表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ノッキング・オン・スロープドアSS ~スクエア・ミステリ・ダンスソング~

作者: 沖 鴉者

ストリートキングダムの予定だった第二弾が何故かエセ探偵に取られました。


あれ~?


今回も軽いノリと勢いだけで書き上げました。

一応二部構成(ちょっと後半の見せ方に悩んでるとか秘密です)にしました。


叙述トリック……のつもりです。

 直線を引いて下さい。

 定規を使って頂いても構いません。

 書けたなら、今度は90℃展開し、また直線を引いて下さい。

 それが終わったならまた90℃展開し、それも終わったらまた90℃展開して……

 恐らく、多くの方の前に四角が描き出された筈です。

 縦と横の織りなす四辺の空間には、今はまだ何もない事でしょう――

 

「ちょっと駆色!アンタ私の羊羹食べたでしょ!」


 いつから日本の四季は残暑という概念を誤認し出したのでしょうか。

 もう九月も半ばだと言うのに、暑さは一向に引く気配を見せません。

 私の様な毛足の者には大変厳しいです。


「あぁ!?……んだオメェかレンコン。朝からデケェ声出すなようるせぇな。眠ぃんだから静かにしてろ」

「眠いってアンタもう昼の一時よ!いい加減起きなさいバカ!」


 加えてここは元ガソリンスタンド事務所上の安いプレハブ小屋。

 風通しこそいいものの、熱が溜まり易いのです。


「ほら、シェーンも起きる。……あとなんかこの部屋臭いから窓開けるよ」


 ……え?私も?

 ああ、皆さん初めまして。

 私シェーンと申します。

 市役所への届け出名的に言えば白田シェーンです。

 2歳です。犬です。

 ゴールデンレトリバーの♀をやってます。

 そして私と一緒にソファーにいる、不機嫌そうに毛布を抱えて寝返りを打ったロン毛が白田駆色。私の上司にして主人です。


「全く、飼い主に似ちゃ駄目よ…このぉー」


 両耳を摘まれてグォシグォシと乱暴に撫でるこの子は堀越恋子。

 先月位から頻繁に顔を出すようになったお向かいの八百屋さん家の娘だ。

 ああ、また忘れちゃった。

 ようこそ皆さん、白田駆色探偵事務所へ。

 私シェーンは探偵助手をしています。

 え?「犬に探偵助手が出来るのか?」って?

 失礼な!畜生差別甚だしい!

 私は立派な助手です!

 断じて恋子には遅れを取っておりません!


「あれ?何で牛乳減ってんの?……まーいーや。はいシェーン、冷たい牛乳だよー」


 わああああ☆牛乳だああああ☆

 金属製の小型ボールに並々と注がれた完全栄養食品に、私の心は一瞬で籠絡されました。

 うう、恋子、そして牛乳、恐ろしい子。


「…………」

「あら駆色、起きたの?」

「オメェがウルセェからだよ」

「あら失礼。……で?羊羹食べたの?」

「……その前にコーヒーだ」

「……分かった。答えたらあげる」

「何だそりゃ、知るかよオメェの羊羹なんか」

「アンタじゃなきゃ誰だって言うのよ」

「だから知らねぇっつの…っつぅかオメェ人ん家の冷蔵庫勝手に使うなよ」

「しょーがないじゃない、家に置いとくと勝手に母さんが食べちゃうんだもん」

「あぁまぁ、あの母ちゃんなら食いそぉだなぁ」

「でしょ?だから対策として「何せ美少女怪盗様だもんなぁ」…何ブツブツ言ってんの?」

「いや何でもねぇ……でも結局なくなっちまってんだから一緒だろ」


 どうですか皆さん!

 人間の恋子が聞き逃した駆色のボヤキさえ、私の優秀な耳に掛かればこの通りです!

 冷たい牛乳に舌鼓を打つ自由位の価値はあるでしょう?


「よーし分かった」

「……何だよ、中指と人差し指立てて俺に何しよぉってんだよ」

「吐け」

「はぁ?」

「今ここで胃の内容物を全部吐瀉しろ」

「っざけんな!誰がそんなぁ…あごご……」

「さー吐け吐け!」

「あごぉ………ざけんな!食ってねぇって言ってんだろ!この根菜!!!!」


 あわわわ、私が止めないばかりにこんな事に……。

 喧嘩はいけません。

 慌てて二人の間に尻尾を立てて割り込みます。

 でも何でだろう?

 争いを止めた二人が私をジッと見て来ます。


「……イヤイヤイヤイヤ、犬が羊羹食べる訳ないじゃない。いー加減白状しなさいよ!」

「だから知らねぇってっつの!」


 え?何?私一瞬容疑者になってたの?


「じゃー誰が食べたのよ?」

「知らねぇよ!」

「うーん……おっかしーなー」

「オメェの母ちゃんじゃねぇのか?」

「……ちょっと待って、母さんここ来るの?」

「あぁ、たまにな。シェーンの牛乳置いてってくれたりすんだよ」

「……それだけ?」

「あぁ?」

「本当にそれだけ?他になんか隠してたりしない?」

「な…何も隠してねぇよ……」

「………怪しい……」

「ま、まぁそんな訳で、オメェの母ちゃんが食ったんじゃねぇのか?」

「ふーん…じゃーちょっと訊いて来るわ」

「へ?何言ってんの?」

「母さんに訊くのよ、どんな手を使ってもね」


 恋子のお母様、堀越千恵美さんはお向かいの八百屋さんの女主人さんです。

 五十歳とは思えない程スタイルが良く、顔つきも恋子ソックリの美人系です。

 恋子曰く、親子で出掛けると十中八九姉妹に間違えられるそうで、言い寄って来る不埒な輩も後を絶ちません。

 “掴み所のない飄々とした言動が美の秘訣”と言うのが御本人の弁ですが、確かにあのキャラクターならストレスは少なくて済みそうです。

 そんな千恵美さんの裏の顔も、それはそれは自由奔放なもので――恋子には黙っているように言われていますが――以前当探偵事務所は随分振り回された事があります。

 まあ当の所長は「男の振り回し方が上手いのはいぃ女の証拠だ」とちっとも気にしていないのが個犬的には不満です。

 ですが、だからと言って千恵美さんが他の男に現を抜かす事はありません。

 千恵美さんが語る美の秘訣その二が“旦那様LOVEの超良妻でいる事”だからです。


「まーだからクイッチャンではよく遊ばせて貰ってるのよ♪遊ぶのにもってこいな男だからね!あははは!」


 呵々として笑うビックリ熟女を前に、私達は苦笑するばかりです。

 恋子を引き留めようとした駆色の努力も虚しく、私達は恋子の家。

 もとい、事務所向かいの堀越青果店を訪ねていました。

 大手スーパーに押されて次々と個人商店が店を畳んで行く中、学校給食への卸しや訪問販売に活路を見出した青果店は、今日も少ない客足でも余裕の店構えです。


「母娘揃っていぃ性格してんなぁ堀越家」

「んふふ♪クイッチャンは隙だらけだからからかい易くって好きよー♪……で?恋子、アンタそんな事訊く為にわざわざ来たの?」

「え?あ、いや、そーじゃないよ。母さん、私の羊羹食べた?」

「羊羹?食べてないよ、最近は」

「家じゃなく駆色の所に置いといたのは?」

「あら、恋子いよいよ同棲の準備でも始めちゃった?」

「違うわよ!」

「クイッチャンみたいなタイプは気を付けないと寝取られるわよー割烹料亭の娘とかに♪」

「だからちが!……え?割烹料亭?」

「おぃ千恵美さん、余計ぇな事言ぅなよ」

「ちょっと駆色、それどーゆー意味?」

「……トラウマだから勘弁……」

「ふふー♪まークイッチャンにも色々あんのよ♪」


 煮え切らない表情の恋子は駆色から目を離しません。

 でも、駆色の顔色が尋常ではない為、恋子も追及し損ねている様です。

 私自身余り思い出したくありません。

 あの悍ましい女の事は…もう…。


「で?アンタ達これからどーすんの?羊羹探しするの?」


 若干気まずい雰囲気になった私達に、千恵美さんが換気の一言を挟んで下さいました。

 やはりデキる女は違いますね。


「俺は寝たい」


 間髪入れずにそう答えたのは、私のご主人でした。

 ついさっきまでの表情が嘘の様に、キリッとしたいい表情で言えるのだから大したものです。

 勿論、悪い意味で、ですが。


「ふーん。じゃー羊羹勝って来て貰おーかな」

「何でそぉなんだよ。どぉせオメェの勘違いか何かだろ?俺が金出す義理はねぇ」

「絶対あの冷蔵庫に入れたもん!絶対あそこにある筈だもん!」

「……っ……千恵美さん、コイツ羊羹絡むと毎回こんな感じなん?」

「そーなのよー、どーしてこんな風に育っちゃったんだろ?」

「母さんが昔から私の羊羹食べるからです!」

「だってクイッチャン」

「だってじゃねぇよ。親子喧嘩なら余所でやれ」

「とにかく!私の羊羹返して!」

「うぜぇ女だな……分ぁったよ、ちょい探してみっか」

「ごめんねークイッチャン。私への貸しでいいからちょっと協力してあげて」

「ほぉ、そんなら話は別だな、張り切ってレンコンの羊羹探してみっか」

「アンタ人の母親に何させる気よ」


 そんな訳で、早速事務所に戻って捜索開始です。

 千恵美さんに挨拶し、私達は県道を横断して事務所に向かいます。

 すっかりヤル気になった駆色は事情を聴き出しました。


「ところで羊羹ってのは何羊羹なんだ?水羊羹か?栗羊羹か?」

「塩羊羹よ。いつも塩しか食べないの」

「……渋いな」

「誰がお婆ちゃん趣味だ」

「言ってねぇし………ってちょっと待てよ…塩羊羹?」

「そう。塩羊羹」

「…………成程な」


 ある匂いに集中したいが為に駆色達を見ていなかった私はそこで初めて二人を追い抜いていた事に気付きます。

 どうしたんだろう?と振り返ると……。


「レンコン、オメェさっき部屋が臭いって言ってたよな?」

「え?……あ、うん。起こしに行った時にね」


 どういう訳だか、駆色が私を凝視しています。


「でもって牛乳が減ってたんだよなぁ?」

「うん、そうだけど………え?まさか……」

「多分そのまさかが当たりだ」

「じゃー私の羊羹は……」

「どこにあんだ?……シェーン」


 え?私、ですか?

 ところで皆さん、私犬ですのでよく分からないんですが。

 羊羹って何ですか?






 直線を引いて下さい。

 定規を使って頂いても構いません。

 書けたなら、今度は90℃展開し、また直線を引いて下さい。

 それが終わったならまた90℃展開し、それも終わったらまた90℃展開して……

 恐らく、多くの方の前に四角が描き出された筈です。

 縦と横の織りなす四辺の空間には、今はまだ何もない事でしょう。

 私もそうです。

 今、私の前に置かれたカレンダーの裏には、何もありません。

 駆色が金属ボールの代わりに置いたそれは、放心した私の様に真っ白です。

 影も形も種も仕掛けもないまっさらな面を呆然と見下ろす私に、駆色が溜息混じりに言い放ちます。

「取り敢えず、お前今日飯抜きな。当然だろ?お前のお蔭で俺は塩羊羹一本分支出したんだ」

 はい、そうです。恋子の羊羹を消したのは私です。

 ただ、信じて頂きたい事が一つだけあります。

 私に悪気はありませんでした。

 これは本当です。


 本日未明の事でした。


 時期外れの熱帯夜に唸らされて、私は目を覚ましました。

 辺りは真っ暗で何も見えません。

 元々犬は視力がよくなく、夜目も効かないので、これは仕方のない事です。

 即座に私は受容器官を切り替えます。

 我々犬属のアイデンティティ、嗅覚。

 人間のおよそ数千から数万倍とも言われるそれは、立体的な拡がりを暗闇に与えました。

 主は帰宅している様ですが、えらく酒臭いので無視します。

 

 ところで、皆さんは人間にあって我々犬にはないものを、幾つご存知ですか?

 手や優秀な頭脳はすぐ挙がる事でしょう。

 肩甲骨を挙げた方は中々マニアックな知識をお持ちだと思います。

 ですが、意外とみなさんご存知ないのが。


 我々犬に発汗作用が殆ど無いという事実です。


 私達は殆ど汗をかけません。

 必死に舌を出しているのはその為です。

 人間には備わっている発汗放熱が出来ない私達には、これしかないのです。

 勿論、この冷却法にはきっちり欠点もありまして。

 えらく喉が渇くのです。

 とても渇くのです。

 大事なので複数回言わせて頂きました。

 ついでなのでもう一回言います。

 渇くのです。

 では水を……と思うのですが、生憎我が甲斐性なしの主人様は水を用意しておいてくれたりはしません。

 さて、困りました。

 どうしましょう。

 給水手段に困った私の耳に、暗闇の中からブ――――ンと低い音が這って来ました。

 その正体を、私は知っています。


 冷蔵庫。


 人間様が作り出した不思議な箱です。

 あの中には、冷え冷えのミルクが☆

 そう考えが至った時、私の中に一つの決意が芽生えます。

 やらなければならない。

 冷蔵庫を開け、ミルクを飲んでやらなければ。

 ニッパーやクドリャフカには負けていられません。

 私も偉大なる犬属史に偉大なる肉球跡を刻むのです!

 私は勇んで冷蔵庫の前にお座りします。

 では、早速実行と参りましょう。

 奇怪なこの箱をどう開くかは、私もよく知っています。

 伊達にここで助手を名乗ってはいないのです。

 問題は“どうやって開けるか”ですが、私は世に名だたる大型犬、ゴールデンレトリバー。

 力勝負なら人間さんにだって負けない自信がありました。

 臭いを手掛かりに、私は暗闇に向かって前足を投げ出し、取手に掛けます。

 普段駆色に後ろ足での二足歩行を鍛えられているせいか、それはアッサリ開きました。

 冷気が毛先を撫で、ボンヤリと明るい庫内からは様々な臭いが漂って来ます。

 ああ素晴らしきかな、冷蔵庫。

 冷・蔵・庫❤

 おっといけません。

 私の本懐はミルクにあるのでした。

 勿論、どんなパッケージに入っているかは既に知っています。

 ふふふ、これでミルクは袋の鼠。

 さあミルクよ、覚悟なさい!

 

 ……あれ?

 な、何かいっぱいあります。

 これは予想していませんでした。

 むしろ聞いていませんでした。

 何で三本も入っているのでしょう?

 え?どれを飲めばいいですか?

 これが前かな?

 それともこっち?

 いや、こっちも怪しい……

 ええ、何々、どれがどうなっているの?

 ………………ええい!南無三!

 目の前の棚に載った一本に集中し、噛んで引き摺り下ろします。

 ふふふ、どうですか、この見事な手際!

 しかし、ここで満足している様では並の犬。

 名犬の称号を得るにはここからが重要なのです!

 冷蔵庫はタダで動いている訳ではありません。

 お金が掛かる電気と言うもの(よく知りませんが)で動いています。

 そして冷蔵庫の扉は開けっぱなしにしていると電気をいっぱい食うのです。

 そこを理解していない駄犬が多いから困ります。

 まあ、私の知識は全て駆色の受け売りですけど。

 頭で扉を押し、身体の側面をぶつけて密封完了。

 パフォーマンスが完璧に行えた事に満足した私は、その成果たる勝利の美ミルクを舐めるべく引き摺り下ろした物を確認し………あれ?何だろうこれ?

 ミルクの匂いと共に、何やら不思議な臭いの物があります。

 冷蔵庫独特の臭いに包まれたそれは、顎で挟んだ感覚で四角い物だと分かりました。

 ただ、何と言うか……この四角い物体を、私は口にしてはいけない気がします。

 確信がある訳ではありません。

 ですが、私の中の何かが、明確にこの何かを拒否するのです。

 まあいいです。

 一旦この四角いのは放置して、今は ミ ル ク ☆

 さあスーパーピチャピチャタイムの始まりです。

 紙パックに牙を突き立て、僅かに穴を空けます。

 計算通り!ミルクが零れて来ました。

 う~んこの味……至高です☆

 と、舌に沁みゆくまろやかな甘みに軽く昇天しかかっていたのも束の間。

 突然、私を仰天させる音が聞こえました。

「………もれる」

 ギシリと木の床を踏み鳴らし、酒臭い所長が立ったのです。

 先の見えない常夜の中、足音はふら付きながらトイレに向かいます。

 私としては気付かれません様に!と願うばかりです。

 ボンヤリと、トイレの明かりがつきました。

 恐らく片足を上げるタイプ(犬基準で失礼します)の用足しでしょうから、余り時間はありませんが、これはチャンスです。

 ミルクを存分に楽しむ為に紙パックを移動させます。

 ジョボジョボと生々しい音が響く中、私は先の噛み跡に歯を引っ掛けて玄関を開けに掛かります。

 駆色が私でも開けられる様にとドアノブを変えていたのは幸運です。

 アッサリ押し開けられたドアを潜り、コロコロと秋虫の喧しいコンクリの屋上に躍り出す。

 あ、あの四角いのも忘れちゃ駄目でした。

 急いで尻尾を返します。

 未だにジョボジョボやってるのかと思ったら、オエエェェに変わっていたので時間はまだありそうです。

 急いで四角いのを運び出します。

 床に垂れたミルクの匂いが消えていませんでしたが、今は構っていられません。

 急いで身体をぶつけて扉を閉めます。

 間一髪、ならぬ間一毛。

 水洗の音と扉の閉まる音は、ほぼ同時に響き渡りました。

 駆色のフラフラした足取りを背中に聞きながら、そっと私は胸を舐め下ろします。

 危ない所でした。

 駆色は変な所でがめついので見つかったら大変です。

 暫く耳を澄ませてみましたが、一定のリズムで呼吸しているので、どうやらまた寝た様でした。

 さて、このミルクと四角いの、どうしましょう。

 ミルクは頑張って飲むにしても、四角いのは牙が立ちません。

 目下最大の難敵はこの四角いのでしょう。

 しかしながら、正直に言って夜は余り出歩きたくありません。

 森や山がそうである様に、この街のパワーバランスも昼夜で異なります。

 夜は狂暴な猫共の世界。

 目の効かない私達犬にとって、体格的有利を計算しても敵わない相手です。

 生憎今日は雲が多く、月灯りが少ない。

 そんな中で、この辺りを仕切っている“雉ドラのビク”なんかの要注意野良猫に出くわしたら最悪です。

 ビクはこの街で一番強い野良猫。

 大小問わず様々な犬がやられたと聞きます。

 出来れば遠出せずに事を済ませたい所です。

「おい…」

 うーん迷ってしまいます。

「聞こえないのか?おーい」

 勢いでここまで来てしまいましたが、いざ隠すとなると大変です。

「何だよ、犬は夜になると耳も駄目になるのか?」

 あーもう。

 ニャーニャーニャーニャー。

「うるさいわねカラシ。ワサビがいないからって随分調子いいじゃない。考え事してるんだから黙っててくれる?それとも何?頭から噛み千切られたいのかしら?」

 唸る事で答えながら私は声の方を見ました。

 無機質な屋上にツキを背負い、チシャ猫よろしく意地の悪い表情で寝そべるヤツを。

 我が事務所のご近所、出崎理髪店の飼い猫。

 “双子猫”の兄、カラシです。

 慎重派の妹ワサビと違い、危ない橋を好む彼は、ビクにも目を付けられている別の意味で危険な猫の一匹でした。

 まあワサビが慎重なのはカラシの所為ともっぱらの噂ですが。

「おーおー怖い怖い。でもシェーンがそんなに困ってるんだ。俺としては手助けの一つもしたいのさ」

「どういうつもり?」

 牙を剥いたままの私の問い掛けに、ゴロゴロと喉を鳴らしながらカラシが答えました。

「何、お前みたいなイイ雌には恩を売っておきたいんだよ」

「今更犬と猫で交配したってサーベルタイガーは生まれないわよ」

 そもそもこいつに背中を取らせる気もありませんが。

「そんなんじゃない。ただちょっと頼みたい事があるだけだ」

 目を細めて真面目な表情になったカラシに真摯さを覚え、私は牙を隠しました。

「珍しい事もあるのね。あんたが私に頼み事をするなんて……聞くだけなら聞いてあげるわよ」

 フワリと一回尻尾を上下させ、カラシは口を開きました。

「この街を離れる事にしたんだ。だからワサビの面倒を見てやって欲しい」

「ちょ!それって……」

「ああ、ビクがいよいよ本気で潰しに来た」

「大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないから出て行くんだ」

「でも、今までだって野良の連中はビク側だったじゃない」

「“時報塔のカラス”が寝返ったんだよ」

「嘘でしょ!あの性悪雌が?」

「残念だけど本当だ。アンコと子供達が襲われた」

 “時報塔のカラス”とは文字通り夕焼け放送をする電柱に巣食う雌のカラスの事で、普段は中立的な立場(装飾品と称して私達の体毛を勝手に啄んで行きますが)を取っている者です。

 そんなカラスが、カラシの交配相手であるアンコとその子を襲うとは…どうやら事態は深刻な様です。

「ついさっきビクの弟のウキとかいう野郎が俺の所に来てな、出て行かなければ子供達をカラスの餌にするとか抜かしやがった」

「……そう」

 人間が常々言っている様に、我々の社会は弱肉強食です。

 ただ、微妙に野生と違うのは、我々の社会が天辺に人間を置いているからに他なりません。

 やり過ぎれば飼い主からの復讐や保健所の制裁が待っています。

「そういう事情ならその頼み、聞いてあげるわ。ワサビの面倒は私が見てあげる」

「ああ、宜しく頼む。それと………ありがとな」

「え?」

「俺達“双子”からすればシェーンは母であり姉であり友達だった。個人的には喧嘩相手でもあったけど。何て言うか……最後に一言言っておきたかったんだよ。今までありがとうって」

「……そう」

「元気で」

「ええ、貴方こそ」

 私達の間にこれ以上の遣り取りはありませんでした。

 音もなく暗闇に溶けて行ったカラシは、もう臭いもありません。

 しかし困りました。

 ここまでビクが力を付けているとなると、今夜の私の行動は更に制限されます。

 恐らく下には、カラシの監視をしていたビクの部下が大勢残っている筈です。

 四角いのの処分はいよいよ困難になってしまいまし………おや?

 雲隠れしていた月が顔を出し、僅かに照らされて四角いのを見て、私は閃きました。

 この探偵事務所がある場所は、元ガソリンスタンド事務所の上。

 つまり事務所に増設をした形になっています。

 皆さんご存知とは思いますが、一般的にガソリンスタンドには雨除けがあり、その下に給油スペースがあるのです。

 これはショウボウホウ(音だけですよ、知ってるのは)によって決まっているそうです。

 私が目を付けたのは、その雨除けの天面。

 防錆効果で白くペンキ塗りされたスペースです。

 真っ白なこの四角い箱を隠すには持って来いではありませんか!!!!

 木を隠すには森と言う言葉もあります。

 ここならば絶対にばれません♪

 私は自然と揺れる尻尾に勝利を確信しました。




「しかし集るねぇ」

「蟻って凄いのねー。どーやって見付けるんだか」

 白い四角に、黒い線が出来ていました。

 蟻の行列です。

 羊羹が菓子だと知らなかった私も悪いのですが、それにしても一晩で群がり過ぎです。

 結局私の犯行は割れ、餌抜きです。

 ツイテないとしか言い様がありません。

 ソファーに座って仲良く蟻の行列に見入っている駆色と恋子を尻目に、私は一匹トボトボと外に出ます。

 あーお腹減った。

 馬ですら肥ゆる秋の空は、その言葉通りやっぱり高くて、何だか私の腹具合みたいでした。

 この季節にこの仕打ちは辛すぎます。

「……ん?」

 どこかで嗅ぎ慣れた匂いがして、私は鼻を利かせます。

 それはどこか懐かしくて、堪らなく大事で、恐ろしく気恥ずかしい匂い。

「あ……」

 臭いの先には、首だけの煮干しがありました。

 真っ白な目の乾燥魚は、何だか間が抜けて見えます。

「これが別れの挨拶……ね」

 自然とクゥーンと声帯が震えました。

 そうでした。

 いつだってカラシは頭を残して煮干しを食べていました。

 あいつとはきっともう会えないでしょうが、きっと元気でやっていく事でしょう。

 何せこの私に頭だけを寄越すのですから。

 じゃあまあ、取り敢えず。

 この煮干しは有り難く頂きましょうかね♪

やっと後編うpしましたので、宜しくお願いします。

スクエアな関係、分かりますかね?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ