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臆病な王様と勇ましい王妃様

 ……さて。


 なんだろうな、このぺらっぺらの布切れもとい服は。

 丈は短い、胸元は開き過ぎ、ついでに無駄にふりふりしている。


 寝間着なのは分かった。夜だし、腰掛けているのはベッドだからだ。風呂にも入って、髪も乾かしたからあとは寝るしか無いのは明らかだ。それはいい、ぺらぺらの寝間着も、いい。

 なんで私は、自分の部屋に帰してもらえないんだろう。

 バカなことをやらかした一味は、片っ端からとっ捕まえた。一ヶ月かけて――主にカルヴィシドが魔術に呪術を駆使してすべてあぶり出して、大半が断頭台か何かに消えたそうだが。


 そう、あの騒動から一ヶ月。

 私は――なぜかラージュの部屋から出してもらえない。食事はここへ運ばれるし、レメイナは変わらず私の侍女だ。時々カルヴィシドが、話し相手なのか菓子を持参で訪れる程度。

 ……ラージュは、後処理が大変なのか、戻ってこない。

 私が部屋に居座っているからじゃないのか、だったら私は元の部屋に帰らせれほしい、と言うもダメですの一言か曖昧な笑みが返り、私はこの部屋の住民にされたままだった。

 外出はダメだった。

 窓を開けることすら許されなかった。

 これって、もしや監禁ってやつじゃないかと確信を抱きつつある。


 そんな時だったのだ。

 肌すら透けるような寝間着を渡されたのは。


 白状しておこう。私は色事という要素に関しては、最低限の知識しかない。しかも色気も何もない医学寄りの知識、何をどうしたらできるのかという簡素なものだ。しかしその知識は今も昔も使わないままであったし、これからもそうなんだろうなとずっと思っていた。

 錆びついた箱の奥に、それらの知識は片付けられて久しい。だが、それでもこの露骨な服の意図はわかるし、現状がこの上なく非常事態であることもバカではないので理解した。

 レメイナがやけに機嫌が良かったのは……このせいか、そうか。

 彼女は昔もそうだったが、私は結婚して幸せになるべきだと連呼していた。

 自分が乳母になるんだ、とか何とか。

 女王だった私はそれを心強く思いつつ、叶えられそうにないのを申し訳なく思っていた。


 当然、カルヴィシドではないのだから彼女にその記憶などはない。無いが、まるであの宣言を果たそうとでもするかのような、強い意思と意地と、いろいろ思惑のようなものを感じる。

 あの大立ち回りのせいで、どうやら私の株はそれなりに上がっているようだしな……。

 あぁ、どうやら私は名実ともに『愛妾』になるらしい。

 例の一件で、ほとんどの家が娘を回収してしまったそうだしな。

 加えて手引をしたのが愛妾――という名の、勝手に住み着いていた自称王妃候補だし、もしかすると一度全員城から叩きだしたのかもしれない。私が残った理由は知らない。

 だから、私が唯一残ったそれという可能性も無くはないのだ。

 つまり私は、疲れ果てたラージュの、王の相手をせよということなのか。

 なるほど、と一人小さくつぶやいてみる。

 自分が置かれた状況は理解した、次はその対処。何とかして錆びついた箱を開けて、そこに収まっている各種知識を、私は思い出さなければいけない。可及的速やかに、むしろ今すぐ。


 いや、その前になんで『私』が選ばれた。いくらでも相手がいるんじゃないのか。そもそも私でいいのか。なんかいろいろ限界で女だったら誰でもいいのか、それはそれで悲しいし姉として妹として相手に失礼だと叱った方がいいのか、いやその前にこの状況を回避しないと。

 わたしの思考は混乱しきって、まともな答えを出してくれない。


 うーあー、と呻きながらベッドに突っ伏していると、扉が開く音がした。



   ■  □  ■



 自分はこんなに寂しいんだから、同じくらい『寂しい』でいてもらわなきゃ。

 こんなに苦しいんだから、同じくらい『苦しい』でいてもらわなきゃ。

 僕がこんなに、だから君も。


 ――ずっと、そう思って歩いてきた。


 だって僕一人が『寂しい』で『苦しい』じゃ、耐え切れなかったから。こんなに君に逢いたいと思っているのに逢えなくて、離れていることが耐えがたいのにどうにもならなくて。

 だから手元に呼び寄せた。

 あぁ、これで彼女は僕のもの。

 だけどそれは、距離が狭まっただけの話。いつの間にか彼女は、僕に群がってくるその他大勢と同じような女に姿を変えていた。媚びた視線、思わせぶりな態度、貼り付けた笑顔。

 全部、僕が嫌いなものばかり。

 酷い酷い酷い、僕がそういうの嫌いなのわからないなんて酷い。

 君が、僕をこんな場所に『閉じ込めた』のに、どうして僕を裏切るの。

 嫌だっていったのに、僕に手を振って『見送った』。

 僕は王様になんかなりたくなかった。あの小さな村で、君とふたりで一緒に生きていくことだけを願っていた。その手をにぎるのは僕だけ、僕の隣にいていいのは君だけ。僕の臆病は結局治らないままだったけれど、君のためなら僕は毎日頑張れたし、強くなれると思っていた。

 だって、僕は君が大好きだったから。君がいればそれで何も怖くなかったから。

 なのに君は、僕を見捨てたんだ。

 僕をこんな場所に叩きだして、僕を一人にした。

 王になることになっても、彼女は一緒に来てくれると思ったのに。私も一緒にいく、と手を握ってくれると信じていたのに。僕は一人ぼっちになった、彼女は――孤独じゃなかった。


 変わらない世界と、親しい住民。


 彼女は、ぜんぜん一人になんてなっていなかった。

 見捨てられた、裏切られた、悲しい、悲しい。寂しい。

 だからここに閉じ込めて、苦しめてやろうと――そんなことを、思った。

 彼女は僕のモノになったし、どこにもいかない。僕と同じように一人にして、そして同じように苦しんで。僕が寂しかったこと、僕が悲しかったこと、全部全部、同じように味わって。

 だってそうじゃなきゃ、僕は本当に一人になる。

 君が知らないところにいくなんて、僕はもう耐えられない。


「それはただの『独占欲』じゃないかな」


 魔術師が笑う。

 仕事をしろと僕は言う。


「つまりお人形がほしいわけだ。だから彼女だけは閉じ込めた。今度は部屋に。危ないことを絶対にしないよう、ケガなんてしないよう、安全な自分の部屋に鍵をかけて片付けた」


 魔術師は語る。

 そんなわけじゃないと僕は反論する。

 どうかな、と魔術師は笑う。

 本当に違うのかな、と重ねられて、僕は何も言えなくなる。

 だけど本当は違うんだろう、と尋ねられて、僕はやっぱり何も言えなくて。


「彼女に武力があるように、君には知力があるだろう? 少し考えるんだ。愚かではない彼女がどうしてあんな無茶をしたのか。これまで君に見せていた姿と、あの日見せた姿。どっちが本当の彼女なのか。謝り方も、甘え方も、甘やかし方も、君はちゃんと覚えていると思うよ」


 魔術師は僕から仕事を取り上げて。


「彼女の『死』を前に、その心が感じたものが君の答えだ」


 抱きしめて離せなかったのは。どこにもいかないよう部屋に閉じ込めたのは。他の令嬢を全部城から追い出したのは。自分の部屋だというのに、仮眠用の部屋を使っているその理由は。

 部屋にいる彼女、何をしても誰も咎めない彼女に――何もできないのは。

 考えなよ、と魔術師は僕を立ち上がらせて背中を押して。

 僕を、夜の廊下へ追い出した。

 仮眠用の部屋は、執務室からしか入れない。追い出された僕は、控えていた人に囲まれたまましばらく途方に暮れてしまう。だって僕の部屋には、彼女がいるわけなんだし。

 今更、どうすればいいのかわからない。

 ずっとほったらかしてた、触れたこともなかった――あの日まで。

 柔らかかった、暖かかった。微かに甘い香りもした。離してほしいのか、もぞもぞと抵抗するその頬や耳が赤いのがかわいくて。余計離したくないな、とか思ったりもして。

 だから会うのが、少し怖い。


 陛下、と小声で促される。そうだ、ここは廊下だった。いつまでもこんなところにいるわけにもいかない。僕は、渋々だけど、ひとまず部屋に向かうことにした。

 歩きながら言われた言葉を思い出す。

 彼女の『死』――敵を追いかけて、裸足で戦っていた姿。あちこちボロけて、たくさんケガもしていて、更に戦うことを厭わない様子で。ドレス姿の彼女に防具なんて、なくて。

 僕は剣術が不得意だ。

 いや、ぜんぜんダメだった。

 だけどわかる、一瞬の油断が彼女の命を危うくすること。例えば腹、例えば足。むき出しの身体はどこでも切り裂くことができる。それすら、彼女は覚悟していると気づいてしまった。

 いなく、なってしまう。

 手の届かないところ、目に見えないところに。ぬくもりが消える。彼女が消える。

 そう思うのが先だったのか、抱きしめて動けなくしたのが先だったのか。

 触れたくない理由が、あの時にわかってしまった。

 城に閉じ込めて、でもそれで置いておいた理由に気づいてしまった。


 僕は、自分がとても怖かったんだ。

 閉じ込めて、鎖でつないで、離れられないようにしたいくらい、欲しくなるから。当然のようにそう考えてしまう、酷い自分に気づくのが嫌だったから、僕は――。



   ■  □  ■



 部屋に戻ると、セレスがベッドの上にいた。

 ……なんというか、直視できない格好で。あ、と小さく漏れる彼女の声。ほんのりと灯された明かりの中、わずかに彼女の頬が赤いのがわかった。恥ずかしいんだろうと、思う。

 あんな格好で、足を晒して戦ってたのに。


「えっと……その、お、おかえり」


 ベッドの上に座り直し、上掛けでそれとなく足を隠すセレス。

 その言葉が、僕の中でずっと抑えていたものを壊した。

 扉を閉めて間合いを詰めて、セレスを抱きしめるように腕を伸ばす。つきすぎた勢いは、彼女の身体を僕とベッドの間に収めるに至った。上から見下ろしてからまた抱きしめる。

「もっといって、おかえりって、ずっと言われたかった」

「ラージュ?」

「誰もいなかった、寂しかった」

 勉強、鍛錬、勉強勉強。部屋に戻っても誰もいない。おかえりなさい、と遊んで帰ったらあの人は笑ってくれた。おかえり、とセレスもにっこり微笑んでいた。

 今までの普通が全部奪われたのに、与えられたモノはその代用品にもならなくて。

 普通におしゃべりすることを、僕はカルヴィシドに出会うまでできなくて。

 だけど彼は友人でしかない、セレスじゃないからセレスの代わりにはならない。いつの間にか城に多数住んでいた令嬢らもそう。セレスじゃないなら、セレスじゃないものはいらない。


 やっとわかった。

 僕は、セレスがいればそれでよかったんだ。

 こうしてそばに居てくれたら、それだけでもういいんだ。


「いらない……僕は、何もいらない」

「ラージュ?」

「僕の側に、セレスがいるなら何もいらない、何もなくていい。セレスが女王になりたいなら僕はそれでいいよ。したいことがあるなら、なんだってしていいよ。外に出てもいい。戦ったりするのはダメって思うけど、練習するぐらいならいい。どこかで働きたいなら、いいよ」

 だけど。だけど一つだけ君にしてほしいことがあるんだ。

 腕に力がこもる。


 この手の届くところに、抱きしめられる距離に、声が聴こえる場所に。僕が、僕の力で守ってあげられる場所、見守っていられるところ、僕のすべてに一番近いところにいてほしい。

 思ったよりも小さかった身体を、ひときわ強く抱きしめて。

 情けなく震えた声で。




「ずっと、僕と一緒にいてよ、セレス」

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