21章
この話はこれで終わりです。長さにして中編だと思います。
ここまで通して読んでくださった方、ありがとうございました。
別タイトルで掲載している、ヘルメス神と人間の娘の物語も読んでいただけると嬉しいです。
8
ごく質素ではあるが、沢山のお祝いをもらった挙式から半年経った春。
マリウスの誕生日である今日は、二人だけで庭で祝いをあげていた。
庭の椅子に座っているフレアに、マリウスは二つの器に果汁を注いで持ってきた。
片方をフレアに渡した。
受け渡す二人の指には、同じ模様の簡素な指輪が光っている。
「あのね、言っておかなくちゃいけないことがあって……」
「どうした?」
「あの、あの、怒らないでね」
「何が?」
「あの話、嘘なの」
マリウスは目を丸くした。
「何の話のことだ?」
「その、誕生日の式典で昔のことがばれたと言う話。あれは、貴方以外のみんなが芝居をうってくれたの。招待した人たちにはマリウスと一緒になりたいので、こういう事件があったことにしてください。ってお願いしたの」
「そ、そんなまさか……?」
見ず知らずの人の前で、そんなこと言えるのか。
「本当にか。今が冗談じゃなくて?」
「ええ……。貴方に伝えた話の中の、過去のことがっていうところを皆さんには暴漢が現れて、私が怖い思いをした。ということにしてあるの。式典にいた誰かに聞いてもらえばわかることだわ」
「では、始末された奴ってのは」
「いないわ。あなたが後で調べるかも知れないから、一応サラクの領主さんには了解を得てるけど」
「そんな……」
マリウスは頭を抱えて机に肘をついた。自分の耳が熱い。
いろんなことが一緒になって押し寄せている。
普通に式典をすると言った父。
早馬でやってきたアトン。
それから、やけに多かったお祝いの品と手紙。
みんな打ち合わせの上だったのか……。
いや、しかし。
「求婚者たちは、よく承知してくれたな。それに、身体……」
と立っているフレアを見ると、今はふっくらと元どおりの愛らしい顔が心配気だ。
「あ、あぁ。怒ってないから、大丈夫だ。ちょっといろいろ驚いただけだ」
言うが、自分の耳の熱みは、頬まで達していた。
「身体って?」
「痩せただろ。あれは演技ではできないだろう?」
「まあ、もちろんよ。でも、これだけ言ってもわからないのね。だから、男の人って……」
「え。何でそこで怒るんだ?」
「もう。貴方に嫁ぐように言われたり、あの夢をずっと見てたからに決まってるじゃない。私は、どうしても一緒になりたかったのに……」
その時のことを思ってか、フレアは涙声になってきた。
「あ、いや……。そこまで……すまない……」
マリウスは立ちあがって、フレアの肩に手をやり、座らせた。
自分が男らしくさっさと申し込んでいれば、フレアにこんなことまでさせなくて済んだのに。本当に自分が情けない。
「もう……」
フレアは座って、尚も怒っている。
「本当に済まないと思ってる。……だけど、怒るな。お腹の子供が、怒りっぽい子になってしまうぞ」
「あら……」
いけない、と少しだけ目立ってきたお腹をさする。
マリウスはフレアの肩に手を置いた。
「あぁ、それでね。求婚者さんたちには、何かあった時の援助は惜しみなくする。と書面で送ってあるの。だから、何かあったら充分に、あなたが、援助してね」
フレアが、貴方がそうさせたのよ、と言わんばかりに目を向けてきた。
「そういうことか……。何てことを……父上も」
じきにマリウスは国王になる。それを見越してそんな約束をとりつけたのだろう。頭が痛い。
「しかし、本当に……驚いたよ。だが、あの式典で誰も亡くなってなかったなら、それはよかった」
「まあ、自分の手でとか言ってたくせに」
「いや、それは、その……」
マリウスは頭をかいた。
「ここまでしないと駄目だったなんて。本当に苦労したわ……」
「あぁ……。もう、それは言わないでくれ……。それにしても、何だか、私は上手く乗せられたようだな」
口にだしてから、しまったと思い、フレアから一歩離れた。
どうして、この口は肝心なことは言えずに、余計なことばかり言うのだ。
「マリウス……怒らせたいの?」
振り返って見上げるフレアの顔は、皮肉のこもった笑顔だ。
「あぁ、いや、違う……言い方が悪かった」
マリウスは、手を横に振りながら、苦笑いを向けた。
「もう、マリウスったら……口下手なのは承知してるから、許してあげます」
言ってからフレアは自分で恥ずかしくなったのか、あら、やだ。と笑いだした。何やらこの先尻に敷かれそうな予感はしたが、それはそれで心地よいかも知れない。
マリウスもおかしくなって、吹き出した。
お互いの微笑みは、辺りで色とりどりに咲いている花よりも、甘かった。
終




