を放っている。
「まさか、二つの異眼を持っていたとは…
新たな進化の兆しか…」
異形を眼の前にし、魔神が呟く。
だが別段、慌てた様子は無い。
「良いだろう、その力…存分に示すが良い」
毅然とした態度を崩さず、レクトの
両眼を凝視し構える。
「もっとも、使いこなせるとは
到底思えんがな…」
「オレも半信半疑だ」
魔神の挑発に反論せず
自嘲気味な笑みを見せるレクト。
…そして
“転移”
「…ッ」
レクトの姿が緑の閃光を残し一瞬で消えると
周囲を警戒し魔神は身を硬くする。
…すると
「…うッ!」
「やはりな…!」
なぜか、魔神の眼前に現れてしまうレクト。
「やっと付け焼き刃、か!」
-魔爪-
「ぐっ!」
嘲笑しながら邪気の籠った右手の一振りを
見舞う。レクトも、身を捻り躱すが
表情は自らの愚行から焦燥が垣間見られる。
「フンッ!」
「ぐわッ!」
一振りを躱したのも束の間、強烈な
左脚の前蹴りが右太腿を突き
思わず体制が崩れる。
「スキルばかりに気を取られていては
私には勝てんぞ!思い知れ!」
「ぐぅッ!」
さらに、右脚の回し蹴りを横腹に喰らい
衝撃に後退する。
「青いな、小僧。体技が出来なければ
スキルなど何の役にも立ちはしないぞ」
「助言のつもりか…?」
「ああ、余りにお前が情け無くてな」
息を荒げるレクトが憎々しげに言うと
溜息交じりに言葉を放つ。
…すると
「…ぐッ!」
突如、魔神が吐き気を催した様に
俯いて身体を震わせる。
「時間を掛け過ぎたか…!」
そして、吐き捨てる様に言うと
再び前を向き、レクトを見る。その額には
薄っすらと汗ばんでいた。
「お前の力の審査は終わりだ
そろそろ、終わりにする…」
「…魔神との連携が崩れてきたのか」
魔神の言葉を聞くと異眼の両眼で
魔神を見る。すると、微かにだが
今まで無かった力のブレを感じ呟く。
「ほう…スキルは満足に使えなくとも
異眼としての基礎能力は流石に向上するか
覚えておこう…だが、言っておく
いくら力が上がったとしても無駄だ」
「何だと…?」
「この魔神の身体には2つの力がある
1つは周囲の生命を排除…そして」
「ッ!?」
話の途中に何と、魔神は自らの腹部に
深々と左手を突き刺す。
…だが
「単純明快な力だが…この身体に
死は訪れない。不死身というわけだ」
「不死身…」
思わぬ事態に相手の言葉を繰り返す。
今、魔神は取り憑いた悪意と徐々に
分離を始め邪気や毒気も減りつつあるが
倒す事は不可能ならば、そんな事は
度外視され、まさに無敵。
「ゲームだ、弐眼のスキュラ
私が魔神と分離する前にお前を倒すか
お前が分離するまで生き残るか
…ただ、仮に分離しても根本的な
解決にはならないがな」
「く…ッ」
邪悪さが滲み出る遊戯を提示し
再び邪気が現れる。レクトに対し
明確な殺意を持っている事の
証拠である。
「行くぞッ…!」
-魔拳-
「あぁ、来い!」
“反射”-後悔障壁-
「なッ!?」
「はぁああッ!!」
「ぐッ…!」
魔神の肉迫に対し反射壁を展開するレクト。
だが、展開した反射壁は今までとは
比べ物にならないほどの強度で現れ
気合を込めると魔神を弾き返し
邪気と纏めてテラスタワーに叩き付ける。
「お前が色々言ってくれたお陰で
この力の使い方が大体わかった
…後はどうにかしてお前を処理するだけだ」
緑光の両眼から放たれる視線が
壁に叩き付けられた魔神を貫く。
「…。」
言葉を聞くと口元を拭い、立ち上がると
レクトを見やる魔神。その表情から
冷静さは消え始めている。
「私とした事が、失態だな…だが」
-魔拳-
「お陰で、目的を思い出した…!」
「…!」
魔神は自身が罅を入れた壁に
拳で穴を開けると、そこから飛び出し
空へ飛行する。
「何をするつもりだ…!?」
“反射”-後悔障壁-
レクトも、それを逃がすハズ無く
後を追い反射壁を飛ぶ。
-AM8:23 テラスタワー上空-
「急拵えの結界だったようだな…」
テラスタワーの上空を浮遊する魔神は
目下にあるビルに扮した大きな白い長方形の
建物を凝視する。白いビル状の建物からは
波紋が広がっており、特殊な物だと
言う事が理解できる。つまりは
結界を構築する防衛設備だ。
(結界構築装置は周囲に4つ…
今すぐに、全破壊は難しい)
「何をするつもりだ!?」
結界構築装置を見回すと、考えを巡らす。
しかし直後にレクトが姿を現す。
「ABSOLUTEYEが設置した
結界構築装置を破壊すれば仮想空間へ
転送された生物は再び帰還する」
「帰還した人達を消すつもりか!?」
「その為の魔神だ。私の実験には
相応しい舞台と規模だろう」
「他人の心や命を何だと思ってる!?」
「その程度のものだ。力の有る命もあれば
無力な命もいる。力の有る者は私に
歯向かえば良い。だが、無力な者達は
せめて私の糧になれば良い」
「お前…ッ!!」
「フン…、会話はこの辺りにするか
さぁ、私とお前、そろそろ本気で
強いか弱いか…答えを出す!」
-黒魔砲-
“反射”-後悔障壁-
「ハァアア!!」
「ぐぅおああッ!!」
解放した力は互いに一歩も譲らず
テラスタワーが緑と黒の波動で傷付く。
「ッ…だったらッ!」
“転移”
「逃げたか…!!」
急に対抗する力が消え、魔神が放った
黒い邪気の光線はテラスタワーの
足元を抉りクレーターを作る。
…その時
「ゼァアアッ!!」
魔神の真横からレクトが現れ
気勢と共に肉迫する。
(コイツ、新たな力を徐々に
使い熟している…!)
「フアッ!!」
“反射”-緑光蹴閃-
「ぐぉ…!」
一瞬の硬直を逃さず
眼力を伝わせた緑光の左回し蹴りを
魔神の右肩に直撃させ吹き飛ばす。
「ッ…」
しかし、致命傷とはなっておらず
魔神は空中で衝撃を押し留める。
…そして
-鎖魔手-
「な…ッ!?」
右掌から鎖状の邪気をレクトの右脚に放ち
絡め取ると、思い切り振り下ろす。
レクトは魔神と違い、反射壁をジャンプして
空中戦を保っている為、脚を止めれば
人と変わらず地へ落ちる。
…しかし
「はッ!」
“転移”
邪気の鎖は掴んだレクトを失い
空中を揺れる。
…そして
“反射”-緑光蹴閃-
「懲りないヤツだ…!!」
-黒魔砲-
先程と同じ角度で繰り出される
レクトの一撃。しかし、魔神も大方の
予想は出来ていたのか右腕で防ぎ止めると
左掌から光線を放つ。
“反射”-後悔障壁-
「なに…!?」
しかし、反撃は反射壁により防がれ
邪気は自分に跳ね返る。
「そう来ると思っていたからな…」
「貴様…事前に思い描いて
動いているのか…!?」
「ああ、転移の力は無駄な事を考えて使うと
上手く使えない事に気付いた。だから
オレは次にやる事しか考えない
無駄な考えは、この戦いには不要だ!」
「ぐぁッ!!」
種明かしをすると展開した反射壁を
魔神に叩き付け吹き飛ばす。
…さらに
「はぁッ!!」
“反射”-後悔障壁・挟撃-
吹き飛ばした魔神の背後に
また反射壁を展開すると、更に次々と
魔神の吹き飛ぶ方向に反射壁を展開。
「ガッ…くォッ!!」
悪意と身体が分離を始めている事もあり
次々と蓄積される衝撃に魔神も
苦悶の表情を浮かべる。
…だが
「なめるなッ!!」
-天魔轟-
怒りが臨界点に達すると、惜し気も無く
邪気を身体から放出し反射壁を破壊。
更には、周囲の建造物をも荒廃させる。
…しかし
「…これで決める」
「ッ!!」
不意に背後からレクトの声が聞こえ
振り向くと、眼力をほとんど使い切り
眼から血を流したレクトと視線が合う。
…そして
“反射+転移”-無限界旋風-
「ハァアアッ!!」
「これは…ッ」
反射を持った左眼と転移が籠った右眼が
同時に最大限に輝くと、魔神の眼前に現れた
レクトが緑光の眼力を伝わせた左脚で
蹴り飛ばす。そして、吹き飛ばされた方向へ
転移すると再び蹴り飛ばす。反射の力を
纏った脚は、向かってくる相手の速度に
呼応し速ければ速い程に反射する力を増す。
つまり、レクトの蹴りは蹴る度に
次の力を増し、先程の挟撃を遥かに凌ぐ
力を相手に与え続けるのだ。
…そして
「ゼァァアアッ!!」
「ぐッ…ガッ、ハッ…!!」
瞬く間に数十発の蹴撃を叩き込まれた後
真上から腹部に踵落としを喰らい
テラスタワーに直撃。口から血が漏れ出し
遂に立てない状態まで魔神は弱まる。
「はぁ…はぁ…ッ」
それを見ると、レクトも
テラスタワーまで降下。魔神の横に立ち
深々と息を吐く。
…すると
『どうやら、私の負けのようだな』
「ッ!」
魔神の胸の位置から黒い煙が立ち上り
レクトの眼線程の位置で人魂の様に
形作られると、落ち着いた声で言い放つ。
『まさか、お前がここまでするとは
思いもしなかった…大したものだ』
「…ッ…ッ」
レクトはその声を聞いてはいるが
異常なまでの恐怖を感じ声が出ない。
『私に恐怖を抱くか…
それも眼力が上がった証拠だろう
だが、安心しろ。お前が私と正面から
戦うのは先の事になるだろう』
人魂となった悪意から戦う気は見えないが
その邪気は魔神に宿っていた時とは
比べ物にならない。
…そして
『さぁ…これからどうする?』
「どう…ッ?」
『魔神は不死の人工生命体
お前がいくら傷付けても、死に至る事は
決して無い。いずれは回復し、また
周囲の生命を蝕むだろう…お前は
それを止められるか?』
人魂はレクトの周囲をゆっくり回り
現実的な問題を提示する。
…すると
「方法は…ある…!」
『ほう…』
一度、人魂を睨み付けると
魔神の横で片膝を付いて屈み
右手を魔神の頭に、左手を魔神の胸に当て
残り少ない眼力を両手に伝わせる。
…そして
『なるほど、よく考えたものだ…』
成り行きを見届けた人魂は
感心したように呟くと煙の様に消える。
-AM8:35 半壊したテラスタワー-
「悪いな…こんな方法しか見つからなくて」
自らの左手を見てから
動かない魔神の身体にレクトは呟く。
「さぁ…とりあえず終わった…
本社に連絡…を…」
微笑を浮かべ懐から携帯電話を
取り出そうとするが、慣れない力を
限界まで使い果たし、身体が脱力し
その場に倒れ、気を失う。
…すると
『やはり、面白い小僧に育ったな…
消滅させなくて良かった…収穫も多い』
レクトが気を失うと、不意に人魂が現れ
嬉しそうに今回の敗北の感想を言う。
-数分前-
「フッ…!」
魔神の頭と胸に手を置いたレクトが
一気に力を込めると、魔神から
紫色の光る粉が放出される。
「魔神の身体と精神を…反射させた
魔神は死んでいないが、これで
体が動く事も無い…!」
人魂を再度睨み付けると魔神に施した事を
説明する。つまりは、精神が身体から
解き放たれる幽体離脱をスキルを用いる事で
人為的に行ったのだ。
-現在-
『弐眼か…この世界を滅ぼすのは
先送りになってしまうが
研究する価値は十分にある…それに』
人魂の視線は魔神に向けられた。
…その時
「今回も失敗だな」
『…カムイ』
不意に背後に現れたABSOLUTEYE社長に
やや声が低まる。
「先延ばしにするのは結構だ
いや、それ以上にもう争いは止めてくれ」
『それはできん…お前には言っただろう
一度、この世は創り直されるべきだ』
「…どうしてもか?」
社長の左眼が爛々と緑に輝き
闘志を露わにした視線をぶつける。
『ああ、どうしてもと言うなら
決着を付けるしか無い…!』
社長の声に応じると、人魂は徐々に
人型の姿に変化を始め、辺りに邪気を帯びた
爆風が吹き荒れる。
…すると
「ここで答えを出すか…?」
「ク…ッ」
邪気が実体を構成し始めると
暴風は更に勢いを増しす。
社長はそれに飛ばされる寸前のレクトを
抱き寄せ、邪気を見る。
…そして
「何がお前をそうさせる、ネウッ!!」
『私とお前の宿命だ!』
未だ、幽霊の様な輪郭しか見せない邪気は
黒い風を撒き散らし、叫ぶと
その場から消える。
「…ッ」
嵐が過ぎ去った様な青空が凛間を照らし
遂に魔神との戦いが集結する。
-11月18日 レクト宅-
レクトは自宅のベッドで横になり
気付けば、あれから2日が経過していた。
「…。」
新聞やテレビを調べてみても
魔神に関しての記事は無く
そんな事は無かった様に事実が
隠蔽され、平和が保たれていた。
「オレは、アイツを救えたのだろうか…」
天井を見上げながら物思いに耽る。
…すると
-ABSOLUTEYE本社-
「今回の件を考慮し、レクトは
プロジェクトに選抜で良いな?」
ABSOLUTEYE本社では上層部が集まり
特別な会合が開かれていた。
「最終決定まで時間があると言うのに
…随分と急ぐな」
社長の言葉に嘲り気味な
笑みを浮かべる副社長。
「ネウは現時点で最大の脅威だ
今回、久し振りにヤツと会ったが
力は増していた。時間が経てば
更なる力を身につけているだろう」
「その為に、こちらも
早く力を蓄えるべき、と?」
予言的な社長の意見に室内の
スキュラ達も緊張感が高まる。
「私達は表立って動く事は出来ない…
よって、迅速に判断し集めるべきだ
未来を担う“虹の守護者”を」
人間の舞台の裏の戦場。そこでの戦いが
この瞬間、飛躍的に危険度を増した。
-無次元の城-
「まだ、芽も見せない種だが
…開花は必ずするだろう」
ネウの住む無機質な城の一室。
その中にある棺桶の中。
その中で眠る魔神の身体。




