3章
ここから、ギリシア神話で勇者と言われる、ペルセウスが登場します。
◇
アイカスの国境の森を越え、三人は隣国ザウスの西の領土に到着した。
「なんだ、これは……」
アトンが思わず口にするのも無理はない。
そこに見える広大な野菜畑には、踏み潰された後のように作物が散乱し、その合間には白いがれきのようなものも転がっている。
以前見た、緑豊かな情景は一片もない。
まるでごみ捨て場だ。
「どうしてこんな……わっ」
近づいたモルスが声をあげた。
「人の形をしている……」
それはあまりにも精巧にできていて、うわさに名高い彫り師でもこれほどのものができようかという程だ。
「こりゃ大変だ……。うわさというのも、たまには真実を語るものなんだな……」
アトンは、自分に確認を入れるかのようにつぶやいている。
もうちょっと調べてみないとわからないが、この異常さは神罰のようだ。
とりあえず、もう少し先に見えている領主の館に行ってみるかと、モルスとアトンを呼ぼうとした時、森の方から男が近づいてきた。
三人ともほぼ同時に気づいて、咄嗟に身構えた。
男は矢筒を背負い、弓を右手に持ち、金髪で顔立ちがはっきりした若い男だ。
男は、三人を観察するように見てから、口を開いた。
「なるほどな。早々に退治しなくては」
独り言なのか、そんなことを言うと、マリウスに視線を合わせてきた。
「ここの者か?」
「いや……」
マリウスは否定しつつ、相手もここの者ではないのを知った。
鎖帷子を着込んで、矢筒を背負っているのも、それを確証している。
だからといって、こいつが怪物でないという確認はとれない。化け物が人間の姿をとっているかも知れないからだ。
視線の鋭い青い瞳の相手は、こちらの出方を待っているようだ。
それならば。
「私たちは、隣のアイカスからきた使者だが、そなたはどこからの者だ?」
マリウスはゆっくりした口調で、質問した。
「どこからと言われても。今は東からだが、常に渡り歩いてるのでな」
「傭兵か?」
「そんな解釈でも構わん。私はペルセウスという。ここの領主のセレトンという者からの嘆願により、メデュウサといわれる怪物を退治しに来た」
「メデュウサ?」
怪物に名前などついているのかと、アトンが不思議そうな顔をマリウスに向けた。
「まさか……」
「おい?」
アトンが近づいて肩をたたくまで、マリウスは動けなかった。
「どうした?」
「メデュウサという名は、ここの領主の娘と同じ名なんだが……」
マリウスは、ペルセウスを見た。
「領主の嘆願の手紙には、娘だとは書いてなかったぞ」
「そうか。それならいい」
マリウスは息をはいた。
「だがな、詳しく書いてないだけで、もしかしたら、ということもある。私は今から館へ入るが、お前たちはもう用は済んだのか?」
「いや。今からだ」
と、マリウスも館を見た。
透きとおるような青空の下、白い壁で覆われた領主の館は、マリウスの城とさほど変わらない大きさに見える。
「行き先が同じなら、どうだ?」
ペルセウスが、あごでしゃくる。
「そうだな。……が、その前に。名を、ペルセウスと言ったか?」
「あぁ。そうだが」
「ゼウス様の血を引く人間か?」
「まあ、そうだな」
「なんだって?」
アトンとモルスが、口をそろえて、ペルセウスを見た。神の血を引く人間が存在しているのは知っていても、外見ではさっぱり判別がつかないようだ。
ペルセウスは、マリウスを見据えた。
「使者にしては、やけに物知りだな」
アトンとモルスも、同じ疑問を持ったようで、今度はマリウスを見ている。
「アイカスの国王の城には、豊富な文献があって、私は勉学が好きなので、特別にその書物を借りて勉強するのを許可されている。その中の、最近の近隣の国の様子の書物に、そなたの名があった」
と口にはしたが、本当はアテナから、そういう名の男が神の命により方々を旅しているのを知っていただけだ。
「……そうか」
ペルセウスは、短く答えた。
「で、本当のところは、どこの者だ?」
アトンとモルスは、しまったという顔をしたが、マリウスは承知の上での回答だった。
「さすがに、神の血を引く人間は鋭いようだな。偽ったのはすまなかった。私は、アイカスの国王の長男、マリウスだ。この二人は、王の臣下だ」
「そうか」
「それで、メデュウサ退治というのは?」
マリウスは、自分の素性を知られたことよりも、ペルセウスの目的が気になる。
「私にも、さっき答えたこと以外はわからぬ。だから館へ行くのだ」
言うと、さっさと歩きだしたので、三人も馬を引いてついてゆく形になった。




