迷える爺ちゃんは眠らない!
爺ちゃんは迷っていた。
ツンデレか幼馴染かを。
爺ちゃんは読んでしまった。俺の部屋にあったラノベを。そして思考の迷路へと突入してしまったのだ。
どちらがより魅力的かについて考えるために。そんな不毛なことのために。
曰くツンデレについては
「わしのような世代では気の強い女性はほんんどおらんくてなぁ。だがこうしてみると気の強い女性も悪くないのぉ……」
ゲスかった。とにかく表情がゲスかった。いままであんな爺ちゃんは見たことがなかった。
またある日は
「わしはな、結衣の気持ちに応えねばならんのじゃ。幼いころから人知れず思っていてくれていた、あの幼馴染につらい思いはさせられん!」
結衣の気持ちに応えるのは爺ちゃんじゃないよ! 幼馴染の耕輔だよ! そんな俺の必死の叫びも今の爺ちゃんには届かない。
◆◇◆◇
爺ちゃんは絶望していた。
耕輔が結衣をフッたのだ。
「どうしてじゃ耕輔! おまえになら結衣を任せられると思っていたのに! 今どきのラノベはなあなあにして終わらせることもざらではないか! 確かにわしは、はっきり物語を終わらせてくれたほうが好きじゃ。だが結衣にだけは悲しい思いはしてほしくはなかったのに……」
爺ちゃん、いつの間に今どきのラノベに精通するようになったんだ? 俺の部屋にも多少のラノベはあるけど、学生ということもあるし、それほど大量ではないはずなのに。
だがその後の爺ちゃんは
「よかったな、ツンデレちゃん。
耕輔はいいやつじゃ……。子猫が捨てられていたら拾い、金魚すくいではすべての金魚を救い、動物園に捕まっているトラは逃がす。そんな男じゃ。幸せになるのじゃぞ。」
爺ちゃんは結衣に肩入れしすぎて、ツンデレちゃんの名前を覚えていなかった。
◆◇◆◇
爺ちゃんは執筆していた。
自分が結衣を幸せにするのだと。
「男子のメインキャラが耕輔だけだからいけないのじゃ。龍之介という友達とくっつけてあげるのじゃ」
爺ちゃんは二次創作の手法を心得ていた。末恐ろしいことだ。
「最近は幼馴染が負ける傾向にあるからな。龍之介から見たら結衣は幼馴染でもなんでもない! これで安心じゃ!」
はたして、そういう問題なのだろうか?
◆◇◆◇
爺ちゃんは弱っていた。
病であった。
「う~む……若くはないが、そんなに年をとったつもりもなかったのじゃがな……。時が経つのは早いのぉ」
……………………。
「ところで、来期はめぼしいアニメが多いのぉ!」
……本当に爺ちゃんは病気なのだろうか?
◆◇◆◇
爺ちゃんは崇められていた。
神作家として。
「書いた二次創作の一つをネットに載せてみたらな、思いのほか好評での!」
人間、向き不向きはなかなかわからないものだ。まあ、僕としても不評よりは好評の方が気分がいいに決まっている。爺ちゃんもいい評価をもらったことで満足できたことだろう。
「それでの、オリジナルは書かないんですか?と聞かれたのでな、書いてみることにしたのじゃ!」
……まさか結衣への思いがこんな情熱を生む結果となるとは。
◆◇◆◇
爺ちゃんは目指していた。
東京ビックサイトを。
「いや、一緒に創作活動をしている仲間がの“一緒に出てみませんか?”と言ってくれての! 絵師さんにも手伝ってもらって漫画にするのじゃ。わしはコミケで結衣の幸せなENDを広めてみせるぞい!
……まあ、男としてはハーレムエンドも捨てがたいところなんじゃがな」
爺ちゃん、いつの間に仲間をつくっていたんだ……
あと、ハーレムエンドとか言うな。
「1冊99円じゃ!」
コミケではとても迷惑な値段になりそうだった。
◆◇◆◇
爺ちゃんは焦っていた。
販売物を仕上げるために。
「絵師さんやほかの仲間も頑張っているのじゃ。わしだけ手を抜くわけにはいかんよ。睡眠時間を削ってでも仕上げなければ」
コミケの時は、刻一刻と近づいてくる。爺ちゃんは眠れない日が続く。
「この表現はどちらがいいかのぅ?」
迷える爺ちゃんは眠らない。
「くう、若いときはこんな時間には眠くならなかったのじゃがなぁ」
いつもは9時に寝る爺ちゃんは10時までは眠らなかった。
◆◇◆◇
爺ちゃんは苦しんでいた。
例の病気により。
「う~む、まあコミケまではもつじゃろうて、ははははは!」
そうしゃべる爺ちゃんの言葉は弱々しいものにしか聞こえなかった。
僕はなにも言うことができず、ただ「そうだね」と返すことすらできなかった。
時は、ただ過ぎてゆく。
無情にも。ただただ、過ぎてゆく。
◆◇◆◇
爺ちゃんは50部を売り切った。
初めての成果であった。
「いやー、絵が一流だったおかげじゃな!」
爺ちゃんの表情はすべてをやりきったような達成感に満ち溢れていた。
それは『すべてが終わった』表情であった。
そして……
◆◇◆◇
爺ちゃんは回復した。
……なんで!?
「やりたいことをやっていたことが良かったようじゃな。うむ、思えばまだやりたいこともたくさんあるしの! とりあえずは次のコミケをめざすぞい! さあ、休んでいる暇なぞないぞ!」
迷いのない爺ちゃんは今日も眠らない。