第一話 彼を解放してあげて……下さい
筆者が書く「乙女ゲーム」のヒロインはこうなるという典型的で残念な作品。
「貴方の婚約者の彼……。ごめんなさい。私も彼が好きで、彼も私を想っていてくれて、だからお願い。彼を解放してあげて……下さい」
ストロベリーブロンドの髪が、頭を下げると同時に、さらりと流れる。
小柄な彼女の肩は小刻みに震えていた。
その様子をじっとみていたのは、腰までのストレートヘアに濡れ鴉の艶やかな黒髪を持つ少女。
少し釣り目の少女は、化粧をしなくとも本来持つ紅い唇の口角をそっと上げた。
△▼△
さてさて。
この世界は、乙女ゲームの世界だ。
超セレブな学園に、2年の初めに転校してきた庶民の女の子と学園でもイケメンで有名な生徒会関連メンバーとの恋物語。
冒頭で頭を下げたストロベリーブロンドの少女の名は、日高 愛夢。
天然で一生懸命で人の痛みに敏感でそして自分の恋時には鈍感という、容姿共々、絵にかいたようなヒロイン。
その愛夢が頭を下げた黒髪の少女は、いわばライバル。そして、物語のエッセンス。いわゆる悪役。
白鳥沢 櫻子と名前からして、良家の娘という事がわかる。
ゲームの世界の櫻子は、許嫁の心を奪ったヒロインの愛夢を恨み、取り巻きを使って嫌がらせを繰り返す役柄……のはず。
なのに、悪役らしい事を何もしない櫻子に痺れを切らした愛夢は、ある日の放課後。匿名のメールで櫻子を呼び出した。
それが、冒頭のセリフ。
そして、手には鋭利なカッターナイフ。
自らの教科書や体操服を刻みながら「これは、貴方がした事になるの。そういうイベントだったでしょ?」と。
黒い笑みを浮かべた。
そこへ、バタバタと足音が聞こえた。
集まったのは、愛夢の逆ハーレムメンバーの面々。
彼らが教室にはいってくるほんの数秒前、カッターナイフを櫻子の方に滑らせる。そして、両手で自分の身体を抱きしめ、震えながらも涙を浮かべて、準備に備えた。
――ガラッ
誰かが扉を開けた瞬間。
愛夢の頬に一筋の涙が流れる。
「ひ、酷い。どうして? どうしてこんな事をするの? 白鳥沢さん!!」
自分で切り刻んだ教科書と体操服を抱きしめ、そのまましゃがみこんだ。
「愛夢! どうした? 櫻子、お前!」
「愛夢さん。大丈夫ですか?」
「おい、愛夢! 何があった!」
「「愛夢先輩!? どうして泣いているの? この女が何かしたの?」」
「………」
上から、俺様生徒会長・腹黒副会長・チャライ庶務・双子の会計・寡黙な書記が口ぐちに愛夢を心配する。
「み、みんなぁー」
愛夢の大きな瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちていった。
――愛夢は待っていた。この瞬間を待っていた。
これで
これで
私の、計画が!!
6人のイケメン生徒会メンバーに睨まれているにも関わらず、冷静な態度を崩さない櫻子。
彼女が、彼らから背を向け向かったのはロッカーだった。
シーンと痛いくらいに、静まり返った教室で、ガチャガチャと櫻子がロッカーを開ける音だけが響く。
そして、櫻子が取り出したのは、小さなノートパソコンだった。
「ここに、証拠があります。私の言っている意味。わかりますよね? 日高さん?」
櫻子の白くて長い綺麗な手が無機質なノートパソコンにふれ、怪しく愛夢の方に笑んだ。
「!!!!」
「ノートパソコン?」
「それがどうしたというのですか?」
櫻子は胸ポケットからスマートフォンを取り出し、ノートパソコンと繋げた。
「この方が、皆さんも一緒に観られるでしょ?」
とたん、先程とは比べ物にならないくらい震えだす愛夢に、生徒会長が優しく肩を抱いた。
そして、流れた映像は
――愛夢の夢をすべて打ち砕くものだった。