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第五話 ……大丈夫なんて、本当は思ってないくせに

 ―case5 寡黙な書記(金城 沖)との出会い――屋上。


 愛夢は絶望していた。

 誰もいない屋上でただ一人、夕日を見つめていた。


 ふぬけな生徒会長と副会長、そして期待を裏切った庶務。

 双子書記のS属性は、全然開発されていないので腹の足しにもならない。

 

 愛夢自身の欲望“ドM”が疼いておかしな方向にいきそうになったが、結果的には、最初の目論見通り、他の人間からみて愛夢はイケメンどもをはべらせている所謂“ビッチ”になっていた。

 

 しかし、おかしいのだ。

 他の生徒からの嫌がらせがない。

 ファンクラブの人たちも親切で、礼儀正しく、愛夢が彼らの側にいても、応援してくれるという始末。


 体育倉庫に閉じ込められるイベントは?

 机や教科書に落書き(卑猥な言葉を希望)されたり、上靴を隠されたり、汚されたりは?

 不良グループに囲まれての、エロゲームやエロ漫画のエロ調教の展開は?

 どこかに売っているの? 

 買い逃したの?


 ない。

 全くといっていい程ないのだ。

 流石、全年齢対象の教育委員会太鼓判な事だけある。

 定番の乙女ゲームが舞台で、善人しかいない学園。

 よくある逆ハーレムを目指している転生ヒロインとしても、イージーモードすぎる。



 ――狂っている。



 ここは、監獄か。

 はたまた、地獄か。


 何百人かという年頃の男女が集まる閉鎖的な空間。家柄や育ちがいいだけで、嫉妬や恨み、一般ピープルな生徒を見下す視線がないなど!!! いくら低年齢でもプレイ出来た乙女ゲームの世界でも、ここは現実。足底から違和感を感じる。

  


 ――誰からも愛される“ヒロイン”

 


「気持ち悪い……」

「……だ、大丈夫?」


 後ろから、かけられた声に、愛夢は振り向く。

 そこには、あまり言葉を発しない……同級生の書記が立っていた。


「………くせに」

「……え?」

「大丈夫なんて、本当は思ってないくせに」

「!!」



 それは愛夢の心からの希望。

 愛夢としては、いきなり背中を蹴り上げられ、フェンスに顔面を押し付けられながら「お前の辛気臭い顔が、これで少しは見られるようになった」と唾をはいて欲しかった。

 決して、「大丈夫?」なんて優しい言葉など欲しくないのだ。


 動揺したのは書記だった。

 眼が隠れるくらいの長い前髪。染めていない髪。そして、少しオドオドした態度。


(もう、彼は“ヤンデレ”でよくない?) 


 愛夢は、彼の頭から足先まで見て八つ当たり気味に思う。


 どうして、彼はヤンデレじゃないんだ!

 せめて彼がヤンデレだったら、私は! 私は!!!


 ……いや、まて?


 もしかして、彼はまだ“覚醒”をしていないだけかもしれない。彼の心のそこには“ヤンデレ”なる才能が隠されているのかもしれない。

 愛夢としては、“病んでデレる”よりも“ヤンヤンヤンデレ”(病んで病んで、もういっちょ病んでからの! ちょいデレ!)が希望である。



「金城君は、心の内をみせないね」

「え?」

「あまりしゃべらないけど、本当は――何を考えているの?」

「……」

「外に吐き出した方がいいよ。疲れない? 私でよかったらさ、全部ぶつけていいんだよ?」



 [病んで! 病んで! 病んで! ははいのはいで、病・ん・で! 心の病を全部ぶつけて!

 監禁・束縛・鎖に首輪。 なんでもO・k!! 死なない程度に、打ちのめしてネ☆ ヤンデレ最高! ほほいのほい!]



 愛夢の頭の中で広がる“病んで!合唱曲”(作詞作曲 愛☆夢(ラブドリーム))という呪いの歌が! 魂の叫びが書記に届く事を祈る。


 願いを込めて、フワリと笑った後、彼に背を向け、屋上を去った。





 愛夢が、一人で居る時、気が付いたら彼が隣にいる事が増えた。

 最初は何も話さない彼だったが、少しずつ世間話を始めた。

 そうして、彼は、愛夢の前だけ前髪に隠された瞳をさらし、真っ直ぐな瞳で愛夢を見つめてこう言った。



「君との時間は、落ち着くんだ」


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