1章 ~見合い相手の素性~
「マリウス、入るぞ」
「どうぞ」
机の書物を置き、短く承諾して、父であるアイカスの国王、ガレリウを自室に迎えいれた。
「何か?」
マリウスは、その手を止めてちらりと顔を上げ、対にある椅子をすすめた。
「あぁ、すまん……」
ガレリウは木の椅子に座ると、マリウスの手元を見ながら話はじめた。
「お前、来年二十九になるだろ。本当にそろそろ身を固めんとな、手遅れになるぞ」
「また、その話ですか」
マリウスは大きくため息をついて、本を閉じると、立ち上がって近くの棚に戻した。
「私に何度見合いをさせれば、気が済むんですか」
「何度って、もちろん、お前が相手を決めさえすれば、そう繰り返すこともないだろうて」
「決めるって……」
マリウスは言葉が続かない。
王位継承ができる一六歳になってから、二十八歳になる現在まで、マリウスは把握できない、いや、覚えておきたくないほど見合いを繰り返してきていた。
かなり強引に求婚してきた娘もいた。それを断りつづけてきた結果の、二十八歳だ。
父のガレリウは、にべもなく断りおって、とその度に怒るのだが、マリウスはそっけな
く断ってきた覚えはない。
簡単に会話をして、その返答や相手の意見を聞いたうえで、自分に合うと思う女性では
ないと判断したまでなのに。
「このまま、世継ぎができないままでいるわけにはいかないぞ」
ガレリウは短めのあごひげを撫でながら、眉根を寄せた。
「世継ぎなら、すでに弟のところにいるではないですか」
「そうは言っても、この国の継承者はお前だ。お前の子供でなくては」
マリウスの弟のトランは二十四歳で、すでに五歳になる息子と三歳の娘がいる。だから、マリウスに子供ができないなら、トランの長男が継承者になってもいいのだ。
それ以前に、マリウスは自身、継承を承諾した覚えなどないのだが、勝手にそう決まっているようだ。
「トランを次期国王にすればいいでしょう」
「だからな、トランでは国の統治などできん。長男であるお前がならんでどうする。それ
に、それだけ勉強しておるのも、将来国を担うためのものだろうが?」
「違いますよ。ただ、いろいろ知ることが楽しいだけです。それに、私は椅子にふんぞり返っているだけの政治なんかしたくないんです」
「ならば、王を引き継いでも、今までどおり城下にでて様子を知るのは全く構わないぞ。……待て、ふんぞり返るって、それは私のことか?」
「自覚できてるならいいです」
相手が父であるからマリウスは遠慮しない。
「私をそんな風に見ておったのか?」
「まあ、少しは街にでて歩いてみてください。そうすれば街の人たちに、ふんぞり返っていると言われずに済みますから」
「ま、街の奴らか……」
「ほんの一部ですがね」
「そ、そうか……」
ガレリウはうつむいて、あごひげを撫でた。
撫でながら、ふと顔を上げた。
「いや、私の話ではなくて、お前のことじゃ。この際だから、よい血筋のとかはもうよい。なんなら、先に子供を作ってしまってから紹介してくれてもよいぞ。お前なら問題のありそうな娘など、手込めにはせんだろうからな」
「そんな、何言ってるんですか……」
そういうガレリウは、長男のこのマリウスを、既成事実で作った経緯がある。
「何が何でもいらないと言ってるわけではありません。相手によるだけです」
「お前が望むような、知性のありそうな娘は教会にはいそうだが、あそこは出生のわからぬ者が育つところだからな。いくら教養がよくてもなぁ……」
「出生など気にしませんよ。きちんとした人柄であれば」
マリウスはそう言うが、実際にそこへ嫁さがしに行ったことはない。
「困った奴だな。本当にいままでの中にはおらんかったのか」
「いませんでしたね」
「お前の会話とか質問が難しいのではないか?」
「そんなことありませんよ。もう、このままでいいですから……」
「いや、そういうわけにもいかぬ。実は、次の話がきておってな。そのために今ここへ来たんじゃ」
「やはり、ですか」
何となくそうではないかと思っていたのだ。だから、相手がのらりくらりと話をしてくるのをやんわりと断ったつもりなのに。
「お父上。次から次へと相手をみつけてくるのは得意なんですね」
「おい、わしが見つけてくるんじゃない。何を邪推しておるか、全く。いろんなところがこちらに話をもってくるだけじゃ。お前、自分がどんな身分なのか自覚しろ」
「はぁ、まあ分かってはいますけどね……」
「それで、今度の相手だが、隣のザウスの西端の領主に、今年十七になる娘がおるのだ。知っておるか?」
「……」
マリウスは無言で応じた。知らないのはもちろんだが、話にのりたくないのだ。
ガレリウは、そんな息子の態度をみて、息をついた。
「あのな、嫌なのはわかる。だが、わかっておるだろう」
「いいですよ。どうせお断りすることになるだけでしょうけど」
「そんな後ろ向きな態度で望むから、本当はいい娘でも見落としがあったのではないか?」
「どうでしょうかね」
「まあ、お前が会わずに断らないだけでもましだがな。それだけでも相手の体面を保つことはできておろう。で、その領主の娘を知っておるか?」
「娘は知りません。西の端の領主というと、確か……セレトンという名では?」
「そうじゃ。その領主が娘をどうかとすすめてきおった。まずは、承諾の返事をせねばな」
「また、勝手に話をすすめて……」
「勝手ではないぞ。ちゃんとお前に話をしたではないか。今度こそは、愛想をよくしてつかまえてくれんとな」
「愛想なんか振りまけませんよ。嫌ってくれて、一向にかまいませんしね。まあ、いつも通り、お会いして話するくらいの時間はとれますから、それでよければ……」
いつも通り仕方なくでも承諾しなければ、この父はここで夕飯を食べながらでも話を続けるだろう。結構くどいのだ。
「そうか。すまんな。では早速承諾書を持たせることにするぞ」
急に活発になって立ち上がる父をみて、一息ついたが、ふと思い出したことがあった。
「父上。ザウスの西の端ですよね?」
「うむ。そうだが?」
マリウスは、額にかかる金赤の髪をかきあげ、翠色の瞳を細めた。
「最近、そのザウスと情報のやりとりはしてますか?」
「む? いや、国王とは何も。それに、この見合いの話は何も国王を通すほどのものではないだろう」
「その件はそうですが。なら、ザウスから異変の便りなどはないのですね?」
「異変とは?」
「土地が荒れているとか……」
「何だ? あちらだけ雨が降らずに、植えたものが育たないとかいうのか?」
「いえ、そうではないようですが……」
マリウスにはつい先日入ってきた、がれきになる人間の情報を、父は全く知らないようだ。自分で確認を入れたわけではないので、それ以上は伝えられない。
「まあ、何だ。あまりにも作物が採れないならこちらから分けてやってもよいだろう。そういう恩を売っておけば、何かあった時に助けてくれるだろう。一応、使者に様子を見てくるように言っておく」
「様子見ていただくのはいいかも知れませんが……」
「何を気にしておる。まずは、使者の報告を聞いてからお前が考えるなりすればよいだろう」
言い置いて、ガレリウは部屋を後にした。
閉じられた扉を見つめ、マリウスは眉根を寄せた。