6章
「あ、あぁ。すまぬ……。居場所はわからぬ。館の中かも知れぬし、外かも知れん。なにしろ、気づかれないようにしているものでな」
「では、姿は、その絵のままで探せばよいですか?」
「いや、首から上がまるで違う。……しっかりとは見ておらぬがな。背は、今までと同じで、私のあご辺り。首から下の姿はそのままじゃ。頭だけが……。髪が全て生きた蛇になっておるのじゃ。顔も、何ともいえぬが、化け物としか……。そして、その目だけは、くれぐれも気をつけられよ。すぐ石になってしまうからな」
「それは先ほども聞きましたが……」
アトンが、力なくつぶやいた。さきほどの畑でのがれきを思い出しているようだ。
「それで、倒す方法など、ご存知ですか?」
ペルセウスが背後でそう言うのをきいて、マリウスはすぐ反論した。
「いや。救う方法があれば、教えていただきたい」
それを聞いて、ペルセウスは、マリウスの背に鋭い視線をむけた。
「いや、どちらともわからぬ。知っておったら、とっくにやっておる」
「……どうかな」
今度のペルセウスの言葉も、当人にしっかり聞こえたようだ。
「と、ともかく、あいつがうろついていては、安心して眠れぬ。なんとかしてくれ」
国民が皆いなくなっているのに、眠る心配をしているのかと、マリウスは無言でセレトンをにらみつけた。しかも、娘を、あいつなどと……。
「倒してもよいのですね?」
ペルセウスは、念押ししている。
「まあ、どちらでもよい。ともかく頼む」
セレトンは、四人に向かって頭を下げた。
「しかし、どうすれば救えるのか……」
マリウスは、金赤の髪を首もとからかきあげながら、つぶやいた。
「ふん。この王子には、怪物が倒せないようだな。まあ、そんなに実践も積んでないようだしな」
「なんだと?」
その言葉に反応したのは、アトンだった。
マリウスも、振り返った。
「そうではないのか。さっきから、救うなどと。そんな方法など思いつかないだろう。化け物となってしまったからには、片付けてしまうのが手っ取り早いではないか」
「む……」
アトンも、反論できずに黙ってしまった。
そこはペルセウスの言うとおりだ。受けた神罰を戻す方法なんて聞いたこともないし、罰を解かれた人の存在なども知らない。神の血を引く男がそういうのなら、その方法しかないのだろう。
アトンが助けを求めるように見てくる。
マリウスは、ゆっくり口を開いた。
「元は人間なんだ。領主の娘でなくても、戻そうと考えるのが筋ではないのか。方法はわからないが、最初から片付ける方向でなど、考えられん。それに、私は見合い承諾を伝えにきたというのが本来の用件なんだ」
「……おお、そういえば、そうだったな……」
セレトンは、前に自分が出した書簡を思い出したようだ。
だが、ペルセウスは口端をあげて、笑いだした。
「みろ。領主はそれどころではないようだぞ。どうせ戻ったところで、神を冒涜するような人間なんだぞ。一緒になったら、また過ちを犯して、今度はお前に直接神罰が下るだろうな。それとも、美しければ、どんな娘でもいいというのか」
「貴様……」
マリウスは、言葉だけでとどめたが、アトンとホルスが、己の剣に手をかけた。
「それ以上言うと……」
アトンは、今にも抜きかねない体勢だ。
「血気のさかんな奴だな。領主や、王子殿を見習ってみたらどうだ、従者殿」
アトンが向き直ってそちらを見ると、セレトンは口がだらしなく開いている。おそらく、ペルセウスのあまりの口の悪さに、閉じるのを忘れたのだろう。
後ろのマリウスは、一見落ち着いているように見えるが、アトンは見逃さなかった。
マリウスの拳は、強く握られて、白く震えていた。怒りを拳だけに向けられるなんて。
それをみて、仕方なく剣にかけていた手を落ち着かせた。
「どの道、救う方法など、思いつかないんだろう?」
ペルセウスが、背後からマリウスを揶揄する。
「……確かに」
マリウスは、少しだけ振り返って、そう答えるしかなかった。
「倒す方法も、それから救う方法も、アテナ様なら存知あげておられるだろう。私は両方の手段を聞くことができるが、聞いて欲しいか?」
「……」
マリウスは、唇を噛んだのみで、何も言わなかった。
ペルセウスは、降伏しろと言わんばかりだ。どうせ倒す方法しか聞かないつもりだろに。明らかに挑発してきている。どういうつもりだ。
「おお、さすがは神の息子。どの神にでも、加護を受けられるのじゃな」
セレトンだけが、この険悪な雰囲気をつかみとれないようだ。
「まあ、そうだな」
ペルセウスも、気持ちよさそうにそれに答えている。
だんだん居心地が悪くなってきた。
この領主。自分の娘を何だと思っているのだ。妻を石にされてしまったし、もう元には戻らない確率が高いだろう。だからと言って、娘を完全に化け物扱いしてしまい、あげくに、倒すことしか考えてないペルセウスの肩を持つとは。
そうならば、自分はもう用がないだろう。
ペルセウスが親の前で子供を始末する場面などに遭遇したくはない。
子供は親を選べぬが、選ばしてやりたかったと、絵の少女をおもい、引き上げる由を告げようとした。
「それで、アテナ様の助言は、どうやって得るのだ?」
セレトンの声は明るい。
もう、これ以上この男の声を聞きたくはない。
「こんな狭くて、暗いところでは呼べぬ。本来は神殿まで行くのが礼儀だが、そんな暇はない。まあ、アテナ様なら、陽の当たるところであれば応じていただけるだろう。まずはここから出る」
ペルセウスはそういうと、そそくさと扉を開けて出てゆく。
マリウスも、納得いかないながらも、少し考え直した。
上手くすれば、自分もアテナ様と接触できるかも知れないからだ。そうすれば、救う方法を聞けるかもしれない。
「わ、私はどうしたら……」
セレトンが、出てゆく一行におどおどと声をかけてきた。
先頭のペルセウスが振り返った。
「さあな。ここに居てもかまわないし、ついて来られても差し支えない」
「そうか。では……アテナ様を呼ぶ前に、あいつに出会ってしまうと大変なのでな、ここに居ることにしよう。よろしく頼む」
「……まあ、いいだろう」
ペルセウスは何か言いたげだったようだが、あえてそれ以上は口にしなかった。
セレトンを残して扉を閉めようとした時、マリウスは聞き忘れていたことを思い出して、再び扉を開けた。
「そういえば、メデュウサ殿に、意思はあるのですか?」
「は?」
「だから、私たちと会話ができるのかと聞いているのです」
「会話など……そんなことできるか。できておったら、エリーテや家臣を石にはしておらぬだろう」
「それもそうですね……では」
マリウスは、後手に扉を閉めた。