残酷な命の物語。
直接的ではないものの、動物を食べる描写が出て来ます。
苦手な方はご注意ください。
「……猫」
「……猫だ」
「……猫よね」
「……猫だよね」
「猫でしょ」
「猫みたい」
「猫だって」
「猫だから」
「猫が――――「っていつまで続けんだよ!」
4つ並んでいた頭が、1つだけとびぬけた。
場所は国道沿いの川の橋の下。僕らは、目の前にいる猫をしゃがみ込んで見つめていた。
厳密に言うと、ダンボールの中にいる、猫だけれども。
そしてさっき立ちあがったのは、僕の友達のシュウこと、周介。
「シュウ! 猫が怯えちゃうじゃん。だよねー? 猫ちゃん」
猫に猫なで声なのは、ヒユこと、陽柚子。
「かわいいわ……」
猫を撫でようとするけど、怖いのか右手が猫の頭上を彷徨っているナゴこと和。
「こいつ、捨てられてんだよな」
そして僕はケイ。またの名を、圭一郎という。
これは残酷な命の物語。
小学校最後の夏休みに起きた、始まりの物語。
「捨てられたなんて……こんなかわいいのに」
「いや。捨てた本人からすればお荷物だったんじゃないかな。だからかわいさなんて、その人には関係ないよ」
後頭部に大きな衝撃。右を見ると怒った表情のヒユ。
「ケイ……。本当にアンタって残酷なこと言うわよね」
「ああ、そうそう。俺も小1くらいの時さ、ケイに向かって「風船は宇宙まで飛んで、宇宙人に会いに行くのかな」つったの。そしたらケイが
『風船が宇宙まで行くわけないだろ。その前にしぼんで落ちるよ』
って……。あれは酷かったな」
「酷かったのはシュウの頭」
「なんだと、てめえ!」
「はいはいはい! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? ……って、ナゴ泣かないで!!」
見ると、ナゴは目を真っ赤にして瞼をパチパチさせている。
「……泣いてないわ。目に入った汚れを流してるだけ。私猫アレルギーだから」
なるほど。だからさっき触れようか迷ってたのか。
「で、どうするよ。この猫」
ヒユが呟くと、みんな黙った。蝉の鳴き声に、ナゴの洟を啜る音が混ざる。
「……一応、聞いてみるけど。飼える奴はいるのか?」
シュウの言葉に返す者はいない。
「じゃあ、理由を言ってみようぜ。俺は、犬が2匹いるから場所の確保も経済的にも無理」
「この通り猫アレルギーよ。ついでに、お母さんも弟もアレルギー」
「あたしン家は、ペット禁止のマンションだから……」
「えっと、僕は……」
飼うのは絶対に無理だ。許されるはずがない。ううん、飼ってもらえたとしても。
「父さん、動物が苦手……だから」
猫が危ないから。
僕がもっと小さい頃。
まだ母さんが生きてた頃。
母さんと一緒に夏祭りに行って、金魚すくいをした。
そういう所の金魚は弱いからすぐに死んじゃうって母さんは僕を止めたけど、初めてだからやりたいってわがままを言ったら、じゃあ一回だけねって許してくれた。
取れた3匹の金魚を連れて家に帰ると、母さんは金魚鉢の代わりにと、普段食用に使う鍋を持ってきた。母さんは「父さんが帰ってくる前に金魚鉢を買ってきましょう」って行って、僕らは出かけた。一時間くらいして近くのホームセンターから帰ると、父は帰って来ていた。
リビングのテーブルに置いておいた、金魚の入った鍋は、なくなっていた。
僕が鍋の場所を尋ねると、父さんは台所を指した。心臓をドクドクと言わせながら台所へ向かうと、鍋の中には油が入っていた。そして、赤い金魚の尻尾が、小さな目玉が、浮いていた。
「ぇっ……?」
リビングで言い争う声が聞こえた。
「食べたって……あなた、金魚を!?」
「ああ。思ったよりも悪くはなかった。もう一度食べたいとは思わなかったけどな」
「そんな……生き物なのよ!? ケイが楽しそうに取っていたのに……」
「どうせ屋台の金魚なんてすぐに死ぬ。それよりも私に味わってもらったほうが、やつらも幸せだろう」
「やっぱり間違ってるわよ……あなたの食に対しての愛と好奇心は!!」
声が遠くなって、手から金魚鉢の入ったビニール袋がすり落ちた。
そうして役目を失った金魚鉢は、今も倉庫に眠ったままだ。
「じゃあ、どうするか……友達に聞いてみるとか」
「骨が折れる作業だし、子供だけだと判断しにくいわ」
「ペットショップに連れてってみるのは?」
「この子は結構大きいし、雑種みたいだから……。預かるだけならしてくれなくもなさそうだけど、まあ最終手段にしましょう」
「学校、とかどうかな。去年の春、子猫の里親探してたし」
僕が言うと、みんな一斉にこちらを見た。
「いいアイディアじゃねえか、ケイ! お前も、たまにはまともなこと言うんだな!」
「そんなこと言ってるユウよりは、ケイの方がいつも役に立ってると思うけど?」
「んな、ナゴまで……」
「あ、でも駄目だ」
ヒユの一言で周りの温度が一気に下がった。
「夏休みだから」
さらに温度が下がった。夏だというのに、ゾクゾクするほど寒く感じる。
「本当だ……。先生ぐらいしかいねぇな」
「盲点だったわ」
「いいとこまで行ったのに……。あたしたちじゃどうにかするなんて、無理だよ……」
その言葉に反論する人はいなかった。
そして、午後6時を告げる【夕焼け小焼け】が町中に鳴り響いた。
「もう……解散ね」
「今からペットショップには行けないし……。また明日、見に来よう?」
「それで僕らは明日、どうするの」
普通に言ったつもりなのに、やっぱりヒユには厭味に聞こえたみたいだ。
「わかんないから、来るんじゃん」
「二人とも、落ちつけって……。とりあえず今日はもう帰ろうぜ。今からここを通りかかる人が拾ってくれるかもしれないしな」
「じゃあ、目立つ所に移動して帰りましょうか。車の邪魔にならず、人の目につく場所に」
「ただいま」
そう言っても返してくれる人はいない。僕は一人っ子だし、母さんも死んだ。
僕はいつも通り冷蔵庫の野菜室からレタスとトマトとキュウリを取り出し、適当に切って適当に盛り付け、ニュースを見ながら食べた。キャベツとピーマンとニンジンを炒めることもあるけど、今日は味付けのもとがないからサラダだけ。
これが、僕の食生活。
朝起きて階段を降りると、父さんが会社へ行く支度をしているところだった。顔を見ない日がここ最近多かったので、油断していた。
「おはよう」
食器を片づける父さんの横をすり抜け、ぼそっと呟く。
「……おはようございます」
ああ、透明人間になりたいなぁ。
「圭一郎。夏休みだからこそ、手を抜かず、しっかり勉強するんだ」
「……」
水を勢いよく出す。聞こえないふり。
「小学生と言えど、遊んでばかりではいけないんだ」
顔を洗う。答えられないふり。
「いってくる」
そうだ、さっさと遠くに行ってしまえばいい。
……母さんは、早く帰ってくればいいのに。
叶わない願いを、水と一緒に排水溝へ流した。
外へ出ると、僕の家の塀にもたれかかるようにして折り畳んだダンボールがあった。
そして向かいの空き地にあるゴミ捨て場には山のように家庭用ごみ袋が置いてあった。
「……そうか、今日はゴミと廃品回収の日か」
約束の時間に遅れないために、僕は靴の潰れたかかとを直すと走って国道沿いの川に向かった。
「え、いなかった……?」
「そう、誰かがもう拾ってくれたみてぇなんだ!」
「これで一安心だよね!」
「もうあの猫を見られないのは残念だけど……。あの子が無事生きてくれるなら」
「……そうだね、よかった」
ほっとした。心の底から。
「じゃあ、今日は何して遊ぼうか!」
だけど、何か引っかかる。
「暑いから誰かの家に行きたいわ。ちなみに私の所は無理よ」
猫が、気になる。
「えー? あたしも、親戚来てるから駄目」
本当に、生きてるのか。
「ケイの家はゲームとか無いからそうだな……って、俺の家しかないだろ!!」
もしかして、もうとっくに誰かの胃袋の中、なんて――――
考えすぎだ。猫は幸せに暮らしてる。善人に拾われて、きっと……。
「おい、ケイ! 俺ン家行くぞ!」
「あっ……うん!」
猫のことは忘れよう。
僕は、僕らの青春を謳歌すればいい。残りわずかな時間を、考えることに使わないで、楽しめばいいんだ。
それに。
人間が金魚や猫や犬とか、そんな奇妙な物を食べるはずがないんだ。
ましてや、“人間の肉”なんて。
これは残酷な命の物語――――の、序章に過ぎない物語。
序章と書いてありますが、続きはまだ準備できていませんし、続かない可能性もあります。
↑相変わらず無責任な…。